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旅立ち

翌月。エミリアは王都に戻ると、義姉が男の子を出産するのに立ち会った。昨日の昼過ぎから陣痛が始まり、ようやく夜中に無事産まれた。通常よりも大きい赤ちゃんだった。ディアンの喜ぶ姿と義姉の元気な姿を見届けると、まだ日が昇る前エミリアは手紙だけ残し立ち去った。生まれてきた赤ちゃんに歓喜で震える周囲は、エミリアの姿が見えないことに気づくものなどいなかった。


翌朝。使用人が呼んでもなかなか起きてこないエミリアを心配して、ディアンが部屋に入ると宛名が書かれてない手紙が一つ置かれていた。ディアンは何故か胸騒ぎがして、その手紙の封を乱暴に開け読む。


―ディアンお兄様とナタリーお義姉様へ


何も言わずに出ていくことをお許しください。そして、このような決断をしてごめんなさい。本当は何度も言おうと思ったのですが、顔を見るとどうしても言い出せなくて・・・。


私、コリン王国に行きます。そして多分エドガー王国には二度と帰りません。恩知らずな妹でごめんなさい。領地でコリン王国王弟のリベラルト様に会いました。その時、コリン王国では女性の大臣がいることを教えていただきました。貴族女性は嫁ぎ子供を産むことが使命だと思っていた私にとって、その話は目から鱗でした。殿下と破談になり、どう生きていけばいいか分からなくなっていた私に光が見えた気がしたのです。どうか分かってください。私は自分の幸せを探すために行くことにしたのです。


お兄様。お兄様がいたから生きてこれました。死にたいと思っても、お兄様にこれ以上の苦しみを与えるのかと考えると、死ぬ気になどなれませんでした。私に、お父様お母さまデュークお兄様の分まで深く愛情を注いでくれてありがとう。お兄様、これからも体を大切にして元気にお過ごしください。


お義姉様。お義姉様にはどれほど感謝すればいいのか分かりません。まず、公爵家に嫁いできてくださってありがとう。そして、私を実の妹以上にかわいがってくれてありがとう。怪我から目覚めたとき・・・。お義姉様がいなかったら、今私は存在しなかった・・・。笑うと太陽みたいなお義姉さまが本当に大好きでした。元気な男の子が生まれて本当にうれしいです。でも、それ以上にお義姉さまが無事で何よりです。大変な時期に力にならず、迷惑ばかりかけてごめんなさい。お義姉様の幸せを、遠くから祈っています。


また、落ち着いたら手紙を書きます。どうか・・・。お許しください。


手紙を読み終わったディアンは崩れ落ちた。


―エミリアが出て行った・・・。二度とエドガー王国には戻らない・・・。―


天真爛漫で心優しく、何よりも兄と周囲を大切にしてきた最愛の妹が、このような決断をしなけらばならなかったのだ。その計り知れない苦しみを考えると、目頭が熱くなるのを止めることはできなかった。



そのころエミリアはコリン王国の国境近くにいた。高速列車の隣席にはアンが座っている。


明け方一人で内密に手配した馬車に乗り込んだとき、既にその中にアンが座っていたのだ。驚くエミリアに、アンは「私はお嬢様の専属侍女ですから。お嬢様が行くところはどこへでも一緒に参ります。」と言った。


生まれたときからアンはエミリアの侍女をしている。いつもエミリアの心情を察し、無口だが優秀なアンをエミリアは誰よりも頼りにしていた。30代に突入しても未だ結婚もせずエミリアの世話をするアンをエミリアは連れていく気はなかったのだ。でも、一緒についてきてくれるならこんなに心強いことはない。エミリアはただ微笑むとアンと旅立ったのである。


もうすぐ国境だ。


目を閉じると、エドガー王国に置いてきた大切な人たちを思い出す。


―早くこうすれば良かったのかもしれない。私は、いろんな人を無意識で振り回しすぎた・・・。―


―どうか・・・。どうか・・・。皆が幸せでありますように。そして、傷つけてしまったアルを・・・。神様・・・。誰か素敵な女性がその傷を癒し、幸せに過ごせますように―


「さようなら。エドガー王国。」


―誰よりもアル・・・。あなたの幸せを願っています。―

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