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23.真昼の虹

術後2週間、宙子の経過が良く一般病棟へ移ることになったと巧司から連絡が入った。

驚くほど速く身体は改善しているそうだ。

でも、精神は相変わらずで回復の兆しはないという。

「それでも一般病棟へ移れるのは大きな前進や」

巧司へは文面でそう励ましたが居ても立ってもいらえなくなった。


魚念からも術後の経過観察で一度病院に来るように言われているので、宙子が一般病棟へ移る日に合わせて東京に行くことにする。

そんな準備を進めていると今度は旗野から連絡が入った。

届けたいものがあるから宙子の病院を教えてくれという。

『そんなの巧司に聞けばええのに』そんな風に思いながらも空子は旗野に病院名を教えた。


宙子は一般病棟へ7/18日に移るというのでそこに合わせて聖帝十字病院の予約を入れて一泊二日の予定で東京に向かった。

朝一の新幹線に乗って岡山を出ると午前中の診療を受けられる。

経過を見るだけだから大した診療もない。


10時の予約で血液内科の受付に向かうと大勢の患者さんが待合室には座っていた。

『これまでは夕方の診療時間ギリギリに行っていたからな、これが普通なんやろうなあ』


予約時間から30分ほど遅れて診察室に呼ばれると魚念医師が座っていて空子についての経過を説明してくれた。

血液検査の結果も良好で依然と遜色ないという。


「それで、宙子さんなどうなった?」

「今日の午後一般病棟へ移ります、クー先輩も宙子さんへ会ってってくれませんか?」

「ええんか?通常はそういうの無しやろ?」

「クー先輩と宙子さんのつながりは常識では計れません。クー先輩に会えば宙子さんの精神にもいい影響があるかもしれませんので。お願いします」

「わかった、時間は?」

「13時です。病室へは案内します。一緒に行きましょう」


診察を終えると空子は病院の外へ出て昼食を取りに行った。

『折角東京に来たんやから美味い蕎麦が食いたい』

病院のローターリーのタクシー乗り場でタクシーの運転手に声をかけ「美味しい蕎麦屋に連れて行って」というと「すぐそこにあるから歩いた方が早いよ」と店の名前を教えてくれた。

スマホに店名を入れて検索するとすぐにヒットしてナビの通りに歩いて店へ向かうと立派な門構えの蕎麦屋がありいかにもという佇まいだ。

ちょっと入りにくい雰囲気もあったが、『せっかく来たんやから』と入って天ざる蕎麦を注文する。

注文後しばらく待ったが、真っ白な更科蕎麦そばが出てきて、関西育ちで蕎麦を食べる機会の少ない空子にとっては真っ白な蕎麦は初めての経験で見た目も味も満足行くものだった。

「まだまだ、知らない美味い食いもんがあるもんやな」

店を出ると13時近い近い。店に入る前は晴れていたのに雲行きが怪しい。


雨に降られる前に急いで病院に戻って血液内科前のベンチに座っていると魚念が現れて病室へ案内してくれた。

病室には巧司と宙子さんのお母さんらしき人がいる。

魚念と一緒に病室に入ると、巧司が気付いて

「え?クーさん?どうしてここに?」

「いや、あのなぁ。。。」

空子が返答に困っていると魚念が隣から話をしてくれた。

「彼女は神戸の病院に勤めていて今日は研修に来ているのです。知り合いが入院しているというのでお連れしたんですよ」

「そうですか、宙子のお知り合いなんですね。来ていただきありがとうございます」

そう言ってお母さんが深々と頭を下げた。

「こちらこそ」

空子も応じて頭を下げた。

宙子はベッドの上で上半身を起こして座っている、そんな母親と空子の様子を眺めているがボーっとしているだけで何も反応をする様子はない。

その時、急に廊下の方が騒がしくなった

「ええじゃろ。わしの、知り合いが入院して居るんじゃ。ジャーナリストもしておって取材があるんじゃ」

「取材ってアポイントなしじゃ困ります。警備員を呼びますよ」

受付の女性を引きずりながら病院には似つかわしくなく、ガヤガヤとやってくるのは旗野だ。

巧司が外の異変に気が付いて病室を出ると

「おー!巧司やっとみつけたぞ」

「旗じいさん?どうして??」

「どうしとは挨拶じゃなぁ」

「旗じい?」

病室から空子と魚念も顔を出す。

「お知合いですか?」

空子に問いかける魚念に対して説明する。

「この前話をした高知のカメラマンや」

それを聞くと魚念は受付の女性に聞こえるように旗野に対して声を掛ける。

「そうですか?それでは一緒に入られてはいかがですか?」

その言葉を聞くと旗野は

「おう、あんちゃん分かっとるなぁ」

悪びれる様子もない

「先生良いんですか?」

「はい、大丈夫です。私の責任で面会人という事でお願いします」

「はい。。。それじゃ、あとで受付によって面会人のサインをお願いしますね」

そういうと受付の女性は戻って行った。


旗野は病室に入ってお母さんに一礼すると、宙子の顔を覗き込んで

「お母さんに似て別嬪さんじゃな!」

「旗じい!いきなり何を言うのよ失礼でしょ!」

「そうか?それは済まなんだな?それに嬢ちゃんにも似とるなぁ」

そう言うと今度は空子に向き直った。

「まったく、病院では静かにしてください」

空子はいつもの癖で言ってしまった。

「硬いことは言うない」

「それより、旗じいさん突然どうしたんですか?」

「あーそうじゃ、渡すものがあっての」

旗野はポケットに手を入れると鍵を取り出して巧司に向かってポイっと投げた。

「これ?」

「お前さんのバイクの鍵じゃ」

「もしかして、ここまで乗ってきてくれたんですか?」

「そうじゃ、久しぶりに乗ると気分がええもんじゃなぁ」

「こんなに遠くまで、ありがとうございます。でも大丈夫でしたか?」

「嘘じゃ、半分以上はフェリーに乗ってきた。徳島から東京まではフェリーが運航しておる。フェリーの接岸する埠頭までは勇夫が乗ってきた。フェリーから降りてここまではわしが走ってきたがのう。それにしてもここに着く直前で雨が降り出して参ったわ」

そう言ってガハハハハと笑っている。

「それと、これじゃ、こっちが本題じゃ」

旗野は右肩に掛けていたクリーム色の帆布で出来たショルダーバッグからA4サイズの封筒を取り出すと巧司に渡した。

巧司は封筒の中を確認すると1枚の写真が出てきた。

六つ切りに大きくプリントされた写真には【信じられないもの】が写っている。

「旗じいさん。。。これ。。。」

空子に魚念、お母さんまで写真を覗き込む。

そこには鮎竿を必死に握る空子、その空子に後ろからしがみつく巧司、そして空子の持つ鮎竿をへし折おる宙子。。。

「やっぱり、あの時助けてくれたのは宙子さんやったんやな」


「ありがとうなぁ、あの時、宙子さんが助けてくれんかったら私は今頃どうなっておったか。。。」

「宙子さん。美人に写ってるわ。宙子さんも見てみい」

空子は写真を宙子の方に向けると宙子の手にそっと握らせた。


「それと、こっちはついでじゃ」

もう一枚の封筒を今度は空子に手渡した。

空子は中から、また一枚の写真を取り出してみるとそこにもまた見たこともない風景が映し出されている。

「これって」

「うむ、あの時最後に嬢ちゃんが引き抜いた鮎じゃ」

そこには

白金のように輝くオトリ鮎と黄金に輝く掛かり鮎がまるで巴のように舞い上がっている。

その後ろには虹色を竿と真昼の虹が空の青さと川の水の青さに映えてこの世の物とは思えない幻想的な光景を移している。

それを返し抜きで引き抜く空子のシルエットがなんとも美しい。


「こんなこんな写真は初めてみたわ」

「こんなに美しい写真。。。旗じいさん凄いです。やっぱり写真って奥が深いんですね」

「なあに、さすがにこれは偶然じゃて。。。」

「それにしても真昼の虹って滅多に見れるもんじゃないんですよね」

「そうじゃな、わしも初めてみたわ、でも、何度も見るとありがたみが薄れるのう」

「え?」

「外を見てみい」

「窓の外には虹が掛かっている」

一同が一斉に窓の外の虹に目を奪われる。


その時、不意に


「その写真、私にも見せて下さらない?」


「え?」

一同が振り返ると宙子がしっかりとした表情でみんなを見ている。


「宙子さん?」

「宙子」

「宙子!」


巧司は宙子さんに駆け寄りしがみついて泣いている。

お母さんもその場で崩れ落ちる。

「もう、みんな見てるでしょ。お母さんも巧司も。。。」

宙子は仕方ないなあとい表情浮かべる。


そして

「空子さんですね?初めまして宙子です」

「ああ、初めまして空子や、やっと会えたな」


「旗野さん写真ありがとうございました」

宙子はそう言うと持っていた写真を旗野へ差し出した。

「うむ」

旗野が写真を受け取って見ると写真からは宙子の姿が消えている。

「おかげさまで魂を拾っていただけました。本当にありがとうございます。あの時、あのカメラで写真に撮ってくれなかったら、私はあの竿に憑いたものに連れて行かれていたことでしょう。あなたの写真が私の魂を捕まえてくれたおかげでこうして元に戻ることが出来ました」

旗野は頭を搔く

「うーん?そうかのう?わしは知らんのう。。。おそらくは【真昼の虹】が連れて帰ってくれたんじゃろうて」


「今回のことを記事にするなら題名を【真昼の虹の奇跡】とした方が売れそうなんでな」

旗野はガハハハといつもの高笑いをあげいた。


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