EP 2
限界アイドルのタダ活サバイバル
「俺がお前をプロデュースしてやる」
そう啖呵を切った翌日。俺は頭を抱えていた。
勢いで専属プロデューサー(兼マネージャー)になったのはいいが、俺の全財産は銀貨5枚(約5千円)。アイドルを売り出すための広告費はおろか、まともな衣装を買う金すらない。
まずは現状把握だと思い、リーザの自宅である『ルナミスコーポ101号室』を訪ねた。
家賃は月に金貨2枚(約2万円)。風呂なし、すきま風標準装備の築ウン十年のボロアパートだ。部屋の隅には「いつか大きなステージで使うんです!」と拾い集めた大量のみかん箱が積まれている。
「それでリーザ。お前、普段のご飯はどうしてんだ?」
俺が尋ねると、リーザは胸を張ってドヤ顔を決めた。
「ふふん! 任せてくださいプロデューサー! 私の『タダ活ルーティン』についてくれば、食費ゼロで生きていけますよ!」
「……タダ活?」
嫌な予感しかしなかったが、俺は彼女の後についていくことにした。
数時間後、俺は戦慄していた。
この人魚姫、無料で生き抜くスキルがスラムの孤児よりも高いのだ。
まずは大手スーパー『ルナミスマート』。
リーザは試食コーナーのおばちゃんに「おはようございます! 今日もいいお天気ですね!」と100点満点のアイドルスマイルを炸裂させ、爪楊枝一本で的確にウインナーを刺していく。
おばちゃんは「あらぁ、リーザちゃん! 今日も可愛いわねぇ、ほら、もう一個おまけ!」とメロメロになりながら、明らかに規定量を超える試食を彼女に与えていた。
「どうですかプロデューサー! これぞ笑顔の魔法です!」
「お前、それただの愛想がいいホームレスのやり口だぞ……」
だが、彼女の進撃は止まらない。
次に立ち寄った公園では、見知らぬおじいちゃんたちに混ざって元気よくラジオ体操をこなし、皆勤賞のスタンプをゲットして図書カードの引換券を嬉しそうに見せびらかしてきた。
さらにデパートの化粧室では、備え付けのテスター化粧水と乳液を使いこなし、プロのメイクアップアーティスト顔負けのフルメイクを完成させてしまったのだ。
そして夕暮れ。
リーザが「今日のメインイベントです!」と俺を連れてきたのは、ルナミス帝国の外れにあるテント村だった。ここでは貧しい労働者たち向けの炊き出しが行われている。
「おじさーん! 豚汁二つお願いしまーす!」
炊き出しの列の『最前列』に陣取っていたリーザは、ちゃっかり俺の分まで豚汁と塩むすびをゲットしてきた。
「なぁリーザ。俺たち、いくらなんでも図々しすぎないか?」
「大丈夫です! ちゃんと恩返しはしますから!」
豚汁を綺麗に飲み干したリーザは、どこからともなくマイみかん箱を取り出すと、テント村の中心にスッと立った。
労働者たちが「おっ、今日も始まったな」と嬉しそうに集まってくる。
どうやら、彼女はここで毎晩食後の「路上ライブ」をやっているらしい。
恩返しに歌を歌う。なるほど、アイドルらしい立派な心がけじゃないか。さあ、あの純真な声でどんな美しいバラードを歌うんだ?
リーザはコホンと咳払いをすると、おもむろに自分の鼻の穴に『五円玉』を二枚突っ込んだ。
「……は?」
そして、自分のお腹をぽんぽこと叩きながら、満面の笑みで歌い出したのだ。
『た、た、たぬきのお腹は ポンポコポンポン♪
月よ〜月で〜頭は ハーゲハゲでピーカピカ〜♪』
「なんでその歌なんだよ!! しかも鼻に小銭詰めてるし!!」
俺のツッコミも虚しく、彼女は『ハゲたぬきのポンポコ節』を熱唱し続ける。
腐っても人魚姫。絶世の美少女が変顔で腹太鼓を叩くというビジュアルの破壊力は凄まじく、おっさんたちは「嬢ちゃん、今日も体張ってんなぁ!」「ヨイショ!」と手拍子をして大爆笑している。
だが、俺の意識は全く別のところに向いていた。
俺のユニークスキル『完全同調』が、彼女の歌声から放たれる「波長」をビンビンに感じ取っていたのだ。
(やっぱり、ただの歌じゃない。これは……とてつもない高密度の『バフ魔法』だ!)
リーザの歌声が響くたび、周囲の空気が黄金色に微かに揺らぐ。
そして、さっきまで死んだ魚のような目をしていた日雇い労働者たちの顔色が、みるみるうちに血色を取り戻していくのだ。
「うおおおっ!? なんだか知らんが、腰の痛みが完全に消えたぞ!」
「筋肉痛が治った! 今なら丸太百本担いで走れる気がするぜぇ!!」
男たちは次々と立ち上がり、有り余る闘気を抑えきれない様子でシャドーボクシングを始めたり、謎の反復横跳びをしたりしている。
『戦神の凱歌』。
俺は前世のゲーム知識で、その現象に名前をつけた。
彼女は「皆を笑顔にしたい」という純粋な気持ちだけで、無自覚に国家戦略級のバフを撒き散らしているのだ。だから労働者たちは、明日もまた限界を超えて働くことができている。ルナミス帝国の経済の底を、この底辺アイドルが支えていると言っても過言ではなかった。
『み〜んな合わせて 腹太鼓〜♪
ポンポコ ピーヒャラ テーンツルリン!』
歌い終えたリーザは、鼻から五円玉を外し、深くお辞儀をした。
割れんばかりの拍手と、「明日も頼むぜ!」という歓声が飛ぶ。
「ふぅ……プロデューサー、見ましたか!? 今日のステージも大成功です!」
汗を拭いながら俺の元へ走ってくるリーザ。
俺は確信した。この原石は、本物だ。俺の『完全同調』でこのバフを正確にコントロールし、然るべき場所で響かせることができれば、本当に世界を揺るがすことができる。
「ああ、いいステージだった。だが、次はもっとマシな曲を歌わせるからな……」
俺がそう言って彼女の頭を撫でようとした、その時だった。
ジジジジジジジジ……。
空気を切り裂くような、不気味な羽音が夜空から降り注いできた。
見上げると、帝国の防衛結界の一部がドロドロと溶け落ち、その穴から黒い影が無数に這い出してくるのが見えた。
「な、なんだあれ……?」
それは、金属の装甲を持ち、赤く光る目をした巨大な昆虫の群れ。
サルバロスの眷属、『死蜂型』と『死蟻型』の襲来だった。




