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暴嵐編・第六十六話

 暴嵐編・第六十六話、更新します。


 今回は堺(摂津国)が舞台になります。

永禄九年(1566年)六月、摂津国、堺、天王寺屋、田中与四郎――



 シトシトという、眠気を誘われる様な雨音。とても心地良く、このまま夢の中へ落ちてしまいたくなるような時間。

 自分だけならそれも良いのだろうが、今日ばかりはそうもいかない。

 と言うのも、今日はとある計画の最後の確認の為の集まりであるからだ。計画実行まであと少し。ここで『忘れてました』と惚けた事を口にした日には、どんな事になるやら……


 列席者は上座に三好家からお越しになっておられる松永弾正久秀様。御実弟の内藤備前守宗勝様に関しては、今回は御欠席との事。

 下座の一番近い所に、神輿として担いでいる天王寺屋の主である津田助五郎。いや、今は頭を丸めた事も有り、天信、だったかな?少し前に亡くなってしまわれた、南宗寺住職である大林宗套様から与えられたのだったか。九十近くまで生きての大往生。あの御方も最後まで、天王寺屋の事を案じておったな。

 そのすぐ隣に、我らの実質的な長である富士屋長次郎。こちらは相も変わらず諸国を飛び回って自分の店にすら碌に寄り付かないようだったが、流石に今回は例外らしい。尤も、加賀武田家の子飼いなのだから、欠席する訳にもいかぬだろうしな。

 そして此度の件で協力している俺を始めとして、九州の神屋の神屋紹策……については代理人として番頭が来ていたな。何でも武田家の九州攻めで直に動かねばならぬ、という理由だったか。これについては仕方ないだろうな。それから京の茶屋の中島明延、駿河の友野屋の友野宗善。そして新顔として富士屋が連れてきた、備前の商人、阿部善定という顔触れだ


 「では始めるとしましょうか。まず出汁の素の件ですが、話によれば納屋さんを始めとした会合衆が真似をして作っているとの事です。販売開始は来月の中頃、吉日をもって始めるとか」

 「同じ物を作るのは容易でしょうね。何せ材料が書かれていたのですから」

 「となると、やはり幾らか安くして売り出すつもりなのでしょうね」

 富士屋からの報せに、神屋の番頭が応じ、そして天王寺屋が相槌を返す。

 俺としても素直に頷くしかない。値を高くしたら誰も買わぬし、値が同じなら今まで通り俺達の店から買う筈だからだ。となれば安くするしかない。

 そして売りに出す店は納屋に与した一派全ての店。今まで独り占めしていた俺達の儲けを根こそぎ奪い尽くすつもりなのだろうな。


 「これについては想定通りです。故にこちらは連中が販売を開始した『翌日』に動き出します。畿内の担当である天王寺屋さんととと屋さんには先陣を切って戴きます」

 「ああ、実に面白くなりそうだ。あのいけ好かない納屋に吠え面をかかせてやるとも。問題は向こうが妙な行動に出た場合だが?」

 「心配はいらぬとも。儂から柳生の手練れを護衛として送る。寝食の面倒だけは頼むぞ」

 上座の弾正(松永久秀)様の重々しい御言葉に、床に額が触れんばかりに頭を垂れる。弾正様もまた、納屋には色々と思う所が御有りの御方であるからな。ここでしっかりと御期待に応える事で、とと屋の印象を良くする絶好の機会であるとも言える。俺自ら陣頭指揮を行ってでも、成果を残さねばなるまい。

 天王寺屋はと言えば、想像通りに真剣その物の表情。その態度は好ましいが、右手に持った数珠。あれは亡くなられた大林宗套様の形見だったか。

 ……まだまだ支えは必要か。頭を丸める事になった一件と言い、一人前とは言い難い。だが一歩一歩前には進んでいる。だから神輿としては合格だ。今後も励んでくれよ?


 「その後の事についてですが、出汁の素は棲み分けしていきます。我々は現在、各自で用意している出汁の素だけを専門に売っていきます」

 「まあ、それが正解でしょうな。こちらまで値を落してまで付き合う必要はありませんし」

 「茶屋さんの御指摘通りです。納屋さんの一派には、今後も従来の出汁の素を安く販売し続けて戴きましょう」

 友野屋さんの顔は誰が見ても分かるほどに、ニヤニヤとした笑みが浮かんでいるな。

 何故に納屋の一派をわざと活かしているのか?その理由に思い至ったと言う事だろう。

 太宰大弐様は敵対者は皆殺しの御方として名を馳せておられる。しかし、それだけの御方では無いのだ。もし納屋が真実に気づいたら?きっと憤慨するだろうな。間違いなく怒髪天の言葉通りになるだろう。


 「次に第二の策について。弾正様から御説明を願います」

 「うむ。儂の調べによれば、こちらも想像通りだったわ。納屋は調子に乗って、銭儲けし過ぎたな。伊勢に聚光院に比叡の山。更には船。遂に必要な材木が足りなくなりつつあるそうだ。念の為に草を忍ばせて確認させたが、太宰大弐(武田信親)殿の仕掛けた策に嵌っておったわ」

 「では、こちらも最後の一押しが必要で御座いますな」

 茶屋さんの言葉に、弾正様が『そこは任せたぞ』と相槌を返された。

 材木の伐り出し。特に伊勢の式年遷宮で必要な二百年物の檜を始めとした材木は、貴重であり、同時に運搬が難しい代物。人足を幾ら雇おうが、曲がりくねった山道を登ったり下りたりは非常に難しい、と言うか無理だ。

 故に伐り出しは川の近くで行われる。運ぶのが楽だからだ。となれば川の近くから順次、伐り出していく訳だが、気づいた時には手遅れと言う事だな。


 「其方達が買い占めた材木については、好きに使うが良い。売る相手がおらぬのなら、儂か甚助(内藤宗勝)に売れば良い。儂らとしても材木は欲しい。自領の材木を使わずに済むのなら、こんなに有難い話は無いわ」

 「心得ました。お届けに上がりますとも」

 「ああ、いつでも来るが良い」

 弾正様はいずれ来たる三好家内部での争いを睨んで、国境の城や砦の強化を進めておられるのだ。それには大量の材木が必須になる。

 そして敵となるのは三好日向守長逸様を始めとする、反当主派と言うべき方々。

 それらの方が自領の城や砦を強化しようと指示を出しても、自領の質の良い材木が手に入らなかったら?と言う事だ。自分で銭儲けの為に指示を出した結果なのだから、誰に文句を言える訳も無い。尤も、恐るべきはここまで読み切って弾正様に策を授けておられた、太宰大弐様であるのだがな。

 

 「弾正様。それについて加賀の太宰大弐様より言伝を御預りして御座います。大木を伐り出し過ぎると、山が崩れやすくなるとの事。既に伐り出し過ぎて手遅れとなっている地に忍びを送り、流言工作を行うべきである、と」

 「成程な。民を逃がすにしろ、国人衆に不安の種を仕込むにしろ、都合が良いわ。となると、新田を開発して、民を受け容れる準備を整えておくのも良いやもしれぬな」

 「良き事かと存じます。あるいはとと屋さんに人足として雇ってもらい、紀伊から大和、河内への塩の運搬を行って貰うのも手かと」

 おお、これは俺にとっても有難い話だ。『是非とも』と咄嗟に応じると、弾正様も『任せた』と即断即決で応じて下さった。

 河内と大和は塩を他国に頼るしかないからな。そして紀伊国は弾正様の御実弟である、備前守(内藤宗勝)様が新たに治められている土地。三好家が内輪揉めを起こした日には、紀伊国は塩を得る為の重要な地となる。

 いっそ、紀伊国にのれん分けして店を出すのも良いかもしれぬな。いや、いっそ自分達でも塩を作るのも良いかもしれん。とは言っても、向こうに住んでいる民の恨みを買うのは問題だ。これは一度、紀伊国に俺自ら足を伸ばして、色々と調べておくのも大事だな……いかん、つい笑みが零れ落ちてしまったわ。


 「ところで富士屋。比叡の山だが、何か太宰大弐殿から聞いておるか?」

 「ケジメをつける、と。過日の裁きにおいて、太宰大弐様は亡き聚光院様の裁きを用いておられました。それを無視されたのだから、これは武田家だけでなく三好家の顔にも泥を塗ったと言える。そして比叡の山は武田領である故、今度は武田の流儀で裁くと……」

 「分かった、相も変わらず頼もしい御仁よな。三好家内部で妙な事を言い出す輩が出たら、それは儂が押さえる。亡き聚光院様の御為にもな」

 ……畿内は大騒ぎになるだろうな。またもや、比叡は火に包まれる事になるのだから。

 周りを見てみれば、天王寺屋は若干、顔色が悪い。武田家の意思は察する事が出来たのだろうが、それを平然と受け容れるだけの器はまだ、と言う事か。

 一方で回りは平然その物。俺もそうだが、これを如何にして自分達の利に結びつけるか?それを考えているに違いない。そうでなければ商人とは言えぬからな。


 比叡の山が焼けた場合、何が考えられるか?

 第一に二度目の再建。時は必要だろうが、何らかの形で再建は認められるだろう。その際に材木や人の手配は大きな利益を齎す事になる。当然だが、商人としてそれを見逃す訳にはいかん。

 次に考えられるのは耶蘇教。これを好機と捉えて、布教活動を強めるのは間違いない。この動きを如何にして利に繋げるか?正直、これについてはまだこれと言った妙案が無い。後でしっかり考えておきたい所だな。


 「いつ頃かは聞いておるか?」

 「来月と聞いております。内密にでは御座いますが、とある御方を通じて朝廷にも話は通しておられる、との事。くれぐれも座主様が妙な事を御考えになられぬ様、遠回しに御伝えはしてあるそうで御座います」

 「確か母君と座主殿が血縁だと聞いた憶えがあるな。となると最低限の義理は果たした、それでも御山に居たのなら、それはもう仕方がない、と言う所か……」

 腕組みをしながら、幾度も頷かれる弾正様。その御口から、否定や非難の御言葉は一切、出て来られない。

 それにしても恐ろしい御方だ。天台座主様と言えば、仮にも朝廷に連なる御方であらせられる。筋は通したと言え、明るみになったら……

 いや、そういえばかなり前に三河の吉良家の一件があったな。同じ手を使えば、誰も文句は言えぬか。実際、事前に話は通してあるのなら『偽者』『主上の御命令に背いた朝敵』という大義名分を盾に正当化する事も出来るのだ。それに文句をつければ、武田家最強と名高い加賀武田家、ひいては皆殺しの信親を敵に回す事になりかねぬ。そう簡単に非難は出来ないだろうな。

 

 『曲者!』 

 突然、廊下から聞こえてきた大音声。同時に皆が何事かと顔を向ける。

 慌てておらぬのは、弾正様と……やはり富士屋長次郎。表向きは商人でも、内実は加賀の子飼い。胆力の方はしっかり練られておるらしい。このような事態であっても、全く動じている気配も無いわ。

 本当に与して正解だったわ。納屋についていたら今頃は……そう思うと溜息をつきたくなってしまう。そこに重々しい足音が廊下から聞こえてきた。


 「弾正様、曲者がおりましたので始末致しました」

 「御苦労。やはり忍びか?」

 「はは。数は二名。某と富士屋の護衛である中村(中村吉右衛門久道)殿とで討ち取りました。現在、素性を探るべく死体を検めております」

 障子を開けて報告に来たのは、弾正様の護衛を務めておられた柳生新左衛門宗厳様、だったな。弾正様が申されるには、三好家随一の剣豪との事だったが、どうやら事実らしい。人一人殺して、息を切らさぬどころか、平然その物なのだからな。

 そして背後には富士屋の護衛である中村殿。こちらは越前の冨田流の使い手だったか。得手は槍と聞いていたが、店の中で槍は振るえぬ筈。恐らくは小太刀か何かを振るったのだろうな。こちらも平然その物……その正体、多分、加賀武田家の家臣なのだろうな。

 それにしても手練れが二名と柳生の門弟達のおかげで助かったわ。もしいなかったらどうなっていた事やら。


 「流石に店の者に扮していた訳では無いだろうな」

 「仰せの通りで御座います。隠れ潜んで、聞き耳を立てていたと存じます」

 「伊賀甲賀は武田家。村雲党は所在不明。となれば流れの者か、或いは……」

 口籠られる弾正様。眉間に皺を寄せ、沈黙された。

 曲者の正体。順当に考えれば、納屋に手を貸している御方の子飼い、だろうな。十中八九、その御方は三好家長老、日向守長逸様。そうなると曲者は三好家子飼いとなる。ただ弾正様としては、それを口に出す訳にはいかぬ、と言った辺りか。何せこの場には、富士屋長次郎がおるからな。弾正様が富士屋の素性に気づいているかどうかまでは分からぬが、加賀に漏れる事自体は断言出来る。

 それは武田家に口実を与える事になりかねぬ、と言う所か。


 「良い。死体は検め終えた後、海にでも捨てよ。魚が始末してくれるだろう」

 「仰せのままに、では護衛の任に戻ります」

 「うむ、頼んだぞ」

 障子の向こうに姿を消す二人。それにしても、納屋か日向守様かは分からぬが、余程にこちらの事が気になるらしいな。

 気持ちは分からんでもないが、俺には犠牲になってやる義理も義務も無い。それに始末された曲者が、俺達を殺さなかったという保証も無いのだ。

 だったら徹底的にやり返してやろう。自分から仕掛けてきた喧嘩だ。覚悟はしておけよ?


 今回もお読み下さり、ありがとうございます。


 堺(摂津国)。田中与四郎視点より。


 【大林宗套】

 よくよく調べてみたら、史実では既に亡くなっている年代になっていた事に気づきました。

 なので作者のミスで急遽、殺……タヒん……大往生を遂げさせる事に致しました。まあ助五郎君こと津田天信(まだ宗及ではない)さんが心配で、気を張り詰め通しで、結果としてオチオチ死んでいられなかった、と言う事にして下さい。


 【阿部善定】

 宇喜多さんと仲の良い商人。何でここにいるかというと、富士屋の担当エリアの内、上杉領については阿部さんに任せよう、という案が加賀武田家で上がってきた為です。

 阿部さんも春日山城下町に『阿波屋』と言う名前で既に店を出して(目的は四国の情勢を上杉家に漏らす為)いるので、都合も良かった感じです。

 ちなみに最後まで台詞が無かったのは、阿部さんが意識して黙っていた為。今回の計画では『新参者』という立場を弁えていたからです。


 【出汁の素は棲み分け】

 どういう風に棲み分けするのか?その理由は?是非、考えてみてください。答え合わせは、暴嵐編の中で済ませる予定です。


 【第二の策】

 材木枯渇。式年遷宮・聚光院・比叡の寺、全て材木は質の良い物を求められて当然です。それだけの建築物なのですから。当然、量も莫大になります。そこに更に買い占めと言う最後の一押しまで。

 ちなみに戦国時代においては材木も戦略物資として扱われていたので、気軽に伐り出して出荷は許されていませんでした。なのでボンバーマンとしても、材木が買えるならウェルカム状態です。それがもうすぐぶつかる予定の相手の領地から、となれば猶更な訳で……

 

 【人足】

 与四郎さん的には、旨味しかない棚ぼた案件。ボンバーマンに恩は売れるし、塩で儲けられるし、良い事づくめ。


 【話は通しておられる】

 暴嵐編・第二十九話より。坊主達が真面目に民から寄付を募っていない&比叡山の磁石造りの塔を破壊した~の後に、目々さんを通じて朝廷に警告だけはしておくか、という部分です。

 この時は第二次延暦寺焼き討ちを想定しての警告(関係者を落成式みたいな行事に送らないでね?と言う感じ)だったのですが、現実は与四郎さんの想像を上回る事態になってます。何せ狗追物……


 【村雲党は所在不明】

 主人公の献策によって、丹波から丹後に移ってますからね。三好家視点では消息不明状態。丹波攻めの時に族滅してるかも?位に考えていても不思議は有りません。だって村雲党の生き残りと思しき、復讐みたいな事件が起きていませんからね。


 【富士屋の素性】

 ボンバーマンは気づいてません。商人達も告げていません。

 天王寺屋以外の商人達は、気づいていますが黙ってます。漏らすと主人公を敵に回す事になりますから。その上、神屋&友野屋&茶屋は加賀と言うか武田家に出入りしている立場です。とと屋も織田家に繋がりがあります。その状態で武田家に不利な事を出来る立場ではありません。


 それでは、また次回も宜しくお願い致します。

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