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加賀国編・第十六話

 加賀国編・第十六話更新します。


 今回も野良田の戦い、その後の話。


 主人公の思惑が畿内に影響を与えます。

永禄三年(1560年)五月、山城国、京、武田信虎邸、武田信虎―



 いかん。笑いが止まらん。最初はまさかと思ったが、あの可愛い孫はやってくれるわ!比叡山の生臭坊主には以前から不満があったのだ。胸がすくわ。

 「御祖父様。そのように大笑いされて、何か御座いましたか?」

 彦五郎か。ふむ、使わせて貰うか。

 「見るがよい。二郎からの文よ」

 彦五郎は目を通し、露骨に顔を青ざめさせた。まあそれが普通の反応かもしれん。最早、責めようとは思わんが、これでは跡取りにしたいとは思えんな。やはり彦五郎は大名には向いておらんわ。


 「御祖父様、一体、どうすれば」

 「別にどうもせんでええわ。天台座主は六角からの急使や堅田の顛末を耳にして、事前に避難しているのだから」

 全て二郎の思惑通りだろう。後は、彦五郎にも踊って貰わんとな。


 「彦五郎よ、そういえば和歌の集まりがもうすぐあると言っておったな?次はいつだ?」

 「あ、明日に御座います」

 「そうか。儂は和歌は苦手だからな。名代として、其方を頼りにしておるぞ。それと儂は出かけてくる」

 彦五郎を置いて屋敷を出る。明日の歌会で、彦五郎は知人の公卿に触れて回るであろうな。

全く、触れて回るにしても上と下がある。上は目的をもって、下は感情のままに、だ。彦五郎のそれは下。これでは一人前とは言えぬな。

 まあ良い。それはそれで使い道がある。

 向かった先は政所執事である伊勢伊勢守貞孝殿の所だ。この時間なら執務中の筈。

 

「政所執事殿、御政務に励まれているようで何よりで御座いますな」

 「左京大夫(武田信虎)殿がこちらに来られるとは珍しい。外は暑かったでしょう。麦湯で宜しいですかな?」

 「有難い。暑い日には麦湯が一番ですな。儂も年を取ったせいか、若い者のように昼から酒とは思えなくなりましたわ」

 執務を止めた政所執事殿と一緒に、しばし涼みながら麦湯を楽しむ。とは言え、政所執事殿も儂が遊びに来たとは欠片ほどにも思ってはおらぬだろうな。

 長居するのもなんだ、こちらから切り出すか。


 「可愛い孫から文が来ましてな。恐らく、広めてほしいのでしょう」

 「……拝見させて頂きます」

 中身に目を通す。顔色一つ変えないとは、さすがは政所執事殿。武人とは言えぬが、心に一本芯が通っている御仁なだけはある。彦五郎とは器が違うわ。


 「広める事自体は問題御座いませぬ。公方様を初めとして、室町第にも広められます。ですが本当に宜しいのですか?比叡山を焼き払われた天台座主様を初めとして、多くの方々が騒ぐやもしれませんが」

 「我が孫が、その程度でおたつくほどヤワだと思われますかな?」

 「これは失礼な事を口走ってしまったようです。取り消しましょう。広める事については承りました。本日中に御報せ致します」

 返された文を袂に入れ、再び馬に戻る。あとは本願寺に対する圧力に利用したい所だが、どこか良い宛はあっただろうか?

 文によれば、堅田の一向門徒は全滅。残ったのは臨済宗をはじめとする他宗派の者達。であれば、改宗を前提とした他の寺の坊主を派遣しても全く意味はない。

 そうなると本願寺と個人的に繋がりのある者になる訳だが。

 いかんな、適任者がおらん。公卿なら九条家、寺院なら青蓮院。確か先代の証如と付き合いがあった筈。だが九条は当主が京におらん。親戚も駿河に下向しておると聞く。青蓮院は以ての外だ。天台宗の寺に報せる意味がない。どう考えても嫌味にしか取られんだろうな。


 待てよ?丁度良い御方がいたわ。

 権大納言(山科言継)様なら本願寺と繋がりが有るかもしれん。あの御方は日ノ本の有力者、ほぼ全てと文を交わしていると聞く。

 この件を教えてやれば、権大納言様は必ず調べようとされる。本願寺にも訊ねるであろうな。

 

 それはそうとして二郎の狙いだ。

 延暦寺焼き討ちと堅田の件を広める。

 その最終目的は、石山の門徒を激昂させ、北陸まで引っ張り出す事にあるのだろう。できれば冬前に。上手くいけば越中の食料を浪費させつつ、離間を図る事も出来る。仮に離間が叶わずとも石山の兵力を削れれば御の字と言った所か。


 本来なら敵兵力を増やすのは悪手だ。だが石山という温暖な地で慣れた者が、越中と言う寒い冬の地で耐えられるか?家は?飯は?服は?寝床は?儂は無理だと思う。

 もし門徒の増援が来なくても、それはそれで問題はない。あの二郎の事だ、石山は越中を見捨てた、と大々的に喧伝するだろう。

 となると、二郎は秋に動くかもしれ……そうか、それがあったわ。確か祭りの時期は十月半ば。やはりそういう狙いか。面白くなりそうだ、儂も少し覗きに行くとするかな。



永禄三年(1560年)五月、山城国、京、土御門東洞院殿、山科言継――



 「どうか主上のお力をお貸しください!このままでは国家鎮護の総本山、比叡山延暦寺は皆殺しの信親の手によって、灰燼と化してしまいます!」

 助けを求めてきたのは、天台座主である梶井宮応胤法親王様。先帝である後奈良帝の猶子であり、実母は藤原(旧姓三条)香子殿。確か香子殿は、加賀守(武田信親)殿の母方の祖父にあたる三条公頼左大臣様とは兄妹という関係であった筈だ。

 考えてみれば、左大臣殿が陶晴賢に殺されてから、もう十年になる。時が経つのは早いものだとつくづく感じる。

 それにしても、本来ならより良き関係を築き上げる事も出来たであろうに、余計な事をするから、このような事になるのだ。妙な事を口走るようであれば、割って入らざるを得んだろうな。


 「天台座主殿。助けを求められても、主上にどうしろと言われるのでおじゃりますか?例え今から馬を走らせて止めに入った所で、間に合うとも思えませぬが?」

 「何を仰られるのですか、関白(近衛前嗣)殿下!延暦寺は伝教大師が開かれて以来、国家鎮護の為に祈りを捧げてきた、信仰篤き者達の寺院なのですぞ!彼らに死ねと申されるので御座いますか!」

 「はて、その割には酒は飲む、女を抱く、土倉を営む、市中で暴れる、戦場に出ていくと好き放題されているのが延暦寺の僧兵ではありませぬか?御釈迦様がご覧になられたら、間違いなくお叱りになられると思うでおじゃる」

 天台座主様は何も言えずに口籠られた。だが、気を取り直すと、すぐに口を開かれる。

 

 「比叡の山には真面目な仏僧もおります!確かに関白殿下の仰ったような僧侶もおります。しかし、真面目な仏僧まで見殺しにする事は、誤った考えに御座います!」

 「ならば、天台座主殿自ら、加賀守殿の所に赴いて直談判されるべきでは?何も主上を巻き込む必要はないでおじゃる。延暦寺が何をやらかしたのか、そこまでは知らないでおじゃるが、加賀守殿は敵は見せしめの為に殺す事が出来る男と聞いているでおじゃる。何か余計な戦でも吹っ掛けたのではおじゃらぬか?」

 「そ、そのような事は!」

 座主殿は守勢に回り、押され気味。関白殿下は事情を把握しているかどうかまでは分からないが、下手に座主殿に味方するのは危ないと判断したのだろう。

 それならよい。儂の元には左京大夫(武田信虎)殿からの報せがあったのだ。

 延暦寺が石山と手を組んで、堅田を巻き込んで武田に奇襲攻撃を仕掛けて、返り討ちに遭ったという事を。

 事実は確認中だが、まあ十中八九、事実だろうとは考えている。

 そうでなければ、此度の騒動に筋が通らぬからだ。

 

 「権大納言(山科言継)殿なら、確か加賀守殿と文の遣り取りを為されていた筈でおじゃるが、何か存じませぬか?」

 ここで儂に矛先を向けるのか。まあ、向けられて困る訳では無い。

 他の殿上人達も儂に目を向けている。彼らが妙な事をしでかさぬよう、伝えておいた方が良いかもしれんな。


 「加賀守殿の祖父、左京大夫殿を通じて報せが届いたでおじゃる。延暦寺の僧兵二千が、堅田と石山の門徒四千と徒党を組んで武田家に奇襲攻撃を仕掛けた、と。戦場になったのは越前と北近江の国境付近にある鉢伏山一帯。ただ加賀守殿は攻撃が来る事を予期しており、昨年の内から鉢伏山の砦に兵二千を入れており、半月で追い返したそうでおじゃる」

 「何ですと!?あの皆殺しの信親が、予想していたと仰いましたか!?」

 「そうでなければ兵を入れておく事はしないでおじゃる。ただ問題は、延暦寺の僧兵と石山の坊官は、負けが見えてくると裏切ったのでおじゃる。総大将である七里某という坊主を暗殺し、門徒兵を置き去りにして、自分達だけ逃走したと聞いたでおじゃる」

 周囲の殿上人が、露骨に眉を顰めながら騒めき出した。

 あまりにも卑劣過ぎる振舞い。これを擁護できる者はおらんだろうな。

 御簾の向こうにおられる主上も、僧兵や坊官の裏切りという説明に、嫌悪感を感じておられるようだ。


 「権大納言殿!それは延暦寺を侮辱する言葉で御座いますぞ!」

 「少なくとも、加賀守殿からの文にはそう書かれていたでおじゃる。統率者がいない為に、門徒兵に対して降伏勧告も出来なくなり、見せしめの為に皆殺しにせざるを得なかった。自分がそういう行動に出れば、悪名のおかげもあって門徒兵が逃げ出し、結果として騒動は早く収まると判断した、と」

 降伏勧告を受け入れるには、大将がいなければ話にならない。ただでさえ一向衆は上からの命令が通りにくいと聞くが、その上がいない状態ではどうしようもないだろう。


 「故に、加賀守殿は徹底的に、悪鬼となって敵を全滅させると覚悟を伝えてきているでおじゃる。堅田の門徒は皆殺し。堅田の民の手で殺させると。延暦寺は焼き払う。比叡山は国家鎮護の総本山。酒も女も伝教大師は認めておらぬ。ならば比叡の山に『女子供がいる筈はない』。もしいるとすれば、悟りを開くのを邪魔しようとする、マーラの娘に他ならぬだろう。ならば、比叡山焼き討ちは釈迦に認められる善行として、子々孫々、末代に至るまで長く語り継がれるだろう、と」

 ドサッと言う音。そちらを見やると、女官が一名、気絶して倒れたらしい。

 どうやら加賀守殿という劇薬は、刺激が強すぎたようだ。

 殿上人達も、若干顔色が悪い。上洛の時に、あれだけ加賀守殿がやらかしたというのに、まだしっかり理解出来ておらなんだという事か。


 「それと座主殿。皆殺しの信親殿ではなく加賀守殿と呼ぶべきでおじゃる。血縁関係なら座主殿と加賀守殿の母親は従兄妹。加えて加賀守殿は主上の願いで、娘婿となる御仁。呼び方には気をつけられるべきでおじゃる」

 「ぐ……」

 「下手に座主殿が動かれた場合、加賀守殿が臍を曲げかねないでおじゃる。焼き討ちを善行と宣っておいた上で『国家鎮護の山を焼いた贖罪として、女王様との婚約を御辞退させて戴きます。武田の銭も罪で汚れている、そのような不浄な銭を朝廷に献上する事は不敬の極み。献金も御辞退致します』等と言われてみよ。とんでもない事になるでおじゃる」

 『やりかねぬぞ』

 至る所から小さな囁き声が聞こえてくる。

 もともと女王様との御婚儀を渋っていた加賀守殿だ。これ幸いと動かれた日には、主上の面目は丸潰れ。

間違いなく、朝廷と武田家の溝を埋める為に、儂が東奔西走する破目になろう。

 

 「幾ら何でもそのような事は……」

 「あの加賀守殿が躊躇うとでも?有り得ぬ事でおじゃる。今荀彧の二つ名は飾りではおじゃらぬぞ。凡人を自称しておるが、あれはまごう事なき天才でおじゃる。儂らのような本当の凡人とは、考える事が違うのでおじゃりますぞ?武田家が何故、京の支配を望まず、三好家の好きにさせたまま、西へ向かったのか。それが良い例でおじゃる」

 加賀守殿は、儂にすら、その答えを教えてはくれん。

 恐らく、儂から三好家に漏れる事を警戒しているのだ。

 まさに武田家の筆頭軍師に相応しい、智謀と慎重さを兼ね備えた御仁なのだ。


 「儂から助言する事があるとすれば、座主殿はしばらくどこぞの寺で身を隠すべきでおじゃる。加賀守殿は敵は皆殺し、理性で人を殺す御仁。加賀守殿がどこまでを『敵』として捉えているか、凡人である儂には分からぬでおじゃる」

 「ま、まさか!」

 「主上に献策申し上げます。此度の件につきましては、朝廷は関わらぬが吉と臣は判断致しておじゃります。下手に関わった所で、碌な事にはなりませぬ」

 御簾の向こうの主上も、周囲の殿上人も、皆、納得したように頷いている。

 座主殿についても、下手に動かねば、命までは取られんだろう。さすがに従兄妹である、三条の方が止めに入るであろうからな。

 


永禄三年(1560年)五月、丹波国、刑部城、松永久秀―



 「……今度は比叡山焼き討ちか。本当にやる事が派手だわ」

 丹波に出陣中の修理大夫様に届いた、加賀守(武田信親)殿からの文。その内容はまさかの比叡山焼き討ちだった。

 日ノ本の歴史に間違いなく刻み込まれる大事件と言えよう。

 加賀守殿がここまで過激に行動した理由、理解出来なくもないが。


 「弾正(松永久秀)。加賀守殿の思惑をどう判断する?」

 「あくまでも某の推測に過ぎませぬが、武田家へ攻め込ませぬようにする事が理由ではないかと判断致しております。これだけの大事件、間違いなく日ノ本全土に響き渡りましょう。そうなれば、どこの御家も武田家へ率先して戦を仕掛けようとは考えませぬ」

 「まあそうであろうな。一向衆であれば『所詮は百姓の群れ』と甘く見る愚か者もいたであろう。だが比叡山焼き討ちとなれば、話は大きく違ってくる。僧兵は荒くれ者として名高い。そんな僧兵を大量に抱える比叡山を焼き払う。まさに三河の吉良家皆殺しの再来よ」

 そういえば、それがあったな、すっかり忘れていた。

 吉良家が滅んで五年。だが儂がすっかり忘れていたように、人々の記憶から吉良家の一件は忘れ去られていると見るべきだ。

 となれば、分不相応にも武田に矛を向ける者も出てくるだろう。

 そういう輩を牽制する為、比叡山焼き討ちは大きな効果を発揮する。

 

 「三好家としては、見て見ぬフリが良策であろうな。延暦寺の僧兵が消えれば、石山を攻める時に背後を気にしなくて済む。生臭坊主同士、さぞや気があうだろうからな」

 「御尤もに御座います」

 延暦寺の僧兵が消える。となれば山城国の治政にも影響が出てくるな。

 坊主どもが税を貪っていた地域は、坊主が消える事になるのだから。


 「修理大夫様。政所執事殿に文と兵を。山城国で延暦寺の坊主が支配していた場所を、公方に先んじて奪い取るべきで御座います。さぞや旨味が御座いましょう」

 「それは思いつかんかったな。良し、すぐに兵を送るか。一千もあれば十分であろう。主税助(岩成友通)、其方に任せる。政所執事殿と協力して、山城国における三好家の支配を盤石な物とせよ!」

 「ははっ!心得ました!」

 これは武田家様々、と言った所だな。文字通り、棚から牡丹餅。

 生臭坊主どもは目の上のたん瘤。排除したくても排除できぬ厄介者。それが武田家の手で駆除されたのだ。こんなに有難いことは無い。

 あとで加賀守殿に謝礼の文を送らねばならぬな。


 「有難い事だわ。まさに運気が向いてきた気がするな。このまま一気に丹波を奪いとりたい所だが、足元を疎かにするのは愚者の所業。じっくりいかねばならんな」

 「新庄城を足場に、狭隘の地にある佐切城・大戸城を奪い北の抑えとしましょう。その上で西にある小山城を奪い、二方向から圧を掛ける事を献策致します」

 「なるほどな。残る丹後方面は武田の攻勢で瀕死の状態。助けを求めても丹後からの援軍は来ぬ。南は塞がれた、となれば降伏してくる可能性はあるか。待っている間に兵に休養を取らせる事も出来る。よし、まずは弾正の策を基本とし、一月ほど圧をかけてみるとしよう。降伏してこなければ、二方向から踏み潰す」

 「「「ははっ!」」」



永禄三年(1560年)五月、近江国、比叡山、ゆき――



 堅田から水路で延暦寺に向かった二郎様の軍勢は、比叡山の麓を取り囲んだ。山を守る僧兵は、不利を悟ったのか山に立て籠もったらしい。この期に及んで、まだ火を放たれる事は無いと高を括っているのだろう。愚かな事だ。

 山に籠っている兵も、既に二千をきっている事は分かっている。疋檀城からの撤退戦の最中に、典厩様の指揮する軍勢に後背を突かれて、半数近くが討ち死にしているからだ。かろうじて逃げ帰ってきた連中も、疲労で戦どころでは無い。


 こちらはと言えば、二郎様の指示により、陰部隊を中心に麓の木を切り倒し、草を適当に掘り返していた。目的は無意味な延焼を防ぎ、こちらが火に巻き込まれるのを防ぐ事だ。

 こちら側に燃える物が無ければ安全は確保されるとあって、兵達も真面目に雑草や落ち葉を山に向かって放り込んでいた。

 そんな時、延暦寺から使者と思しき僧の集団が下りてきた。

  

 「武田加賀守様にお会いしたい」

 「加賀守様からの命はただ1つ」

 近くにいた兵達が一斉に抜刀する。これは二郎様が、予め全軍に命令を通達していたからだ。

 『使者が来ても通すな。一人だけ残して殺せ』

 僧達は慌てたが手遅れだ。命令通り、一人を除いて皆殺しにされた。


 「お前は首を寺に届けろ。その為に生かしておいたのだ。焼け死ぬまでの最後の時間をゆっくりと味わえ」

 兄の気迫に、使いを命じられた僧は、仲間の首も拾わずに走り去った。最初から敵対しなければ良かったというのに。

 と言うか、首を持っていくのを忘れないでほしいのだが。


 「兄上、脅し過ぎです。生首を忘れていきましたよ?」

 「……参ったな。追いかけて届けるのも面倒だ。山に放り込んでおくとしよう。火を放てば、勝手に焼けるだろう」

 妥当な処置か。埋めるのも、正直言って、面倒くさい。

 ちなみに付近の民は他の山へ逃げている。危険を感じてさっさと避難した彼らは、まさに賢い選択をしたと言える。同時にこれから起こる光景を目の当たりにして、その口で言い触らしてくれるだろう。

 比叡山も全滅した、と。

 それから半刻あまり、陰部隊を中心に麓の木々を適当に切り倒し、延焼の可能性を抑えた報告を二郎様へとお伝えする。


 「分かった。では火を点けよ。これは見せしめだ」

 火が放たれる。火は徐々に麓から山頂に向かって上りだす。

 「改めて全軍に命じる!逃げ出してきた者達は事情を問わず皆殺しにせよ!老若男女の区別なし!例外は認めぬ!全ての責任は俺が背負う!」

 それから三刻ほどした頃だろうか、全ての兵士が忠実に命令に従った結果、未だに燃え続ける山の麓には、若干の死体が転がり落ちていた。

 全て降伏しようとした者達である。

 大半が坊主の相手を務めていた、遊女らしい女達。あとは幼い子供。

 殺されたくない、命だけは、せめて子供だけは、という叫び。母を呼ぶ幼子の泣き声。

 まさに地獄絵図。二郎様には二心無き山城守(小畠虎盛)様や兄上ですら、何か言いたそうに二郎様に顔を向けた程だったのだ。他の者達の心中は、察するに余りある。


 「本当に宜しかったのですか?二郎様。幼子であれば、名目上の孤児とする方法もあったかもしれませんが」

 「それは許されぬ。将来の危険の芽は摘まねばならん。感情に負けて、意味も無く情けをかければ復讐鬼を生み出すだけだ。俺は九郎義経を生み出すつもりはない」

 「仰せのままに」

 とは言う物の、二郎様はそれと見て分かるぐらいに、辛そうに顔を顰めていた。吐き気も覚えているのか、消毒用に携帯していた焼酎でうがいをしては、近くに吐き捨てている。


 「改めて命じておく。此度の責任は全て俺が背負う。もし誰かに責められたら、俺の指示に従っただけだ、そう言うのだ。よく覚えておくように、良いな?」

 「「「ははっ」」」

 何故、二郎様がそのような事を念を押すように口にしたのか。それが分からぬ者は、この場にはいない。

 山城守様、兄上、長次郎殿。皆、二郎様が自身が責を負う事で、罪の意識を感じなくて済むように配慮を為された事を理解しているのだ。

 全て、俺が悪いのだ、と。


 軍師の役目は汚れ役。二郎様の持論だ。

 武田家において、比叡山焼き討ちをこなせるのは二郎様しかいなかったのだ。

 そんな事を考えながら、目を山へ向ければ、炎は轟轟と収まる気配も見せずに燃え盛っている。こうなったら全てを灰にするまで、鎮火することは無いだろう。

 「ところで二郎様。天台座主はどう致しますか?何故か『ご不在』のようでしたが」

 「放っておけ。さて、兵は交代で仮眠と食事だ。明日の朝には終わっているだろう」



永禄三年(1560年)五月、近江国、観音寺城、後藤賢豊――



 「元気そうで何よりだ、加賀守(武田信親)殿。いつも次郎(六角義定)との文の遣り取り、感謝している。父親として有難い限りだ」

 「そう仰って下さると、こちらとしても文を書いた甲斐があったという物。管領代様に下野守(蒲生定秀)殿との文の遣り取りの御許可を戴けたからこその縁と言うべきでしょう」

 「下野守か、そうか、そういう縁が始まりだったのだな」

 左京大夫(六角義賢)様が、複雑そうに呟かれた。

 肝心の下野守殿は、美濃国で孤軍奮闘中らしい。何とか助けたいのだが、坂田郡奪取という条件を満たすまで、まだ時間がかかるというのが現実。

 私の妹が下野守殿の御長男、藤太郎(蒲生賢秀)殿の正室である為、妹からも『夫と義父を助けて下さい』と泣きつかれている。実に、困った状況なのだ。


 「それで、訪問の内容だが」

 「少し前になりますが、浅井から使者が来たのです。六角家との仲裁を頼みたい、という内容でした」

 「「「なっ!?」」」

 なんと、そう来たか。

 だが慌ててはならぬ。まだ武田家の立場や意見を何も聞いてはおらぬのだ。

 まずは話を聞いてから判断すべき。


 落ち着きましょう、という意思を込めつつ、両手を押さえるような仕草をしながら周りを見る。

 どうやら私の考えは伝わったらしく、皆、咳払いしながら居住まいを正された。


 「武田家は浅井に味方すると申すのか!」

 「右衛門督(六角義治)殿、落ち着かれよ。私はまだ、何も申しておらぬ。もし右衛門督殿の考えている事と異なっていた場合、六角家が迷惑を被りますぞ?」

 「うむ、確かに加賀守殿の申す通りだ。まずは話を聞こう」

 左京大夫様の取りなしに、思わず立ち上がってしまった右衛門督様が腰を下ろされる。

 それにしても、落ち着きが無さすぎる。私の仕草も受け容れぬとは。激情が過ぎるというのは、決して良い事では無いのだが。

 チラッと弟の次郎様を見やれば、こちらは話を聞くつもりらしい。文の遣り取りもある以上、ある程度は友好関係が築かれているのだろうな。


 「結論から申しますと、下野守殿の救援が可能になる為、仲裁を引き受けたので御座います。某にとっても、下野守殿は御家や年齢、立場という垣根を越えた友人であると思っておりますので。まあ下野守殿が某の事をどう考えているかまでは、存じませぬが」

 「詳しい事を聞かせて貰いたい」

 「もっとも重要な点として、坂田郡の一部一万石ほどを六角家に割譲。建前上は、六角家に対し、浅井家は恩義を忘れて牙を剥いた事に対する謝罪、という事に致します。そして割譲された領地を不破関まで続くようにするのです」

 なるほど。確かに、それならばすぐにでも救援に向かう事が出来る。

 浅井領であれば問題はあるが、六角領となれば話は別だからだ。

 となれば、あとはこちらの問題だな。


 「となると、あとは戦支度か。何とか米を搔き集めて、半月以内には出陣したい所だが」

 「宜しければ、加賀から融通しますが。五千人分、半月程度の量ならすぐに動かせますが」

 「加賀守殿、忝い!これで下野守を救う算段がつくわ!」

 とりあえず半月分の兵糧を融通して貰えただけでも有難い。

 あとはこちらで何とかすれば良い。無理に美濃に滞在する必要は無い。足場だけ確保して、秋の収穫後から仕切り直して出直せばよいだけだ。


 「しかし、加賀守殿。此度の話、六角にとっては有難い内容だが、浅井が納得するか?勝ったのに領地が減っては、さすがに受け入れるとは思えんのだが」

 「御懸念は御尤もに御座います。しかしながら、その点は心配ご無用に御座います。不幸中の幸いと言うべきか、生臭坊主の領地が空きましたからな。そこを代替地としてくれてやりましょう。石高は少々減りますが、より京に近くなる。しかも、全てが国人衆のいない直轄領ですからな」

 「良いのかな?武田家の領土であろうに」

 そう、その点は私も気になった。

 これでは武田家に旨味が無い。と言うより損しかしておらぬ。

 今荀彧の思惑は、一体、どこにあるのだろうな。


 「武田家は京と接したくないのです。それでなくても、某の立場がありますからな。言葉は悪いですが、浅井を京との垣根として使いたい。三好家を不用意に刺激したくない、という理由も御座いますが」

 「なるほどな。それなら、武田家が損をしたとしても、筋は通る」

 「三好家とぶつかった日には、問題児が喜ぶだけで御座いますからな」

 ブフウッと小さく笑い声が漏れた。

 ここで公方様を揶揄されるとは、本当に肝が鋼で出来ておるわ。


 「それとこの場を借りてお伝えいたします。平井殿」

 「某に、何か?」

 「御息女の件です。浅井家に嫁に入った梅殿で御座いますが、離縁されたとの事。浅井家よりお預かり致しております。ただ心の傷が深かったようですので、ここにはお連れしませんでした。悪い意味で見世物になるかもしれぬ、そう考え、平井丸へお連れしました」

 「……忝う御座います」

 深々と頭を下げる平井殿。浅井の離反以来、口にこそ出さなかったが可愛い娘の安否をずっと気にかけていたのだろう。

 離縁は仕方ないとしても、無事に生きて帰ってこられたのだ。父親として、ホッとしたという事だろう。


 「話を戻させて戴きます。武田家としては、浅井家は武田家で抱えたいのですが、宜しいでしょうか?」

 「浅井を取り込む、と?」

 「武田が西へ伸びている。この事は左京大夫様も御承知の筈」

 うむ、と頷かれる左京大夫様。

 

 「その内、備中や美作辺りを平らげたら、そちらへ浅井を移そうと考えております。そうすれば武田としては浅井を矛として使う事が出来る。西国の雄、毛利家、九州の支配者、大友家との来るべき戦いにおいて」

 「そこまで考えていたとはな。今荀彧の二つ名に相応しい智謀だ……加賀守殿、半刻で良い、考える時間を貰いたい」

 「分かりました。答えが出ましたら、お呼び下さい。その時、細かい事について説明致しましょう」

 席を外す加賀守殿とゆき殿。

 しかし考えるとはいっても、答えは出たような物ではある。

 受け入れなければ、下野守殿は死亡。家中に対する左京大夫様の求心力は減少し、浅井は美濃と同盟を組んで六角家と敵対する。

 武田家が六角に敵対するとは思えないが、この件に関しては『中立』を宣言する可能性はある。それを考えれば、受け入れないという選択肢はない。


 「まずは皆の意見を聞こう」

 左京大夫様の問いに、右衛門督様以外は皆、受け入れるべきという答えを返した。当然、それは私も同じだ。

 妹の夫を助ける事も出来る。こんなに有難いことは無い。

 私も平井殿も、此度の件で加賀守殿に借りが出来てしまったな。


 「父上!本気で受け入れるのですか!?浅井に、賢政に舐められます!」

 「舐められはせん。次にぶつかれば浅井が負けるという事は、あ奴も理解しておるのだろう。だから仲裁を加賀守殿に頼んだのだ。下野守の命と引き換えに、浅井は武田家の庇護下に入る、とな。恐らくはここまでは賢政の筋書き通り、という所か」

 確かに左京大夫様の仰る通りだろう。

 仲裁という行動の早さも、そこまで筋書きを用意していたからこそ。

 まだ元服したばかりだというのに、大した物だわ。


 「しかしながら左京大夫様。加賀守殿はどこまで読まれていたと思われますか?」

 「そうだな……浅井・美濃・一向衆が手を組んでいた事には気づいておったかもしれん。断言は出来んがな。断言できる事があるとすれば、浅井から内密に情報を貰い、迎撃戦の準備をしておったという事、それだけだ。それなら鉢伏山の迎撃戦の手際の良さも納得できる。武田家にとっては、一向衆は不倶戴天の敵だ。何よりも有難い情報だろう」

 「つまり浅井は手を組んでいたのではなく、他二つを利用しただけだった、と?」

 平井殿の言葉に、左京大夫様は大きく頷かれた。

 それ以外、考えられぬ。同盟どころか、手を組んでいた事すら伏せられていたのだ。

 武田もそれに気づいているが、敢えて何も言わない。気づかぬフリをしているだけ。

 一向衆と美濃にとっては、堪った物では無いだろう。自分達が捨て駒に過ぎなかった、という事に気づいたらな。


 「三勢力の同盟は表沙汰になっていない。証拠も無い。一連の騒動も、偶然と言い切る事は可能。故に、加賀守殿は浅井を責めるのではなく、利用する方に舵を切った。儂はそう見た。清濁併せ呑むとは、まさにこの事よな」

 「利用する為に受け入れたのだ。そう言われては、こちらとしても強くは出られませんな」

 「そういう事だ。ただ浅井を美作の方へ移すというのは悪い話ではない」

 時が経てば、自然と問題の原因が消えてなくなるのだ。無理に戦う必要もない。

 こちらとしては、有難い話ではある。


 「あとは浅井に媚びを売った犬上郡の国人衆ですが」

 「国人衆は強きに靡くもの。そう目くじらを立てる必要もない。それより下野守救援の為に動かねばならん。但馬守(後藤賢豊)、会見が終わったらすぐに戦の支度だ。米を搔き集めて、下野守を救うぞ」

 「ははっ」


 今回もお読み下さり、ありがとう御座います。


 最初は信虎お爺ちゃんへの『比叡山焼き討ちという近況メール』から。

 暴君らしく、爆笑するお爺ちゃん。さらに主人公が広めてほしいのだろうという思惑をを感じ取って、氏真君も悪用して徹底的に広めます。

 公方の反応は、いずれ別の機会に纏めて書く予定。戦国時代は電話が無いので、情報伝達には時間がかかるんですよ。


 次は朝廷。

 165代目天台座主、応胤法親王が乗り込んでの直談判。ただ信虎爺ちゃんから情報を貰っていた山科さんがいる時点で詰んでおりますwそもそも主上が大の主人公びいき。ここを引っ繰り返すって、相当難しいと思うんですよ。

 そして近衛さんが出てきたという事は、この人経由で軍神様に情報が伝わる訳で。ここについては次回書く予定です。

 それにしても主人公の朝廷における評価が……『やりかねない』この一言に尽きます。


 ちなみに天台座主ですが、前任者(164代目)は1559年にお亡くなり。史実で焼き討ちにあった覚恕親王(166代目)は1570年に座主就任。という事で、丁度間にあたる応胤法親王を座主としました。

 

 一方、三好家。こちらは焼き討ちを奇貨として、御家の利権確保に走ります。

 具体的には延暦寺の利権強奪wそれに石山攻めを考えれば、背後の敵が消えるのは有難いよねえ、と言った感じ。


 ちなみに丹波攻めは、山城国側をほぼ制圧。これから西に向かうよ、というイメージです。武田家の丹後攻めは、五月の時点で三割ぐらいと言った所。ですが、ここに比叡山焼き討ちの情報が流れればどうなるか?まあ言わずとも、と言う奴です。

 武田ヤベエヨ武田(;゜Д゜)


 そして比叡山焼き討ち生ライブ。

 決行したは良いんですけど、久しぶりに現代人メンタルが表に出て来てます。吐きそうになるのを、焼酎でうがいして誤魔化している感じ。

 家臣達も『無理してるんだな』と言うのは察してはいますが、口には出しません。主人公がそんな事を望んでいない事は分かっているからです。

 だから、主命だけは果たしてみせる、そんな所でしょうか。


 最後は六角家。

 浅井との仲裁。それぞれの利点を書き出すと

 六角:美濃への経路確保、兵糧に関して武田家から支援

 浅井:武田家の庇護、当面の安全確保

 武田:浅井を活用・???


 浅井にしてみれば、領地拡大狙うなら移封しか無い訳です。西に出れば、幾らでも攻めこめる敵はいますからね。武田としても矛として有効活用できる。それまでは越前を守る盾になってね、という感じ。


 武田の利点。勿論、この程度じゃあありません。主人公の悪辣さを舐めて貰っちゃあ困ります。ただもう少し時間が必要なので、今は伏せられています。なので浅井の活用は、六角に対する表向きの理由として考えて下さい。


 今回は、以上のような感じでした。


 それでは、また次回も宜しくお願い致します。


 



 

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[良い点] いやぁ……一話の満足感がめっちゃ高くて、有り体にいって最高です。 [一言] すっかり鏖殺焼き討ちキャラな主人公。 どこぞの妖怪首置いてけじゃないですが。 後世キャラクター化した場合、頭に…
[一言] 最近あちこちで目にします「生ライブ」なる単語。 ライブを日本語にすれば「生」ですから「生々」。 なんとも気持ち悪いというか。 通販風に言えば「あくまでも個人的な感想」です。
[良い点] 主人公の現代人メンタルが表に出て丸焼きが苦渋の決断だった事が分かる人には分かる事。 [気になる点] 『淡海乃海 水面が揺れる時』で有名?な平井家御息女が無事に戻れましたが……彼女経由で浅井…
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