第6話 本当につよいもの
◆夢編
夜。
焚き火の火がぱちりと弾け、
赤い光が二人の影を
長く伸ばしている。
二人では火を見つめていた。
この世界の空気に、
薄いざわつきを感じていた。
胸の奥―
言葉にできない
「違和感」が渦を巻いている。
隣にフィアが座っている。
彼女は手を組み、何か思いつめたように火を見ていた。
やがて、
フィアは小さく息を吸う。
「アリオン…」
声はかすか。
けれど、
その響きは迷っていなかった。
アリオンが向き直ると―
彼女はほんの少し笑った。
決意を含んだ、
優しい笑み。
「…伝えたいことがあるの…」
その言葉の
直後だった。
突然、
フィアは喉に手を当て、
息を詰める。
声にならない
吐息だけが漏れた。
「…っ」
アリオンの心臓が跳ねる。
―まさか
『プレゼント』??
中ボスの言葉を思い出す。
「今日君に
『プレゼント』
をあげよう。」
その記憶が、
焚き火の音に
重なるように蘇る。
アリオンは思わず叫ぶ。
「フィア!
待て、何が―!」
返事はない。
アリオンは続けて叫ぶ。
「フィア!
声が、声がだせないのか!?」
フィアは
アリオンを見つめうなずく。
アリオンは、
「フィアが呪いにかかっても、
その呪いは僕が…」
しかし、フィアは
アリオンを見つめて、
うつむきながら首を
よこにふった。
代わりに彼女は、
そっと近づき、
アリオンの背中へ腕を回し
そして背中から
アリオンを抱きしめた。
驚きで体が固まる。
けれど、その抱擁は
迷いなく温かい。
彼女は語らない。
言葉はなくても、
伝えようとしている。
アリオンの胸に、
疑問と焦りと―
そしてゆっくりと―
理解が生まれる。
(…言葉じゃない。
これは…彼女が
“支えてくれてる”んだ。)
彼女は叫ばない。
励まさない。
命令しない。
ただ―そばにいる。
それは、
言葉より強い意志だった。
アリオンは息を吸い、
目を閉じた。
(そうか…
守りたいんじゃなくて、
守られてるのは―
僕の方か。)
掌が震える。
でもその震えは
恐怖ではなかった。
確信だった。
「…フィア。」
返事の代わりに、
アリオンを背中から
抱きしめている腕の力が
ギュッと強くなる。
アリオンはゆっくり、
言葉を絞り出した。
「大丈夫だ。
もう分かった。」
焚き火の光が、
二人を温かく包む。
「言葉なんて要らない。
君ががここにいる。
そのことが…
僕をずっと立たせてくれる。」
胸の奥に、
静かに火が灯る。
それは怒りではない。
恐怖でもない。
迷いでもない。
―覚悟だった。
「僕は戦う。
倒れても、立ち上がる。
前に進む。
だって…」
焚き火が風に揺れ、
光が大きく膨らむ。
「キミが祈ってくれてる。
その祈りがある限り、
僕は負けない。」
その瞬間、
フィアの指先が震え、
抱擁がもう一段階
強くなるのをアリオンは
全身で感じた。
アリオンは静かに笑った。
「…ありがとう。
俺は必ず帰る。
だから見ててくれ。」
祈りは声じゃない。
祈りは
行動で、
想いで、
選択で伝わるもの。
そして今、
二人の沈黙は言葉より
「本当につよいもの」
だった。
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◆現代編
2025年
資料管理室の蛍光灯は、
夜になると少しだけ低く唸る。
その音が、
静けさを余計に
際立たせていた。
俺―空真 颯真は
モニターの前で固まっていた。
画面には―
送信の最終確認:異動願い
カーソルだけが瞬いている。
押せば、
たぶん何かが変わる。
押しても、
何も変わらないかもしれない。
いや―
押さなかったら、
自分が変われない気がした。
俺は Enterキーに触れかけた。
けれど、その指は震えて―
止まった。
「…はあ。」
深い息を吐きながら背もたれに体を預ける。
ふと横を見ると、
白木 凪先輩が、
書類を抱えながら
こちらを覗いていた。
薄い青のブラウス。
資料整理のホコリとPC対策の
ブルーライトカット眼鏡は
今日も少しズレている。
でも、その不格好ささえ、
今の俺には妙に落ち着く。
「クリック、
できなかったんだね。」
白木先輩は言い当てる。
まるで最初から
見ていたかのように。
「…見てたんですか。」
「見てなくても分かるよ。
迷ってる人って、
画面の前で息の仕方が
不器用になるの。」
冗談めかして言うくせに、
声はやさしい。
それが逆にこたえる。
俺はつぶやいた。
「……俺、
このままだと駄目になる
気がして。」
白木先輩はすぐには答えず、
ゆっくり椅子に腰を下ろした。
机は向どうし
いつもみたいに自然に。
「ねえ、空真くん。」
白木先輩の指が、
そっと俺の手元―
マウスの上に視線を落とす。
「逃げたいときの
『動きたい』って気持ちと、
育ちたいときの
『動きたい』って気持ちって、
似てるんだよ。
でも、理由の重さが違う。」
俺の胸の奥が
ピクリと反応する。
―白木先輩は続けた。
■白木先輩の告発
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「私ね、
ずっと花形部署にいた。」
初めて聞く言葉だった。
でも、
白木先輩の背筋の
静かな強さは、
どこか納得させる。
「企画会議、
締め切り、責任、
比較、期待、焦り……
当時の私は、それ全部を
“戦い”だと思ってた。
勝たなきゃ居場所がない、
って。」
言葉が淡々としている分、
重かった。
「みんなに
“すごい”
って言われるのが怖かった。
次の瞬間、
それを壊すのが
自分かもしれないって
思うから。」
俺は息を飲む。
妙な静電気のように、
その言葉が胸に刺さる。
白木先輩は小さく笑った。
「気づいたらね、
声が出なくなってた。」
指先で喉に触れながら、
白木先輩は続ける。
「病気じゃなかった。
お医者さんに言われたの。
『声帯じゃなくて、
心が疲れてる』
って。」
その瞬間、
白木先輩の瞳は遠くへ沈む。
「休んでる間ね、
何度も思った。
“全部捨てちゃえば楽だ”
って。
でも…
捨てられなかった。」
少しだけ笑う。
「だって私…あの世界が、
好きだったから。」
沈黙。
そして、
白木先輩の瞳は優しいまま
俺をまっすぐ見る。
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「だからね、ここに来た。」
「資料管理室に、ですか。」
「うん。」
白木先輩は書棚の背中を
そっと撫でながら、
言葉を継いだ。
「ここにはね、
誰かが形にしきれなかった
熱量が眠ってる。
諦められた企画、
未完成のアイデア、
置き去りになった挑戦。
捨てられたものじゃない―
まだ続きが
書かれていないだけ。」
俺の心臓が強く脈を打つ。
白木先輩は微笑む。
「ここはね、
終着点じゃない。
スタート地点の
倉庫みたいな場所。
いろんな“はじまり”が
眠ってる。」
手がそっと俺の
マウスへ触れる。
「空真くん。
あなたはまだ
“終われるほど”
何もしてないよ。」
その優しさは、
刀より鋭かった。
「異動願いはね、
逃げるためじゃなく、
“育ったあとに使う鍵”。
そのときまで…
持っていた方がいい。」
俺はゆっくりとうつむき、
息を吐いた。
「…俺、まだここで
戦っていいですか?」
白木先輩は軽く頷いた。
「もちろん。
それにね―」
少しだけ照れたように笑う。
「私はここで、
あなたの
最初の味方で
いたい。」
その言葉に、
胸の奥が熱くなる。
ふと画面を見る。
カーソルは
まだ点滅していたけれど、
もう押す必要はなかった。
「…ありがとうございます。」
俺が深く頭を下げると、
白木先輩は小さく囁いた。
「祈ってるよ。」
俺が顔を上げると、
白木先輩は資料の束を抱え、
ずれた眼鏡をそっと直していた。
いつもならかわいくみえる
その姿が今、
妙に頼もしく見えた。
―心の雨はまだ降っている。
でも、俺にはもう、
空が曇って見えなかった。
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◆開発編
1989年
夜のフロッピーディスクの匂いと、
蛍光灯の白い疲れた光。
あの頃の空気をいま思い返すと、
まず胸に刺さるのは―
熱より焦げ跡だ。
イームⅡが発売された翌月。
開発室は、
まだ興奮の余韻の中にいた。
誰かが雑誌の
レビューを読み上げ、
別の誰かが
ファンレターを机に積む。
「ラスの音楽鳥肌立った」
「世界の広がりすげえ」
「次が出るなら絶対買う」
そんな声が毎日のように届いた。
でも―
その中心にいるはずの赤木は、
意外なほど静かだった。
いや、静かというより…
先に進んでいた。
◆イームⅢの火種
机の上、赤木のノートには、
走り書きの線が迷路のように広がっていた。
「もっと身体で
動けるほうがいい。
剣を振るだけじゃない。
走って、飛んで、落ちて、
それでも進む―
そういう旅だ。」
彼はそう言いながら、
横スクロールの草稿を
描き足していく。
周りは
「また始まった」
と笑うけど、
その背中には、
誰にも触れることのできない
赤木の集中があった。
黒瀬はその背中を
見るたび思った。
―コイツは、
成功を守りたいんじゃない。
―成功を踏み台に、
知らない場所へ
行こうとしている。
そして同時に、
それは
ぞっとするほど脆かった。
成功は誰も守ってくれない。
次の一歩は、
誰より本人が一番怖い。
でも、赤木は進んだ。
■ハマソン来訪
イームⅢの企画が
固まりつつあった頃、
異なる空気が
開発室のドアを叩いた。
黒いスーツ、
揺れるピアス、
落ち着いた声。
彼女の名は
―城崎 瑠璃
北海道から来たと
言った口調は丁寧だったが、
その奥にある意図は
読み取りづらかった。
淡い笑みを浮かべながら
企画書を机に置き、
静かに言う。
「CD-ROMユーザーの未来に、
あなたたちの名前を
入れさせてほしいんです。」
音楽はフルで―
絵はもっと動き―
声さえ入れられる。
「旅」の世界を
体験に変えるための器。
でも赤木は腕を組み、
短く答えた。
「…悪いけど、
俺たちには“続き”は
ないんだ。
イーム1と2は、
別の旅路。
繋げる気も、
繋げる理由もない。」
城崎は
顔色ひとつ変えなかった。
「意志、ですね。
嫌いじゃありません。」
ただ、最後のひと言―
「でも、
時代があなたを追い越す前に、
世界を広げる余地を
考えてください。」
その空気は静かで、
冷たかった。
赤木はその言葉を、
受け止められる
状態じゃなかった。
彼は、突っぱねた。
迷いもなく。
「俺たちは
俺たちの世界を作る。
時代に拾われる必要なんて、
ない。」
その瞬間、
イームⅢは孤高の作品になった。
◆そして発売
1989年7月。
雑誌には
「挑戦」
という文字が並んだ。
音楽は空気
を震わせるように高く評価され、
サントラが先に
品切れになるほどだった。
だが―
ユーザーが言い始めた。
「すごい。
でも…これ、
前とは別物だよな。」
「好きだけど、
どう向き合えばいいか
分からない。」
それは批判ではなかった。
むしろ高い評価だ。
でもその言葉は、
赤木にとって
地響きのような亀裂だった。
■闇落ち
深夜、
開発室の灯りは
ひとつだけ残った。
赤木は机に突っ伏し、
ウォークマンから流れる音を
ヘッドホンを耳に押し付け
聞いていた。
流れているのは―
自分たちが作った音。
けれど、
その旋律を受け止めている顔は、
喜びではなく痛みに歪んでいた。
「…これでいいのか?
俺は、何を作りたかった?」
誰に向けてもいない声。
でも、
胸の奥では確かに叫んでいた。
“俺は置いていかれるのが怖い。”
“新しいものに挑むくせに、
失うものが怖い。”
完璧主義者の苦しみは、
つくった作品よ
り重くのしかかる。
誰も責めていないのに。
誰も答えを持っていないのに。
ただ―
赤木だけが、自分を裁く。
黒瀬は黙って見ていた。
声をかけたら壊れると
思ったからだ。
あのときの赤木の背中は、
炎の残り火みたいに揺れていた。
■光の始まり
泣きもしない。
怒りもしない。
ただ静かに、
自分の熱と向き合う。
その沈黙の長さが、
赤木という人間の強さだと、
僕(黒瀬)はあとで気づいた。
成功して笑ってるときより、
評価されている時より。
―この沈んだ時間こそ、
未来へつながる伏線だった。
赤木は、倒れなかった。
ただ、
ゆっくり息を吐いたあと、
ひとつだけつぶやいた。
「…俺、
一人じゃ作れないな。」
その声は誰より弱く、
でも誰より強かった。
僕はその背中に静かに答えた。
「それでいい。
旅はひとりじゃ終われない。
次は―
仲間探すもんだろ。」
赤木は笑わなかった。
ただ、頷いた。
それは確かに― 再び始まる旅の合図だった。
壊れた熱は終わりじゃない。
それは、
次の形へ変わる準備期間だ。
---
◆再び…夢編
フィアの腕が、アリオンを
しがみつくように
抱きしめていた。
震えた指先は、
頼るようで、
同時に守るようでもある。
アリオンは 一度だけ目を閉じる。
そして―ゆっくりと、
その腕を振り払った。
乱暴ではない。
拒絶ではない。
向き合うための動作。
驚いたように
フィアが息を止める。
その瞳に迷いと恐れが走る
―だが、一瞬だけ。
アリオンは彼女の手を、
今度は前で強く握った。
逃げられないでもなく、
縛るでもなく―
共に立つ握り方。
視線が重なる。
フィアは声を失っている。
呪いか、運命か―
その理由はまだ分からない。
でもそんなのなんか
どうでもいい!
けれど、
伝えたい想いは、
視線の奥で炎のように
燃えていた。
言葉は消えた。
しかし感情は消えていない。
むしろ、
声よりも鋭く、
迷いなく、
まっすぐだった。
アリオンは息を吸い、
握る手に力を込める。
「…わかってる。
もう、
僕たちに言葉はいらない。」
フィアの瞳がふるえる。
涙がこぼれそうになるが、
彼女は強く堪える。
泣く代わりに―
握り返す。
静かに、
しかし確かに。
そこには、
願いと勇気が同じ強さで
存在していた。
アリオンは
まっすぐ前を向いた。
「行こう。
恐れじゃなく。
祈りと―
勇気で。」
フィアはゆっくり、
深く、強くうなずいた。
その瞬間、
闇の城が霧の中から姿を現す。
冷たい風が吹き、
ふたりのマントを揺らす。
もう後戻りはない。
けれど、もう孤独でもない。
手と手がつながっている限り、
言葉がなくても、
心は折れない。
ふたりは同時に踏み出した。
―そして夢は、
静かに現実に溶けていった。
第六話まで読んでいただき、ありがとうございます。
「心のシンクロ」を書きたくて少し時間をかけましたが、楽しんでいただけていたら嬉しいです。
(誤字脱字だけは本気で心配してます……)
この先は、過去・今・夢がもっとエモーショナルにシンクロしていく予定です。自分でハードル上げすぎですね。
更新予定(夜)
・12/15(月) 21〜22時:第7話(前編)
・12/17(水):第7話(中編)
・12/19(金):第7話(後編)
三層構造はこの作品の軸なのですが、1話に詰め込みすぎると読みにくくなるので、今後は前編/後編などに分けて読みやすくしていきます。
もし読み心地の感想があれば、ひとことでも参考にさせてください。
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