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雷鳴編・第十七話

 雷鳴編・第十七話、更新します。


 今回は山城国(京)が舞台になります。

永禄八年(1566年)十二月、山城国、土御門東洞院殿、山科言継――



 常より冷え込んだ気がする朝に一枚余分に着込んだ儂は、まるで蜂の巣を突いたような騒ぎの御所に来ていた。

 その原因は儂とは旧知の間柄である、武田家の太宰大弐(武田信親)殿。

 かの御仁が死装束に黄金の磔台という、前代未聞の姿で堂々と上洛。更に洛中をゆっくり回った事で、知らぬ者はいない程に知れ渡ってしまったのだ。


 更に最悪な事は、遠回しな宣戦布告にある。

 死刑を求刑したのは、万里小路家の権大納言(万里小路惟房)殿に三好家の日向守(三好長逸)殿。無実を晴らす為に、言葉で正々堂々と戦う、とハッキリ口に出した事だ。

 これには万里小路権大納言殿も慌てに慌てておったな。自分は罰を与えるべきだとは思っているが、死刑を望む程、愚か者ではない、と。これは太宰大弐殿に死を与えよ、という噂が広まった時の、万里小路権大納言殿の言い分である。


 その時はそれなりに落ち着いてはいたのだが、今回の件で完全に変わってしまった。

 万里小路権大納言殿に対する、厳しく冷たい視線。皆殺しの信親に、あそこまでの行動をとらせるだけの覚悟を決めさせてしまった。その責任は取ってくれるんだろうな?とばかりに。

 それを証明するかのように、万里小路権大納言殿の取り巻きは減っていた。一時は摂関家すら呑み込みかねない程の勢いであったと言うのに……万里小路権大納言殿の不興を買う決断。それが吉と出るか凶と出るか、それはこれから次第だ。


 これから、主上の御前で事の是非が問われる事になる。

 殿上人は勢揃い。そして此度の件を、襖の向こう側で耳を澄ましている女官達。

 誰もが興味津々なのだ。例外はと言えば、目の下の隈を満足に隠しきれておらぬ万里小路権大納言殿唯一人。白粉を使っているのは間違いないが、余程に心労が……もしやとは思うが、まさか鉛白では無かろうな?妙に白く感じるが……まあ、命を落とすのは万里小路権大納言殿だ。儂に迷惑がかかる訳では無いのだから、好きにすれば良いか。

 

 そして対峙しているのは、件の御仁。

 目一つの眼帯に、ここでも白装束一枚のみ。隣には手を引く役目を自ら望んだ、実兄である右少将(武田義信)殿、その後ろには実父の右中将(武田信玄)殿と祖父の左京大夫(武田信虎)殿。

 太宰大弐殿以外は、朝廷において武官として認められている範囲内で収まる装束一式。確かに当たり前ではあるのだが、こうも太宰大弐殿が目立つのを考えると、これも策か?と勘ぐってしまうわ。


 ……ただ気になるのは、三好家の動向。

 この場には武田家以外の者も来ているのだ。それは将軍家の公方(足利義輝)殿であり、三好家当主代理の弾正(松永久秀)殿。弾正殿が代理として参内しているのは良いとしても、問題は日向守(三好長逸)殿の姿が無い事だ。

 今回の件、誰もが日向守殿は逃げた、と見做しておるだろうな。万里小路権大納言殿が心をかき乱されているのは言うまでもないが、その原因の一つが日向守殿にあるのは間違いない。そもそも、日向守殿もこの場におらねばならぬ立場だからだ。


 「……まずは主上に言上奉ります。三好家の日向守殿は急病にて参内できぬ、との事でおじゃります」

 一条権大納言(一条内基)殿が頭を垂れながら、恭しく言葉を発する。

 だがその内容に、周囲からは微かな失笑が漏れ聞こえてきた。

 姿を見せていない事で、逃げたと思っていたのだ。それがより明らかになってしまったのだから、そうなるのも当然と言えば当然ではあるのだが……ただ、儂にとっては頭が痛い。これで日向守殿が臍を曲げられてしまったら、献金を集める事が難しくなってしまうからだ。本当にどうしたものかのう?……


 「では、これより始めるでおじゃる。まずは事の発端となった、御山(比叡山)の二度目の焼き討ちと、それに伴う種子島による御山の者達を皆殺しにした件でおじゃる。太宰大弐殿、この件は間違い無いでおじゃるな」

 「間違い御座いませぬ。某の命により実行させました」

 「分かったでおじゃる。それについて、何か申し開きすべき事はあるでおじゃるか?」

 今回の件、中立の立場で進行を務めるのは、准三宮(二条晴良)殿。

 日向守殿に関する御報告を終えた一条権大納言殿が下がるのと代わるようにして、口を開かれたのだ。

 それにしても、准三宮殿は妙に晴れ晴れと言うか、上機嫌な御顔ではある。大寧寺の一件以来ではないだろうか?それとも、久方ぶりの大役に心が弾んでしまっているだけだろうか?願わくば、妙な事を考えておらねば良いのだが……


 「二度目の焼き討ちは、武田家の下した沙汰に背いた事に対する誅罰に御座います。これを見過ごしては、武田家は甘い御家。沙汰に従わなくても、何も問題は無い、と見縊られる事になります。故に某が動きました」

 「重ねて問うでおじゃる。種子島を用いた理由は?罰を与えるだけなら、捕えて首を斬るだけで十分。加えて女子供まで皆殺しにする必要があったのでおじゃるか?」

 「勿論、御座います。まず種子島を用いた理由から説明致します。その理由は、某の手勢の種子島の練度を上げる為に御座います。動かぬ的を撃つより、動く的を撃つ方が遥かに練度の向上に繋がります。まして相手は沙汰を無視した無法者。であれば一石二鳥の罰になると判断致しました。故に某は『狗追物』と称して、種ヶ島を撃つように命じました」

 まるで冷や水を浴びせかけられたかのように、みるみる顔を青褪めさせていく准三宮殿。本人が気づいているかどうかは分からぬが、僅かに後ずさりしておるわ。

 恐らく、太宰大弐殿の狂気を孕んだかの如き、冷徹さと打算に呑まれたのであろうな。儂は昔から関わって来たからこそ少しは慣れておるが、准三宮殿は別だったと言う事か。

 そして、それは周囲の殿上人達も同じ事。武家はともかく、公家は血生臭い事とは関わってこぬからな。万里小路権大納言殿も含めて、皆が太宰大弐殿を凝視しておるわ。


 「女子供についても同様に御座います。そもそも仏僧は女を抱くのは御法度。親鸞聖人は妻帯を許しておりますが、それは前提として、夫婦になる事を求められます。決して色に溺れたり、幼き男の童を抱く様な事は許しておりませぬ。にも拘らず、彼らが自称する神聖な御山にいた女子供。いる筈の無い者達を撃ち殺したとしても、どこからも文句を言われる筋合いは御座いませぬ」

 「……太宰大弐殿、仮に、仮にでおじゃるぞ?単に暮らしがきつく、生きていく為の銭を稼ぐ為に御山にいた、そういう者達であったのなら?せめて情けをかけるべきではなかったのでは?そうは思わぬでおじゃるか?」

 「思いませぬ。武田領は法度、即ち法による支配を謳う御家。その考えは歴史を紐解けば、始皇帝が教えを請うた韓非子から始まります。人は悪であるが故に、法をもって正さねばならぬという訓え。当家の法度は、法度に背けば、相手が例え武田家当主であろうとも罰せられる事が明言されております。そして御山は武田領である近江国に存在しております。故に某は厳罰を下すべきであると判断致しました。それによって発生した犠牲が有ると言うのなら、それは某が背負って生きていく所存。某は狗追物と称した一連の沙汰を、死ぬまで忘れる事は御座いませぬ」

 無言ではあるが、力強く一回だけ頷いた右中将殿。それとは対照的に、満足そうに幾度も頷いた左京大夫殿。この二人、その為人も大きく異なるのだが、太宰大弐殿に対する高い評価は同じらしい。まあ積み上げてきた実績が違い過ぎるからな。

 三好家の弾正殿も、一回だけだが軽く頷いた様子。公方殿は軽く目を瞑って、何やら考えておるようにも見える。暫く前から為人が変わったと評判だが、もっと前からこうして考えてくれるような為人であったのなら……実に残念だわ。

 それはともかく殿上人は……太宰大弐殿を相も変わらず化け物でも見ているかのようだ。中には明らかに怯えている者もいる始末。全く……太宰大弐殿は政の達人ではあるが、冷酷さを併せ持った知者であると言う事を忘れておったらしいわ。


 「……では万里小路権大納言殿に問うでおじゃる。権大納言殿は太宰大弐殿に対して、死を与えるべきである、という噂が出た際、御自身の関与を否定なされたでおじゃるな。それに間違い無いでおじゃるか?」

 「ま、間違い無いでおじゃる!麿は愚か者ではないでおじゃる!もし太宰大弐殿に死を与えるような真似をすれば、主上の御不興を買ってしまうでおじゃる!それに武田家から距離を取られてしまえば、朝廷その物が苦しむ羽目になるでおじゃる!」

 「……言いたい事は分かったでおじゃる」

 万里小路権大納言殿は必死に否定。その言い分にも筋は通っている。ここで太宰大弐殿に死を与えれば、舅に当たる主上にどう思われるか?馬鹿でも無ければ分かって当然だ。

 故にこそ、万里小路権大納言殿には死を与えるつもりは無いと言う事。

 ただ、実際に噂は流れている。これが何となく発生した噂であれば、追及する必要すらない。だが、もしこれが意図的に流された噂であれば、その目的は何か?誰かが太宰大弐殿、ひいてはそれに巻き込む形で武田家を追い落とそうと目論んだ可能性が高い。そこは調べておかねばなるまいな。表沙汰にするかどうかは、別としてもだ。


 「改めて問うでおじゃる。万里小路権大納言殿は、死を与えるのは反対。ただし他の罰を与えるべきだ、それで良いのでおじゃるかな?」

 「そ、そうでおじゃる!天台座主(梶井宮応胤法親王)殿を殺めた、その罪を問うべきでおじゃる!」

 「……そのように申しているでおじゃるが、太宰大弐殿。この事について申し開きすべき事はあるでおじゃるか?」

 ゴクリと唾を呑み込んだ者達が複数。皆揃って、盲目の智者を凝視しておる。

 眼前の智者が何と答えるか?天台座主殿を罪に問う事が出来るのか?その命を奪った罪を、どう贖うのか?と言った所か。

 武田家の者達は、右少将殿は心配げに様子を伺っておるな。残る二人は軽く目を閉じて、胸を張って泰然自若。この二人、太宰大弐殿に負けず劣らず肝が据わっておるわ。


 「言いたい事は多々御座いますが、まずは一つ一つ、申し上げたく存じます。最初に天台座主殿についてで御座います。あくまでも『仮定』の話で御座いますが、御山に天台座主殿がおられたのであれば、某は躊躇いなく死を与えておりました」

 「……その理由について、聞かせて貰いたいでおじゃる」

 「あの場に天台座主殿がいた場合、天台座主殿は望んで朝廷に弓を引いた『逆賊』、即ち『朝敵』であった為に御座います」

 一瞬の静寂、次にどよめきが徐々に大きくなっていく。それは問うた准三宮殿や、万里小路権大納言殿も例外ではなかった。二人も目を丸くしていたのだから。

 まさかの朝敵扱い。確かに朝敵であれば死を与えるのに十分すぎる理由になる。それは間違いない、儂にも断言出来る。

 問題は何故に朝敵として扱われるのか?だ。沙汰自体は武田家の沙汰。それに背いたとしても、それはあくまでも武田家にとっての敵に過ぎぬ。朝敵とまではいかぬのだから。


 「暫く前の事になります。某は目々典侍様を通じて、主上にお願い申し上げた事が御座いました。それは天台座主様を御山に戻さぬように、という内容で御座います」

 「……麿はその話、初めて聞いたでおじゃるが、その理由について聞かせて貰いたいでおじゃる」

 「某は耶蘇教と仏教の問答が起きた際、寺の再建は民からの寄進だけで行うように沙汰を下しております。この件については御同席して戴いていた、三好家の弾正殿を始め、多くの方々が御存知で御座いましょう」

 確かにその話は儂も知っている。あの一件は、かなり有名になった事だからな。

 弾正殿も是とするかのように、小さく頷いておる。殿上人達も含めて、だ。それは今回の件で、太宰大弐殿を糾弾しようとしていた万里小路権大納言殿を頭とする反武田派と言うべき者達も例外ではない。

 ……ん?そういえば、あの連中、揃いも揃って死を与える事には反対しておったな。だが噂は流れておる。これは……うむ、後で時をかけてじっくり考えてみるとしようか……


 「あの時、某は既に気づいておったのです。生臭坊主共は確実に沙汰を無視するだろう、と言う事は。苦労を拒み、楽して銭を集め、寺を建てるだろうと。そうなれば、某は二度目の焼き討ちを行わねばなりませぬ。故に天台座主殿を御山に戻さぬように、目々典侍様を通じて主上にお願い申し上げたので御座います」

 「す、少し待つでおじゃる。主上に確認を取らせて戴くでおじゃる!」

 「はは、心得ました」

 御簾越しに此度の件を御覧になられておられる主上に、慌てて確認を取られる准三宮殿。間違いなく、全く想像しておらなかったのだろうな。

 それは正直言って儂も同じであったのだが、それでも相手が今荀彧と名高い知恵者であれば『予め手を打っていても不思議はない』と素直に思えてしまう。

 殿上人達も似たり寄ったりといった感じか。口元を隠して、隣の者達と囁き合っておる。平然としておるのは、一条権大納言殿を筆頭に、武田家寄りの者達ばかり。これは間違いなく事前に説明を受けていた、と見るべきであろうな。


 武田家は言うまでもない。家族でもあるし御家の重大事項でもあるのだ。当の本人から説明を受けていて当然だろう。

 気になるのは弾正殿だ。あの顔に焦りはない。と言う事は、間違いなく弾正殿も太宰大弐殿の思惑を理解していたのだろう。それを知った時期が、いつ頃だったのか?までは分からぬがな。

 それは三好家、正確には三好家当主派の思惑にも繋がる筈。弾正殿と太宰大弐殿の親交は有名だが、今の弾正殿の態度も含めて考えれば、三好家当主派としては此度の件については武田家寄りなのだろう。となれば死を与えると言う噂を流したのが、当主派だとは思えぬのう……そこに咳払いが聞こえてきた。


 「只今の件、主上も御存知でおじゃりました。天台座主殿にも決して御山に戻ってはならぬ、と内密に命じていたそうでおじゃります」

 「お、御待ち頂きたいでおじゃる!何故に内密にしていたのでおじゃりますか!?」

 「公にすれば、御山に居るべき筈の天台座主殿が不在である事を天下に知らしめる事になるでおじゃる。確かに歴代の座主殿を顧みれば、御山に不在の方は多々あったでおじゃりましょう。しかしながら建前と言う物もおじゃります。御分かりでおじゃりましょう?」

 突然、割って入ってきた万里小路権大納言殿に対して、准三宮殿は口元を隠しながら応じられた。

 ただその眉は僅かに潜められている。眉間にも皺が寄っておるしな。明らかに不快に思われたのだろう。

 こういう事も太宰大弐殿が白粉の一件を言上した事で、白粉が薄くなった事により判別し易くなったという見方も出来る。あの一件以来、白粉で顔を完全に白くする者達は消えてしまったからのう?白粉の代替品もまだ見つかっておらぬ故、今の朝廷においては扇や袂を上手く使って、顔を隠すのが増えてしまった……いかん、いかん、余計な事を考えてしまったわ。今は目の前の事に集中せねば、な。


 「故に天台座主殿が御山におれば、それ即ち、主上の御意志に背いた、と言う事になるでおじゃる。太宰大弐殿は、そう申したいのでおじゃるな?」

 「はは、仰せの通りで御座います。尤も、あくまでも『天台座主殿が主上の御意志に背いていたのであれば』という仮定の話で御座います。何せ天台座主殿の御遺体は見つかっておりませぬ故、あの場にはいなかったと判断すべきであると存じます」

 「成程成程。確かに天台座主という地位にある御方が、それも皇家の血を継かれる御方が、主上の御意思に背かれる様な真似をなされる訳がおじゃりませぬなあ」

 わざとらしく語尾を伸ばされたのは、准三宮殿なりの意趣返しと言った所か。少し声色も強めて、周囲が頷くように持って行ったのだろう。

 こればかりは万里小路権大納言殿の失策と言った所か。最近は朝廷において、色々と派手に振舞すぎておったからな。准三宮殿も思う所が有ったが故に、今回の件に乗じて頭を叩いておいてやろう、と考えたのだろう。

 せめて天台座主殿の最期を見届けた者がおれば話は別であっただろうが……


 ……くわばらくわばら。気づきたくない事に気づいてしまったわ。

 太宰大弐殿が狗追物と称した一件。異様に動きが早く、朝廷が事に気づいたのは全て終わった後であった事。

 それは天台座主殿を撃ち殺す光景を、野次馬達に目撃させない事も含んでおったのやもしれぬな。まあ、これはあくまでも儂の想像に過ぎぬのだがな。妄想と言っても良い。儂としては余計な事を言うつもりは無いし、今後も武田家とは上手くやっていきたいのだ。故に、忘れてしまうのが得策だろう。


 一方で万里小路権大納言殿はぐうの音も出ない有様。渋面を作っておるのが丸分かり。

 これでは太宰大弐殿の罪を問うのは難しかろうな。しかも内密にとは言え、主上は御山にいかぬよう命じておられたのだ。

 となると天台座主殿は行方不明、という形で終わらせるのが落とし所、と言うべきか。次代の天台座主殿を選び、何食わぬ顔で……まあそんな所かのう?


 ……直後、儂は自分の甘さを痛感する事になるとは欠片ほどにも思わなかったのだ。目の前の男が、日ノ本一の知恵者であり、冷酷非情な暴君でもある事を忘れてしまっていたのだ。


 「ところで准三宮様にお訊ねしたき儀が御座います。お赦し願えますか?」

 「構わぬでおじゃるよ」

 「はは、有難き幸せ。此度の件に絡んでおりますが、万里小路権大納言様は某が天台座主殿を殺めた罪に対して、罰を与えるべし。その罰は死罪ではなく、別の罰を与えよう。多少の言葉の違いは御座いましょうが、それで間違いないので御座いましょうか?」

 目一つの眼帯が万里小路権大納言殿に向けられた。まるで眼帯越しに、その姿を捉えたぞ?と言わんばかりにだ。

 対する万里小路権大納言殿は目を白黒させた後、慌てて『そ、そうでおじゃる』と応じられる。

 一条権大納言殿を筆頭に親武田家の殿上人達は……面白そうにしておる。これは間違いなく知らされておるのだろうな、これから起こる事を。敵は皆殺しを有言実行している皆殺しの信親による、言葉の刃による万里小路権大納言殿の公開処刑。 


 「そして某を死罪にしない事についても、色々と仰せになられておりました。主上の御不興を買う、武田家との距離が空いてしまい、朝廷が成り立たなくなる、とも」

 「……確かに口に出しておりましたな。その言い分には麿も」

 「御待ち頂きたく存じます。それ以上は口に出してはなりませぬ。某の発言が、准三宮様に御迷惑をお掛けする事になります故」

 准三宮殿の発言に割って入る非礼。あってはならない無礼な行為ではあるが、太宰大弐殿からすれば、それ以上の発言は危険だと判断したのだろう。

 准三宮殿も非礼を咎めず、どういう事か?と眉を潜めておるな。

 あの言葉の先。それは万里小路権大納言殿の言い訳には納得してしまった、という事になるのであろうが……


 「皇家の血を継かれる無実の御方を殺める。それは間違いなく死罪に相応しい大罪と申せましょう。それを個人の判断で勝手に減刑する。果たして、主上に御仕えする御方として許される事なので御座いましょうか?それに同意なされた御方は、どのような事に見舞われてしまうので御座いましょうか?」

 「……ふふ……成程、確かに太宰大弐殿が申した通りでおじゃりますな」

 「はは。仮に某の罪を問うのであれば、毅然と対応すべきで御座いました。敢えて申し上げるなら、武田信親という男は大罪人である。皇家の血を継かれる天台座主殿を撃ち殺したのだ。その罪は死を与えるに相応しい。武田家の罪は問わぬ故、今後も朝廷に対して忠義を尽くして参れ、とでも言えば良かったのです」

 周囲の視線が万里小路権大納言殿に対して、失笑とともに向けられる。

 同時に、太宰大弐殿が非礼を犯した理由も、皆が理解出来てしまった。

 もしあの時、准三宮殿が発言を続けていたら、准三宮殿も同じ目で見られてしまっていたからだ。それも主上が御覧になられている、公の場での失態。准三宮殿は発言の責任を取らざるを得なかったであろうな。


 「しかしながら、万里小路権大納言様は毅然とした対応をお取りになられませんでした。何よりも問題は私情を優先なされた事に御座います」

 「な!?麿はそのような真似はしておらぬでおじゃる!」

 「思い出して戴きたい。武田家に距離を取られると銭の面で朝廷が困る、と言うのはまだ筋が通ります。ゴリ押しも出来ましょう。しかしながら『主上の御不興を買う』と言う言葉は、東宮殿下の伯父君としての私情でしか御座いますまい」

 儂は見てしまった。実際に起きてはおらぬのに、目の前で起きたのだ。

 一筋の閃光。そしてズルリ、と音を立てて左右に断ち割られてしまった万里小路権大納言殿の姿。

 目を擦り、そして理解する。あれは幻に過ぎなかったのだ、と。


 「真の忠臣であるのなら、例え主君の不興を買ったとしても、忠言を尽くすべきで御座います。それは過去の歴史、多くの書物が後世の者達に教えている事に御座います」

 「それは……」

 「そして、その行為が多くの者達にとって正道であり、煌めく玉のように眩く見えるからこそ、皆揃って『かくあるべし』と褒め称えているので御座います」

 無言。万里小路権大納言殿は何も言えずに沈黙を保つばかり。憎々し気に太宰大弐殿を睨みつけているが、まさに八方塞がりと言うべき状況。

 ここで『お前に言われる筋合いはない』と言い返せば話は別だろうが、相手は鋼の肝を持つとまで言われる御仁。その逸話の一つに、公方殿に対して真正面から『愚か者』と叱咤した話が有るほどなのだ。

 つまりは有言実行している男が相手なのだ。それを相手に実行できない万里小路権大納言殿が文句を言える訳が無い。周りから嘲笑されて終わりだろう。


 「これから申し上げる事は、武田家の総意に御座います。武田家は次代の帝の地位に、何方が御着きになられるのか?と言う事には全く興味が御座いませぬ。あくまでも武田家は今、御簾の向こうに坐す主上に御仕えするだけの武官の御家に過ぎませぬ。ですが、どうも勘違いなされておられる御方がおられるように、某には感じられます」

 「……六宮様の事、でおじゃりますな?」

 「仰せの通りで御座います。ただし繰り返しますが、武田家は主上に忠誠を尽くす事しか考えておりませぬ。一武官として、果たすべき御役目を愚直に実行していくだけに御座います」

 ここで頭を垂れた太宰大弐殿。僅かに遅れて、武田家当主三代も揃って頭を垂れる。

 ……御見事。そもそも万里小路権大納言殿が動いた原因。それは己の甥にあたる東宮殿下にとって、競争相手となる六宮様の存在があったからだ。その六宮様の最大の支援者であったのが、御生母である目々典侍様の実の娘である春齢様を娶られた太宰大弐殿。

 謂わば六宮様と太宰大弐殿は義兄弟という関係。そこに万里小路権大納言殿は不安を感じてしまったのだろうな。まあだからと言って許される理由にはならぬだろうが。


 ……大局は決した。

 中立の者達は、揃いも揃って太宰大弐殿を無実と判断するだろう。例え万里小路権大納言殿が幾ら声を荒げたとしても、誰一人として耳を貸すまい。

 結果、朝廷においては武田家と、それに与した三好家当主派に就く者達の勢力が拡大。一方で三好家反当主派は勢力減少。


 万里小路権大納言殿にとって、一縷の望みは東宮殿下の存在。

 武田家は帝位に興味を持っていない、と明言したのだ。それは次代の帝として、東宮殿下が就いたとしても構わない、と言う事でもある。

 無論、その言が偽りである事も考えられる。本当は六宮様こそが、と言う本音を隠しているだけだとしても不思議はない。寧ろ武田家の事を考えれば、それが自然だろう。或いは……


 身震い。嫌な事を考えてしまった。

 儂に出来るのは、主上に忠義を尽くす事のみ。

 今後も太宰大弐殿から目を離す訳にはいかぬだろう。今までにもまして親交を深めていかねばならぬだろうな……

 今回もお読み下さり、ありがとうございます。


 今回は山城国(京)。山科言継視点より。


 【主上の御前】

 正親町帝が御簾の向こう側で見ている状況下での査問会。

 日程的には主人公が到着してから二日後と言った辺り。本来ならもう少し空く筈でしたが、主人公が上洛早々白装束に黄金の磔台で登場した為、少しでも早く消火作業を進めるべきだ!という意見が大勢を占めた結果、前倒しになりました。

 ちなみに御所にも白装束一枚で登場する始末。色々な意味で、公家さんの日記に書かれる事になるでしょう。こういう輩は敵に回すな、という意味合いで。


 【急病】

 逃げに徹した長逸さん。岩成さんは上洛までの心労でノックアウト中。唯一残った宗渭さんは、何食わぬ顔で自宅で知らんぷり。わざとらしく内政とかに専念してるかも。何で俺が責任取らないといけないんだ、的な言い分で。


 【狗追物】

 間違いなく公家の日記に記載されるであろう爆弾発言w

 拙作の歴史においては、本気で日本史の教科書に載せられるであろうレベルの事件として扱われるでしょう。

 同時に武田信親=サイコパス説も真剣に討論されるだろうな、とw


 【いる筈の無い者】

 一度目の時はマーラの娘発言していたので、今回は言い回しを変更。

 それに一度目の惨劇を見聞きしていたであろうに、二度目は無いと思って商売していたのであれば、武田家からすれば生臭坊主だけでなく、女子供からも『舐められている』も同然です。

 そういう意味でも『罪人≒人』的な意味も含めての『いる筈の無い者』です。


 【韓非子】

 性悪説(荀子)は人間は生まれながらにして悪である。だから礼節を学ばないといけない、という考え。

 韓非子は荀子の弟子らしく、性悪説から更に踏み込んで『礼による徳化で矯正』ではなく『法によって抑えるべき』と主張してます。荀子が個人単位なら、韓非子は国単位で考えた、と言うべきでしょうか?

 ちなみに作中では始皇帝が教えを請おうとした、と言ってますが実際には教えを請おうとした→登用しようとして、讒言からの入牢→死亡という流れらしいです。


 【山に戻さぬように】

 暴嵐編・第二十九話で主上に。暴嵐編・第六十六話の風祭→ボンバーマンへ。こんな感じで布石を打ち終えて、今回回収。


 【御山に不在】

 歴代の天台座主の方々の中には、特別な行事が無い限りは比叡山にいなかったのが当たり前、と言う人もそれなりにいたそうです。実数までは分かりません。とは言っても、建前は必要。しかも京の鬼門にあたる寺で不在を公にするのは、幾ら何でも拙いでしょう。

 尤も、上がそうなので下もいなかったとか何とか。史実でノッブが焼き討ちを躊躇いなく出来たのも、そもそも比叡山に誰もいなかったからだ、という説もあるらしいです。いちいち比叡山を降りて酒や女を買うなら、麓に住んでた方が楽じゃんか、という理屈で寺にいなかったそうで……


 【仮定の話】

 死体は硝石の材料にしちゃってますから、遺体が見つかる訳が無い。加えて目撃者だっている訳が無い。そもそも種子島の轟音と、悲鳴が響く中に『何してんだ?』と近づいてくる馬鹿なんていませんからね。更に短時間で終わらせているので、尚更です。

 それを理解しているからこそ、主人公は平然としてます。今頃、骨になってるだろうなあ、と言う感じで。


 【非礼】

 目上の方の発言に割って入るのは非礼ですからね。

 でもそれで失脚や醜態、醜聞を防げたのであれば話は別です。ましてや『朝敵に同調した』なんて洒落にもなりません。


 【毅然とした対応】

 と言う訳で、万里小路さんの発言(主上の御不興を買う)を逆手に取った主人公。

 二条さんも同調してましたが、主人公の説明で『やっべえ、帝の前でやらかすところだった』と気づいて対応を修正。主人公に同調して、窮地を脱出しました。で、そのまま意趣返しの為に攻勢に。

 

 【忠臣】

 逆説的に『佞臣』という烙印を押し付けて、長逸さんに与した報復を行った主人公。

 これで万里小路さんの発言権は減少。長逸さんと宗久さんが大量に献じた献金も、文字通り無駄遣い=投資失敗に終わる結果となりました。

 結果、朝廷内の勢力図は親武田家(一条家)・三好家当主派(九条家)が勢力拡大。長逸さんが朝廷工作を行っても、大義名分を手に入れるのは難しくなったでしょう。

 

 【主上に御仕えするだけの武官の御家】

 武田家は帝位争いには関与致しません、と公式発言。

 主上も娘婿である主人公に野心が無い事は理解しています。そこに帝位争いにも無関心、武田家当主も同様となれば、跡継ぎを誰にするかは自分で決め易くなります。なので武田家の印象向上。

 まあ主人公としては『面倒臭い』という感情的な理由も有ります。ただ『今は帝位争いの為に銭は使いたくない』という思惑もあります。銭を稼いでも稼いでも、使うべきところが有るので。


 それでは、また次回も宜しくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
 で、仮病で逃げた無様なやつがいるな。
スカッと気持ちの良いお話でした。
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