第二部第四章 即位一周年記念式典
上洛の真の目的である即位一周年式典の始まりだ。
「それで行かれるんですか?」
俺は着慣れない礼服ではなく馴染んだ軍服を選択した。但し階級章は無い。俺が予備役として与えられた准将は、俺だけのモノでまだ正規の階級章が存在しないのだ。
「伯爵の介添えは任せるよ、コーディ子爵」
「自分も参列できるのですか?」
本人にはまだ言っていないが今日の恩赦の対象者である。
臣下からの挨拶を受ける玉座の王。一番手はオーエン侯爵で、その名代としてラシェル令嬢が登場した。
「父が体調を崩しておりますので、代理で失礼します」
と挨拶すると、
「大事にするように伝えてくれ」
と応じる陛下。
白一色のドレスを見た義姉が、
「大胆ねえ」
「そうですか。似合っていると思いますが」
「白は膨張色だから、私なんかが着ると太って見えるのよねえ」
確かに義姉はグラマーだ。それに比べると、
「ラシェル令嬢はスマートですからね」
続いてディジョン侯爵。こちらも次男のブザンソン伯爵が名代として現れた。長男はヌヴェール伯爵だが、主戦派に担がれた経緯があって、領地の召し上げ対象となり、事実上の廃嫡と見られている。従者として家臣筋の元伯爵二名を引き連れていた。片方はケヴィンの父であるクローディス元伯爵だ。伯爵本人はどちらかと言えば穏健派なのだが、彼の娘がヌヴェール伯の妻だった関係で巻き込まれたのだ。
改易となったブロワ、アランソン両侯爵家は当然不在。王本人の出身であるオルレアン領からは譜代筆頭のブルージュ伯爵エドモンが挨拶した。先代オルレアン侯爵の妹婿で、つまりは新王の義理の叔父になる。戦場には出ず、主に後方支援で功績のあった人物だ。
続くは外様の伯爵家、その一番手としてアターリ伯爵が、コーディ子爵に付き添われて前に進み出た。
「アターリ伯爵アンリ、国王陛下に拝謁します」
幼い伯爵は宮廷で人気者になった。
この外様の序列は曖昧で、王が代わるたびに入れ替わると言われる。今回、アターリ伯が優遇されたのは、間違いなく叔父である俺の軍功だろう。次に新王の陣営で戦った四人の将軍の実家。いずれも元は子爵家で、将軍の軍功で陞爵したのだ。この五つの家はルイ・オーギュスト陛下の御代で新譜代と呼称されることになる。
伯爵が一通り終わったら次は軍部。四人の将軍が順に挨拶する。内戦時には新王の旗下には五人の将軍が居たのだが、最年長の将軍はオルレアン家の家臣で、主君の即位を見届けで退役したのだ。残った四将軍は実績でも出自でもほぼ同格なので今回は機械的に年齢順にしている。
俺は五番目の将軍としてその最後尾を飾ったのだが、
「階級章が無いな」
准将の階級章がまだ定められていない旨を答えると、
「ではこれを下賜する」
と言って少将の階級章を授けられた。
さてこの四将軍だが軍の運営方針で異なる意見を持っている。第一が新王が進める軍縮だが、二人が賛成、二人が反対である。賛成派の二人も、一人は治安を考慮してゆっくりと進めるべきと主張し、もう一人は効率重視で一気に削減すべきとする。反対派も、一人は国内の安定を重視する立場で、もう一人は対外関係に注視した立場である。
賛否が二対二に割れているならトップである王の裁定で決まるので問題は無いが、俺が現役復帰すると俺の意見が大勢を決めてしまうので厄介だ。俺に四人を押さえるだけの格が備わっていればいいのだが。などと思っていたら向こう側にいたラシェル嬢と目が合った。
謁見が一通り終わると、恩赦の勅令が発せられた。その筆頭がブロワ侯爵家。亡き侯爵の令嬢ヴァネッサが黒い衣装を纏って登場した。
「仕事が早いなあ」
ラシェル嬢は叔母のヴァネッサを本気で王妃に押す心算らしい。ラシェル嬢は母親似なのか、二人は面差しが似ている。
「ブロワ候爵の名誉を回復し、その令嬢に遺領の相続を認める」
許されたのは領地の相続だけで、爵位については何も触れていない。ましてやこれまで侯爵家が保持していた王を認定する権限は戻されない。王妃になれば、そして王子を産めばその時こそ家名の復活になるのだろうか。
内乱で滅んだもう一つの侯爵家アランソン家については、残念ながら直系が途絶えているのでこの場での再興は難しい。アランソン侯爵領は四分割されて、三つは伯爵領、内二つは侯爵家の分家筋、残る一つは先の内戦の功績で将軍の一人へ与えられ、残りの四分の一は王領へ編入された。
ディジョン侯爵は先に召し上げられた領地の半分を戻されて、改易された伯爵家も再興が許された。本領を回復したクローディス伯爵は直ちに息子のコーディ子爵ケヴィンへの継承を願い出て認められた。
内乱によって即位したルイ陛下は直轄領を大幅に増やしたが、それを管理する官僚が圧倒的に足りない。と言う訳で恩赦と言う形で一部の要地を残して大部分の所領を返還する事にしたのだ。
堅苦しい儀式は終わり、楽団の演奏に乗って舞踏会が始まる。陛下が誰と最初に踊るのか、全員が注目している。
王が向かったのはラシェルとヴァネッサ、二人の侯爵令嬢が並んで立っているところだ。叔母と姪である二人は顔立ちが良く似ているが、身長はヴァネッサの方がだいぶ高い。
見ているほとんどがラシェル嬢の方へ手を伸ばすだろうと予想したが、ラシェルは一歩引いて叔母をそっと前に押した。王はそれを見て微笑みつつヴィオレッタ令嬢へ手を差し出す。
王と令嬢が中央で踊り始めるのを横目に、俺はラシェル嬢の傍へ歩み寄った。
「取り敢えず第一歩ですね」
ヴァネッサ嬢は女性にしては長身だが、王と並ぶとそれは気にならない。
「こうして見ると黒も良いですねえ」
「あら。黒の方がお好みですか?」
「いえ。原色の派手な色のドレスが多い中で、白と黒は却って目立つというか。黒いドレスは体を細く見せるらしいですけれど、ブロワの令嬢はそんな効果が必要ないほどにスマートだ。
「そうですね。私は腰にコルセットを入れていますけれど、叔母はそんなものなしにあのスタイルですからね」
ラシェル嬢のコルセットは見栄えの為ではなく身を守る防具である。自身の闘気で強化されたそれは並の剣は通さない。
「叔父上は踊らないのですか?」
甥っ子のアンリが傍に来た。介添えのケヴィンも一緒だ。
「俺はダンスは全く駄目でね。アンリは俺が見ているから伯爵は踊ってくると良いよ」
「まだそう呼ばれるのには慣れないな」
父の前クローディス伯爵は滞在しているディジョン侯爵邸に引き上げた。接収されていた自分の屋敷も返還されたので人を送って状態を確認するらしい。
「此処に居たのね」
息子を探して義姉もこちらにやってきた。
「踊って来たらどうですか、二人で」
「じゃあ、アンリをお願いね」
と言って義姉とケヴィンは手を取って中へ進んだ。
「あの方は子爵に気があるのかと思っていましたけれど」
「あの人は、俺に亡き夫の影を見ているんですよ。俺と長兄は容姿が似ていますからね」
しかし性格は真逆。長男気質で面倒見が良く温厚で誰からも慕われた長兄に対し、末っ子気質の俺は人の好き嫌いが激しく、気が合う相手とはとことん親しくなるが、合わない相手とは徹底的に争う。友人よりも敵が多い。
「陛下とは馬が合ったのですか?」
「あの人は侯爵家の一人息子で、しかも母親が王女だから王位継承権を主張できる。貴族様の中でも浮き上がった存在で、俺は成り上がり男爵で貴族らしい育ちをしていない。要するに貴族の中の天辺と底辺。あまりに違い過ぎて逆に惹かれ合った」
陛下とのダンスを終えたヴァネッサ嬢が飲み物を受け取って戻ってきた。
「陛下と何か話せましたか?」
とラシェルに訊かれると、
「これが私の運命なのかしらね」
と遠い目をする。
「私が三歳か四歳の頃かしら。占い師に、将来王妃になると言われたの」
「平民の娘がそれを言われたら大騒ぎでしょうけれど、侯爵家の令嬢なら十分にあり得る話ですよね」
と言うと、
「ええ。今なら冷静に考えることも出来るけれど、この話を真に受けた人が居たのよ。私が十歳くらいの頃、ジャン殿下が私に近づいてきて、お前が私の妻になる女かと言ってきたの」
その当時は誰もがジャン殿下が王になる事を疑わなかったし、であるなら王妃とは殿下の妻を意味する訳だが、
「あの方もお気の毒な人で。王の第一子に生まれて、王になる以外の人生を思い描けない立場だったから」
「ブロワ侯爵が即位に待ったを掛けたのは、殿下にとっては人生を否定されたに等しい。裏切り者とは侯爵であり、王妃になる筈だったその令嬢であり、運命そのもの」
とラシェル嬢が漏らすと、
「何の話?」
とヴィオレッタ嬢が首を傾げる。
「ルイ陛下とは面識はおありなんですか」
と話を逸らすと、
「ええ。侯爵家の子女は十歳前後になると王宮に招かれて王族の子女と交流していたの」
ジャン王子との一件もその席での話なのだろう。年の近い男女が相性が良いとなれば縁談に発展する事も有ると言う。
「叔母様が王妃になるという方向で良いんですよね?」
「あまり叔母を強調しないでくれる。七つしか違わないのだし」
と釘を刺しておいて、
「公式に発表があるまでは広めないでね」
とお願いして会場を去っていった。
「子爵の方は気持ちが決まりましたか?」
「他人事みたいに言いますね」
と苦笑しつつ、
「初代モーリス伯は、果たして満足して死んでいったでしょうか」
「は?」
「建国の英雄として満足した余生を送ったのか、それとも新たな戦いを待ちながら雌伏の日々を過ごしたのでしょうか」
史書には、自ら隠遁を選んだと書かれているが、あるいは中央での政争に敗れた結果では無かったのか。
「実家のオーエン侯爵家が王位継承に大きな発言力を持ったのを見て、理不尽を感じなかったと言えるだろか」
「それで?」
「俺は自分から乱を起こす気はさらさら無いけれど、何かあった時には子爵領よりは伯爵領、侯爵領が利用できるなら申し分ない」
「それを私に直接言いますか」
ラシェル嬢は苦笑していたが、別に気を悪くしている様子もない。
「それで気が代わって結婚が流れるならそれはそれで構いませんよ」
「こちらの持ち掛け方も相当に失礼でしたからねえ」
と笑い飛ばした。
「貴族の結婚で事前に顔合わせが出来ているだけで珍しいのですよ。普通なら家柄だけで決まって、本人の意思は無視ですからね」
「俺としては自身の結婚を考える前に二つの関門がありました。一つは陛下の婚姻。跡継ぎが居なければあの戦い自体が無意味になりますからねえ。そしてもう一つが」
と言って隣に立っている甥っ子の頭を撫でて、
「この子の後見役。どうやら俺の後釜は見つかったようだ」
義姉と踊るクローディス伯ケヴィンに目を向ける。
「クローディス伯はご領地もおありになるのに」
「あちらは隠居したばかりの父親が健在ですから、すぐに領地に戻らなくても良いでしょう」
クローディス家には長男のケヴィンと後妻の子である弟の間で家督争いが有ったのだが、この内乱で吹き飛んでしまった。国王の御前で家督相続が認められた、と言うよりもケヴィンが相続する事が前提で家門再興が成ったのだから、もはや異母弟派の出る幕はない。
異母弟とその母は王都にも同行していたのだが、このまま王都の屋敷に留め置かれて領地へ帰ることを許されなかった。




