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残光の箱庭  作者: 米田
1章
21/83

閑話休題:5

「あれ、今日はナリタさんがいる〜〜おはようございます〜〜」


 私がちょっと朝早く起きてリビングに入ると、ナリタさんがソファで何やらパソコンをいじっていた。

 相変わらず物語に出てくるクマさんみたいなのほほんとした雰囲気に、ふわふわの体型で見ているとこちらまでのんびりした気持ちになる。


「ああ、おはようホノカさん」

「どうしたんですか?お腹空いちゃいました?」

「ははは、それもあるけどねえ。何だか早く目が覚めたからね」


 歳をとるとなかなか長く寝れなくてねえ、と。ナリタさんくらいのお年でもそんな風になるのかあ。


「何かササっと作りましょうか?スープとか」

「いや、大丈夫だよ。食べたくなったら自分で作るから。ありがとうね」


 そう言われたので、私はナリタさんの隣に座った。ナリタさんと2人きりになるのは珍しかったので、ちょっとおしゃべりしたかった。


「……ホノカさんの声は不思議な声だね。あれだろう?一時期話題になった、1/fの揺らぎというやつだ」

「あ、知ってますか?そうなんですよ、よくご存知ですね」

「僕の好きなバンドのボーカルもそうなんだよ〜いい声でねえ」

「声のお仕事の方に多いですよね」


 私がそう言うとナリタさんは口髭を触りながら頷いた。


「あれかい?ホノカさんも配信者とかやってたのかい?歌い手?とか?」

「え!やってないですよ!そんな才能ありません!」


 私が慌てて否定すると、ナリタさんは笑った。


「いや〜〜この声ならファンが付きそうだけどねえ。農業解説とかしてみたらどうだい?あ、ヒカリさんも一緒に出たら稼げるだろうねえ〜〜〜アッハッハ」


 ナリタさんの目が閉じてるのにキラッと光る。こういう、時々抜け目ないところがあってそこがナリタさんのお茶目なところだなと思った。お金とか株でがっぽがっぽ稼いでそう。


 農業配信かあ。正直いろんな人がやっているし、稼げるかなあ?レイさんが出たら確かに再生回数は稼げそうだけど、別に農業に限らなくてもいい気がする。というか、テキトーにレイさんを撮った写真をSNSにあげるだけでも万バズしそうだ。それに、レイさんはそんなことしなくても実家も太いし、頭もいいし何でもできるから必要なさそう。むしろ自分の顔が世間に広まるのとか嫌そうだなあ。

 レイさん配信者計画は私の中で頓挫した。


「ヒカリさんなら、何やっても稼げそうですよねえ。すごい人だし」


 私が頬杖をついてそう言うと、ふむ、と言いながらナリタさんは顎の辺りをさする。


「……ホノカさんはヒカリさんの経歴を知っているのかい?」

「聞きましたけど、なーんにも分からなかったです。何かすごいなってことくらい」


 私がそう言うと、ナリタさんは大きな声で笑った。


「そうか、分かりやすいすごさをひけらかしたりしないんだろうね。そうだねえ〜〜う〜〜ん」


 ナリタさんは私に顔を寄せて、コソコソ声で話し始めた。


「これはね、リカコには内緒なんだけど……ネレイド社って知ってるかい?」

「あ、はい。有名ですよね。信頼と安心のネレイド〜ってCM、昔よく流れてましたよね」

「そうそう、そこが新型の感染症の治療薬を開発したって数年前ニュースで流れたのを覚えてるかい?」

「ああ〜〜……はい、覚えてますよ。日本でもその感染症が流行るんじゃないかってニュースにもなってたやつですよね?結局湿度とか?なんかのせいで流行らなかったけど、他国では大変だったって。それの薬ですよね?」


 ナリタさんがうんうん、と頷く。そうだ、数年前呼吸器に疾患のある人は渡航をやめた方がいい、重症化して死に至るとニュースでもよくやっていた。増えていく感染者数に毎日ソワソワしていたが、その薬ができてからは全然聞かなくなったなあ。


「あれね、ヒカリさんの所属してた研究室とネレイド社が共同開発して作ったんだよ」

「え?!?!?!」


 急に大きくなった話の規模についていけない。


「しかもね、ニュースでは名前も出なかったけど、何と最年少のヒカリさんが主導して開発したらしいんだよ。いや〜〜〜〜そんな感じだから、彼女業界内じゃ超有名人で!引く手数多で、僕の会社でも何とか彼女を引っ張ってこれないかって言ってたんだけど、そんな超優秀な人物がこっち来てくれるわけもなくてさ〜〜〜〜」


 くう〜〜と悔しそうにナリタさんが握り拳を作る。

 レイさんが何でもできて優秀なのは分かっていたけれど、そんなに世界規模のすごさだってことを知って衝撃を受けた。


 今までのレイさんが頭に過る。基本的にクールで落ち着いていて、余裕があって優しいレイさん。でもギター弾きながら音痴なのに一生懸命歌ってくれたり、暇って言ったらマジックを見せてくれたり、研究がうまくいかないって落ち込んだり、大好きなワインを飲んで泥酔してソファで寝落ちしたり、ピーマンは好きじゃないから食べたくないって駄々こねたり……ちょっと隙があるところも魅力的だった。


 でもそんな世界レベルの功績を残している人だったの?!あれ?!私とそんな風にまったり過ごしてるのって、世界の損失じゃない?!?!?!いつも忙しそうだったけど、私に時間を使うんじゃなくて、もっと研究の方に時間を使った方がいいんじゃない?!

 頭の中がぐるぐるしていると、ナリタさんが愉快そうに笑う。


「やっぱり知らなかったんだねえ。いや〜〜奥ゆかしいねえヒカリさんは。こういうのは他人が教えてあげないとねえ」

「…………何の話をしてるんですか」


 レイさんが気まずそうな顔をして腕組みして立っている。髪は寝癖が残ってちょっと跳ねていた。


「あれ?聞こえてたかい?」

「聞こえましたよ。地獄耳なので」

「あっはっは危なかった!!!!リカコじゃなくて良かった!!!まあリカコならもっとバタバタ歩いてくるからすぐ分かるか!!!」


 リカコさんが聞いたら噛みついてきそうなことをナリタさんが言う。いないからって好き放題言ってるなあ。


「ひ、ヒカリさんの貴重な時間を私は奪ってました?人類の損失?」

「僕もこんな優秀な人にチョコちょうだいって駄々こねちゃった……!!」


 ナリタさんもハッとし、私の真似をしてガタガタ震えながら言ってる。ナリタさんは絶対面白がってる。それだけは分かる。

 レイさんは呆れた顔をして腕を組んでいたけど、何かを思いついたようで得意げな顔をして私に話す。


「……じゃあ人類のために言うけど、研究の効率が落ちるからこれからピーマンは抜きにしてね」

「それとこれとは話が違う気がするんですけど……」

「でもホノカさん、人類のためだし……」

「だめ!せっかく採れたんだし、ちゃんと頂いてください!美味しいですよピーマン!」


 私がビシッと言うと、レイさんとナリタさんは笑った。

 笑った後にレイさんは私のすぐ隣に座り、足を組みながら言う。


「……別に人類のためとか思ってやってないし、自分がやれる範囲でやれることやってるだけだよ。だから何も気にしないで」


 そのセリフから肩をすくめるその仕草まで、何かの主人公のようだった。キュン、と胸が鳴った音が聞こえた気がした。


「「かっかっこいい〜〜!!!!」」


 私とナリタさんでハモる。それを見て、レイさんは心底呆れた顔をしてナリタさんを見る。


「ナリタさんはさっきから何なんですか?」

「ハッハッハ、いや〜〜僕もそんなこと言ってみたいねえ」


 笑って誤魔化すナリタさんのお腹が揺れる。

 それからリカコさんが起きてくるまで3人で他愛も無い話をした。レイさんみたいなすごい人が私なんかと暮らしてくれることにちょっと不安に思ったけれど、レイさんにこれからもここで暮らして大丈夫ですか?と聞いたら、ニッコリ笑ってもちろんだよ、と言ってくれたのでホッとした。

 これからもこの幸せな平穏な日々が続いてくれたらいいなあ。

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