加賀国編・第十四話
加賀国編・第十四話更新します。
今回は野良田の戦いと、その裏で起きていた美濃国での一幕になります。
今回、挿絵で両軍の配置とか描いていますが、多少は多めに見て下さい。
永禄三年(1560年)四月、近江国、観音寺城、六角義賢――
『美濃国で反乱発生。稲葉山城城主、布施淡路守(布施公雄)殿は生死不明。至急、応援を乞う。首謀者は旗印から長井隼人正(長井道利)』
この報せに、儂はすぐに兵を集めさせた。
集めた兵の数は美濃に近い近江南東部から四千。援軍の大将は下野守(蒲生定秀)。武勇も知恵働きも高い水準でこなす有能な男。大将とするに相応しいと言える。
美濃へ最も近いのは摂津守(目賀田貞政)だが、下野守には稲葉山の城代を務めた経歴がある。地の利にも覚えがあるだろうし、現地でより効率よく動けるのは下野守と判断したのだ。
だが肝心の兵を集めるのに、五日と言う時間がかかってしまった。
そこから美濃へ向かい、となると相応な時間は必須。布施が生きていてくれれば良いのだが、あまり期待は出来ないだろう。
長井はあの蝮の実子という噂のある男だ。そんな男が、勝算も無しに兵を挙げたとは思えない。
儂は北近江の浅井にも美濃へ援軍として駆け付けるように使者を派遣した。
だが数日後、使者は役目を果たせずに帰城したのだ。
『堅田に不穏な気配有り。調べた所、一向衆の怪しい動き。警戒の為、動く事叶わず申し訳御座いません。こちらでも調べ、堅田の動向が判明次第、追って御報告申し上げます』
この報告は寝耳に水であった。
まさか堅田にそんな動きがあったとは。
三雲家は代替わりしたばかり。新たな当主である対馬守(三雲賢持)は、今は先代程の実力を有していない。その結果として生じた隙だ。
この動きを見過ごす事は出来ない。
堅田が動けば、淡海乃海一帯、全てが攻撃される状況を意味する。堅田には水軍が存在しているからだ。
つまり、この観音寺城とて狙われないとは限らない。
儂は動く事も出来ず、浅井に対して『堅田が牙を剥いたら攻撃せよ』という指示を出すに止まらざるをえなかった。
同時に、六角家家臣にも不測の事態に対応する為、兵を集めるよう指示を出した。
更に数日が経過。またもや凶報が舞い込んできた。
『愛知郡肥田城城主高野瀬備前守寝返り』
『栗太郡にて一向一揆発生。総数は二千』
すぐに対応しなければ、大火となる。儂はすぐに評定を開いた。
「状況は今、説明した通りだ。肥田城の兵の数は少ない。故に栗太郡の一向一揆により多くの兵を割く事とする」
「お待ち下さい、御屋形様。確かに仰る通りでは御座いますが、備前守(高野瀬秀隆)が寝返りという点に怪しさを感じます。どう考えても、高野瀬が潰れるのは明白。にも拘わらず動いたというのであれば!」
「但馬守(後藤賢豊)、恐らくは其方の読み通りであろう。高野瀬の寝返りには黒幕がいる。それは儂にも読めている」
幾ら何でも怪しすぎる。高野瀬は決して愚かな男ではない。あの規模の国人衆としては、十分に有能と言える男だ。
そんな男が勝算も無しに兵を挙げる訳が無い。
「だからこそ、儂は敵の策に乗る。あくまでも兵の多寡は表向き。実際には逆とする。まず一向衆は土地勘のある加賀守(平井定武)を大将に、四千を任せる。高野瀬は儂が兵一万二千を率いて向かう。五千は不測の事態に備えて観音寺城に配置。留守居は対馬守。其方はここで情報を集めつつ、状況に応じて動くのだ」
「「ははっ!」」
「高野瀬には右衛門督(六角義治)、但馬守、摂津守、山城守(進藤賢盛)等を中心に向かう。誰か、異論のある者がおれば進言せよ」
異論は無し。ならば打って出る!
近江守護六角家の名が単なる飾りではない事を示してやるわ!
永禄三年(1560年)四月、美濃国、北方城、蒲生定秀――
「稲葉殿、氏家殿、安藤殿、援軍が遅れて申し訳ない」
「蒲生殿、援軍感謝いたします。ですが稲葉山は……布施殿の生死も不明のまま。恐らくは……」
「それは仕方ない事。布施殿も武士。こういう時が来る。その覚悟はされていたであろう。我等に出来る事は、仇を討つ事だけ。この場に集まってくれた方々の協力があれば、十分に可能であると存じます」
稲葉山城は落ちたか。それは仕方ない事だ。
時期的にも田植え時期。不意打ちを受けた事を考えておくべき。であれば、自然と奇襲を受けた事になる。
楽観視は出来んだろうな。
安藤殿の居城である北方城に入り、行軍の疲れを取っている間、儂は考えていた。
『隼人正(長井道利)は何故、謀反を起こした?』
当たり前の事だが、勝算があったからだ。そんな事は馬鹿でも分かる。
では勝算とは何だ?それは兵の確保だ。堅城と名高き稲葉山城を落とし、更にはその後の六角家による奪還にも耐えられるだけの兵を集め、糧秣を確保する。
それは一朝一夕で出来る事ではない。入念な準備が必要だ。
加えて、人の心も重要だ。
美濃の者達が六角家を恨んでいる事は、儂も良く知っている。仮にも城代として稲葉山にいた事が有るのだ。
だからこそ、六角家の支配に対して不満を持つ者達が隼人正に与した。納得できる理由だ。
だがここで問題がある。
稲葉殿・安藤殿・氏家殿の所領も甚大な被害を受けていたという事実だ。
六角家が美濃国内を荒らした時、主に被害を受けたのは稲葉山城よりも南から西にある地域だ。そこには三人の所領が存在している。
隼人正に同調するとしたら、彼等こそが最も同調するのでは?なのに、どうして彼等は六角家にそれを報せた?
単純に六角家の支配体制が崩れることは無いと判断したから、強い者に従えという基本に乗っ取って決断した。まあ十分に考えられる事だ。この乱世であれば、普通にあり得る行動だ。
だが、それを覆す要素があるとすれば?
……埋伏の毒。これも十分に考えられる……試すか。
翌日の評定は、翌々日に出立する準備の為に行われた。
この北方城から見ると、稲葉山城は四里ほど東。北には稲葉殿の本郷城もあるが、ここに寄ることはない。時間の無駄でしかないからだ。
進軍経路を土地勘の豊富な三人の意見を聞いて決めていく。
三人を先陣としての行軍。城に籠もる敵兵力は二千。五千程は東美濃の抑えの為に出陣しているという報告もある。打って出るには十分と言えるだろう。
「この分なら、油断しなければ問題は無さそうですな」
「左様でございますな。蒲生殿の仰る通り」
「そのように申されては面映ゆく御座いますな。ところで御三方にお尋ねしたいのですが、隼人正は各々方に謀反に協力するよう、使者を出して来なかったのですかな?」
『来ておりませぬな』『稲葉殿が仰るように、来ておりませぬ』『安藤殿が申されたように、某の所にも来ておりませぬ』
……有り得ないな。特に氏家殿だ。氏家家の所領は稲葉山より南に位置しているが、特に所領が広い事で有名だ。率いる兵も多い。そこに呼び掛けなかった?有り得ないだろう。
恐らく、使者は間違いなく来ている。それを伏せた背景。儂には疑われたくない為だ。
稲葉殿は百八十、安藤殿は百六十、氏家殿は四百。兵の数を見れば、一目瞭然。他国人衆を合計すれば西美濃勢は二千にはなる。
儂の兵は四千。これに西美濃勢二千で六千。対する稲葉山は二千と東美濃へ出向いた五千。
数字上では互角。だが西美濃勢が埋伏であれば、こちらが圧倒的に不利となる。
そもそも、隼人正はどうして東の抑えに五千も出せた?
「いや、“逆なのか?”」
「蒲生殿?」
「ああ、済まない。気にしないで戴きたい。つい益体も無い事を考えてしまったわ」
いかんいかん、儂の考えが合っていれば、北方城は敵地だ。儂がその事に気付いた事を悟られては命が無い。
儂は稲葉山が決戦の地。東美濃は時間稼ぎ。そう考えていた。
逆なのだ。事実は逆なのだ。
堅城・稲葉山城で時間を稼ぎ、東美濃を実力で制圧する。その上で取って返して、六角勢を潰す。
或いは隙を突いて、埋伏の毒を動かす。それが隼人正の思惑か。
稲葉山城の守備兵が少なければ、儂は間違いなく短期間で落とそうと考える。隼人正もそう判断したのだろう。
城に籠もる兵が少ないのは、絶好の機会だからな。それが堅城となれば猶更だ。
「やはり稲葉山城は堅城だ。攻め落とすなら、隙を見せた今が好機ですな」
「仰る通り!我等は稲葉山城の事を良く知っており申す。だからこそ、守備兵が少ない今が好機なのです!」
「確かに稲葉殿の申す通りだ。故に稲葉殿、貴殿にやって貰いたい事がある。稲葉山城には複数の砦がありましたな。西美濃勢二千で、付属の砦を落として戴きたい」
これで分かる。本気で六角家に就くのなら受けるだろう。
だが、逆であれば話は別だ。間違いなく理由をつけて断ってくるだろう。
「そ、某にで御座いますか?」
「そうだ。西美濃勢二千。砦は儂の記憶が正しければ五つ程あった筈。籠もる兵は各百。稲葉山城に千五百と儂は見ている。砦ごとに二千で襲い掛かれば、時を労せずして済む。敵の二十倍の兵での勝ち戦だ。儂はその間、東の監視の為に、稲葉山城の南にある船田城へ入る。砦を陥落させたら、交代しよう。さすがに兵力二千で、稲葉山城千五百を破るのは無理がありますからな」
「それは儂では……何より、西美濃勢は全て儂に従っている訳では」
決まりだな。ならばやるべき事は一つ。
時間は今晩だけだ。今晩中に返り忠を目論む輩を一掃する。
その後に西美濃制圧。同時に御屋形様に急使を出して報告だ。稲葉山城を奪っても、西美濃が敵に回っては孤立するだけ。御屋形様も御理解して下さるだろう。
その上で武田家に協力を仰いで国境を封鎖。二年でも三年でも塩攻めにしてくれる。
舐めた真似をしてくれたのだ。その命で贖ってもらおう!
「無理とあらば仕方ありませぬな。こちらで受け持つとしましょう」
「申し訳御座らぬ」
「構いませぬとも。さあ、明日は早い。色々と準備を済ませて、疲れを取っておくとしましょう」
今晩中に、北方城にいる西美濃勢を殺して回る。百姓兵は逃亡するに任せればよい。狙いは国人衆だ。
密使も出して、西美濃完全制圧。北方城を拠点として、堅固な守備を敷く。
面倒な事になったわ。儂が城代の間、しっかり政に励んだつもりだったのだがな。
これも乱世の習い。隼人正、其方の浅知恵、儂に通用しなかった事を悔いるがよいわ。
永禄三年(1560年)四月、近江国、和田山城、六角義賢――
肥田城の高野瀬誅伐の為、近江兵一万二千は和田山城に入った。
和田山城は肥田城からは一里程度の距離しかない。正に目と鼻の先と言える。
そして向こうの情報を集めさせている中、次々と周囲の情報が集まってきた。
美濃は東美濃以外が裏切り。下野守(蒲生定秀)は埋伏の毒を実行した国人衆を制圧。大半は討ち取ったが、何名かは逃亡。孤立を避ける為、稲葉山城奪還を諦めて西美濃掌握に切り替えつつ、以前の塩攻めの再現を献策する、と。
良き案だ。今度こそ許しはしない、寝返った者達には相応の報いを与えねば。
近江南西の一向一揆。加賀守(平井定秀)を大将として向かわせたが、向こうは城に籠もる事もなく野戦を挑んできた。このまま野戦で殲滅するという報せであった。
問題は無い。こちらも十分な働きをしてくれている。このまま任せておけば問題は無い。
堅田の状況。浅井からの報告は来ていないが、対馬守(三雲賢持)の草が情報を持ってきた。
堅田は小早を搔き集めている。動くであろう兵は三千以上。
更には延暦寺の僧兵にも動きが有るという追加報告が来た。
延暦寺は地理的に加賀守が近い。警戒するよう、加賀守に報せろと指示をする。
問題は延暦寺僧兵と、堅田一向衆がどこに向かうか、だ。可能性としては加賀守と対峙中の一向一揆勢への援軍であろうが。
そして肥田城を偵察していた物見が、思いもよらぬ情報を伝えてきた。
肥田城の背後、宇曾川を挟んで浅井の旗を掲げる兵がいた。数はおよそ六千。
「御屋形様、浅井ですが」
「浅井がここにいる筈がない。浅井は美濃救援を断ったのだ。堅田への警戒を理由にな。儂もそれを認めた。ならば、何故ここに居るのか。理由は一つしかあるまい」
浅井は寝返ったのだ。我が六角家に牙を剥いた。
だが気になるのは浅井の兵力だ。浅井はその気になれば六千は集められる。という事は全軍を率いてきたと判断して良いだろう。という事は、堅田に不安を感じていないという事になるが、まさか?
「父上!浅井が裏切ったとあらば、踏み潰すべきです!」
息子・右衛門督(六角義治)の威勢のいい声が響く。
今回ばかりは、右衛門督の言う事には筋が通っている。浅井を見過ごす事は出来んからだ。六角家を裏切った者を放置していたら、間違いなく六角家は侮られる。
但馬守(後藤賢豊)、摂津守(目賀田貞政)、山城守(進藤賢盛)も頷いている。
確かに美濃へ救援に向かっている下野守(蒲生定秀)の事を考えれば、このまま捨ておく訳にはいかんのだ。美濃・不破関も通じる坂田郡は浅井の所領。今までは浅井は従属していたから好きに行き来できたが、もし浅井が反旗を翻せば美濃は孤立する。
「これは美濃の反乱も一向一揆も、全て繋がっておると判断すべきであろうな。若造と思って甘く見ていたようだ。見事だ、賢政」
「御屋形様?まさか!」
「山城守。他に考えられるか?あまりにも都合が良すぎる。恐らく、絵図面を描いたのは浅井であろう」
結果として、六角家の兵は一万三千が儂の下から離れている。この場にいるのは一万二千だけだ。
本当に見事だ。感心したわ。よくもまあ、これだけの策を講じてきたわ。
元服したばかりだというのに、此程の策を立ててくるとはな。
儂も耄碌したか。これだけの実力を有していた事を見抜けなかったとはな。
「高野瀬の役目は撒き餌であったという事。つまり我等は釣りだされたのだ。となれば高野瀬は後回し。どうせ高野瀬の率いる兵は多くはない。まずは川向こうの浅井勢を優先して潰す。その後で返す刀で肥田城を落とす。それまでは千も差し向けて、我等の背後を突かぬ様に牽制で時間を稼げば良いだろう」
「御屋形様の策に賛同致します。高野瀬の黒幕が浅井ならば、浅井を潰せば降伏しましょう。仮に高野瀬を優先すれば、時間を稼がれたところに背後から奇襲を食らう可能性も御座います」
「但馬守の申す通りだ」
基本方針は決まった。
まず我等は川向こうの浅井を潰す。
「鯰江備前守貞景!兵一千を預ける!肥田城から高野瀬が外に出て来られないように蓋の役目を果たせ!」
「心得ました!」
「我等は浅井を潰す!先陣は摂津守と山城守に任す!数はこちらが多い!油断せずに圧し潰せ!」
浅井は川向こうで鋒矢の陣。こちらは数で有利なのだ。摂津守と山城守を先陣とし、両翼を委ねる。鶴翼の陣で敵先陣へ左右から圧を掛けるのだ。
敵が押し出されて川に出てきた場合は、二陣の大和守(山中俊好)の出番だ。本陣を守るのが本来の役目だが、必要になれば攻めに参加して貰う。
仮に浅井勢が突撃を敢行してきた場合は、山中は本来の役目に戻るだけ。何の心配もいらぬ。
「御屋形様の御判断が正解で御座います。鋒矢の陣は少数で大軍の正面突破に向いた陣。鶴翼は相手を包むまで中央が耐えなければならず、浅井が突撃すれば本陣が危うくは御座います。が、今は違います」
「但馬守の考え通りだ。浅井の前には宇曾川がある。思い通りに突撃はさせん。来ると分かっているのだ。油断しなければ問題は無い!」
摂津守と山城守に二千ずつ。本陣前、摂津守と山城守にやや遅れて、大和守に兵二千を預けて二陣として配置。
川を挟んで矢を射かける。
とにかく突撃させないよう立ち回るのだ。この兵数差、長引けば長引くほど浅井は不利になっていく。
「父上!某にも指示を!」
「落ち着け、右衛門督。御家の主の役目は、首を獲る事ではない。家臣をいかに上手く使いこなすかが役目なのだ。目の使えぬ加賀守(武田信親)殿のようにな。それさえ出来れば其方は次期当主として名を馳せる事が出来る。猪武者になってはならん!」
「こ、心得ました」
そうだ、学ぶのだ。
儂とて、決して有能ではない。だが頼れる家臣を上手く使いこなせば、十分に御家を守る事は叶うのだ。
知恵働きの出来る両藤、何でも卒なくこなす下野守、摂津守に加賀守(平井定武)、草を巧みに用いる対馬守(三雲賢持)。正直、皆、儂より実力がある。だが彼等を使いこなすのは、六角家当主である儂の役目。
其方は、その役目を継ぐ事こそを求められているのだ。
「猿夜叉、いや賢政。此程の策を講じたのだ。まさかこのまま潰されるほど甘くはあるまい。其方を手ずから鍛え上げた、この儂を乗り越えられるか?」
永禄三年(1560年)四月、近江国、肥田城、高野瀬秀隆――
「さすがは六角家当主、六角左京大夫義賢様。全く隙の無い攻め手で御座いますな。あれでは浅井家の先陣が突撃しようとしても、川で足を取られる上に、二陣――旗印から山中大和守(山中俊好)のようですが、奴等によって迎撃されるでしょう」
物見櫓から、手に取る様に両陣営の配置が丸分かりだ。
鋒矢の陣は少数の軍勢が中央突破を図る為の陣として有名だ。それ以外にも特徴があるのだが、どうやら六角家にはその事に気付いた者はおらぬように思える。
「浅井家の先陣は善祥坊(宮部継潤)殿が中央。両翼を善右衛門(海北綱親)殿と弥兵衛(雨森清貞)殿が固めて堅固な守りを築いておられる。それぞれ兵は一千ずつ。善祥坊殿の後ろ、残り一千は、どなたが率いておられるので御座いますか?」
「喜右衛門(遠藤直経)よ。あれは知恵が優れている。どこに支援に入れば良いか、即座に判断を下させるなら、喜右衛門が適任だ」
「仰せの通りで御座いますな。しかし、見事に嵌まりましたな」
ここまでは、全て絵図面通りに進んでいる。
浅井家先陣の役目は時間を稼ぐ事。望むらくは二刻は粘って貰いたい所だ。
もっと六角家の陣を崩す為に。
「もしも、だが。六角の先陣が渡河して包囲殲滅に入った場合だ。その時は、一気に動く」
「心得て御座います」
六角家の先陣を務める摂津守(目賀田貞政)と山城守(進藤賢盛)は歴戦の武将。浅井側の武将がいかに励もうが、それを食い破ってくる可能性は十分に考えられる。
だからこそ、そういう事態に陥った場合の事を、予め考えておられたのだろう。
慎重さと大胆さを併せ持つ。実に頼り甲斐のある御方だ。
「こちらを警戒している鯰江の陣は、一千と言った所か。流石は左京大夫様、手堅く攻めてくる」
「誠に御尤も。これもまた、読み通りで御座いましたな」
「あれだけ浅井家が目立っているのだ。どう考えても浅井家を先に潰そうとするだろう」
城に籠もった高野瀬勢と、野戦の浅井勢。しかも後者には黒幕疑惑。
普通に考えれば、野戦の方から終わらせるだろう。
「さて、ではこちらからも矢を射かけるとしましょう。鯰江の兵を疲弊させる為に」
「その辺りの案配は任せる。鯰江が来たら、分かっておるな?」
「心得て御座います。しっかり対応致します」
肥田城守備兵五百による矢が飛び始める。
鯰江は陣を矢が届かない程度にまで下げさせた。
なるほど。鯰江も手堅い。功に逸って攻めかかりもせず、かと言って応戦もしない。矢が降るのなら、降らない場所まで下がればよい。
無駄に矢を使わせろ。まあそんな所か。
「一旦、止めさせよ。指示を出したら再開だ」
「ははっ!」
そのまま時が過ぎる。陽も上がり、暖かさが増していく。気付けば、陽がそろそろ中天に差し掛かろうとしていた。
改めて浅井家を見れば、やや押され気味か。六角家に焦りはない。ジワジワと手堅く攻める。
どうやら、まだ渡河するつもりはないようだ。さしずめ、もっと浅井を疲弊させた上で、と考えているのだろう。
「中央の二陣、山中が前に出てきましたな。矢での攻撃に参加し始めたようで」
「代わりに三陣が前に詰めたか。あれは一千といった所か」
「本陣に残り五千。旗印から後藤但馬守が傍におりますな。そろそろ再開致しますか?」
『うむ』という下知に従い、鯰江に対する矢戦を再開する。
鯰江の陣に届くことはない。だが、それで良いのだ。
届かぬ矢の雨。これの真意に気付けないのなら。
半刻後、六角家の陣はかなり前に出た。丁度、川辺に並ぶようにして交戦している。二陣の山中も先陣の間に挟まれるようになり、三陣も遠目から矢を降り注いでいる。
両翼の先陣は、幾らか直接交戦している者もいるようだ。
視線をずらして鯰江の陣を見れば、半分程度はダレて来ているように見える。届かぬ矢の雨の効果が出てきたようだ。
なかなか注意を払い続けるというのは、難しい物だからな。
「さて、では出るとするか」
「こちらも矢が尽きる頃。刀槍を持って手柄を挙げるとしましょう。鯰江は食い止めてみせます」
「ああ、任せた」
さて、城門を開けると同時に肥田城の兵が先陣で突撃だ。鯰江の陣を中央突破後、兵を二手に分けて左右に反転。鯰江の追撃に対する盾となる。
その間に本命の一撃が襲い掛かるのだ。
「御武運を。浅井新九郎賢政様」
「うむ。美作守(赤尾清綱)、狙うは唯一つ、左京大夫様の首だけだ。他は全て無視!高野瀬備前守が食い止めている間に、浅井家の兵二千を以て一気に潰すぞ!」
「お任せ有れ!」
そう。これこそが浅井家当主、新九郎様の策。
浅井家の鋒矢の陣は中央突破を目的とはしていない。
もう一つの特徴である『少数の兵を多く見せる』事を目的としているのだ。
浅井家の二陣までは足軽だが、三陣以降は全て擬兵。旗印だけの案山子に過ぎないのだ。
浅井勢が渡河をしなかったのは、それが理由。兵その物を視線を遮る壁とする。それにより擬兵と見破られぬようにする事。
高所から確認しようにも、遠目には分からぬだろう。物見を直接向かわせれば話は別であったが、運はこちらに味方をし、左京大夫様を騙す事は出来た。
お陰で肥田城内に、伏兵として浅井勢二千が隠れ潜んでいた事を隠し通せたのだ。
さあ、反撃の時間だ。
「高野瀬備前守、時間稼ぎを頼んだぞ!」
「ははっ!では先陣を仕ります!皆の者、行くぞ!」
城門を開け放つと同時に、我が軍が突撃を開始した。
その後ろに続く、浅井家二千が六角左京大夫様の首を獲る事を信じて。
今回もお読み下さり、ありがとうございます。
まずは賢政の仕組んだ、一連の騒動に対する動きから。
美濃国・高野瀬備前守の裏切り・栗太郡での一向一揆。更には堅田で不穏な気配と立て続けに発生。近江兵は2万5千ほどいますが、美濃と栗田に各4千、観音寺に5千おけば、残りは1万2千。思いっきり削られております。
美濃国。
蒲生さん、美濃三人衆と行動中。でも怪しさを感じてカマをかけたら見事に的中!
静かにブチぎれた蒲生さんによる、北方城の惨劇が大発生。
西美濃掌握を目的として残りますが、致命的な事に野良田の戦いが発生している事には全く気付いておりません。
野良田の戦い:六角SIDE
肥田城まで来て、やっと浅井の裏切りと、浅井が黒幕と気づく事に。
そして非常に珍しい事に、主張を認められる義治君wまあ裏切り者を見せしめにするのは当たり前なんですけど。
手堅く進める義賢さん。鋒矢の陣から、浅井が敵陣中央突破を狙っていると判断して、そうせないように立ち回りつつ、鶴翼の陣での包囲殲滅を目論みます。
※鶴翼の陣はV字型が主ですが、Y字もあるそうです。今回はY字です。
野良田の戦い:浅井SIDE(高野瀬視点)
六角家に放置プレイされている肥田城視点からの語り。
高野瀬さんも、義賢さんの事は尊敬しているので、敵になっても様づけです。
そして六角の先陣(目賀田・進藤)が川で白兵戦を行い、二陣と三陣が弓矢攻撃に出た所で、六角の陣形が前のめりになったと判断して、満を持しての伏兵四千による突撃。やる事は史実の桶狭間です。
宇曾川向こうの浅井勢は全て囮。
10/31訂正。浅井(囮)を4000、肥田城の伏兵を2000に訂正。文章内容も随時変更しています。
高野瀬は事前に賢政と話し合っており、肥田城に伏兵を置く策なら、勝ち目があると判断して浅井に与しています。
蒲生さん、義賢さんの生死。武田家の動向。次回から書いていきます。
それでは、また次回も宜しくお願い致します。




