表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
6/24

第5話 葛藤と喝采

◆夢編

■向かうべき場所の途中


霧が音もなく揺れていた。


その世界には風も時間もなく、

ただ光だけが漂っている。


地図で示せる場所ではない。


けれどアリオンには

分かっていた。

ここは

“向かうべき場所の途中”

だと。


足元の草が、

微かに触れる音を立てた。


誰かが近づいてくる。


アリオンは

剣の柄へ手を伸ばした。


その手をそっと止めるように、

細い指が触れた。


フィアだった。


白い霧の光を受け、

青銀の髪がやわらかく揺れる。


昨日より、

ほんの少し弱々しい。

でもその瞳だけは、

失われていなかった。


「…フィア?」


呼びかけると、

少女は小さくうなずいた。


言葉はない。


―いや、違う。


“言葉を選んでいる”

沈黙だった。


フィアは胸に手を当て、

そっと息を吸い込む。


「…あなたは、

旅を続ける人。

わたしは…

祈りを、残す人。」


その声はかすかだった。


まるで、世界そのものに

耳を澄ませるような響き。


アリオンは一歩近づく。


「祈りだけじゃ危険だ。

魔物は待ってくれない。」


フィアは小さく笑った。


痛みを含んだ、

でも慈しむような微笑み。


「知ってる。

だから…

あなたを、選んだ。」


アリオンの胸が熱くなる。


「選ばれた覚えはない。」


「ううん。

あなたはずっと、

剣を捨てなかった。

でも、戦うより先に、

むしろあなた自身や

だれかを守ることを考えた。

…それは、勇者の形。」


言葉が、そのまま心に落ちた。


沈黙。


霧の奥で

遠い鐘のような音が鳴る。


フィアが

そっと指先を伸ばす。


ためらいがちに、

けれど確かに―


アリオンの手に触れた。


その瞬間、

胸の奥で何かが震えた。


「…怖いんだ。」


初めて、

アリオンが自分の弱さを

言葉にした。


剣を何度振っても消えない、

言葉にならない影。


「迷う。

正しい道かどうかなんて

分からない…

救えるのか、

守れるのか…

本当に僕に

できることなのか…」


言葉が切れた。


すると―


フィアは、

そっと彼の手を包むように

握り返した。


指は細くて冷たいのに、

触れた場所だけ熱い。


まるで心臓が外にある

みたいだった。


「…迷ってる人を、

ひとりにしないのが祈り。」


「祈りなんて、俺には―」


「違う。」


フィアは首を振った。


その瞳はまっすぐだった。


「祈りは、

言葉じゃなくて行動。」


アリオンは息をのむ。


フィアは続ける。


「もし私が声を失っても。

もし届かなくても。

わたしは、

あなたのそばに立つ。

それだけで…世界は動く。」


言葉の意味は

すべて理解できなかった。


けれど―胸に焼き付いた。


アリオンは

その手をそっと握り返した。


「…僕が護る。」


即答だった。


考えるより先に、

誓いが溢れた。


フィアは一瞬驚き、

それから目を細めた。


涙か光か分からないものが、

睫毛に揺れる。


「なら…わたしは祈る。」


ふたりは手を繋いだまま、

前を向いた。


霧が割れ、

はるか遠くに

魔王の城が姿を現す。


まだ遥か遠い。


けれど確かに、

近づいていた。


歩き出す。


小さな変化。

けれど決定的な一歩。


声はまだある。

言葉はまだ届く。


でも―


その沈黙の奥には、

もう別れの影が息づいていた。

---

◆現代編

■2025年 夜、休憩室にて


目を開けた瞬間、胸が跳ねた。


現実だ。


蛍光灯の白さ。

硬い休憩室のソファーの感触。


そして―まだ消えない、

右手の温もり。


(…残ってる。)


夢の少女。


手を握った感触。


言葉じゃなく伝わった


「大丈夫」


の意味。


目に見えないのに、

そこに確かにあった。


「はあ…情けねぇ。」


息と一緒に、

弱音が漏れる。


その時。


「…空真くん?」


声。


柔らかいけど、芯がある声。


振り向くと、

白木先輩が立っていた。


淡い青髪が、

蛍光灯で光を受けて揺れる。


梅雨の湿気で

少しだけまとまらない毛先。


それすら、

彼女には似合っている。


白木先輩は紙コップを

差し出しながら言った。


「探した。

資料室にもいないから。」


受け取ると、指先が触れた。


一瞬だけ、

心臓が変な跳ね方をする。


白木先輩は小さく息をつき、

隣に座った。


「…疲れてる顔してる。」


「バレます?」


「うん。隠せてない。」


静かな、事実だけの言い方。


否定でも、

慰めでも、

距離でもない。


ただ見ていた人間の声。


俺は、紙コップを

両手で握りしめながら言った。


「…俺、桐谷さんに

宣言したんですから。」


「言っちゃったのは、

空真くん“自身”だもんね。」


「そうですよね…」


白木先輩の横顔は穏やかだけど

―その奥に影がある。


「自分へのプレッシャーって、

一番自分を追い詰めるから。」


俺は息を呑んだ。


まるで心の中を

そのまま読んだみたいに、

言葉が落ちる。


「逃げた方がいいのか…

踏ん張った方がいいのか…

もう分かんなくなってきました。」


白木先輩は、こちらを向いた。


表情は変わらないのに、

声だけが少しあたたかい。


「空真くん。

あなた、ひとりで

全部決めようとしてる。」


「…え?」


「迷ったときに、

“自分だけで答えを出さなきゃ”

って思うのは、

優しさじゃなくて…

癖。」


俺の喉が詰まる。


「じゃあ

…どうすればいいんですか。」


白木先輩は少し黙り、

ゆっくり答えた。


「頼ればいい。」


その言葉は大きくない。


でも心の奥に届く強さがある。

白木先輩は続ける。


「私ね、昔、

全部ひとりで頑張ろうとして―」


俺は目を見開いた。


白木先輩は淡く笑った。


「まあ、なんでもない…

私のことは、今度にしよ。」


言葉は短いのに、

どこか重い。

拒絶ではないのに、

白木先輩は今は

絶対に話さない

それが目でわかった。


「今は言えないけど、

でもね、今のあなた、

見てると昔の自分みたいで…

放っておけないんだ…」


俺は息を飲んだ。


言葉にならない感情が

胸に溜まる。


白木先輩は立ち上がると、

振り返って言った。


「―ギリギリになったら、

私と話そう。

逃げたあとじゃなくて、

迷ってる

“もう少し未来”

のあなたに。


絶対に逃げ出す前だからね!」


俺は思わず呼び止めた。


「白木先輩。」


白木先輩は足を止める。


俺は、

絞り出すように言った。


「俺…変わりたいです。」


白木先輩の目が

やわらかく細くなった。


「ずっと、知ってる。

だから―間に合う。」


そして、最後にひとこと。


「大丈夫。

迷ってる方向、合ってる。」


その言葉だけ残して、

白木先輩は去った。


扉が閉まる音が響く。


右手を見る。


まだ夢の温もりが残っている。


(頼っていい…のか。)


言葉にした途端、

胸の奥の重さが少し溶けた。


もう少し、俺は逃げない。


逃げたくなったら、

逃げ出す前に

白木先輩と話せばいい。


ちゃんと。


静かな決意が、

頼れる場所があることの

安心感とともに、

夜の休憩室に残った。


---

◆開発編


■1987〜1988 “続き”を作る理由


1987年6月―初代イーム発売。


発売日。


社内は浮き足立っていた。


廊下を歩けば誰かが言う。


「売れてるぞ!」

「雑誌レビュー5段階中

最高評価!」

「問い合わせ止

まらないんだけど!?」


広告を出した

専門誌の編集部からも

連絡が来た。


「―新しい。

“ただのRPGじゃない”

レビュー座談会を

組ませてください。」


ユーザーからのハガキには、

震える文字で書かれた

言葉が並ぶ。


「生まれて初めて

“旅をしてる”

って思った」

「町じゃなく世界が

動いてる感じがした」

「空気が匂うゲームなんて

初めてだ」


赤木はハガキを

一枚一枚読みながら笑っていた。


「嬉しいよな。

“想像した世界”じゃなく、

“感じた世界”って

言われてる。」


黒瀬は缶コーヒーを

飲みながら、

ぶっきらぼうに言う。


「…調子乗んなよ。」


「乗ってねぇよ。」


「いや乗ってる。」


「乗ってんのか俺。」


赤木は白状し

それ黒瀬は鼻で笑った。


しかし―表情は

どこか誇らしげだった。


久遠玲司(音楽)も

珍しく浮き足立っていた。


「こんなにユーザーが

“曲の話”してくれるとは

思わなかった。

音がゲームの世界観に

届くなんて…

信じられない。」


雑誌は

「イーム旋風」

と見出しを打つ。


小さなPCゲーム会社に

過ぎなかった自分たちが、

突然、中心に立った気がした。


---

■1987年秋 ―続編決定。


会議室。


役員席で社長が言った。


「―続編を作ろう。

反響は十分だ。

今流れを止める理由はない。」


スタッフがざわめく。


拍手も漏れた。


赤木は黙っていた。


その代わり、

胸だけが熱く燃えていた。


「…続編、か。」


黒瀬が横目で見て言う。


「困ってる顔して。

嫌か?」


「嫌じゃない。

ただ――」


赤木は天井の蛍光灯を見た。


「“前より強い魔王を出す”とか、

“システム増やす”とか…

そういう続編、興味ない。」


黒瀬の口角がわずかに上がる。


「で、どうすんだ。」


赤木は少し笑った。


「“前作を踏み台にする”

んじゃなく…

“前作の続きを歩きたくなる世界”

にしたい。」


久遠が静かに口を開く。


「…旅の続きを

作るってことだね。」


赤木は頷いた。


「アリオンは勇者だけど

勇者じゃない。

選ばれた存在じゃない。

“旅をしたい人間”なんだ。

その次の旅を、

世界と一緒に進めたい。」


---

■1988年1月 ―深夜の開発室。


夜。


蛍光灯とPCの明滅だけが

世界だった。


赤木がバグ報告書を

机に置きながら言う。


「…地上の冒険を終えたあと、

どこへ行くんだろうな、

アリオン。」


黒瀬「普通は海とか

新大陸だろ。」


赤木「普通じゃ嫌だ。」


黒瀬「はい出た。天狗病。」


赤木「病名ひどすぎねぇ?」


久遠はピアノロールを

見ながらぽつりと呟く。


「地上を歩くっていう

テーマはもう描いた。

じゃあ―もっと

“高い場所”はどうだ。」


赤木がゆっくりと振り向く。


「高い?」


久遠はモニタに描かれた

小さなキャラアイコンを指す。


「この人、

剣持ってるのに盾ももってる。

でも飛ぶ気がして仕方ない。」


黒瀬が吹き出した。


「…いや論理破綻してるだろ。」


しかし赤木は目を輝かせた。


「いや、違う…違うけど…

正しい。

地上の次は空だ。

空の世界に行く。」


久遠「音も変わるな。

音の壮大さ、空間の広さ…

うん、やれる。」


黒瀬「…もう止めねぇわ。」


赤木「止める気なかったろ。」


黒瀬「最初から。」


三人が笑った。


そうして―

イームⅡの方向性が決まった。


---

■1988年4月 ―イームⅡ発売。


発売当日。


初代を超える反響が届く。


「空を歩く感覚がある!」

「音と景色で泣いた。」

「ゲームじゃなく旅だった。」


赤木は笑っていた。


誇らしげに、でもどこか落ち着かず。


(…嬉しいはずなのに。

なんで胸がザワザワするんだ。)


黒瀬はそんな

赤木の背中を見ていた。


そして小さく呟く。


「―そのザワつきが、

次の世界呼んでるんだよ。」


成功。


喝采。


達成。


だがその奥に沈んだもの―


「まだ終わりじゃない。

終わりたくない。」


赤木の胸に芽生えた

その焦燥こそ、

後に訪れる

対立・葛藤・再構築の

始まりだった。

今回から本編は第2章、そして第5話に入ります。

ここから少しずつ、現在・過去・夢の3つの世界が揺れながら、時には近づき、時には遠ざかりつつシンクロしていく予定です。


ある方からいただいたコメントをきっかけに、

「もっと登場人物を生き生きさせたいな」と思い、

この章からは人物の見せ方(イマジナリーラインや視点の置き方)を少しだけ調整してみました。

読み味がどう変わったか、もし感じていただけたら嬉しいです。


アニメや映画で物語に触れることは多かったのですが、

「文章として物語を書く」のはほぼ初めてに近くて、

小説をじっくり読むのも、実はかなり久しぶりです。

投稿の合間に、自分とはまったく違うテーマの作品を読んだり、

「すごい」と思った作品には感想を書かせていただいたりしながら、たくさん刺激をもらっています。


また、スマホで読んでくださっている方が多そうなので、

すでに公開済みの話も、段落の切り方や言い回しなどを、気づかれない範囲でちょくちょくマイナーチェンジしています。


次回の更新は、

12月12日(金)の夜を予定しています。


ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。

もし「続きも読んでみようかな」と思っていただけたら、ブックマークや感想などいただけると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
懐かしさを覚える創作風景(・∀・) 作るのに携わった訳ではなく、ただのユーザーだっただけなのにね。 イー○は2→1→3→4とプレイしていたワタシ。 フィーナと会いたかったんだ!
ハードについて明言してないけど、PC-8801には音源がないからブザー音しか鳴らせないよ。後継機のmkⅡからFM音源がついてBGMは鳴らせるようになったけど、風の音のような効果音は困難だと思う。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ