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雷鳴編・第十三話

 雷鳴編・第十三話、更新します。


 今回は筑後国が舞台になります。


 先週はリアル事情により延期させて戴きました。と言うのも、資格取得の為にスケジュールに無理が生じた為です。

 ところが、ここで悪夢のバッティング(以下、汚い話)が発生する事に。

 まさかのウイルス性?腸炎により一時間ごとにトイレの住人に。しかも色が緑という人生初めての悪夢の時間でした(緑の便は消化不良による胆汁の色が原因との事)。

 日曜日に救急外来に向かい、薬を処方。薬は乳酸菌を増やして、酢酸でお腹の中を殺菌する、と言う物。

 これが効果覿面で、服薬後二時間でトイレの頻度が低下。翌朝にはほぼ全快。珈琲やらコーラやらカップラーメンやら平気で飲み食い出来るまでになりましたw


永禄九年(1566年)十一月、筑後国、妙見城、臼杵鑑速――



 「……雪、か……」

 師走まであと五日ほどになった頃合い。

 ついに雪が降ってきた。とは言っても、流石に積もるような程ではない。白い花びらが風に舞って優雅に舞うような、そんな雪だ。

 具足に包まれた常在戦場の身であるが、それでも雪を見れば思う所もある。掌にそっと舞い降りた小さな花びらは、儂がじっくり眺める事すらも許さず、瞬く間に融けさってしまった。それが儂の気を憂鬱にさせる。


 この雪が、まさに大友家の行く末その物であるからだ。

 儂が誇りと共に滅ぶ事を『是』と出来れば、こうも悩む事は無かった。民部大輔(田原親賢)殿から託された一件。それがあるからこそ、の悩み。

 ……乾坤一擲の奇襲が失敗に終わり、殿を務めた民部大輔殿は戻ってこなかった。恐らくは……まあ、そういう事なのだろうな。民部大輔殿は、あの時、すでに死を覚悟していたのだろう。そして、命を対価に左少将(大友宗麟)様に武田家に降伏なされるよう、御自身を憎まれ役として儂に全てを託したのだから。


 ……降伏……せねばならぬだろうな。

 だが進言する前に、色々と調べておかねばならぬ事はある。

 左少将様は愚かな御方ではない。聡明さも御持ちの御方である。となれば、ただ『民部大輔様の遺言に御座います』ではなく、理も使って説得すべきである筈だ。


 まずは蔵に向かう。その道中、目に入る兵の数は……二十に届かぬ有様。

 正直、ここまで付き従ってくれている兵達には感謝しかない。兵にしてみれば、夜闇に乗じて逃げ出す事も出来る筈なのだ。だと言うのに、それをせぬ。

 まさに忠義の証。いずれあの者達に報いてやる為にも、今はやるべき事をせねば……


 蔵に着いたが、見張りの兵は無し。蔵に兵を置いておく余裕も無いのだ。

 閂を自分で外し、ギギイッと重い音を立てて扉を開く。

 ……中は明かり取りの窓こそあるが、圧倒的に暗い。これを予期して持ってきていた火打石で火を起し、灯明に火を移す。火事にならぬ様、火種は念入りに踏み消し……うむ、では参るとしようか。

 

 蔵の中は予想していた通りの有様であった。

 米はもう残っていない。そもそもここ数日は、左少将様ですら飯が無い日が続いておったからだ。

 一番、お食べにならなければならぬ御方に、飯処か粥すら満足に出せぬ有様。当然の事だが蔵の中が空になっているのは想像はついていた。それでも来たのは、この目で見ておく為。儂自身が、もう先が無い事を改めて、この心に刻み込まなければならぬからだ。


 粥を想像したせいか、それとも、米を意識したせいだろうか?

 腹の虫の音を久しぶりに聞いた気がする。それが蔵の中に響いて、微かに跳ね返って、また耳に届く。

 何という無様な……だが!儂は灯明を床に置いて、両の頬を強く己で叩いた!しっかりしろ!儂にはまだすべき事が有るのだ!どれほど酷く無様な光景であっても、覚悟を持って見届けるのだ!


 蔵を辞し――どうせ盗む物など無いのだから、閂はそのまま放置した――、儂はそのまま城内を見回った。

 一番、人が集まっていたのは井戸の周り。名のある将達も、空腹を水で紛らわせようとしていたのだろう。

 その気持ちは儂にも分かる。何か腹に入れておかねば、気を紛らわせる事も出来ぬからな。向こうが儂を見て気を使わなくて済むよう、気づかぬふりをしてその場を去る。


 次に人が集まっていたのは、立木の一画。

 兵達が木の皮を剥がし、湯がいて少しでも柔らかくして食おうとしているのだろう。微かに薪の燃える臭いが鼻先にまで漂ってきていた。

 視線を移動してみれば、そこでは土を搔き集める者達の姿。こちらは土粥でも作るつもりなのだろう……すまぬ、このような惨めな思いをさせてしまって。必ず、必ず、其方達に報いてやるからな。その思いを改めて自身に刻み直し、儂は踵を返した。


 「……分かってはいた事だが、このままでは」

 勝ち目は無い。口に出すのは抑える。誰に聞かれるかも分らぬからな。

 儂は大局を見据えているつもりだが、誰もが、儂と同じとは限らぬのだ。内に抱えている不満・不安を解消する為、儂の言葉を捉えて……あり得ぬとは言えぬわ。

 こういう時に伯耆守(戸次道雪)殿が傍らにいてくれれば、どれほど、心強い事か。しかめっ面と不自由な足を思い出し、つい思い出し笑いをしてしまった。やれやれ、笑ったのなんて何日ぶりであっただろうな……


 幾分か軽くなった心持ち。百病は気に生ず、という訓えがあるが、実に的を得ている。ハッキリ言ってしまえば、儂の抱える問題は何一つとして解決しておらぬ。だと言うのに、『笑う』という事だけで、こうも心が軽くなってしまったのだ。

 そのせいだろうか。目に映る物も、先程までとはどことなく違って見える。今までは枯れ木や枯草を見ても、不安な先行きにしか思い至らなかったのだ。

 だが、今は違う感じがする。


 枯れ木を見ても、食えぬ、とは思わない。冬を越す為の薪には使えそうだ、枯れ木の中に居る虫なら食える、と思えるのだ。

 枯草を見ても、これも食えぬ、とは思わない。根なら食えるのでは?土の中にいる虫なら食えるのでは?と思えるのだ。

 ……まあ、結局は食い気に行きついてしまうのだがな。それでも、幾分かマシになった気はするのだ。


 そう思いながら、儂は物見櫓に上った。

 見張りの兵が一名。頭を下げてきた所に『御役目御苦労』と告げてやる。

 面を上げた兵の貌は皆と同じようにこけていたが、僅かに嬉しそうな笑み……不思議な物だな。今までは当たり前のように見過ごしていた事に、ふと気づいた感じだ。兵の心を察する。こういう事でも無ければ、死ぬまで気づく事は無かったかもしれぬな。


 「武田の動きは?」

 「変わり御座いませぬ。城は完全に包囲されたままで御座います」

 「そうか……油断している様子は?」

 この問いかけに対する返答は『御座いませぬ』の一言。

 武田に隙無し。奇襲攻撃を躱した事で、少しは隙が生じるやもしれぬ、そう考えたのだが武田に甘えは無いらしい。

 頭の後ろを掻きながら、改めて武田勢に目を向ける。遠目に見ても陣形に乱れは無い。流石に兵一人一人の顔を見るのは不可能だが、それでも陣を離れる兵の数程度なら把握出来る。


 「……向かう先は決まっておる、か」

 恐らくは油断ではなく、水を汲みに行く、とか薪を集めに行く、と言った辺りだろう。

 間違いなく必要だから赦されている行動。これを隙とは言わぬな。

 ただ、これで決まりだ。覚悟も決めるしかなくなった。もし左少将様が儂の言葉を受け容れるのを拒むのであれば、雄々しく戦い、散るしかあるまいな。



永禄九年(1566年)十一月、筑後国、武田家本陣、武田信之――



 隈本城陥落。その直後を狙って、兵を一気に攻勢に移した。

 大友家は百姓兵の集まり。冬支度の為に村へ帰りたい。そんな気持ちを抱えたままの者達が大半を占めているのは、容易に想像できた。故に、その心の隙を狙っての大攻勢に、百姓兵達は大友家に見切りをつけてに逃走した。百姓兵にしてみれば、まともに戦って命を落とすだけ馬鹿としか思えぬのだろう。

 故に私自身もそのまま軍を進めて……と思っていたのだが、周囲の献策により城に足止めをされる事になったのだ。


 『起死回生を狙った逆転の奇策。それは向こうの全兵力を賭けた奇襲攻撃に御座います』

 この献策は私の命を救ってくれた。確かに大友家は、この読み通りに仕掛けてきたのだから。

 ただ、私がいなかった陣への奇襲攻撃は無意味に終わり、大友家の将として名を馳せていたという民部大輔(田原親賢)殿を討ち取る結果に終わった。

 その後、大友勢の妙見城への撤退を確認した事で、私は改めて本陣に。そして、今は左少将(大友宗麟)殿が籠る妙見城を取り囲む所にまで至ったのだ。力攻めでも容易に落とせる程に、兵の数に差が有る。加えて、向こうはここ数日、炊事の煙も満足に昇っておらず、かろうじて、といった有様。間違いなく兵糧が尽きてしまったのだろう。


 「叔父上(武田信繁)、そろそろではないかと思いますが」

 「そうだな。そろそろ降伏の頃合いか」

 現在、左少将殿は山城である妙見城へと追い詰められている。率いる兵は百にも満たぬだろう。こちらは包囲の為の兵を六千残して、他全てを北に回すように指示を出した。足りなくなった兵は、豊後国日高郡で筑後を睨んでいた兵をこちらに回す事で補う。余裕をもって対応できるだろう。

 ただ出来る事なら左少将殿は生かしておきたいのだ。それが二郎(武田信親)兄上の深謀遠慮による物だから。

 上策は宗麟が降伏する事。中策は生け捕り。ただ中策は万が一、を考えて実行したくないのだ。


 「使者は誰を送る?三郎(武田信之)」

 「まずは矢文で宜しいでしょう。左少将殿は十分すぎるほどに奮闘なされた。大友領の城砦に籠っている忠臣の方々を討ち死にや切腹に追い込みたくなければ降伏なされよ。左少将殿の命は取らぬ、と書きましょう」

 「それが妥当か。かの御仁は好色であると聞くが、一方で家臣を大切にするとも聞く。それなりに効果はありそうだ」

 すぐに矢文が撃ちこまれた。

 こちらは焦る事なく、反応を待つ。焦りに繋がるような、不安な心当たりも無いからだ。それは叔父上の表情を見れば一目瞭然。

 私以上に百戦錬磨の叔父上は余裕の笑み。何の不安も無いわ。


 「……三郎、俺の顔に何かついておるのか?」

 「いえ、頼りになるな、と思っただけに御座います」

 「流石に積み重ねてきた経験の差が有るからな。だが、いずれは其方が儂のように皆を安堵させる事を求められるのだ。今の内に、知りたい事が有るのなら尋ねる様にな」

 『はは!』と頭を下げる。ポンポンと肩を叩いて下さる叔父上。

 改めて周囲を見回すと、下野守(蒲生定秀)を始めとした年上の者達は、私の成長を期待しているかのような、慈父の笑みと言うべき顔をしていた。

 一方で従兄弟達は私を見て『御苦労様です』や『大変だなあ』と言った辺り。おいおいお前達、まさか他人事だと思ってるのか?お前達だって武田家を支える柱石なんだ。二郎兄上に無言で行動に移されないよう、気を引き締めてくれよ?


 「三郎。今は伊賀衆を俺が使っている。だが、此度の攻めが終われば、俺は九州を離れる事になる。分かっているだろうが、伊賀衆はお前が使いこなさなければならぬ」

 「はい、分かっております。伊賀衆にはまだまだ働いて貰わねばなりませぬ」

 「そうだ。特に二郎が危険視していた二家は健在だ」

 龍造寺と島津。武田に比べれば小さい御家だが、二郎兄上は特に注意を払っておられたな。

 大友家は単純に強い御家。所領も広く、それに相応しい戦い方をしてきた御家だ。それがここまで一気に弱まったのは、二郎兄上の海からの大筒攻撃による手柄だ。決して、私自身が優秀であった訳では無い。

 一方で龍造寺や島津は、何をしてくるか分からぬ恐ろしさがある。特に島津だ。島津は武田に使者を送り、敵対しない事を宣言。その一方で大隅国に攻めかかる、という狡猾さと貪欲さを見せてきているのだから。

 

 「まずはその二家を中心に調べさせます」

 「それは良いが……まあ、その辺りは宿題とさせて貰おうか。下野守、頼めるかな?」

 「心得まして御座います」

 白髪白髭の下野守が『お任せ下さい』とばかりに、恭しく頭を垂れた。

 ……ひょっとして、私の答えは間違っていた。或いは足りなかった、と言う所か?

 思わず考えこもうとしてしまった私の背中を叔父上に叩かれる。咄嗟に顔を上げた私の目に映ったのは、幾分か険しい顔つきの叔父上。


 「宿題については後で考えよ。急ぎではないからな。それよりも大将たる者、まずは戦場から目を離さぬ事を第一とせよ」

 「も、申し訳御座いませぬ!」

 「うむ。この兵力差だ。ついつい目を離したくなる気持ちは分からんでもないがな。ただ、その隙を突かれてはならぬのだ。良く、憶えておくようにな」


 そして、半刻ほど経った頃――


 「城門が開きました!騎馬武者数名が城から出てきております!先頭の武者が白い旗を掲げております!」

 「皆の者、左少将殿は忠誠心に溢れた家臣とともに戦い続けてきた。その戦いぶりは皆も良く知っているだろう。決して恥をかかせてはならぬ」

 「「「ははっ」」」

 これで良い。恥を掻かせるような真似はしてはならぬのだ。

 恥を掻かされれば、それは恨みへと変じる。それが私だけならまだ良い。問題は、その矛先が太郎(武田義信)兄上の武田本家にまで及ぶ事なのだ。故にこそ、私自身が率先して『恥を掻かせてはならぬ』と改めて皆に注意する必要があったのだ。

 やがて、それほど待つ事無く、左少将殿が私の前に現れた。腰の物を外された鎧姿の一行の姿。幾名か怪我をしている者もいるが、全員に共通している所が有る。それは頬がやつれ、幾らか痩せている感じを受けた点だ。


 「大友家当主、左少将宗麟殿ですな?」

 「如何にも。貴殿が攻め手の総大将、武田太宰少弐信之殿を御見受け致す」

 「はい。だがその前に、誰か!大友家の方々に床几を用意せよ!それと粥もだ!この方々は決して飢え死にしてよい方々ではない!すぐに取り掛かれ!」

 左少将殿を始めとした大友家一同が、目を丸くしたのが分かった。だがこれも大切な事。ここで左少将殿の心を掴む必要があるのだ。

 それとなく叔父上の様子を見れば、満足そうに頷いておられた。

 ここまでは問題無し、と言った所か。ならば、私としても自信を持って次に進める事が出来るわ。


 「城内に残った、忠義溢れる兵達にも粥を与えよ!これ以上、惨めな思いをさせてはならぬ!体調を崩した者がいれば、手当てもしてやれ!」

 「……太宰少弐(武田信之)殿、降伏した我らに対する慈悲深き対応、真に忝う御座います。どうか、某の首一つで家臣達の命は救って戴きたく存じます」

 「心配は無用。左少将殿の命を獲るつもりは御座いませぬ。これ以上、戦う必要がどこにあるというのですか?」

 用意された床几に、左少将殿が腰を下ろす。家臣一同も、私が右手を差し出しながら頷いてやると、素直に腰を下ろした。

 その目に敵意は感じられない。寧ろ、如何にもホッとした、という安堵の雰囲気が垣間見えるほどだ。

 正直、私が信用できる大将か否か、という不安もあっただろうしな。それについては私が不満に思う事も無い。当然の事だからだ。


 「左少将殿、申し訳ないが各地の城砦を守る大友家の忠臣の方々を御救いしたい。祐筆の方に、文を書いてもらえませぬか?すぐにでも使者を走らせましょう」

 「心得ました」

 「忝い。これで無用の血を流さずに済みます」

 一緒に降伏してきた祐筆が、文を認める。

 そこに気を利かせてくれたのだろう。左少将殿が『宜しければお預けした脇差を添えて戴ければ』と申し出てくれたのだ。まさに渡りに船、と言った所。それに関して礼の言葉を口にする。

 その間に、賄いの者が粥を用意してきた。相当に腹を空かせていたのだろう、左少将殿を始めとして、皆が粥を口にされた。『旨い』『こんなにも旨かったのか』という声が漏れ聞こえてきた。


 「忝う御座います。実に旨う御座いました」

 「城内にもすぐに運ばせます。ところで大友家の処遇になりますが、武田家領内で適当な所領を一万石ほど与える事になります。これは本家から予め与えられていた指示ですので、動かしようが御座いませぬ」

 「いえ、敗残の身で我が儘を申せましょうか?家臣の命を救って頂けた、それだけでも十分で御座います」

 左少将殿は素直にこちらの申し出を受け容れてくれた。これならば左少将殿が、武田に害を為す可能性は低いだろう。今後も安心して使っていく事が出来る。

 となると、仏心が湧き上がってくる。

 今後の先行きに不安を覚えずに済むよう、決定している事だけなら教えてやっても構わぬか。どうせ後で伝える事になる事だからだ。先か後かの違いでしかないしな。


 「所領を増やしたいのであれば、槍働きで増やす事は可能。然るべき場所で働いて戴くつもりでおります」

 「感謝します」

 「ですが、まずは一度、近江国今浜城におられる、武田家当主を務める太郎兄上に御目通りして戴きます。来月には船で向かって頂く事になりましょう」

 左少将殿は黙って頷かれた。籠城戦で疲れも溜まっているのだ、これは仕方ないだろう。ハッキリ返答せよ、とまで怒鳴りつけるような真似はしない。

 不満を覚えさせてはならない。向こうに非があるのなら話は別だが、些細な事なら気づかぬフリもしてやって良いだろう。

 叔父上の様子は……特に変化は無し。この分なら良し、と言った辺りか。


 「太宰少弐殿、教えて戴きたい事が御座います。此度の大友攻め、差配したのは噂に聞く今荀彧(武田信親)殿で御座ったのだろうか?」

 「はい。大筋は二郎兄上の描いた絵図面です。私がしたのは、九州に来てからの調整といった所でしょうか。最終的に、少数の兵とともに追い詰める所まで筋書きを描いておられましたな」

 「何と!」

 両目を見開かれた左少将殿。付き従っていた家臣達も、信じられないとばかりに互いに顔を見合わせていた。

 ……少々、盛り過ぎたか?と不安に思ったのは秘密だ。実際には『本拠陥落後は南方向に大友勢が撤退していくように追い詰めていけ。誇りがあるからこそ、島津家の庇護に入らず、肥後へ逃げるようにしながら徹底抗戦を選ぶ筈。その後、兵糧の蓄えの少ない、貧しい山城に追い詰めれば最高だな。伊賀衆に調べさせておくように』と言われていたのだから。

 ただ気づかれなかったのだから、良しとしよう。それに全ては左少将殿を降伏させる為の一手。それによって、二郎兄上の真の策が現実になるのだ。そこに気づかれなかったのだから、十分に満足できる結末と言えるだろう。


 「話は変わりますが、各々方には近くにある寺で休んで戴きます。腰の物だけは預からせて頂きますが、それは御承知願いたい」

 「構いませぬ。約束は守ります」

 「分かりました。では今日は体を休められると宜しいでしょう。それと、こちらを御渡ししておきます」

 近習に、私の背後にあった桐の箱を持ってこさせる。それを私は手ずから、左少将殿に渡したのだ。

 左少将殿は困惑しておられたが、私が『中を』と口にすると、左少将殿は素直に蓋を開けられ――嗚咽を漏らされたのだ。

 『済まぬ』『よくやってくれた』『誇りに思うぞ』と。


 「大友家の為に殉じられた、伊予守(吉弘鑑理)殿と民部大輔(田原親賢)殿の御位牌だけ、私が預かっておりました。武田家一同、御二人の御働き、真に天晴れと褒め称えております」

 「……忝う御座います!」

 「遺骨については、それぞれ別の寺で弔って戴いております。いずれ、それについても然るべき場所へと考えております故」

 崩れ落ちる左少将殿。付き従う家臣達も、目頭を押さえ、鼻を啜りながら、冥福を祈ろうと手を合わせていた。

 やがて叔父上の指示に従い、美濃守(馬場信春)殿が左少将殿一行を引き連れていく。その姿が陣幕から消えた所で、私は叔父上に声を掛けた。

 

 「すぐに鎧ヶ岳城へ使者を御願い致します」

 「準備は出来ている。すぐに発たせる」


 今回もお読み下さり、ありがとうございます。


 まずは筑後国。臼杵鑑速視点より。


 【奇襲が失敗】

 その後に妙見城へ戻ってから、およそ半月ほど。

 兵の数は二十名ほどであり、寧ろ、将の方が多い位な有様。残っている兵も帰るに帰れないから、こうして消去法的に付き従っている感じです。


 【気を紛らわせる】

 そもそも、城に兵糧がほとんど残っておらず、それすらも奇襲前に大判振舞いしていた結果ですね。

 なので飢えというか空腹と戦っている感じです。飯を食えなくなって、約十日位と言った所。

 なので食える物なら何でも食ってやる、と言った状況です。


 【土粥】

 飢え死に寸前の最後の切り札と言うべき救荒食。

 主に土を食べる場合と、土の中の有機物を食べる場合の二通りがあるみたいです。日本の場合は、これに木の皮とか加えて食べていたようです。

 こういう話を聞くと、本当に農業の大切さ。食料自給率の重要性が理解出来ますね。特にお米については一昨年くらいから、色々と思う所があるのは、私だけでは無い筈です。


 【百病は気に生ず】

 恐らくは病は気から、の語源ではないかと思います。確定ではありません。病は気から、と言う言葉は江戸時代に生まれた言葉だそうです。


 【虫】

 芋虫系は、サバイバルの方だと食べている方がいますね。確かカミキリムシだったかな?火で炙ると美味しい、とか聞いた事が有ります。木の中の虫は外れが少ないとか。土中は土のせいで不味いという感想がありましたね。あとクモも高評価だった憶えがあります。

 作者は蜂の子とイナゴの佃煮は食べた事が有ります。とは言っても通販で缶詰買って食べてみた、と言う程度ですし、味付けもしっかりしていて食べやすかったですけどね。

 

 次も筑後国が舞台。武田信之視点より。


 【従兄弟達】

 以前、書いた覚えのある(信繁叔父さんの息子視点)武田家一族衆の若手での話し合い。あれをそろそろ書こうと思い、ちょっとした伏線(信之君視点)のつもりでチョロッと書きました。

 信之君、かなりプレッシャーというか責任を背負ってるので、少し荒んでますwでも主人公世代で見てみれば、間違いなく武田家の柱石として期待されるだけの経験を積んでます。

 従兄弟達も主人公の恐さは知っているので、怠けるような真似はしてませんけどね。特に信繁叔父さんが父親なら、その辺りは徹底していて当然ですし。


 【宿題】

 伊賀を最優先で使うべき場所は何処か?ですね。

 蒲生さんは、当然、気づいているのでお任せ下さい、と返答。

 答えは筑後。龍造寺家に近く、なおかつ支配して日が浅い。龍造寺家は武田家に臣従も誓っていないので、武田家に噛みつくなら流言工作からの民心離反→反乱は鉄板です。


 【右手を差し出しながら頷いてやる】

 床几や粥を用意するだけでなく、どうぞ床几に座って良いからね、と敢えて身振りで示す事で『大友家に強く当たるような真似はしないよ』と言外に示す信之君。

 今後、大友家を下に組み込む事が決まっているからこそ、従順であるに越した事はない、という考えからの対応です。人使いの上手い大将になりたい、という信之君の成長シーンの一つだと思って下さい。


 【些細な事なら気づかぬフリ】

 何でもかんでもルールでがんがら締め、ではなく緩める事も憶えた信之君。

 ここで叱るよりも、今後の扱い易さを取った感じです。


 【盛り過ぎ】

 とは言っても具体的な事は明言していないので、聞く側によって印象が変わる感じですね。

 でも今の宗麟さん達は、明らかにブドウ糖的な余裕が無いので、そこまで注意を払う余裕すら無かった感じです。


 【御位牌】

 かつて六角家で嘘泣きして六人衆を取り込んだ信玄パパ。

 その息子である信之君は、丁寧な位牌の管理(桐箱)と誉め言葉で宗麟さんを落しました。

 主人公が随風の死で嬲っていた事を考えると、一番信之君がマトモに見えますw

 

 それでは、また次回も宜しくお願い致します。

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