第89話 出発と留守番
第89話~出発と留守番~
それからさらに1週間。
天使の襲撃どころか魔物ひとつ襲来がない以上、これ以上この街に留まるのはどうかと思い始めてきた。
俺達の目的はあくまで神への到達だ。この国に来たのも、そのためにこの国に封印されている伝説の魔物に会うため。であるならいつまでもこの街に留まるわけにはいかないのだ。
「街はだいぶ回復してきた。薬のストックもある程度は作った。天使たちはこない。そろそろ出発する頃合いかと思うがどうだ?」
「私は異議なしですよー。レシピもたくさん覚えたので道中期待していてください」
「儂も構わんぞ。ナターシャから聞きたいことはある程度は聞いたでな。これ以上は各地で新たに聞いていくしかあるまい」
カナデとエリザは出発に異議なしだったが、意外なことにスルトがそれに難色を示す。
『もし私たちが出発した隙を狙って天使が攻めてきたらどうするんだ?』
もちろん俺もその可能性を考慮しなかったわけではない。ロータスの街を救った際に、タイミングよく襲撃してきたところを見れば、何らかの方法で俺達を監視している可能性は高い。そうであるなら俺達が街を出れば、これ幸いと襲ってきても何らおかしくはないのだ。
「ならどうする?まさかこの街に留まり続けるってわけにもいかないだろ?」
『そりゃそうだけど。だからってこのままはい、さよならってわけには……』
「気持ちはわかるがこれ以上俺達にできることはない。帝都には事情を伝えに行ってるわけだし、後は自分たちでどうにかしてもらう他ない」
確かに俺はこの街を助けることはした。だがそれがイコール面倒を見ることかといえば答えはノーだ。
助かった先、俺達がいなくなった後で天使に殺されるとしたら、それはもう仕方がない。世界中で同じことが起こっている以上、体が一つしかないのでは全てを防衛するなど不可能だ。
助けたのに無責任と言われればそれまでだが、あくまで俺がこの街を助けたのは、神のやり方が気に入らなかったからだ。それを阻止するために助けたにすぎず、はっきり言えばその後はどうなろうが知ったことではないのだ。
最低なことを言っているのは重々承知。そもそも俺はそんなにいい奴ではない。自分の信頼する仲間を守れれば十分だと思っているし、何より未だに人を信じちゃいないのだ。
スルトの言うように全員が木山のような奴じゃないのはわかっているが、だからと言ってそう簡単に一度壊れた心が治るわけじゃない。目につく全てを守ろうなんて、とてもじゃないが今の俺には思えないのだ。
『ならせめて、帝都から援軍が来るまで待てないか?』
「明確にいつ来るかわかるならそれもありだが、それすら不明なのに待つのはデメリットの方が多い」
『でもさ!』
「くどい。ならお前が残って王都から援軍が来るまでこの街を守るか?」
突き放すような言い方だが、スルトも自分が無茶を言っていることはわかっているはずだ。何よりスルトはこの前俺に言ったのだ。『神を殺す』と。
そんな明確な目的がありながら、ここで足踏みをすることがどれほど無駄になるか。それをスルトはわかっている。わかっていながらこの街をなんとかしてやりたいと思うのは、きっとスルトが成長しているからなのだろう。
それを喜び応援してやりたい気持ちはあるが、だからと言ってここで足を止めるわけにはいかないのだ。
だからこその厳しい言葉、だがスルトの返事は俺の思いもよらないものだった。
『わかった。なら私が留守番してるから、三人で行ってきてくれ』
「本気で言ってるのか?」
『もちろんだ。私はこの街を中途半端で見捨てられない。だけど旅を続けなきゃいけないこともわかってる。だから二手に分かれようって言ってるんだ。幸いこの先の目的地に封印されている奴は話が通じないやつじゃないし、お前たち三人なら大丈夫だろうからな』
そういうスルトはもはや俺達が何を言っても無駄だと、そう感じさせるほどにきっぱりとそう言ったのだった。
◇
ロータスを離れ、俺達は再び降りやまぬ丘陵を目指して歩く。
だがロータスに来る前と今とで違うのは、俺達の横を浮いていたはずのスルトがいないということだろう。
「なんだが物足りない気がします」
「そうじゃのう。元に戻ったと言えばそれまでじゃが、あの土偶のフォルムがいないというのはいささかおかしな気分じゃ」
そう言う二人はそこにいないスルトに思いを馳せるかのように、いつものスルトの定位置を見る。
ロータスに残ったスルトは、俺達が戻るまで街を守ると決めた。確かにスルトが残れば天使が何匹こようが対処は可能だろう。
だがそれによる俺達の穴は大きい。これから向かう先は伝説の魔物が封印された場所であり、そこでは何が起こるかはわからない。俺達はあくまで神に関する情報を知りたいだけだが、丘陵にいる魔物、雷獣トールがそれに素直に応じるとは限らないのだ。
「なぁエリザ、トールってどんな魔物なんだよ?」
「そうですよ!敵を知れば何とやらって言いますし、多分恭介さんの性格上、ほぼ間違いなく戦闘になるんですから特徴を教えてください!!」
「おい、カナデ。俺の性格上ってどういう意味だよ?」
「少しでも自分の意にそぐわなければすぐに喧嘩を売るところでしょうか?だいたいは相手が悪いのでいいんですけど、その相手が大抵気性の荒い方たちですからねー。きっとそのトールさんとも喧嘩になること間違いなしです!!」
意味不明なドヤ顔でそう言い切るカナデ。その指摘に不満の意を示してみたが、エリザも同じく同意したので旗色が悪い。
「儂もカナデに同意じゃな。察しの通り、トールの性格はお主と非常に相性が悪いじゃろうからの。出会って1分後には戦闘開始が目に見えておるわ」
どこまで俺は短気だという評価なんだと怒鳴ってやろうと思ったが、それが短気の証明にしかならないのでなんとか思いとどまった。
「いいからトールの情報を出せよ。雷獣って言うからには雷属性の魔法を使うんだろ?」
「そう怒るでない。今から話してやるからそう殺気を飛ばすことなかろう。見ろ、街道の木にとまっている鳥が全部逃げてしもうた。お、魔物も一緒に逃げだしたの」
「エリザ」
「わかっておる。そうじゃの、トールは一言で言うなら雷をまとった巨大な狼じゃよ。狼の王、幻獣の一種でもあるフェンリルが雷をまとい王に至った。それがトールの正体じゃよ」
そう言うエリザの表情は、どこか懐かしさを湛えるようなものになる。遠い昔に決別したかつての仲間だ。思うところがあるのだろう。
雷獣トール。エリザの説明によればその姿は狼のようだが、どうやら俺の知るトールとはだいぶ違うようだ。
雷神トールと言えば、北欧神話で語られる最強の強さを持った戦神として名高い。燃えるような目と赤髪を持つ赤ひげの大男。稲妻を象徴する槌であるミョルニルを持つ歴戦の勇士。
あげればきりがないほどにトールに関する逸話は出てくるが、どうやらこの世界においては獣となっているらしく、流石は伝説の魔物と言ったところなのだろうか。
「あやつは生来の頑固者での。自分が一度こうだと決めたら断固として考えを変えんのじゃ。そこがいい面でもあり悪い面でもあるのじゃが」
「恭介さんと話が合わなかったらお互いに譲る余地がなさそうな気がしますねー。やっぱりバトルは必至です!!」
そう言われてしまえば俺は何も言うことが出来なかった。確かに俺自身、よっぽどの事でもない限り自分の考えを曲げるつもりはない。
にもかかわらず、相手も同じスタンスで来るのだとしたら、確かに戦闘になるのも頷けるというものだ。
「まだトールが俺と意見が合わないと決まったわけじゃないだろ?もしかしたら俺達に協力してくれる可能性だってあるんだ」
自分で言っていて非常に心もとない言葉だったが、これまでに出会った伝説の魔物。つまりエリザとスルトにはしっかり話が通じているんだ。だったら今回だってきっと可能性はあるはず。
「そうじゃといいがの」
なんとなくそうはならないと思う俺の予感を肯定するかのように、エリザが言葉短くそう告げた。
非常に嫌な予感を抱きながら、俺達は一路、降りやまぬ丘陵を目指すのだった。
次なる伝説の魔物であるトールがお目見えします。果たして戦闘になるのかどうかは、皆様の予想にお任せしますが概ね想像の通りでしょう。
雷獣たるトールがこれからどう活躍するのかこうご期待ください。
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それではまた次回をお待ちください。




