思恋
翌日、エミリアたちは発電所の視察に出かけた。コリン王国はエドガー王国に比べて、北に位置していて国土面積も圧倒的に広い。経済的にはエドガー王国の方が潤っているが、内乱が落ち着いた今はめきめきと力をつけてきていた。
一行は国内で最大のダム施設を見学した。リベラルトとユルはアルフォンス達に利点を述べている。それを頷きながらアルフォンスが聞いているのを、エミリアはただ眺めていた。
「どうですか?」と聞くユルに、
「そうですね・・・。エドガー王国はダムがないので参考になります。」とアルフォンスは答える。
「とても環境に良いですし、大雨での洪水も防げます。それに発電量は・・・」とユルが説明する。
それを聞いたリーリアは感嘆な声をあげたが、エミリアは眉間にしわを寄せて考え込んでいた。それをアルフォンスはちらりと見つめながら、ユルが話す内容をにこやかに聞いていた。
その夜、夕食後に小さな懇親会が開かれた。エミリアは断ろうと思ったが、リーリアが参加するので参加せざるをえなかった。皆今回の視察の感想を各々述べ、お酒を飲み盛り上がっていた。
エミリアの隣にはリベラルトが座りその隣にユルが座った。そして、エミリアの迎えにリーリアが座り、アルフォンス、シャイルと座っていた。一人だけジュースを飲んでいるエミリアに、ユルが、
「どうして飲まないんだ?」と尋ねた。
「以前にもいいましたが、私はお酒が弱いのです。」とエミリアは答える。
「あら。私も弱いわよ。大丈夫よ。今日はここに泊るのだから、ちょっと飲みすぎても平気よ?」とリーリアは答える。
それを、「エミリアはちょっと・・・。明日朝早いので、お酒が残ると・・・。」とリベラルトが苦笑しながら言う。
「叔父上!なぜですか?過保護すぎます。エミリアは飲めないわけじゃないんだろう?なのに、どうしてターニャと同僚たちとしかお酒を飲まないんだ?」とユルは問い詰める。
「リバー様とも飲みますよ。ただ単純に歩けなくなるから飲まないのです。」とエミリア困ったように答える。
「叔父上と飲むのなら、今も飲めばいいじゃないか!」とユルはなお飲ませようとする。
「ユル。女性に無理やりお酒を進めるのかい?」と険しい顔をするリベラルトを見たエミリアは、「それならば飲みます。リバー様・・・。あの、部屋まで運んでもらえますか?」とエミリアは申し訳なさそうに言った。
エミリアが飲まない理由は、お酒を飲むと表れる体質にあった。亡き父がそうであったように、お酒を飲むと顔が真っ赤になり目が潤むのだ。それがもちろん子供達にも受け継がれていて、ディアンも飲むとそうなったしエミリアもそうだった。ただディアンは真っ赤な状態からいくらでも飲めるのに対して、エミリアは一定以上のアルコールが回ると眠くなるし吐いてしまうのだ。もちろんそのコントロールは既に出来るようになっていたが、それでも親しい友人たちや屋敷でリベラルトとしか飲むことはなかった。
エミリアがゆっくりとお酒を飲むのに対して、リーリアの飲むスピードは速かった。それを見たアルフォンスが、ペースを落とすよう注意する。エミリアが首まで真っ赤になり目が潤んでいるのに対して、リーリアはあまり変化が見られなかった。だが、リーリアはエミリアよりも酔っているようだった。
アルフォンスとリーリアのやり取りを見たユルが、二人に最初の出会いを尋ねた。酔っているリーリアが、6歳の時エドガー王国に訪れたのが最初だと答えた。そんな二人の出会いをユルが質問しリーリアが答えるのを、エミリアは目を伏せて聞いていた。笑ってはいるものの辛そうなエミリアを見たリベラルトが、「そろそろ休みなさい。」とエミリアに耳打ちする。エミリアは頷くと、皆に挨拶し立ち上がった。リベラルトが送ろうかと言ったが、まだ歩けたので側に控えていたアンと共に部屋に戻った。
部屋に戻ったエミリアは、アンにお茶をいれてもらい報告書を書こうとしていた。だが書き始めてすぐ、扉がノックされた。アンが対応すると、どうやらシャイルのようだった。シャイルは部屋に入ってくると、驚くエミリアに「お邪魔する。」と笑って言った。
「どうしたのシャイル?」とエミリアが聞くと、
「今日ぐらいしか話せないから、お前と話したくて。」と言う。
「コリン王国で頑張ってるんだな。」と言うシャイルに、エミリアは頷く。
「ディアンには会ってるのか?」
「一年前にあったきりよ。あの、シャイルはお兄様に会うことある?」
「兄貴と仲良いから、たまに会うよ。」
「あの、元気かしら?」
「ディアンは元気だよ。息子を溺愛していて、兄貴が付き合い悪くなったってぼやいてた。」
「ふふ。良かった。オースティンは結婚した?」
「いや。まだ独身。」
「そうなの?もう、オースティンが好きな人って誰なのかしら・・・。」
「兄貴もいろいろあんだよ。」
「いつもそればっかり。あの・・・お義姉様は元気?」
「会ってないけど、ディアンから聞く話では元気そうだぞ。」
「そうなのね。良かったわ。」シャイルからそう聞くと、エミリアはほっとしたように笑った。
「あのさ・・・。」とシャイルは気まずそうな顔をしながら言う。
「なぁに?」とエミリアが首をかしげて聞くと、シャイルは意を決した顔をして言った。
「もういいのか?アルフォンスのこと。」
「・・・。」
「本当にこれでいいのか?好きなんだろう?」
「もう終わったことよ。」と、エミリアはシャイルから目線を外し答える。
「だけど。好きなんだろう?お前らがあの日どんな会話をしたか知らない。だけど、これでいいのか?」
「ならば、シャイルが私ならどうする?」
「え?」シャイルは眉間にしわを寄せながら尋ねる。
「シャイルが私ならどうする?アルだけが後継ぎなのよ。ただ国王になるだけで大変な重責なのに、さらに私まで背負わせるの?周囲はアルの味方になるどころか、私のことで足を引っ張ろうとするでしょうね。そんなの私が耐えられないわ・・・。」
「・・・。」
「シャイル。ずっとアルの味方でいてあげてね。アルが信頼してるのはシャイルだけだから・・・。」
「・・・。」
「いいえ、私がわざわざ頼まなくてもシャイルなら味方でいるわね。」とエミリアはにっこり笑って言う。
「エミリア・・・。」
「そんな顔しないで。私はここで生きていくわ。私は大丈夫。だけど、アルのことは深く傷つけてしまったから・・・。リーリア様が癒してくれるだろうけど・・・。ところでシャイル!」
「なに?」
「シャイルはいい人いないの?」
「なんだよその目。いねぇよ。」
「おかしいなぁ。シャイルは絶対もてるはずなのに!もう。愛想がないからよ。昔から、女性が苦手なんだから。」
「うるせぇ。」と言い、ふてくされるシャイルにエミリアは声をあげて笑った。
エミリアの報告書に目を止めたシャイルが、「それはなんだ?」と尋ねた。
「報告書よ。あ・・・。ねぇシャイル?」
「なんだ?」
「この国の官吏をしている私が、コリン王国の不利になることを言うのはおかしいのだけど・・・。」
「うん。」
「あの。ダムのこと。」
「あぁ。」
「ダム建設は絶対しない方がいいと思うの。エドガー王国は干ばつもないし、洪水も少ないわ。大規模なダム建設はむしろ自然のバランスが崩れると思うの。」
「うむ。俺もそう思う。」
「あら。そうなの?なんだ。安心したわ。ふふ。これもわざわざ言わなくてもよかったね。」
とエミリアが言った時だった。部屋にまたノックが鳴り響いた。シャイルと顔を見合わせ首をかしげる。アンが対応すると、ユルの声が聞こえた。
エミリアは寝ているように伝えるよう頼んだが、ユルはエミリアの声が聞こえたのかそのまま上がり込んできた。ユルはシャイルがいることにとても驚いていた。
「なぜここに?」と驚くユルに、シャイルは眉間にしわをよせながらながら、「ユル殿下も女性の部屋に許可もなくあがりこむとは・・・。」と言う。
「いやぁ。声が聞こえたので起きていると思って。でも、なぜシャイル殿が?」
「実は、幼馴染なんです。」とシャイルは答えた。
「シャイル!」と慌てるエミリアを目で制し、
「黙っていてすいません。でも、コリン王国にいると知らなくて驚いたものですから。じゃあエミリア、俺は行くな。殿下も失礼します。」と言うと部屋を出て行った。
ユルと残されたエミリアは迷惑そうに、「何の用ですか?」と尋ねる。
「いや。具合が悪いかと・・・。」とユルは歯切れ悪く答える。
「お気遣いいただきありがとうございます。ですが、私は元気です。就寝準備したいので退出していただいていいですか?」
「あぁ。そうだな。」とユルはそう言うと立ち上がった。
一度ドアの方まで歩いて行ったがまた戻ってきて、「エミリア。他の奴の前で酒を飲むなよ?」と言うと今度こそ出て行った。
残されたエミリアはポカーンとした。でもユルが言う理解不能な言葉には慣れていたので、エミリアはその後アンに手伝ってもらいお風呂に入った。寝支度が整ったので、休むよう伝えるとアンは出て行った。
その後、エミリアは寝ずに報告書を書いていた。だが、お酒が入っていたのもあってそのまま突っ伏して寝てしまっていた。
しばらくして、部屋にノックの音が響いた。応答がないのにも関わらず扉が開く。アルフォンスだった。アルフォンスは突っ伏しているエミリアを見て、小さくため息を吐くと近づいた。エミリアの腕の下にある報告書に気が付くと、そろりと抜き取る。内容を読むアルフォンスの顔からは笑みがこぼれた。
やがて読み終わると、気づかずに寝続けているエミリアを抱き上げた。そのまま寝室に向かおうとすると、エミリアが身じろぎをする。起こしてしまったか?と顔を見ると、エミリアは「アル。」と呟いた。はっと固まるアルフォンスに、なおエミリアは無意識にすりよってくる。アルフォンスはエミリアをぎゅっと抱き上げ歩き出すとそっとベッドに横たえた。布団をかけてあげ、眠るエミリアを見つめる。しばらくただ見つめた後、静かに寝息を立てるエミリアの瞼に優しくキスを落とすと部屋を出て行った。




