第77話 治療開始
前回の誤字指摘ありがとうございました。今年最後の更新となります。少しでもお楽しみいただけたら嬉しいです。
第77話~治療開始~
俺の記憶は先のサイモンとの戦いで地球にいた頃のものはなくしていたが、人にまつわる以外の元記憶はインデックスにより復元していた。どうやらインデックスの機能の中にはバックアップ機能もあるらしく、それにより俺は一般的な知識などを戦いの後に元に戻していたというわけだ。ゆえにこの子のかかっているものが呪いなどではなく、病気であることにもすぐに気づくことができた。
ミルファのかかっている病気、黒死病はペストとも呼ばれ、すでに撲滅された病ではあるが、かつて世界中で多くの人の命を奪った病だ。
確立された治療法など当初はなく、それこそ今のミレイユのように神の呪いと言われ、何万人もの人が犠牲となった病である。
だが人はそれに打ち勝った。黒死病の原因であるペスト菌を特定し、最後にはその菌を殺す薬を開発した。その結果、少なくとも俺が生きていた頃には黒死病は過去の病となったのだ。
科学とは人類が作り上げた英知であり希望。この世界のように魔法などというものがなくとも、人は強くなることができるのだ。
「その子は呪いにかかったわけじゃない」
「で、ですが呪いの黒いあざが……」
「繰り返し言うがその子は呪いでもなんでもない。病名は黒死病。ペスト菌による感染症だ。教会に行って解呪をしても意味なんかない。その子を治す方法は、お祈りなんかじゃない。適切な治療だよ」
俺の言葉にミレイユが息を呑む。なぜかエリザとスルトも似たような反応をしたのが気になるが、カナデは俺の話をすんなり受け入れているようなので、とりあえずは放っておくとする。何か疑問があるのなら、後で聞いてくるだろうからな。
「その病気ってどんな病気なんです?」
「さっきも言ったが感染症だよ。元はネズミなんかのげっ歯類に流行していた病気でな。その血を吸ったノミが媒介となって人に感染する。症状はいろいろだが、高熱やその子のような黒いあざ。それは敗血症による血流不全の結果、組織が壊死したものだ。その他心臓、肺の疾患など様々だ。どれも放っておくと死に至る病気だよ」
「娘は!娘は本当に治るんですか!?」
カナデの問いに答える俺にミレイユが前のめりにそう尋ねる。それも当然だろう。無茶だとわかりながら、娘をなんとか助けようと密航まで試みたのだ。その治療法が分かる者が突然現れた。動揺しない方が無理な話だ。
「もちろんだ。病気の原因が分かっているんだ。治せない方がおかしな話だからな」
「お願いします!娘が助かるなら何でもします!ですからどうか、どうかこの子を助けてください」
ミレイユの覚悟が本物なことはすでに分かっている。俺が望めば自分がどうなろうとも文句は何も言わないだろう。娘が助かるなら自分などどうでもいい。きっとこの母親はそう考えているに違いない。
「報酬は後で考える。それよりも今はその子の治療が先だ」
そう言うと俺は地面に手を当て、錬金術のスキルを使用した。
この辺りは大河沿いだからか土が程よく水分を含み、それでいて粘土質のものが多い。急ごしらえとはいえ雨風を凌ぐ家のようなものを作るにはうってつけの土壌だった。
「これはまたすごいですねー。土づくりのはずなのにディテールが凝りすぎてて逆に不気味です」
「ほっとけ。いいからその子を連れて中に入るぞ」
錬金術で作り上げた家のデザインは、インデックスが俺のもとあった記憶をもとに作り上げた完全オートメイトのものだ。
ゆえにそこに俺の意思はまるでない。例えそれが、元の世界の一般的な平屋だったとしてもないと言ったらないのだ。
「それでどうやってその子を治すんじゃ?病気とはつまり病のことじゃろ?回復魔法でも治らんものをどうやって治すというんじゃ?」
「んなもん薬以外の何があるって言うんだよ?」
エリザの問いに俺は首をかしげる。病気が回復魔法で治らないというのは初耳だし、何より病気に対しての知識があまりに欠如している気がする。
これも後で詳しく聞く必要があると思うが、まずはこの子の治療が先決だ。すでに敗血症を起こしかけているのであれば、時間の猶予はあまりない。
“検索結果:治療薬。ペスト菌へは抗生物質の投与が効果的。薬品名、ストレプトマイシンの調合を推奨”
ペスト菌はあくまで菌であり、効果を持つ抗生物質を投与してやればあっという間に駆逐できる。それならばその抗生物質をつくってやればいい。
“検索結果:ストレプトマイシン。化学式、C21H39N7O12。原子の配列を確認。空気中の元素で作成可能。これより錬金術による調合を開始します”
インデックスがそう告げた直後、俺の手の中で錬金が始まった。
俺のスキルの一つである錬金術。これはどう考えても科学に基づいたスキルだ。物質を理解し、材料を用意しさえすれば物理法則を無視しない範囲内であらゆるものを作成する事が可能となる。
俺はインデックスによって、作りたいものの詳細を事細かに知ることが出来る。まさかのオートメーションまで可能なのだ。もはやこの反則的な二つのスキルにより、俺に作れないものはないと言っても過言ではないのだ。
時間にして数秒もかからなかった。
「黒死病への治療薬、ストレプトマイシンの完成だ」
手の中には小さなカプセル。その様式がやたらと元の世界のものに近いのは、これもまたインデックスがもとあった俺の記憶を流用したからだろう。
「飲めるか?」
「うん……」
この時初めて聞いたミルファの声は弱々しく、それでも懸命に俺の持つカプセルに手を伸ばす様子からは、懸命に生きようとする意思を感じた。
生きたい。もっと生きてたい。
その思いが何処から来るものなのかは俺にはわからない。死んでいった人の凄惨な光景を見たからか、それともこれまで迷惑をかけた母親への恩義が。
いや、そのどれでもない。この子は、ただ本能で生きたいと感じている。こんなところで死にたくない。もっと長く、もと強く生きていたい。
娘のために決死の旅を決行した母親と、生きるために必死に抗う娘。
なんとしても助けてやりたい。見返りなんていらないから、俺はこの親子を助けてやりたいとこの時強くそう思った。
「絶対に助けてやるから俺を信じろ」
出会って間もない見知らぬ男。その男を信じるなど平時であれば到底無理なはずだ。だが、この親子はそれを成した。俺を信じ、そしてカプセルをゆっくりと呑み込む。
「しばらくは絶対安静だ。このままここでゆっくり眠るんだ。その間は俺が守ってやる」
「あの、私達もいるんですけど?」
「そうじゃ。儂らをのけものにせんでほしいの」
『というかすでに私、忘れられてないか?』
俺達のその言葉にミレイユが不格好だがはじめて控えめな微笑みを見せる。そしてミルファもまた、うっすらと笑みを浮かべると眠りに落ちていった。
2章からは科学にまつわる話題が出てくるのですが、私なりに調べて書いていますが矛盾点などは素人と笑って許してくださると嬉しいです。
ファンタジー世界ということで、そういうものだと思って読んでくださればと思います。
8月から始めた連載ですが、ここまで続けてこれたのも読んでくださる皆様のおかげです。途中で投げ出そうと思ったことも何度かありましたが、それでもこうして書き続けられるのは少しづつですが増えていく読者の方に支えられてこそだと思っています。
来年もこれまで以上に頑張って書いていきますので、是非応援のほどよろしくお願いします。
今年最後にもしよければブックマークや評価をしていって頂けると、作者が今年を気持ちよく終えられますので是非是非お願いします。
それでは皆様よい年を。また新年にお会いしましょう。




