第97話 全てを呑み込む怒り
第97話~全てを呑み込む怒り~
言葉が出ない。頭の中がぐちゃぐちゃで、急速に血が上っていくのが感じられる。
「何が、あった……」
絞り出した言葉が震えているのがわかった。俺達がトールのもとへ行っている間に一体この街で何があった?
どうしてスルトが粉々に砕けていて、ナターシャが上半身だけとなって死んでいる?
なぜ?何があってこうなった?
スルトは成長していた。神に従うだけだった子どもが、俺達との旅の中で自分の意見を持ち、真実を知ることを望むようになり、そして最後にはこの街の住人を守ると言い出したんだぞ?
ナターシャは皇族として、皇女として責任を全うしようとしていた。この街で出会い、別れるまでの短い期間だったが、どれだけナターシャがこの街に住む住人を思っていたかなんて、あの教会での演説を聞けばどんなに馬鹿でもわかるというものだ。
皇族としての責任、自分の気持ち、相反する行動理念に翻弄されながらも、それでもなんとか最良の結果を得ようと必死だった。
その結果、全員とはいかないまでもなんとか街を、そこに住む住人を救えたというのにどうしてお前が死んでいるんだ?
「キョウスケ様……。ご説明をする前に、もう一人だけ、お会いして欲しい人がいるのです」
今にも叫びたくなる気持ちをなんとか抑えセレスの言葉に向き直る。もう一人?これだけの結果を見せられて、まだ何かがあるというのか?
「彼はきっと立派に自分の任務を果たそうとしたんだと思います。だからこそ、きっとこのようなことに……」
そこまで言ってセレスが泣き崩れる。ナターシャとスルトが安置された祭壇の奥。急ごしらえで作られたと思われる、もう一つの小さな祭壇。
そこにそいつはいた。
『うるせぇ!いいから頼んだからな!!』
「お前、あんだけ啖呵きって出て行ったくせに、何やってんだよ……」
あの日、教会のバルコニーで俺に姫様を頼むと言って、将来に希望をみなぎらせて帝都に戻っていった若い兵士の首が、そこに鎮座していたのだった。
目の前が赤く染まっていくのを感じる。
怒りがこみ上げ、もはや制御出来る気がしない。これまで生きてきた中でここまで怒りに感情の全てが染まったのは初めてだ。
どれだけ蔑まれても、どれだけ理不尽に打ちひしがれても、ここまで怒りに支配されることはなかった。自分のことなら別にいい。自分が我慢すればそれで事足りるからだ。
別に他人がどうなろうと知ったことではない。冷たいと思われるかもしれないが、俺に関係のない奴がどうなろうがそこにはなんの感情も生まれることはないからだ。
だが知り合い、いや、違うな。仲間となれば話は別。この世界に来て俺に初めてできた仲間たち。ナターシャや兵士は仲間とは違ったかもしれないが、それでもこのロータスの街を救うために一緒に戦った戦友ではあるのだ。
それがこうして目の前で死んでいる。そんなことは許せない。そんなことは許されるはずがないのだ。
「キョウスケ様!?」
ナターシャの叫び声が聞こえたがもはや俺にそんなものは届かない。背中から漆黒の翼がはじけだし、瞳が血に濡れたように真っ赤に染まる。
無意識化での龍化、そうじゃない。これは俺の怒りに呼応して俺の中に流れる龍の血が暴れているのだ。
「コロス……」
こんなことをした奴を、こいつらを殺した奴を俺が全て殺しつくしてやる。
そんな怒りの感情に任せ、今まさに背にある漆黒の翼で飛翔しようとしたときだった。
『落ち着けキョウスケ!!事情も聞かないでどこの誰を殺すって言うんだよ!!』
聞きなれたその言葉に頭に上った血がわずかに引いていくのを感じた。
「すると……?」
『そうだよ!私だ!!ちゃんと生きてるからちょっと落ち着いて私の話を聞いてくれ!!あ、その前にまず器を治してもらっていいか?』
そう言う声の方向には、粉々に砕けたはずの土偶の中の一つ。スルトの核にしていた球状の炎鉱石が明滅していたのだった。
◇
『お前たちが出発して二日後のことだったよ。天使がこの街にやってきたのは』
スルトの言葉でなんとか我を取り戻した俺は、すぐさまスルトの器を錬金術で復元した。どうやらスルトは器こそ壊されたものの、核自体は無事だったおかげでまるで無傷だったらしい。
もっとも仮に炎鉱石が破壊されたとしても、スルトの本体はゴウロン山で封印されているのだから死ぬことはないのだが、それでもスルトが無事だったことにとりあえず俺は少しだけ落ち着きをとりもどしていた。
『まず一体の天使がやってきたんだ。もちろん私はこの街を守るために残ったんだからそいつに対峙した。だけどさ、その天使は特に何をするでもなく私に一つの包みを手渡したんだ』
サッカーボール大程のその包み。それこそが若い兵士の首が入ったものだったのだ。
スルトと一緒に来ていたナターシャとセレスは兵士の首を見て激高。天使に詰め寄ろうとしたのだが、天使の放った言葉に言葉を失う結果となる。
「その人間は神に反抗した結果殺されました」
天使は語った。簡単に言えば、帝国と神は繋がっていたのだ。正確に言えば執務を執り行う皇帝とその近衛として神に仕える天使がだ。
今回の病の顛末と治療法を持って報告も兼ねて帝都に戻った若い兵士は、当然そんなことを知る由もない。報告のために連れられて行った城で、問答無用の内に斬首される結果となったのだ。
「神はあなた達を許しません」
その直後に攻撃を始めようとした天使はスルトにより一瞬に灰に帰す。だが当然だが襲撃は最下位の天使一体などで終わるわけがない。
『前に来た時とは比較にならない天使の軍勢がこの街に押し寄せて来たんだ。数百体の天使、それらをグループごとにまとめる大天使、そして軍勢をまとめる権天使が一斉に攻撃をし始めた』
権天使とは大天使のさらに上の階位にいる天使であり、その役割は国家指導者や統治者を支え、時に助言をし秩序を守ることにある。
国が他国を侵略する時に力を貸すことがあるとも言われており、今回の役目にはうってつけの奴と言えるだろう。
『多勢に無勢。元の私ならともかく、力が大きく制限された土偶の体じゃ全部を防ぎきることは難しかったんだ』
全方向から数に物言わせて街を滅ぼしに来た天使たちに対し、スルトは無駄と分かりながらも抗い続けた。
燃やし、穿ち、灰に帰す。
全方位同時攻撃を行いもしたが、第一波は殺せても、その後ろにいる第二波、第三波まではどうにもならない。
スルトの攻撃に天使も数を減らすが、それよりもさらに早い勢いで街の住人たちが殺されていく。
『それでも戦い続ける私たちに、あの野郎最低な攻撃をしてきたんだ』
全員を守るのはどうあがいても無理。街の中で避難誘導をしているナターシャとセレスはそう考えた。考えざるを得なかった。
二人は決断する。とにかく間に合う人だけを教会にかくまい、そして結界で籠城をすることにしたのだ。
それは本来なら二人が絶対にしたくない決断。先日まで同じことをし、それを乗り越えて住人を救ったというのにまた同じことをしなければいけない。それはまさに苦渋を超えた本当の意味で身を切る覚悟の決断だったと言えるだろう。
その決断をスルトも感じ、そこからは教会のみを守る戦いに切り替える。
そこかしこで間に合わなかった者達の断末魔の叫びが聞こえるが、三人はあえて聞こえないふりをして救える命を救おうとした。
『権天使の奴はこの街にメテオを落としやがったんだよ!!』
メテオ。それはどの属性にも属さない無属性魔法。宇宙から飛来する隕石を任意の場所に着弾させるというまさに人類にとっては神話級の魔法と言えるだろう。
『さすがの私も全てのリソースをそっちに回すしかなかった。全力で対処しなけりゃ、教会の結界だけじゃ持たないからな』
だが相手も甘くはない。スルトの注意がメテオに移った隙を突き、あとわずかで終わるところまで来ていた教会へ避難する住人を狙ったのだ。
「私とナターシャは教会の扉付近で逃げ延びた最後の住人を入れ、結界をすぐに起動させるつもりでした。ですがそこに大天使が現れて、そして……」
セレスを殺そうと刃を放った大天使だったが、セレスはそれに反応すらできずに殺されるはずだった。
だがその刃はセレスに届くことはなかった。
「ナターシャが、ナターシャが私をかばってくれたんです……!!」
セレスと大天使の間に割り込んだナターシャは、その凶刃に切り裂かれた。半身を失い、声すら上げることなく息絶えた。
『その後は散々だよ。大天使はすぐに殺したが、お姫様はすでに手遅れ。他の奴らに教会に押し込んでもらったけど、結界を起動できる奴の片方は死に、片方は半狂乱。とてもじゃないがメテオを乗り切れるはずもない』
だからこそスルトは覚悟を決めた。自分からこの街の防衛を買って出たのだ。無理でしたなど言えるはずがない。何よりもこんな理不尽な展開が許されるはずがない。
『私の今持てる全魔力を使ってなんとかこの教会だけは守り切ったが、その代償が器の崩壊というわけだよ』
天使たちはメテオが放たれた段階で撤退したらしく、メテオの脅威が去ったロータスに残っていたのは、全てが崩壊した街と、粉々になったスルトと死んでしまったナターシャ、そして住人の大半が殺されたという現実だけだった。
その場にいた他の者は口を開くことが出来ない。カナデもエリザも、そしてトールでさえも聞かされた話に言葉を失っていた。
「その権天使とかいうのが帝国と手を組んでるってことでいいのか?」
『可能性は高いんじゃないか?権天使は元来国のお偉方に助言をする立場だしな』
「スルトの言う通りじゃろう。ナターシャから聞いた話によれば、帝国の繁栄を支える裏には、いつも必ず神の助言があったという。そもそも神の呪いとまで言われる病を人類が作った結界ごときがどうこうできるはずはないのじゃ。おそらくは帝都の結界は権天使の仕業とみていいじゃろう」
教会のバルコニー、いつもは穏やかなその場所がまるでお通夜かのような空気に包まれた。
つまりこの結果はその権天使とやらがもたらした結果であり、さらに権天使と皇帝は繋がっているということだ。
若い兵士は皇帝により殺され、ナターシャは天使により殺された。
「どうするんです?」
黙り込んだ俺に対し、カナデがそう聞いてきた。だがそう聞いてくる顔は、最初から答えなどわかっていると言っている。
「わかってんだろ?その権天使を殺しに行くぞ。その道中で邪魔をする奴は、例え皇帝だろうが全て皆殺しだ!!」
俺のその言葉に全員が頷いた。俺の仲間たちはともかくとして、セレスまでもが賛同の意を示したのだ。
「こんな仕打ちをするものが神や神に連なるものなはずがありません!!私は聖職者である前に一人の人間です!!私はナターシャの友人としてこの行いを決して許すわけにはいかないのです!!」
こうしてキュリオス帝国における反乱が始まったのだった。
いよいよ帝国での天使との戦いが本格化していきます。
権天使とはどんな奴で、皇帝とはいったい何を目的としているのか。是非この先も読んでい頂けると嬉しいです。
いつも誤字をしてきただき誠にありがとうございます。皆様の優しさで成り立っている物語ですのでこれからもよろしくお願いいたします。
もしまだブックマークをしていない方がいましたら、是非していって頂けると作者がとても喜びます。評価までして頂けると、作者が泣いて喜びますので是非お願いいたします。
それではまた次回をお待ちください。
【お知らせ】
ブックマーク100人に到達したので、かねてより書き進めていた新たな作品の連載を開始します。
タイトルは【物理特化ですがなにか?~魔術は苦手だけど魔術学院に入学しました~】
学園ファンタジーとしてこれから本作の裏の隔日で更新していますので、ぜひそちらもお読みいただけると嬉しいです。
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