帰る場所
エミリアがエドガー王国に行くことに同意すると、アルフォンスはエミリアの記憶とリーリアの証言の確認を始めた。エミリアは目を瞑りながら記憶を絞り出し答えると、アルフォンスは再度謝った。
「殿下は何も悪くありません。このようにせっかくの来国中に騒ぎを起こし本当に申し訳ありません。」とエミリアが言った時、リベラルトが国王陛下に呼ばれていると侍従が呼びに来た。
「エミリア、私は行かなければならない。一緒に付いていきたいが、騒ぎを納めなければならない。大丈夫か?」
とリベラルトが問いかけると、エミリアは静かに頷く。
「屋敷から侍女が荷物を持ってくる。このままここで休んでから、アルフォンス殿下と一緒に発ちなさい。それと一度エドガー王国で休養を取ってきなさい。一度も帰ってないだろう?一度家族とゆっくり過ごしてくると良い。」
「リバー様。私の仕事はどうなるのでしょうか?解雇ですか?」
「解雇にはならないよ。君は優秀だ。今回も君に非はない。」
「エドガー王国で陛下に説明したらすぐに戻ってきたらいけませんか?私働かないと・・・。」
―働かないと、どう生きればいいか分からない・・・。もう、エドガー王国に居場所なんてないの。―
「少し騒ぎが大きくなってしまってね・・・。元の生活を送ることは今は難しい。だが、私がすぐに必ず収束させる。いいかいエミリア。有給を使っていると考えなさい。余計なことを考えてはいけないよ?必ず手紙を送るから返事を寄越すように。」
―苦労の末、手に入れた仕事も失うのかしら。あんな騒ぎを起こしたのだもの。皆今頃どう噂しているだろうか・・・。―
リベラルトはそう言うと、リベラルトはエミリアの頭を優しくなで出て行った。リベラルトが出て行くと、エミリアは無理やり笑顔を作ってアルフォンスとシャイルに言った。
「本当にご迷惑をかけ申し訳ありません。殿下たちも忙しいでしょう?どうか一人にしていただけますか?」
―どう生きていくか考えたい・・・。エドガー王国にもコリン王国にも戻れないわ・・・。私、どこに行けばいいのかしら・・・。―
エミリアがそう言うと、シャイルは「お前は何も悪くない。ディアンに知らせを飛ばしたから何も心配するな。」と言うと、エミリアの肩を叩き出て行った。
エミリアは座ってるのも辛く、何かにもたりかかりたかったのでアルフォンスにも出て行って欲しかった。だが、アルフォンスはエミリアをただ見つめるだけで何も言わない。困ったエミリアは口を開いた。
「どうか責任を感じないでください。」
アルフォンスはその言葉を聞くと、ジムやアン達に退出するよう命じた。皆出ていき二人きりになるとぽつりと言った。
「エミリア。巻き込んですまなかった。」
―もうエムと呼んでくれないのね・・・。―
「どうか謝らないでください。私が殿下に内密に知らせるべきでした・・・。あの、リーリア様はどうなるのでしょうか?」
「もちろん破談だよ。リーリアの処遇はフォスタ国王と話し合って決める。処刑は出来ないが、十分重罪だ。一生幽閉か修道院送りか・・・。」
「修道院ですか?そんな・・・。」
「君は殺されかけたんだよ?」
「ですが、殿下とリーリア様は婚約者だったのです・・・。その、愛『愛など存在しないよ。』」
「え?」
「僕がリーリアと婚約したのは、リーリアの証拠を掴むためだよ。」
「証拠ですか?じゃあ、犯人だと気づいていたんですか?」
「そうだよ。でも君を巻き込むつもりはなかった・・・。ようやく証拠を掴んだから、帰国後すぐに破談にするつもりだったんだ。」
「そうですか・・・。」
「エミリア・・・。すまなかった。」そう言うと、アルフォンスは顔をゆがめて頭を下げた。
―そうか。私が辛いように、アルもずっと事故のことを苦しんで生きてきたんだ。どうしたらこの人の苦しみを軽減してあげられるのだろうか。―
「アル。」そう言うと、エミリアは立ち上がりアルフォンスの隣に座る。アルフォンスの両手を自分の手で包み込むと話し始めた。
「もう忘れていいよ。」
「え?」アルフォンスは顔を上げる。
「もう事故のこと忘れていいよ。アルは何も悪くないから。私のために、犯人を見つけてくれてありがとう。」
「エム・・・。」
「ごめんね傷つけてばかりで。アルごめんね。犯人見つけるために、自ら婚約者になるなんて辛かったでしょう?自分をそこまで犠牲にするなんて・・・。」
「エム・・・。」ただ自分の名前を苦しそうに呼ぶアルフォンスを、エミリアは優しく抱きしめる。アルフォンスはされるがままエミリアの胸に頭を寄せている。
「小さい頃はいつもこうしていたね。あの頃アルの辛さが少しでも無くなればいいなって思いながら、こうやって背中を撫でていたの。いつからかアルは自分の悲しみを私に見せまいとするようになってしまって・・・。ううん、私が両親を亡くした頃からね。でも私は、アルが王子という立場をまっとうしようといつも苦しんでいたの誰よりも知っていたよ。私が男の子だったらシャイルのように手伝えるのになって思っていたの。少しでもその重荷を私が背負ってあげたいなってずっと思ってきたの。ごめんねアル。私背負うどころか、ずっとアルに私という重荷まで背負わせてしまった・・・。本当にごめんなさい。」
「エム・・・。重荷なんかじゃない。エムのこと重荷に思ったことなんてないよ。」
「ありがとう・・・。」
「エム。僕たち元に戻れないかな?」アルフォンスがエミリアに抱きしめられたまま尋ねる。
「元にって?」
「もう一度始められないかな?僕はエムがいないと、生きるのが辛いよ・・・。」
「ごめんねアル。私たち一緒にいても、お互い傷つけあうことしか出来ないわ。アルは私の傷を何かしら見つける度に私よりも傷つくもの。私はそんなアルを見るのが嫌。私たちは一緒にはなれない運命だったと思いましょう?幸せな記憶だけ胸に閉まって別々に生きていきましょう?いつか絶対にアルの苦しみ全部が癒える時が来るわ。アルのすべてを包み込んでくれる人と出会うときが来る。だから・・・。どうか私のことは忘れて・・・。」
エミリアがそう言うと、アルフォンスはもう何も言わなかった。肩を震わせ子供のころのように泣くアルフォンスを、エミリアは侍従が呼びに来るまでずっと抱きしめていた。




