第四章 軍制改革
三都の内、陛下の生まれたオルレアン市と王妃の出身地であるブロワ市は課税を受けれたが、王都の参事会は予想通り課税を拒絶した。そこで第二の提案が為される。王都を警護する民兵隊の解体と王軍への任務委譲は受諾された。経済活動が活発になっていたことで志願する市民が減少し、民兵隊の維持が難しくなっていた事情もあるのだが、
「一つ目を拒絶したから二つ目は拒絶しにくい」
実は王にとってはこちらが本命だった。通行税の徴収は只の結果に過ぎない。
俺が陛下を焚きつけて挙兵に漕ぎ着けた際に、最も危険だったのが王都の攻防戦の直後だった。入城は果たせたが、排除対象である第三王子シャルルには逃げられた。あの時は王子の身柄を確保する事が最優先だったので、参議会の武装解除をする余裕はなかった。
シャルル王子がアランソン侯爵の後押しを受けて逆襲に転じると、俺は陛下を王都に残し近衛部隊を護衛に残して迎撃に向かった。近衛兵種は防御力は高いが足が遅い。この場合には一刻も早く地の利を確保して迎撃準備を整える事が重要だ。つまり近衛兵種を切り離すのが真の狙いで、陛下の護衛と言うのは単なる名目である。そして残すのであれば王都以外にはあり得ない。
近衛部隊が居れば王都の参議会が寝返っても無事に逃げられるだろう。追撃戦を行っている数日が俺たちにとって最大にして最後の山場だった。戦場でシャルル王子を討ち取ってしまえば勝利は確定。そうなった後の兵士を扱うのが意外に骨なのだが、それはともかく、陛下はその時の恨みを晴らすべく機会を狙っていたらしい。
王都の参議会はシャルル王子を守って籠城するのではなく、逆に王子を捕らえてこちらに引き渡すでもなく、恐らくはわざと城外へ逃したのである。そして小賢しくも王子がアランソン侯爵と合流して再起するだけの時間まで稼いだ。結果的にはアランソン侯爵を討ち果たし、ディジョン侯爵家も弱体化させたことで新王の権力基盤は強大化したが、それは結果論だ。彼らは結果だけを見て恩を売った気になっていたが、実際には陛下に深い恨みを抱かせたのだ。
城門の警備が軍に移行されて程なく、通行税の徴収が公示された。対象が荷馬車の馬であったので、徴収されるのは大商人のみで、しかも街道の維持整備のためと言われれば反対のしようが無かった。税率の方は最初の提示額から若干下がっているが、陛下の目的は既に達せられているのだから何も問題はない。ここで交渉を行っているのは本来の目的を悟らせないためだ。それと知らずに現場で頑張っている官僚はご苦労であるが。
荷馬への税率を下げた分、馬車に税金が掛かる事に成った。こちらの対象は上級貴族が用いる移動用のモノだ。城門を通る時では無く、馬車単位で毎年支払う。支払い証明が無いと馬車は市街を走れない。
そしてもう一つの変化として、近隣の農民が作物を運び込む際に馬では無く驢馬を用いるようになったことがある。荷車を引かせるのではなく背負わせるケースが多い様だ。
王都の警護隊の司令官となる初代憲兵総監にはクローディス伯ケヴィンを推薦した。憲兵は軍から独立した大法官の旗下に収まる。ケヴィンのは実家はディジョン侯爵家の家臣で、つまり王家から見れば陪臣であったが、今後は独立諸侯として扱われることとなる。
軍役免除制度の採用によって国軍の再編も第二段階を迎える。これは諸侯の地位の再確認でもある。
諸侯とは国税の対象から外れた領土を持っているもので大きく分けて三種類ある。一つは王国建国以前から王家に仕えていて、建国時に封土を与えらえた譜代諸侯である。彼らは王家の藩屏であり、軍役は家禄を保持する根拠であり、軍役免除制度とは相容れない。それに対して建国時に王家に臣従した外様の諸侯たちがいる。そして二代王以降に諸侯に封じられた家を新参と言う。
外様の大諸侯、と言っても我がオーエン公爵家とディジョン侯爵家の二家だが、これは今回の改革では後回しになった。この二家で国軍の三割近くを占めるので、これが一気に抜けると混乱するからだ。まあ金納にするとかなりの金額になるのですぐには用意できないと言う理由もある。
逆に男爵家に付いては半数が現状維持となった。兵数的には微々たるものだが、軍功によって男爵位を得た者たちは当主が現役将校なので、別の意味で抜けられると困るのだ。それでも数名のベテランに付いては跡取り息子を登用して領地に隠棲させた。若き二代目男爵たちは父の部下たちに鍛えられて成長するだろう。
最も動きがあったのが中間に位置する外様の伯爵家で、国軍の一割近くを占める。総じて兵を引き揚げて金納へ移行したのだが、その家臣筋つまりは陪臣から軍役の継続を求める申請が上がって来た。多くは軍功により主家とは別個に領地と男爵位を与えられた者たちで、この改革により主家から分離して新参諸侯に数えられることとなる。問題は三つの子爵家。いずれも伯爵家の跡取り息子であるが、実の父親である伯爵と疎遠な関係にある。
ある子爵は、軍務を続ける事で実弟との家督争いが生じた際に王家の後ろ盾を得ようと考えていた。
また別の子爵は、実家にいる継母が自分の息子に家督を継がせようと目論んでいるために、実家に帰ると良くて廃嫡。悪くすると暗殺の恐れがあると言う。
残る一人は幾分か前向きで、俺を目標として軍功による陞爵により実家から独立した諸侯として立つことを希望している。
この三子爵は先の内乱では所属の関係で俺たちの陣営に組み込まれて戦った。俺の親友であったクローディス伯ケヴィンが実家の柵を切れずに向こう側に立たざるを得なかったのとは真逆だ。ケヴィンの出世には彼らも思うところがあるようだが、ケヴィンは反乱の時点で既に大佐であり、三子爵はまだ大尉だった。戦後の論功行賞で少佐に昇進し、この改革の過程で中佐に任じられた。
俺は軍制改革で新たに設けられた重要部署をこの三人に試験的に配置した。駄目なら替わりはいくらでもいる。
まずは俺の直下である元帥府に設けられた三部局。参謀部と人事局の長は既に選定していたが、残る兵站局については職域もまだ明確でない新設局と言う事でここに子爵トリオの一人であるモンタギュー伯の長子ジュリアン子爵を抜擢した。
旧来の兵站と言えば行軍に付き従う酒保商人からの調達が主であったが、これでは長期戦は戦えない。平時の運用も考慮して物資の調達と輸送を行う部署として兵站局を立ち上げた。退役後の再就職が難しい傷痍兵の配属先としても活用した。腕や足の欠損については闘気を用いた義手・義足の運用試験としても有用である。最前線での戦闘は難しいが、訓練によって日常の活動には支障のない所まで持って行ける。
次に元帥府直轄では無いが重要部署として立ち上げられたのが軍医局。その長である軍医総監は少将相当であるが、その下の経理課長として任用したのが子爵トリオの一人リュネール伯の息子ディオン子爵である。彼は元々医学の素養があり、闘気の流れを見る事が出来たので義肢の研究にも一枚噛ませた。
最後に憲兵総監の下に属する警邏局の部隊長。現場を仕切る実働部隊の指揮官である。五人の部隊長の中で最も若いのが子爵トリオの一人ネージュ伯の息子ジャン=ポール子爵であった。彼以外は兵卒からの叩き上げで、階級も少佐。率いる兵も半数だ。
五つの部隊で三都を交代で担当する。王都に三部隊、オルレアンとブロワには一部隊が置かれるが、子爵が率いる第一部隊は王都在勤で、残る四隊が三都を巡回する。王都からオルレアンへ交代部隊が入ると、それまでいた部隊はブロワへ移動。そしてブロワの部隊は入れ替わりで王都へ戻ってくる。これが三カ月交代で行われる。
警邏隊を構成する憲兵の人事権は総監にあるが、部隊長は軍からの出向で俺に人事権がある。人員については軍からの移籍で賄った。報告書を書く必要があるので、文字の読み書きが出来る事が採用条件となった。今後の採用については憲兵隊で独自に行われる。
俺と大法官の関係は良好で、総監も俺の友人であるから、軍部と司法に対立はない。がそれは個人的な友誼に支えられているモノなので、人が替われば話が違ってくる。二つの暴力装置に相互抑止が働くことで一番得をするのは王家である。このシステムは将来の世代交代に向けての布石なのである。
国軍の縮小もようやく最終段階である。我がオーエン公爵家から派遣されている兵員を削減する。制度上半分までは減らせる。その水準を割ると負担金が発生する。引き上げるのはベテランの士官で、減った分は新たに新兵で補充する。俸給の差額分だけ軍費が下がると言う訳だ。
どこまで減らせるかは、新兵の充足数に掛かっている。この入れ替えはディジョン侯爵家も対象になるので、どちらの人員を対象にするか喪調整が必要になる。目標値に達するまで数年かかるだろう。




