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体温

二人はしばらく無言で見つめあってた。


―あぁ。好きだな。―


エミリアはそう思った。どうして二年近く会わずにいられたのだろうとエミリアは自嘲した。でも、あの時どんな理由があろうとも自分が傷つけ手放した人なのだ。もう以前のような関係には二度と戻れない。


「拾ってくれてありがとうございます。」エミリアはそう言うと、アルフォンスの手に握られてる杖に手を伸ばした。


だが、アルフォンスはそのまま何も言わず一歩下がった。エミリアは杖がないと、立ち上がることが出来ない。


「あの・・・。杖を・・・。」と戸惑いながらも、アルフォンスの顔を見て言う。


それでも、アルフォンスはただじっとエミリアを見つめていた。白シャツを腕まくりし、パンツ姿というラフな格好をアルフォンスはしていた。エミリアは表情のない顔で自分を見つめるアルフォンスに何て言えばいいのか分からなかった。そして、なぜここにいるのかも分からず戸惑い目を伏せた。


―こんな遅くに散歩かしら?泣くの見られてないわよね・・・?暗いから大丈夫だわ。どうしよう。立ち去りたいのに・・・。―


俯くエミリアをしばらく見つめた後、アルフォンスはため息を吐いて言った。


「君はここで何をしているの?」


「あ。昼に寝てしまったので、眠れなくて散歩していました。」と、エミリアは顔をあげ答える。


「女性がこのような時間にそのような格好で一人外にいるのは感心しないかな。あまりにも軽はずみな行動じゃないか?」とアルフォンスは顔をゆがめて言った。


「すいません。もう部屋に戻ります。杖をお返しください。」と、頭を下げ頼むエミリアに、


「母上に頼んだ縁談はどうしたの?」とアルフォンスは尋ねた。


何のことが分からず、エミリアは「え?」と頭をあげアルフォンスを見つめる。


「君が密かに思いを寄せてい人との縁談だよ。」とアルフォンスは無表情で聞く。


「あ・・・。うまくいきませんでした・・・。」とエミリアは最後にアルフォンスに言った言葉を思い出し、静かに首を振った。


「それは誰だったの?君に昔告白したヘンリー?それとも・・・」とエミリアの同級生の名前を次々と出していく。


「どうしてそのようなことを聞くのですか?」と戸惑うエミリアが言うと、


「君が思いを寄せていた人を知りたいから。どうしてコリン王国に逃げたの?そんなに僕の顔を見たくなかった?」とアルフォンスは無表情で問う。


エミリアは何も答えられなかった。無表情だが、アルフォンスの目の奥はひどく傷ついているのを感じ取った。しばらくアルフォンスを何も言わずに見つめた後、


「そうですね・・・。コリン王国に来たのは、幸せになるためです。だからどうか、殿下も幸せになってください。心から願っています。」とエミリアは微笑んで言った。


「幸せって何?」とアルフォンスはどこか途方に暮れたような顔をしてエミリアに聞く。


エミリアにもそれは分からなかった。ただ一つ分かるのは両親の死後、アルフォンスの存在だけがエミリアの光だった。自分が心から幸せだと実感出来たのは、アルフォンスに抱きしめられてる時だった。


何も言わないエミリアを見て、アルフォンスは「ふっ。」と笑った。そして、エミリアに尋ねた。


「仕事はどう?」


「あ・・・。はい、充実しています。」とエミリアはアルフォンスから目をそらして答える。


「そう・・・。」


「あの・・・。」とエミリアはアルフォンスを見て言う。


「何?」


「どうしてここにいるのですか?」


「どうしてだと思う?」とアルフォンスは目を細めてエミリアに聞く。


その問いにエミリアが困ったように首をかしげると、アルフォンスは近づいてきてエミリアを抱き上げた。


「あの・・・。歩けます!」と抵抗するエミリアに、アルフォンスは何も言わずに元来た道を戻りだす。やがて諦めたエミリアは力を抜き、身をゆだねた。それを感じ取ったアルフォンスは、


「君の体はいつも冷たいね。」とぽつりと呟いた。


エミリアはその呟きに何も言わなかった。エミリアは女性特有の冷え性で、夏でもすぐに手先が冷たくなるのだ。それと対照的に、アルフォンスはいつも温かかった。抱き上げてくれているアルフォンスの体から伝わる懐かしい温もりを、エミリアは目を瞑りただ感じ取っていた。


エミリアの部屋の前に来ると、アルフォンスは優しくエミリアを下ろした。そして、杖を握らせると、「お休み。」と言い去っていった。エミリアは自室に戻っていくアルフォンスをじっと見つめた。走ってそのまま縋り付きたかった。


いつもエミリアの背中を追いかけてきてくれたアルフォンスを思い出して、背中を見送る寂しさをエミリアは初めて知った。

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