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残光の箱庭  作者: 米田
1章
3/85

2

 それから私は心配性なレイさんに連れ回され、一日中あちこち検査させられた。

 そんなに検査する必要があるのかなあ?と思ったけれど、レイさんがとても真剣だったので口を挟めなかった。それが終われば今日のところは心配だからこのまま休むように、と言われた。


 私は素直に家に帰ろうとしたが、受験期の弟と親のピリピリの空気の中できちんと休めるのか?と引き止められ、しばらくレイさんのお家で寝泊まりさせてもらうことになった。

 親に恐る恐る連絡したけれど、意外にもあっさり許可が出た。弟が大変な時に構ってられないということだろうか。あんなに家から出したがらなかったのに、弟にとって良くないと思えばあっさり外に出されてしまうから不思議。母も父も勝手だなあ。


 レイさんはひとまず私の体の回復を優先させたいと言って、しばらくはトイレや食事くらいしか動くのを許してもらえなかった。学校も行くのを許してもらえず、レイさんに診断書を書いてもらい、事情を話して最大1ヶ月近く休むことを学校側に伝える。

 心配した友達からの連絡がスマホに届いて、通知が鳴り止まなかったけれど数日もすれば落ち着いた。

 少し日数が経ったら、軽い家事やストレッチをして過ごす許可が出た。体はやっぱり動きづらくなっていて、最初は変化に戸惑った。ちょっと熱が出て休むだけでこんなに体は動かなくなるんだ。


 ここ数日はレイさんが気分転換にとドライブに連れ出してくれた。途中家に寄って現状を母に報告したけれど、弟が荒れて面倒臭いからしばらくそっちにいた方がいいとこっそり耳打ちされた。レイさんにそれを伝えると眉を顰めて、そう、とだけ呟いた。

 どこまでも変わらない田園風景を眺めているだけだったけれど、変わらない風景に少しホッとした。




「レイさん、私もう大丈夫ですよ?学校も行きたいし、これ以上授業に穴空いたら私留年しちゃいますよ。実習系多いんですから」


 2週間くらい経って、我慢できずにレイさんに訴えた。レイさんが、夕食のサラダを、口に運ぶ手を止める。レイさんは昼間仕事へ出掛けていて、ちょこちょこ帰ってきて私の様子をみていた。仕事に支障がないのかも気になる。


「採血の結果見ても、変なところないんですよね?」


 私が前のめりになってそう畳み掛けると、レイさんは顔を顰めた。


「無いけど、高熱出て記憶がなくなるくらい疲れてるなら、しばらく休んだほうがいいよ。無理はしないほうがいい。最低でも一ヶ月はみてほしいかな」


 交渉の余地はなさそう。あっさりバッサリ切り捨てられた。

 こんなに自分は元気なのになあ。確かに、最初の方は思ったより体が動かなくてストレッチでも息が上がることがあって、自分でもびっくりした。でも最近は元に戻りつつあるし、学校に行くだけなら大丈夫だと思うんだけどなあ。 


「レイさんお仕事抜けて来て様子見に来てくれてるじゃないですか?それも負担かけてるようで申し訳ないし、もう大丈夫ですよ?」

「ホノカちゃんのことが心配だから。負担でもなんでもないよ。気にしないで大丈夫」

「わーん、全然取り付く島ない!」


 私が机に突っ伏して嘆くと、レイさんの声が聞こえた。


「今無理して今後もっと具合悪くなったら元も子もないよ?一回体壊すと、治るまで本当に時間がかかるからね」

 完璧に治らない場合もあるし、と怖いことを付け加える。

「でも日中ちょっとお外出たいなあ。レイさんがお仕事行っている間だけでも」

「そんなの、絶対駄目」


 お散歩に、と言おうとしたのに被せてピシャリと言われた。私もさすがにびっくりしてしまった。空気が少しピリピリしていて、レイさんはしまったという顔をしていたが撤回はしなかった。


「私が一緒にいない時に外で倒れられたら助けられないよ。ただでさえ人通り少ないしこの辺り」


 バツが悪そうに理由を説明されたが、居心地の悪さは拭えない。

 それに、家の中でもそれは同じでは?という疑問が湧いた。でも何を言っても認められないんだろうな、と思った。


「分かりました。でもあと2週間経ったらさすがに学校は行きますよ?卒業できなくなったらまずいですし……」


 私がそう言うと、レイさんは肩をすくめた。

 レイさんは私を真面目なお利口さんと思ってるかもしれないが、全然そんなことはない。

 

 もう、お家出ちゃおう!

 

 私は決めた。レイさんが帰ってくる前に帰ってきてしまえばいいのだ。バレなきゃ、いい!

 こっそりそんなことを思っていると、レイさんは大きな瞳を私に向ける。


「……一応言うけど、脱走とかしないでね。信用してるから」


 ドキッとしたけど、それを隠して微笑んだ。バレないようにしよ。

 そのまま食事を再開して、私とレイさんはぎこちないながらも会話を続けた。


 

 そして翌朝、レイさんが出勤したのを見届けてから私は行動を開始した。とりあえず簡単なお掃除はこなして、ストレッチや運動も軽くやり、一日のタスクをさっさと終わらせてしまった。いつもなら暇なのでダラダラと時間をかけてやるが、今日は家を出る前にやっておくことにした。


 あの倒れた日に見ていた夢で思い出したが、私は最近猫ちゃんに会えていない!忙しいし、いつも時間があるとしても深夜なので全く会えていなかった。猫ちゃんの集会所なら近いし、すぐ戻れるだろう。

 残念ながらおやつはないので(実家に行けばあるが、寄ってる間に家族と会って揉めたら時間がかかっちゃう)寄って来てくれるかどうかわからないけれど。


 軽装でサッと家を出る。

 この家、本当に部屋数も多いし敷地も広いので、冗談抜きで外に出るまで時間がかかる。レイさんの車がないことを確認して、高い塀の外に出た。


「はーっ、久々に1人で外に出れた!開放感ある!」


 門前で大きく伸びをする。こんなにずっと家の中にいたのは初めてかもしれない。外は思ったより少し寒くて秋が少し深まったのを感じたけど、まあ歩いていくうちに暖かくなるでしょう!

 軽い足取りで猫ちゃんの元へ向かう。スキップでもしちゃおっかな?途中、誰かに会うかな?と思うとドキドキしたが、結局誰にも会わなかった。まあ、誰かに会う方が珍しいし、会わない方が都合がいいのでラッキー。

 10分程度歩くと、いつもの猫ちゃん集会所に辿り着いた。いつもの獣道が草に覆われていて見えにくくなったので少し迷ったが、概ねいつも通りの速さで来れたと思う。これくらい歩けるなら体力戻ったよね?少し自分の体力が不安だったのでホッとした。よかった。


「……?」


 キョロキョロ辺りを見回しても、全然猫ちゃんがいない。いつもなら、一匹は日向ぼっこして寝ているのに。どうしたんだろう?

 私と仲良しのハチワレの子も、いつも私が来ると嬉しそうに尻尾を立てて近寄ってくるはずなんだけどな。この2週間で何かあったのかな?さすがに一匹もいないのは変だ。

 胸騒ぎを覚えて、林の中を探す。大きい木の根元でいつも寝ている子がいるはずなのに、いない。ここにいないならもっと奥の方かな。

 ドキドキ、心臓がうるさい。

 奥へ奥へ進んで行っても、猫がいる気配がしなかった。


 ふと、木にくたびれた蛍光ピンクのリボンが巻いてあるのが目に入った。昔からあるものだ。誰が結んだのかはわからないが、何となくこれ以上奥に進んだことはない。

 どうしよう、もっと奥に入ってみようかな?そう思っているのに、怖くてそこから足を進めることができなかった。


「…………」


 風が吹いてきて葉擦れの音がざわざわ聞こえるのに、それ以上に自分の心臓の音がうるさい。

 ジッと林の奥を見つめても何も見えない。いつものように木の葉が擦れている様子しか、見えない。


 そうだ、近所に猫好きの田中さんがいる。半野良の猫を飼っていて、猫事情にも詳しい。あの人なら何か知っているかもしれない。あの人に後で聞いてみよう。

 私は元来た道を戻ることにした。その間も心臓の音が鳴り止むことはなくて、怖かった。


「――ホノカちゃん!」


 唐突に大きな声で呼ばれて、肩が跳ねるくらいびっくりする。息を切らしたレイさんが出てきた。私を見つけると、レイさんは安心したのか大きく息をついてしゃがんでしまった。


「え?レイさん?何で?」

「絶対脱走すると思った、から。ホノカちゃん嘘つけないから、笑って誤魔化すところある」


 あとGPS。とボソリと付け足すように呟かれた。

 GPS?そんなもの、いつ仕込んだんだろう?記憶を探っていると、レイさんが立ち上がって私の両肩を掴んだ。


「何か、言うことは、ないですか」


 間近で見るレイさんの顔は、非常に整っている。キリッとした眉に大きな瞳。スッと通った高い鼻に形の整った唇。顔にかかった前髪すら雰囲気があって綺麗。センター分けのショートカットはこの人しか似合わないんじゃないかと本気で思ってしまった。真顔で叱られているのに、綺麗でドキドキしてしまう。


「……怒ってますか?」

「怒ってない、心配してるの」

「ごめんなさい……猫に、会いたくて」


 約束破って心配をさせたのは申し訳ないけれど、GPSはどうかと思うな。そんな気持ちを一旦飲み込んで、私は謝罪した。


「……あのリボンの先には行ってないよね?」 


 首を振った。あの奥には一度も行ったことがない。子供の頃からだ。そう答えると、レイさんは明らかにホッとした表情になる。

「何か、あるんですか?」


 レイさんは一瞬何かを考えるように黙り込んだ。


「……何もないよ。あの手の目印って、迷いやすいから結んであることが多いから。あの先に進んでたら、私探せたかなって思っただけ」

「…………」


 でもさっきの聞き方って、そういう意味だったのかな?上手く言えないけれど、質問と答え方が噛み合ってないような気がした。

 聞けばいいのに、聞く勇気が出てこなかった。


「あっ」


 思わず声が出た。林の入口の方に、一匹猫がいた。私の声に反応して、顔だけこちらを向けている。

 何だ、いたんだ!ホッとして歩み寄ろうとすると、猫は全身の毛を逆立てて思いっきりシャー!と威嚇して一目散に逃げていった。


「…………よかった」


 今までにないくらい思いっきり拒否はされたけれど、元気でいてくれるならそれが一番だ。


「猫、いたんだ……」


 レイさんは私よりも驚いていた。自分が来た道から現れたから、びっくりしたんだろう。私も入口では見つけられなかったし、どこから来たんだろう?


「ホノカちゃん帰ろう。足、震えてるよ。話は帰ってからしよう」


 自分の足元を見ると、ガタガタ震えていた。自覚がなかった。やっぱり思ったより疲れたのかな?


「……ごめんなさい、結局迷惑かけちゃいました。これからは大人しくしますね」


 私がしおらしくそう言うと、レイさんは少し困ったような顔をして私に手を差し出した。


「転びそうで怖いな。掴んでいいよ……無事でよかった。散歩したかったなら、私と一緒に行こうよ」


 差し出された手を素直に握る。軽く引っぱってくれて、段差をバランス崩すことなく歩くことができた。他人にこうやって手を取ってもらって歩くのはちょっと楽だと思った。

 ふとさっきの、林の奥のことを思い出した。リボンの奥、行ったことない。あの奥にハチワレの子もいるんじゃないかな。それとも別な場所にいるのかな。

 レイさんなら、もしかしてこうやって手を繋いで行ってくれるかもしれない。

 繋いだ手の温もりを確かめるように、少し強く握りなおした。レイさんも無言で握り返してくれた。

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