第86話 若兵の出立
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第86話~若兵の出立~
あれから一週間が経過した。
街の中は最悪の状況だったあの時と比べれば、随分と改善されたと言っていいだろう。
道端で死んでいる人達はもういない。教会に群がる病人も今は家に帰り、静養に励んでいる。
ナターシャとセレス、二人の説得により、住民たちは俺の作る抗生物質をほぼ全員が摂取することに成功していた。だがもちろんその全てが救われたわけではない。
もとから体力の少なかった高齢者や子ども、そもそも病気が末期的なところまで進行してしまっていた人は助からなかったのだ。
病気に対する治療は万能ではない。元の世界の医学では、まだまだ救えない人たちはたくさんいて、それでも諦めずに研究を進めてくれた人たちがいたからこそ、こうしてこの街の人たちを救うことが出来たのだ。
人口一万人の街は、今日まででおよそ半数の五千人までその人数を減らしていた。それは恐るべき被害だろう。通常、戦争などが起こったとしても、その被害は人口の三割を超えるところまでだと言われている、
だが今回はそれをはるかに超えた半数が死んだ。病気というものを知らず、ただその運命を受け入れざるを得なかった結果、それだけの被害がでたのだ。
だが、逆に考えれば半数の人が生き残った。
最悪全ての人たちが死ぬ可能性があったところを、その半分で食い止めることが出来たのだ。
これを良しとするかどうかは人によるとしか言えない。だが、俺はよかったと思っている。神が与えた裁きというものを科学という人の英知により覆すことが出来たのだから。
「隣、いいか?」
教会のバルコニーから街を見下ろす俺の横に、そう言ってやってきた奴がいた。
「なんの用だ?まさかとは思うがあの時の仕返しとかいわないだろうな?俺は別に構わないがこの前みたいに怪我だけじゃすまないぞ?」
「やめてくれ。あの時は俺も必死だったんだ。いくら俺が愚か者でもこの街を救った奴らに、しかも逆立ちしたって勝てない相手に復讐なんて考えないさ」
俺の隣の手すりに寄りかかり、そう言うのはあの日、初めてナターシャとセレスに会った日の教会で、俺に吠え掛かっていた若い兵士だ。
散々俺に噛みつき、ナターシャやセレス、隊長に叱責され、その上で俺が薬を作り出し街を救うさまをこの一週間見せつけられたのだ。さぞかし複雑な胸中だろうに、こうして俺に話をしに来る辺り、もとはきっとできた奴なのだろう。
ただ単に状況が悪かっただけ。極限の状況下では人は通常時とは違う思いがけない行動をとってしまうものだ。きっとこの兵士もそんな心理状況だったに違いない。
「ずっと帝国の兵士に憧れててさ、ようやくその願いが叶って、しかも皇女様の護衛なんてすごい任務に就くことができたんだよ」
「その結果が見知らぬ奴らから皇女様を守るための暴言というわけか。から回るのも度が過ぎると大変だな」
「俺だって反省してるんだよ。隊長にも散々どやされたんだからさ。でもあの時は俺もどうしたらいいかわかんなかったんだ。呪いに苦しむ人を見捨てて、でも姫様を守んなきゃいけなくて。だから怪しいと思った奴には噛みつくことしかできなかったんだ」
若いがゆえの過ち。そう言ってしまえば簡単に片付くが、この兵士はそれを反省することが出来ている。きっと将来、俺なんかじゃ想像つかないような立派な兵士になることだろう。口には出してやらないけどな。
「それで、そんな話をしに来たのか?俺もそこまで暇じゃないんだぞ?」
「ほんと、口の悪い奴だなお前は。報告しにきたんだよ。次の任務が決まってさ。例え俺にとって、黒歴史になりそうなことの張本人だったとしても、世話になったのは間違いないからな。出発の前に一言言っておこうと思ったんだよ」
律儀な奴。だけど嫌いじゃない。なんとなく、俺はこの兵士が気に入った。
「ならこんなところで油売ってないで早く行け」
だからこそ突き放す言い方をした。生憎と俺は素直じゃないんだ。記憶と一緒にそういう素直さも全部捨ててきてしまったのだから。この兵士に対しては、きっとこの対応が正解なんだろうとなんとなくだがそう思った。
「ったく。俺はこれから帝都に戻る。皇帝陛下にこの街であったことの報告をしなきゃいけないからな。隊長たちと一緒に行くから道中は問題ないが、姫様は街に残る。だからその間、姫様を頼むぞ」
「報告が依頼になってる自覚あるか?図々しいにもほどがあるだろ」
「うるせぇ!いいから頼んだからな!!」
そう言うと兵士は寄りかかっていたバルコニーから勢いよく背を離し、俺に背を向けてそう言って去っていったのだった。
「やれやれだな。そういやあいつ、名前なんて言ったかな」
まぁ、帰ってきたら聞けばいいだろう。ナターシャの護衛なのだから、きっとまた戻ってくるに違いない。その時はそうだな、飯でも奢ってやるとしよう。できうる限りいじってやって、最後に少しだけ労ってやろう。
そう思い、俺もまたバルコニーに背を向けるのだった。
◇
それからさらに三日後のことだった。
『キョウスケ!!来たぞ!!』
上空から聞こえるスルトの声に、俺達は拠点にしていた教会の中から飛び出した。
「スルト!数はどのくらいだ!?」
『ざっと見積もって20くらいだ!!』
「計画通りにいく!!スルト、行けるよな!?」
『……当然だ!』
その言葉に無言で頷き、俺とカナデ、エリザは戦闘態勢に移行した。
その様子を見ナターシャとセレスは事前の打ち合わせ通りに街に住む人々を避難させていく。
予想はしていた。
俺達がこの街を救うということは、つまり神の裁きに真っ向から反発するということだ。ミルファ一人を治療しただけで天使がひとりやってきたのだから、この街の人を救えばそれ以上の襲撃があることなど目に見えていた。
だからそれに対する警戒を行う必要があった。最初、俺はその役目をエリザに頼もうと思ったのだが、スルトが自らそれに志願したのだ。
そこにどんな思惑があるのかは知らない。かつて神の命に従ったはずのスルトが、今は真っ向から敵対しようとしているのだ。だが俺はその役目を買って出たスルトに任せることにした。
出会ってから一番変わったのは多分スルトだ。最初は世間知らずの面が強かったが、俺達と共に旅をすることでその内面に変化が起きていたのは簡単に見て取れた。
その中で、かつての自身の行いに思うところがあったのだろう。だからこそ今、先陣をきって襲撃者に相対しようとしているのだ。
『行くぞ!!』
襲撃者が俺達でも目視できるところまで来たところでスルトが動く。
練り上げた赤い魔力が渦を巻き、上空にいるスルトを中心におびただしい熱波が周囲に拡散していく。
『炎牢』
空に炎が走る。こちらに空を飛び向かってくる襲撃者の周囲を、スルトの放った全てを燃やしつくほどの熱量を持った赤い炎が覆いつくす。
それはさながら炎の牢獄。無数に編み込まれた炎の牢獄が、襲撃者を包み込み街の外へと誘っていく。
「さて。それじゃあ俺達も行くとするか」
スルトによって敵は街の外へと誘導できた。街に住む人々もこの時間を使って避難を完了することが出来るだろう。
いろいろな人の思いによって救われたロータスの街。それを再び絶望に陥れるのは寝覚めが悪い。だからこそもう一度この街を救おうじゃないか。
薄く笑みを浮かべた俺達は、街の外に向かって走り出したのだった。
名もわからないけど格好いい脇役っていいですよね。
屋上みたいなところでそういう人と主人公が憎まれ口をたたき合いながらも、端からみたら仲がよさそうに語らうのってなんだか憧れます。
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それではまた次回をお待ちください。




