ずっと一緒に
エミリアがそっと目を開けた時、アルフォンスはエミリアの左手を両手で握りしめながら自分のおでこに当て、小さな声で何か祈っていた。自分の名前を何度も呼ぶアルフォンスを、エミリアはじっと見つめていた。
何か気配を感じたのか、エミリアが目を開けたことに気が付いたのは、アルフォンスの後ろで両手を組み祈っていたディアンだった。「エミリア?」ディアンの喜びの声に反応し、即座に顔をあげ見たアルフォンスは、出会った頃から変わらない澄んだエメラルドグリーンの瞳と目が合った。
しばらく何も言わずお互い見つめ合っていたが、先に目を反らしたのはアルフォンスだった。急に椅子を蹴り上げるようにして立つと、エミリアに背を向け目をぎゅっと瞑り両手を握りしめながら息を吐いた。
一方エミリアは、自分に背を向け何かぐっと耐えているアルフォンスの見つめていた。ディアンが何かエミリアに話しかけていたが、エミリアの目にはアルフォンスしか映らなかった。常に立場上きっちりしているアルフォンスとは、今日は随分違っていた。いつも綺麗に整えられているさらさらの金色の髪はぐちゃぐちゃに乱れ、白いシャツは薄汚れてしわくちゃで、黒いパンツには泥がこびりついていた。そんなアルフォンスの姿から、子供の頃に浅い池に落ち泣いているアルフォンスの姿を思い出したエミリアは、懐かしさから静かに笑った。
そんなエミリアの小さな笑い声に気づいたアルフォンスは、ものすごい勢いで振り返ると怒りを抑えた声で言った。
「エムは何がそんなに面白いの?僕は何も面白くない!僕は全く笑えない!この状況でエムはどうして笑えるのか理解が出来ない!もう少しで死ぬところだったんだよ?」
アルフォンスの剣幕にうろたえたのは、エミリアではなくディアンだった。
「ででで殿下・・・。妹は目を覚ましたんですから・・・。そうお怒りにならないでください。」
「ディアン。エミリアと二人にしてくれないか?」
普段は穏やかな口調のアルフォンスにしては珍しく厳しい口調でディアンに言うと、部屋の隅に控えていたナタリーがそっと夫を部屋から連れ出した。心配げなディアンは何度もエミリアの方を振り返りながら出ていく。バタンと扉が閉まると、アルフォンスは倒れていた椅子を起こしそれにそっと腰を下ろした。それと同時に起き上がろうとしたエミリアを、アルフォンスは抱き起した。支えがないとふらつくエミリアの背に右手を当て左手は布団を強く握りしめながら、アルフォンスは厳しい眼差しで尋ねた。
「エムはそんなに死にたかった?」
エミリアは小さくゆっくりと首を振る。エミリアは早く楽にはなりたかったが、死にたかったわけではないのだ。
「ご飯も食べず治療も拒否して、もう少しで死ぬところだったんだよ?分かってる?」
両親たちに夢で会ったことを思い出したエミリアは、微笑みながら頷く。
「何でエムは笑えるの?僕は本当に笑えない・・・。そんなに・・・そんなに死にたいなら僕を殺してから行って。僕を・・・。僕を置いて行かないで・・・。」
そう言った瞬間、アルフォンスの右頬に大きな涙粒が一粒伝った。
「君が死にたいなら一緒に死んであげるから・・・。ううん。いっそ僕が君を殺してあげる・・・。だから・・・何も言わずに先に逝くのだけは辞めて・・・。」
そう言って、両目から大きな涙粒を流して泣くアルフォンスをみたエミリアの目にも、どんどん涙が溜まっていく。
「ごめんなさい・・・。ごめんね・・・。アル・・・。ごめんなさい。」
そう言いながら子供の頃のようにしゃっくりをあげて泣くエミリアを見たアルフォンスは、エミリアを強く抱きしめた。
「違う。違うんだ・・・。エムが悪いんじゃない。・・・。僕がエムを苦しめている原因を作ってるんだってわかってる・・・。自分の不甲斐なさに本当に耐えられなくて・・・。エム、本当にごめん・・・。間に合わないかと思った・・・。もう、二度と会えないかと思った・・・。戻ってきてくれてありがとう・・・。」
アルフォンスがそう泣きながら言うと、エミリアも「呼んでくれてありがとう。」と言いアルフォンスに強くしがみ付いたのだった。
しばらく抱きしめ合った後、エミリアの体をそっと離すと不安げな目をしながらも真剣な声でアルフォンスが言った。
「ずっと一緒にいて欲しい。結婚とか形になんて二度とこだわらないって約束する。ただ、君に会わないのだけは耐えられないんだ・・・。ただ、ずっと一緒に君と過ごして生きたい。」
そう言うアルフォンスの脳裏には、アルは王子だからと言い断るエミリアの姿が浮かんでいた。
「うん。ずっと一緒にいよう。ううん。ずっと一緒にいてください。」
エミリアがそう言うと、アルフォンスは目を見開いて驚いた。
「本当に?」
「うん。アルに会わないのだけは、私も耐えられない・・・。あなたに見合う人になれるように努力する・・・。努力する・・・。でも、しばらく時間が欲しいの・・・。我儘だって分かってる。でも、しばらくアルとただの恋人同士みたいに過ごしたい・・・。」
「うん。うん・・・。エム・・・。ありがとう・・・。」
そう言うと、アルフォンスはエミリアを強く抱きしめた。
「アル・・・。」
「うん?」
「私感動しちゃった。」
「え?」
「僕が君を殺してあげる。って言葉。すごく嬉しかったの。ずっと、ずっと苦しくて・・・。本当に何がこんなに苦しいのか自分でも上手に説明できなくて・・・。別に死にたかったわけではないの。ただ、この苦しみから解放されたくて・・・。早く楽になりたかったの。そんな私の気持ちを全部分かってくれたからこそ、言ってくれたのよね・・・。ありがとう。もう二度とアルにそんな言葉言わせないようにする。そんな言葉を言わせちゃうほど、アルを深く傷つけてしまってごめんね。」
「・・・・。」
「大好きよ。ずっとずっとあなただけを愛してるわ。そしてこれからも、あなただけを愛するわ。」
エミリアがそう言うと、アルフォンスは何も言わずそっと体を離し顔をゆっくり近づけてきた。もう少しで二人の唇が触れそうになった時、エミリアが顔を背けた。微妙な空気が二人の間に流れていることに気が付いたエミリアは、「違うの!嫌なわけじゃないの!」と慌てて叫んだ。
「え?じゃあどうして?」と悲しそうにアルフォンスが首を傾けて聞く。
「だって・・・。」
「だって?」
「笑わない?」
「うん。」
「引かない?」
「引かないよ。」
「絶対引かないでね?」
「もちろん。」
しばらくエミリアは口を閉ざしていたが、アルフォンスの悲しそうな顔に耐えきれなくなり顔を両手で覆うと泣きそうな声で答えた。
「最近お風呂に入れてないし歯も磨けてないから・・・。汚いし、絶対臭いもん・・・。」
そんなエミリアが可愛くてアルフォンスが噴き出した。
「今笑ったわね?笑わないって言ったのに!」エミリアが顔をあげ、アルフォンスを睨みつけるとアルフォンスは慌てて答えた。
「別に気にしないのに。ほら見てよ。僕もこんな格好だし。」
「そういえば、アルはどうしてそんなに汚れているの?それにいつ来たの?私、どれくらい寝てたのかしら?」
「僕がこんなに汚れているのは王都から馬を飛ばしてきたから。寝ていたのはや「馬で来たの?」」
「うん。夜遅くてもう列車がなかったから。まぁ、始発待つよりは早く...!」
そう言いかけたアルフォンスの口を、エミリアの唇が塞いだ。驚き目を見張るアルフォンスだったが、エミリアがしばらくして唇を離し照れながら「アル、ありがとう。」と言うのを聞いた瞬間、二人の形成は逆転した。
エミリアの背に左手を回し右手をエミリアの後ろ髪をかき分けるようにして頭に添えると、「アル!ちょっと待って!」と何度も言うエミリアの言葉を無視し、それから顔の向きを何度もを変え「愛してる。」そう言いながらエミリアの唇に軽いキスを繰り返した。しばらくしてアルフォンスの舌がエミリアの唇を割って侵入してきたとき、エミリアは一瞬びくついたものの素直に受け入れた。
だが、すぐエミリアの息が続かなくなった。必死にアルフォンスの胸を何度もたたくと、アルフォンスは「鼻で息して。」とエミリアの耳元で囁くだけで、エミリアが息絶え絶えになるまでその行為は続けられたのであった。




