十話
武道館ライブという伝説の夜から、数年の月日が流れた。
かつてチャンネル登録者数3人(1人はbot)だった「天霧カナタ」と「星宮ルナ」は、今やチャンネル登録者数300万人を超える業界のトップVtuberとなっていた。
そして、配信の裏側でドタバタと愛を育んできた佐藤陸と結衣もまた、大きな節目を迎えていた。
「——というわけで、本日の配信は『超・重要なお知らせ』です」
『ついに!?』
『長かった……!!』
『結婚か!? Vtuber初のリアル結婚報告配信か!?』
『陸上部(仮)のゴールインきたああああ!』
画面上には、タキシード姿のカナタと、純白のウエディングドレス姿のルナの3Dモデル。
二人が並んで画面の前に立ち、深々と頭を下げた。
「いつも俺たちを応援してくれて、本当にありがとう。……本日、俺たち佐藤陸と結衣は、無事に婚姻届を提出してまいりました!」
コメント欄が時空を置き去りにして爆発した。
『おめでとううううううう!!』
『全私が泣いた!!』
『事故から始まった最高のハッピーエンド!!』
『末永くお幸せに!!』
「本当はもっとスマートに報告したかったんだけどね」と結衣がくすくす笑う。
「今日、市役所に婚姻届を出しに行くときもさ……陸、書類の住所欄に『天霧』って書きそうになってたでショ?」
「おいバラすな! 緊張で頭パニックになってたんだよ! お前だって『佐藤結衣』って書くとき、手震えて文字が蛇みたいになってただろ!」
「だって……陸の苗字になるんだと思ったら、嬉しくて……っ」
『てぇてぇぇぇぇぇ!!』
『尊すぎて画面が直視できない』
『相変わらずの夫婦漫才助かる』
陸はマイクに向かい、改めてリスナーへ向けて想いを語り始めた。
「……3年前、配信事故で本名がバレた時は、マジでVtuber人生が終わったと思った。デスボイスで誤魔化して、泥臭くあがいて……でも、リスナーの整った『草』と温かい応援があったから、俺たちはここまで来られた」
陸は隣に立つルナ——結衣の手を、しっかりと握りしめた。
「俺たちがVtuberとして、そして人間として最高に幸せな今を迎えられたのは、画面の向こうにいるお前たちのおかげだ。本当に……ありがとう!」
結衣もアバターの目から涙の粒をポロポロとこぼしながら、笑顔で言葉を重ねる。
「これからも、夫婦になっても、私たちは『天霧カナタ』と『星宮ルナ』です! たくさん事故って、たくさん笑わせて、みんなと一緒にずっとずっと走っていくからね!」
感動と祝福の嵐。画面全体が温かいピンクと青の光で埋め尽くされる。
……と、ここで終われば完璧すぎるグランドフィナーレだった。
「……あ、そういえば陸」
涙を拭いた結衣が、急に思い出したように悪戯っぽい顔をした。
「なに?」
「リスナーのみんなに、もうひとつ『ご報告』があるんだよね♪」
「……え? もうひとつ? 俺なんか聞いてたっけ……?」
首をかしげる陸に、結衣はニコッと笑って、とんでもない爆弾を投下した。
「実は……私のお腹の中に、新しい『リスナー(命)』が宿りましたー!」
静寂。
コメント欄の動きが完全に止まった。
そして、一番硬直したのは、隣に立つ陸だった。
「………………え?」
「もうすぐパパになるんだよ、陸♪」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?」
衝撃の新事実。陸は画面の前でガチフリーズ。
コメント欄は、先ほどを遥かに凌駕する地鳴りのような大狂乱に包まれた。
『えええええええええ!?!?』
『二重のおめでたすぎだろ!!』
『陸、パパになるwwwww』
『おめでとうううう! 健やかに育ってくれ!!』
「ち、ちょっと待て結衣! それいつ分かったんだ!? なんで今この配信で言うんだよ!?」
パニックで顔を真っ赤にし、ワタワタと手を振り回す陸。
「だって、サプライズにしたかったんだもん! 陸の驚く顔、最高〜!」
いたずらっ子のようにけらけら笑う結衣。
パニックと、歓喜と、これから始まる新しい未来への愛おしさに胸がいっぱいになった陸は、マイクを握りしめ、全世界に向けて、人生で一番幸せな咆哮を響かせた。
「ヴォイイイイイイイイイ(全人類へ感謝&パパになるぞ爆音デスボ)!!」
『最終話もデスボきたあああああwww』
『最高の10話連続デスボ!!』
『世界一幸せな家族になってくれー!!』
大爆爆笑と、涙と、無限の祝福に包まれて、二人の「報告配信」は幕を閉じた。
◇
配信終了後。機材の電光が消えた静かなリビング。
タキシードとドレスの衣装を脱ぎ、部屋着に着替えた二人は、ソファに並んで腰掛けていた。
「……ハァ。最後の最後に、一番デカい事故ぶち込んできたな」
陸が呆れたようにため息をつく。
「ふふっ、事故じゃないよ。最高の奇跡でしょ?」
結衣は愛おしそうに自分のお腹を撫でた。
陸はそっと手を重ね、結衣の身体を優しく抱き寄せた。
二人のぬくもりが、静かな部屋に満ちていく。
「……ありがとうな、結衣。俺をパパにしてくれて」
「こちらこそ。私を世界一幸せな奥さんにしてくれて、ありがとう……陸」
二人はそっと見つめ合い、優しく唇を重ねた。
配信事故から始まった、ドタバタで、恥ずかしくて、世界で一番愛おしい二人の物語。
それは今日、最高に幸せな「家族」という新しいページを開いた。
画面の中でも、画面の外でも。
二人の賑やかで愛に溢れた日常は、これからもずっと、ずっと続いていく。




