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暴嵐編・第六十五話

 暴嵐編・第六十五話、更新します。


 今回は肥後国が舞台になります。

永禄九年(1566年)六月、肥後国、隈本城、吉弘鑑理――



 急使からの報せを聞き、隈本城に入った我らは憤怒に身を焦がしていた。

 城の留守居役には百姓兵を集めている様子も無かったからだ。何をやっているのか!と左少将(大友宗麟)様が叱責なされたのだが、そこで意外な事が分かったのである。留守居役は加賀武田勢侵攻の報告を受けていない。故に急使も走らせていない、と。

 まさか……そう思い即座に草を動かしたのだが、結果は加賀武田勢に動きなし。それどころか日田の街道の向こう側に居るのは、浅井家の軍勢だと判明。全て武田家の策略だったのだ、と遅れて気づく羽目になったのである。


 当然の事だが、我らは誰もが怒り狂う事になった。折角の好機を自ら捨ててしまったのだから、それも仕方ない事。何より儂自身も、あまりの事に拳を柱に叩きつけてしまった程だったのだから。

 とは言っても、覆水盆に返らず。今更、やり直す事は出来ぬ。となれば、ここからどうするべきかを考えねばならぬ。

 間違いなく武田勢はこの城に攻め込んでくるからだ。


 「……南の島津は大隅国に攻め込んでおります。北の龍造寺や有馬は筑前国の支配権を賭けて毛利家と争っております。となれば武田勢は後背を気にする事無く、この城へと襲い掛かって来るものと存じます」

 「猶予は如何ほどだと見ておる?」

 「十日以内には姿を見せましょう。恐らくは相良領で兵を休めた後、北上してくるものと存じます」

 ギリイッと歯軋りなされた左少将様。硬く握りしめられた拳を膝に叩きつけ、全身を細かく震わせておられる。

 その御気持ちは儂にも分かる。それでも身を焦がす程の怒りを己の内に留め、決して家臣にぶつけるような愚かな真似はなされない。こういう時であれば、そのような御振舞に出たとしても、何も不思議はないからだ。確かに愚かな行為ではあるが、それもまた人間と言う事であろう。

 それが無い。それだけ左少将様が己の心を律しておられる、と言う事。やはりこの御方を主と仰いだ事に間違いは無かったわ。


 「何か、何か策はないか!」

 「然らば……左少将様には兵を集める為に、北へ御向かい下され。某がここで敵の目を引き付けます。必ずや敵総大将、武田太宰少弐信之は城を包囲致しましょう」

 「……奇襲で大将のみを狙え、と言うのだな?」

 仰せの通り、とばかりに頷く。

 左少将様は納得したように頷かれていた。最早、この状況において正面から正々堂々や、地の利を活かして、でどうにかなるような事態ではないからだ。

 となれば夜襲奇襲は必須。それを為す為に囮も必須。ただその囮役を左少将様に担って戴く訳にはいかぬ。前の策の時は策に敗れても逃げ出す事も可能であったが、今度は城に籠るのだから逃げ出す場所が無い。となれば、死を覚悟しての囮役となるだろう。


 問題があるとすれば、それは左少将様の御気性。

 誇り高さ故に『策とは言え敵に背を向けるのは……』程度なら御諫めする事は十分に出来る。臥薪嘗胆、捲土重来と言う言葉もある。そこを突けば十分に可能だ。

 ただ左少将様は御優しい御方でもあるのだ。それを御発揮なされて自分が囮を務める、と仰せになられた日には厄介な事になるであろうな。そう簡単には言を翻しては下さらぬであろうし。となれば、先手を打たせて戴くとしようか。


 「御疲れでは御座いましょうが、すぐにでも北へ御向かい下され。今は僅かな刻が金銀財宝よりも大事に御座います。民部大輔(田原親賢)殿、左少将様を御願い致します」

 「うむ……伊予守(吉弘鑑理)殿、御武運を。必ずや敵大将の首を肴に、盃を酌み交わしましょうぞ」

 「それは楽しみで御座いますな。であるのなら、とびきりの美酒を期待しておりますぞ」

 盃でグイッと飲み干す仕草をして見せると、民部大輔殿は豪快に笑われながら、儂の肩をバンバンと叩いて来られた。

 ……実に頼もしい。間違いなく左少将様を御支えして下さるであろうな。まだ豊後で持ち堪えておるであろう、伯耆守(戸次道雪)殿と共に。

 上座に目を向けてみれば、左少将様は『では準備をせねばな』と立ち上がられた所であった。それを頭を垂れて御見送りさせて戴く……これが最後になるやもしれぬな……


 「……ところで伊予守殿に訊ねたい事が有る。伯耆守殿の事だ」

 「……内通の懸念で御座いますな?某としてはあり得ぬと存じます。あの御仁が大友家を裏切るような事は御座いませぬ」

 「儂も同じだ。あの御仁が裏切るとしたら、誰も信じる事が出来なくなるわ」

 民部大輔殿の目は確信に満ちていた。儂の目が曇っている訳では無い。それ位には自信が有るのだ。

 ただ民部大輔殿からすれば、他の者達はどうだろうか?とうっすらとした不安のような物を感じておったのかもしれぬな。そしてもし儂がそうだったのなら、囮役を務めると言った儂が率先して降伏する事もあり得る。そうなったら大友家は滅亡の一択。そんな事を民部大輔殿が許す訳も無い。

 故にこそ、敢えて訊ねて来られたのかもしれぬな。ただ儂がそれに対して不満を持つ事は無い。民部大輔殿の気持ち、儂には痛い程分かったからだ。故に儂は囁き返した。


 「ただ懸念を持ってしまう気持ちは理解出来ます。口に出さないだけで、内ではそう思っている者はそれなりの数に上りましょう」

 「まあな。武田勢は何故か鎧ヶ岳城を力攻めしておらぬ。あり得ぬ事よな」

 「確かに。不思議では御座いますな」

 武田勢には知恵者が多いと聞く。特に本家において筆頭軍師を務めている、加賀武田家当主太宰大弐信親殿の智謀についてはつとに有名。かの御仁が何か策を仕掛けていたとしても何ら不思議はない。寧ろ、納得しか無いわ。

 問題は何を目的としているのか?それが分からぬ事。その点は民部大輔殿も同じ思いのようだな。眉を顰め、腕を組んで考え込んでおるのだから。

 向こうの思惑。それが分かれば手の打ちようも有るのだがな。


 「神屋が何か知っておれば良いのですが。出来れば確認は取りたい所ですな」

 「……神屋が訪れたら確認を取るとしようか。神屋は武田家にも出入りを許されている。何か知っておるかもしれぬな」

 「それが宜しいかと。もし神屋がこちらに来たのであれば、某からも確認しておきます」

 民部大輔が頷かれる。そこに左少将様の近習が、左少将様が城を出られる、と告げに参ったのだ。

 これ以上、話し合う事は出来ぬ。左少将様をお待たせする訳にはいかぬからだ。

 儂と民部大輔殿は、改めて互いの武運を祈りあった。これ以上の言葉はいらぬ。後は己に出来る事をするのみなのだ。


 城を発たれた左少将様を見送る……これから儂は囮役として、武田勢の目を引き付けねばならぬのだ。改めて気を引き締め直す。

 城に籠る兵は正直少ない。起死回生を狙う以上、左少将様の兵を少しでも多くしなければならぬからだ。その為には新たに集める兵は言うまでも無く、手持ちの兵を少しでも左少将様にお預けする必要がある。

 故に、その数の不利を如何にして補うか?それが大切な事になる。これから儂は知恵を絞らねばならぬのだ。


 城壁や櫓の補修。印字打ちに使う為の石の確保。兵糧や塩、矢玉の確認と少しでも量を確保しておく事。そして少ない兵で城を守る為、思い切って堀にかかっている橋を破壊。兵が入って来られぬようにした上で、その分の兵を別の門に回して守りを固める事にしたのである。

 それから三日後。武田の旗印を翻す軍勢を確認したという物見からの報告。

 左少将様がお戻りになるには、まだ数日はかかるだろう。ただ出来る手は全て打った。文字通り、人事を尽くして天命を待つ。その言葉通りに。


 「……待て。出来る限りの手を打って?」

 武田勢の動き。神屋の出入り。鎧ヶ岳城を力攻めしない事。何らかの思惑が有った事、それに間違いは無い。

 それが出来る限りの手であったとすれば、そこから答えが導き出せぬか?

 例えば伯耆守殿を裏切らせるのであれば、定石としては裏切りの使者を送る筈。無論、伯耆守殿が了承する訳がない。あの御仁ならば、使者を斬るような真似こそせぬが、断固として断るだろう。

 それでも裏切らせるとしたら?儂ならどうする?


 「……離間の計……左少将様を裏切らせるのではなく、伯耆守殿が信用されなくなったら、伯耆守殿はどうする?」

 我が身の不徳とばかりに腹を切る。十分にあり得るだろうな。あの御仁は事更に、己に対して厳しい御仁だ。

 となると離間の計は成り立ったと言えるが、伯耆守殿を裏切らせる、とは言い難い。それに伯耆守殿を殺すつもりなら、最初から鎧ヶ岳城を力攻めしておけば良いだけだ。

 であれば伯耆守殿が腹を切らぬように手を打っておく必要がある。例えばだが、左少将様とその御家族を人質とされたら、伯耆守殿は腹を切る事が出来るだろうか?恐らく、伯耆守殿は膝を屈する事を選ぶだろう。


 「もしや、それが狙いか?」

 ……改めて外を見やる。物見の報告から考える限り、遅くとも明日には武田勢が姿を見せるだろうな。

 今から左少将様に使いを送り、儂が気づいた事を御報せすべきだろう。民部大輔殿が御傍におれば問題はないだろうが、念には念をという言葉もある。そう考えながら、儂は馬術に優れた者を呼び出し、すぐに左少将様に御伝えするように命じたのだ。

 ただ気になるのは、その策にも欠点があると言う事。それは左少将様が死をお選びされた場合だ。生き恥を晒す位なら……十分に考えられる事だ。ならば、その点をどうにかしなければならぬ……


 「いかんな、考えが纏まらぬわ……」

 今は城に籠る兵を一人でも減らすような真似はしたくない。だが、儂が気づいた事は伝えておくべきだろう。となれば、やはり左少将様の下に使者を走らせねばなるまい。

 左少将様の御傍には民部大輔殿もおる。あの御仁も分かっておられたようでも有るし、何かあっても民部大輔殿が動いてくれるだろう。

 ……左少将様、どうか御武運を……



永禄九年(1566年)六月、肥後国、臼杵鑑速――



 起死回生を狙っての策。それを為す為、我らは手分けして兵を搔き集める事にした。

 もう村々には若い者も碌に残っておらぬが、それでも何とかしなければ後がない。ただ現実はそう甘くは無い。

 それは儂も同じであった。運良く見つけた流民を食い物を餌に搔き集めた程度。それも十人に届かぬ有様。正直、御期待に応えられず恥ずかしい限りであった。


 「越中守(臼杵鑑速)殿、主命を果たされたようで何より」

 「民部大輔(田原親賢)殿、恥ずかしながら御期待に応えられたとは……」

 「恥じ入る必要はござらぬ。これ以上、搔き集める事が叶わぬ事は分かっておったのでな」

 それはどういう意味か?当然だが儂の中に沸き起こって来た疑念。

 民部大輔殿は言い難そうに、苦み走った顔。常ならハッキリ言葉にされる筈。そうではない、と言う事は何かある、と言う事か。

 ここで急かすのは、あまり良くは無いだろうな。そう思い、民部大輔殿が言葉にされるのを静かに待つ事にする。


 「……伊予守(吉弘鑑理)殿の策は起死回生には必須の策。それは間違いない。だが兵を搔き集める事自体、無理が有った事は分かっていた。先だっての策の為に、兵を集め終えた後だったのだからな」

 「では何故に?」

 「左少将様を城の外へ御出しする為。伊予守殿の狙いはそこにあったのだろうな、ハッキリ確認した訳では無いが、儂はそう睨んでいる。城におっても、討ち死にする可能性が有るからな」

 ……確かにあり得る考えだ。伊予守殿の立場で考えてみれば、左少将様を活かす事と起死回生の策。一石二鳥を狙って、と言うのは十分に考えられる。

 そう考えていると、民部大輔殿は盃を出してきたのだ。儂は躊躇う事無く受け取ると、それをグイッと呷る。中身は水。急を要する出陣でもあったのだ、酒を用意する間も無かったのだろう。

 それは仕方ない事。文句を言うつもりは欠片も無い。こういうのは込められた気持ちが大事なのだからな。儂がそう思っている事を察してくれたのだろう。民部大輔殿は笑い返してくれたのだ。この御仁ならば……儂は思い切って隠していた事を伝える事にしたのだ。もしかしたら、左少将様を御救いする事に繋がるかもしれぬ、そう考えたからだ。


 「……民部大輔殿、御相談に乗って戴きたい事が……」

 「何かな?」

 「昨年の秋。某が九州同盟の件で京へ向かった事を憶えておられますかな?あの時、儂は近江にも足を伸ばしていたのです。そこで起きた事について、敢えて御報告していなかった事があるのですが……」

 あの地で起こった事。それは武田信玄公の軍師、山本道鬼斎勘助殿から伝えられた、武田太宰大弐信親殿の思惑。

 それを後押しするかのように、示された六角家菩提寺慈恩寺の住職から聞かされた話。それは六角家の名跡復活を約束され、かつての六角家六宿老達が武田家に仕えた一件についてである。

 それらの事を民部大輔殿は黙って聞いて下さった。その後、何やら御考えになられたようだが、それでも黙っていた儂を責めるような事はされなかった。儂が報告しなかった理由について、恐らくは察して下さったからであろうな。


 「……正直に御報告していれば、きっと左少将様は御怒りになられたであろうな。自分を犠牲に、自らは生き残るつもりか、と」

 「御理解戴けて何より。しかしこうなると……」

 「越中守殿が言いたい事は分かりますとも。ただ今は機が悪い。ここは儂に預けて戴けぬかな?左少将様が、いや、大友家側が敵大将を討ち取る事が叶えば、何も問題は無いのだから」

 確かに。そもそも勝つ事が出来れば、何も問題は無いのだ。

 状況は不利。だが民部大輔殿は諦めておらぬ。ならば一縷の望みをかけて、と言うのも有りだろう。

 それに武田家としても、大友家を族滅するつもりはないようであるしな。そうでなければ、あの時、道鬼斎(山本勘助)殿が太宰大弐(武田信親)殿の意を受けてまで、儂に近づいてきた理由がないのだから。


 そこで大友家がそれに甘えて、となれば確かに戦は長引く事になる。

 ただ、認めたくはない事実が有る。あの時、大友家は初手で丹生島城を失い、劣勢を余儀なくされてしまっていたのだ。

 つまりはそこにつけ込む事が出来ない。故に……と言う事は考えられる。


 逆に道鬼斎殿の言が虚偽であり、狙いは真逆。甘えて長引かせた事を口実に、大友家断絶に追い込む事も無いとは言えない。

 ここまでいくと、どう考えても必ず無理が出てきてしまい、胸を張って正しいと断言出来なくなってしまうのだ。

 だからこそ儂もこうなるまで左少将様に改めて御伝えするべきかどうか悩んでいたのだが、民部大輔殿が対応してくれるのであれば、正直言って有難い。儂にはどうにも荷が重かったのでな。


 今回もお読み下さり、ありがとうございます。


 まずは肥後国。吉弘鑑理視点より。


 【日田の街道の向こう】

 浅井家は動いておりませんでした。万が一、毛利がトチ狂った場合(その場合次期当主の晴元君は殺されるでしょうけど)に備えて、横を突けるように&予備選力&肥後への圧と言う感じで。ちなみに、もう一つ重要な役目も有ります。ここに浅井勢が陣取っていれば、宗麟さんが日田の街道を取って逃げる事が出来ませんからね。北は毛利と有馬&龍造寺の争い中ですし。


 【伯耆守】

 この二人は断言できる程に雷神様の事を信じています。


 【神屋が訪れたら確認】

 の予定ですが、信之君の命令で神屋はもう訪問出来なくなっています。これにより大友家本隊への情報と物資が絶たれています。


 【離間の計】

 遂に主人公の策に気づいた吉弘さん。断言までは至りませんが、十中八九そうだろう、程度には近づく事が出来ました。

 なので使者を走らせる訳ですが、吉弘さんが見落としている事が一つ。それは忍びの存在。読者視点的には、今の九州には、主人公が三雲さんを通して手配した伊賀忍が入り込んでいます。


 次も肥後国が舞台。臼杵鑑速視点より。


 【城の外へお出しする為】

 吉弘さんというか忠臣の立場からすれば、宗麟さんを城内に留め置く訳にはいきませんよね。そもそも武田勢には大筒もある。それを多用する加賀武田勢は日田の街道から攻め込んで来ていなかった。となればどこにいる?と考えると……


 【武田太宰大弐信親殿の思惑】

 暴嵐編・第三十話より。住職から六角家の話を聞いて主人公が大友家にどうして欲しいと望んでいるか?それは分かっていたのですが、どうしても報告出来なかった臼杵さん。下手に伝えたら、宗麟さんが怒りますからね。


 それでは、また次回も宜しくお願い致します。

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流石に信之君が討死したら武田も強硬姿勢になるのでは?
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