第76話 神の呪いを一蹴する
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第76話~神の呪いを一蹴する~
母親の言う、神の呪いを子どもが発症したのは一週間前の事。
アーネスト公国とキュリオス帝国のほとんど境目に位置する小さな村。そこが親子が住んでいた場所であった。
母親はミレイユ。娘はミルファ。まだミルファが小さなときに父親は魔物に殺されており、そこからは母子二人で今日まで懸命に生きて来た。
まだ若くして母となったミレイユは見た目にも若く、着飾ればとても子どもがいるとは思えないほどの美貌を誇るのだろう。しかし今は表情はくたびれ、頬もこけて活力はない。よほどの苦労がここまであったのだろう。
そして娘のミルファだが、この子は年齢にして5歳ほどだが、おでこには小さな角がある。ミルファは人間であるミレイユと、鬼人族である父親の間に生まれた、いわばハーフなのだ。
亜人族が多く住むアーネスト公国においてハーフは決して珍しいことではないが、それでも鬼人族とのハーフはなかなかいない。自種族の誇りが高い鬼人族は純血至上主義なのだが、どうやらこの子の父親はそういう常識にとらわれないタイプだったのだろう。
小さな角がある以外は茶髪の軽いウェーブの可愛らしい子ども。年相応の笑顔を見せればきっと、非常に可愛らしい子であるのは間違いない。
だが今はそんな余裕などどこにもない。黒い染みのような模様が至る所に現れた体は、彼女から体力とともに笑顔まで奪っていた。
「神の呪いは死病です!!近くにいては恩人であるあなた方にもうつってしまいます!!」
ミレイユはミルファを抱え必死に俺達から距離を取ろうとした。
「エリザ。呪いなんてこの世界にはあるのか?」
「あるにはあるが、あのような見た目になる呪いは見たことないの。しかも伝染するなんて論外じゃな」
俺はこの世界の全てを知るわけではない。ゆえに呪いというものも知らないので俺達の中では一番の知識量があるエリザに尋ねたのだが、当のエリザはミルファの症状を見て一蹴した。
曰く呪いとは体内の魔力に干渉して対象を弱らせるものらしい。魔力の停滞、屈折、混濁、そして吸収に枯渇。この世界の呪いはそのような効果を及ぼすため、最悪死に至ることはもちろんあるが、それでも外見にミルファのような変化が現れることはないという。
であれば原因は別にあるはずだ。
「なぁ、よかったら事情を聞かせてくれるか?何か力になれるかもしれない」
「で、ですが呪いが……」
「案ずることはない。その子の症状は断じて呪いではないでの。儂が保証する」
初対面のどこの誰とも知らない俺達に保証されたところでどうかと思ったが、どうやらミレイユはその言葉を信じることにしたらしい。一度小さく息を吐くと、俺達をしっかり見つめてこう言った。
「わかりました。見ず知らずの私たちを救ってくれたあなた方を信じます」
ミレイユはミルファにもう一度フードを目深に被せると、静かに語り始めた。
◇
「私たちの住む小さな村に最初に呪いが降りかかったのは一月前の事です」
村は亜人やハーフが多いところでひどく貧しかったが、それでも村人はみんなで手を取り合いたくましく暮らしていた。
だがそんなある日、一人のドワーフが今のミルファと同じ、体に黒い模様のようなものができる症状におそわれる。
高熱と体の腫れが起こり、村人の必死の看病もむなしく最後には全身が黒くなって死亡した。
その後も同様の症状を訴える者が続出し、村人は次々と呪いに倒れ伏していく。
ミレイユとミルファも他の村人とともに、倒れた仲間の看病にいそしんでいたが、とうとうミルファまでもが呪いを発症してしまう。
呪いにかかった者でこれまで助かった者は一人もいない。ミレイユは焦った。このままでは唯一の家族であるミルファまでも失ってしまうかもしれない。夫を失い、この上娘まで失ったら。そう思うともはやミレイユはいてもたってもいられなくなり、気づけばミルファを抱いて村を飛び出していたのだ。
もしミルファの症状が呪いであれば、教会の神父様なら治せるかもしれない。ミレイユは昔聞いたことがあったのだ。帝国の教会は呪いの解呪を行っていると。
それは藁にもすがる思いだった。呪いを受けた子どもなど、帝国行きの船に乗れるはずがない。ただでさえ北部地方でのごたごたで、帝国側は警戒を強めておりいつも以上の警備体制を敷いていた。
だとすると密航しかない。船着き場から下流へ下った先に、密航船が停泊する場所があると聞いたことがある。本当かどうかもわからない情報を頼りに、ミレイユはミルファを抱いて川を下り、そして盗賊に襲われたというわけだ。
「ミルファを助けるために早く帝国の教会に行かなければならないんです!無理を承知でお願いします!私たちを密航船の出る場所まで連れて行ってください!!お礼ならなんでもします!望むなら私を好きにしていただいて構いません!ですからどうか、どうかミルファを助けてください!!」
最後の方は声に涙が混じるミレイユ。我が子を思う母。それは非常に羨ましい。
両親の記憶などない俺にはその温もりはわからない。そもそも前の世界での記憶を捨て去ったのだから思い出せるはずもない。それでも俺は、この親子を放っておくことは出来なかった。それにミルファの症状と、ミレイユから聞いた村人の症状に思い当たる節もあった。
“検索結果:対象の状態異常。病名:黒死病。グラム陰性桿菌であるペスト菌への感染を確認。敗血症を起こしかけている状況”
裏で検索を開始していたインデックスがそう告げる。どうやら俺の見立てに間違いはなかったようだ。
「心配するな。今から俺がその子を治してやる」
確かに魔法は万能で、スキルは便利だ。だがそんなものがなくとも人は強く生きることが出来る。それは前の世界での人間が証明しているのだから。
さぁ、ここからは楽しい科学のお時間です。
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