芽生えた友情
視察から王都に戻ってきてから、エミリアは毎日リーリアに同行していた。アルフォンス達はユル達と色々視察したり会談したりしているようだったが、リーリアが同行することはなかった。その代わり婚約者として、積極的に美術館・演奏会・観劇・お茶会などの社交に出向いていた。そして、エミリアもアルフォンス達と会うことはなかった。リーリアに夕食等誘われたが、元婚約者と会うのはリーリアも気分は良くないだろうと丁寧に断っていたのだ。
お茶会でリーリアが嫌味を言われることも少なくはなかった。エミリアが気遣うと、『これくらい普通よ。今までもよくあったわ。いちいち気にしていたら身が持たないわ。』とリーリアはにっこり笑って言った。エミリアはその時ふと、エドガー王国の王妃が言った『強い精神力が必要』と言う言葉が頭によぎった。生まれながらにそれを持ち合わせた王族のリーリアは、エミリアよりずっとアルフォンスの妃にふさわしいと思い胸が痛んだ。
毎日一緒に過ごすうちに二人には、いつしか友情が芽生えるようになった。エミリアは影ながらリーリアをサポートしたし、リーリアはエミリアの手をいつも優しく引いてくれていた。年頃の女性なのにあまり着飾らないエミリアのために、リーリアはショッピングに連れ出しては楽しそうに見立てていた。二人はアルフォンスの話には触れることはなかったが、昔の親友に久しぶりに再会したみたいに話が尽きることはなかった。
だがふとした瞬間リーリアとその護衛を見ていると、エミリアには激しい頭痛が走ることが多くなっていた。リーリアと二人で馬車に乗ってるシーンが何度もよぎるのだ。その日も、道端で頭が痛くなってしまいエミリアはしゃがみこんでしまっていた。すぐ良くなったのでエミリアはそのまま同行しようと思ったのだが、リーリアがひどく心配したのでエミリアは屋敷に帰って一人休んでいた。
夜になると、帰ってきたリベラルトが部屋にやってきた。リーリアから事情を聞いたらしく、『医者に診せたか?』とエミリアに尋ねた。すぐに良くなったとエミリアが言うと、リベラルトは困ったように笑って言った。
「君は事故の後遺症もあるんだから、ちょっとしたことでも医師に診せるべきだよ。」
「はい・・・。でも、あの・・・。」
「どうした?気になることでもあるのかい?」
「はい。あの・・・。頭痛はすぐに良くなるのです。ですが、何故か頭が痛くなると毎回同じシーンが思い浮かぶのです。」
「同じシーン?どんな?」
「えっと。リーリア様と二人で馬車に乗っているのですが、その時のリーリア様の顔が強張っていて・・・。」
「二人きり?」
「はい。ですが、リーリア様と二人で出かけることなんて以前は無かったものですから・・・。」
「王女と二人きりか・・・。あ!君は、事故の時リーリア様と二人で出かけたんじゃなかったかな?」
「はい。記憶にはありませんがそのようですね。」
「もしかしたらその時の記憶かもしれない。さっそく医師に診断を仰ごう。」
「あの・・・。リベラルト様・・・。」
「記憶を思い出すのが怖いかい?」
「はい・・・。何か変わってしまいそうで・・・。」
「そうか・・・。君の気持ちはよくわかる。だが、他の病気だったら怖いだろう?リーリア王女が帰国したら一度見てもらおう。それでいいかい?」
「はい。」
「そう手配するよ。でも、ひどく痛むようだったら診察してもらうんだよ?じゃあ、お休み。」
そう言うと、リベラルトは部屋を出て行った。エミリアにとってリベラルトと過ごす時間は心地良いものっだった。エミリアの思いをいつも十分に組んでくれるのだ。エミリアが人に頼らず歩きたいというのも十分に理解してくれていて、抱き上げた方が早いのにも関わらず、よほどのことじゃない限り手伝おうともしなかった。また父の若いときの話を、お酒を飲みながらよく語ってくれたりもしていた。父が生きていたらこんな感じなのだろうか?とエミリアはいつもリベラルトに父を重ねていた。
それから数日後、エミリアはリーリアと二人で出かけた。リーリアの帰国が迫っていて、コリン王国のお土産を家族や友人たちに選ぶのを手伝うためにだ。コリン王国産の独特なお茶を二人で選んでいるとき、リーリアが段差に気づかずつまずき、後ろに転びそうになった。護衛や侍女たちより近くにいたエミリアは、自分では支えられないためリーリアをかばうように背後に回った。次の瞬間、エミリアは全身壁に打ち付けられていた。頭を特に打ったようで目がちかちかする。
「エム!大丈夫?」とエミリアの上にいるリーリアが心配そうに振り返る。
「はい。ですが、ちょっと頭が・・・。」
と言ったとき、エミリアの頭の中に記憶が濁流してくるのを感じた。割れるように頭が痛み、リーリアが何か言っているのを最後にエミリアは意識を手放した。
次に目を覚ますと、エミリアは屋敷の自室だった。目覚めた瞬間に恐ろしい記憶を思い出し、エミリアは恐怖のあまり涙が止まらなかった。だがその時、左手が重いのに気付いた。ふと見ると、リーリアが自分の手を握りベットに突っ伏し眠っていた。それが心から嬉しくて、エミリアは恐怖に耐えながら寝顔をじっと見つめていた。
しばらくすると、リーリアが目覚めた。「エム!ごめんなさい。大丈夫?」と心配そうに聞くリーリアに、エミリアは泣きながら頷く。
「どうしたの?頭が痛む?医師は異常ないって言っていたけど。」
「いいえ。リーリア様がいてくれたのが嬉しくて。せっかくお土産選んでいたのに、すいません。」
「そんないいのよ。私が悪いんだもの。」
「お怪我はないですか?」
「もちろんないわよ。」
「良かったです。」
「本当にありがとう。エム。」
微笑むリーリアを見ながら、エミリアの胸に突如疑問が沸きあがった。
―リーリア様は、どうしてあの時怪我がなかったのだろうか?リーリア様の護衛は無事だったのね。私の護衛は亡くなったのに・・・。私・・・。あの崖から落ちたのね。あの犯人はどうなったのだろう?シャイルに聞いてみようか・・・?いっそうリーリア様に聞いてみようか?―
だがリーリアに聞くことはどこか疑っているようだし、何より辛い記憶を思い出させてしまいそうで、エミリアにはとても出来なかった。




