目覚め
エミリアが目を覚ました時、公爵家の自室で寝ていることに気づいた。外は明るかったが、何時なのかは分からなかった。ひどく喉が渇いていて、体を起こそうとした。だが、何故か動かなかった。次に声を出そうとした。だが、声も出なかった。
かすれた声で「み・・・ず・・・。」と必死に言うエミリアに気づいたのは、侍女のアンだった。『お嬢様!あぁお嬢様。私がわかりますか?』と何故かアンが泣きながら言った。頷くエミリアに、アンは誰か呼びに部屋を出て行った。
何故アンが泣くのか分からなかったし、何故体が動かないのかも分からなかった。エミリアは、とにかく水が飲みたかった。
次にやってきたのは、義姉のナタリーだった。何故かナタリーのお腹が大きくなっていて、エミリアには訳がわからなかった。一日で太るもの?とさえ思っった。
ナタリーが、『エミリア、誰か分かる?』と泣きながら聞く。―いいから水が欲しい。―という意味を込めて、「み・・・ず・・・。」と必死に呟く。どうやらナタリーは分かったようで、体を起こしてくれると水をゆっくり飲ませようとしてくれた。
渇く喉を必死に潤わせたくて、エミリアは急いで水を飲もうとした。だが、何故か体が受け付けなくて、すぐに吐き出した。気管に入りあえぐエミリアの背中をナタリーは優しくさすると、ゆっくりと飲ませてくれた。
水を飲み終えると、エミリアは眠くなった。何故体がこんなに重いの・・・?と思ってるうちに、また眠りについた。
次に目覚めると、部屋の中は暗かった。起きようとしたが、体が動かなかった。風邪でも引いたかしら?と思いながら、アンを呼んだ。だが、小さな声しか口からは出てこなかった。
必死にアンを何回か呼ぶと、部屋の電気がついた。アンが気がついたようだった。駆け寄ってくるアンに、「みず。」と言った。アンが水を飲ましてくれている間、大きな音がして部屋の扉が開いた。
ディアンが「エミリア!」と叫びながら入ってきたのだ。何故兄が泣いているのか分からず、エミリアは首をかしげた。「俺が分かるか?」とディアンは言う。何を当たり前のこと言ってるの、と思いながらも頷く。そうすると、エミリアを抱きしめ出したのだ。
突然抱きしめてくる兄が不思議だったが、エミリアは何故かまた眠くなった。兄が何か言っていたが、そのまま眠ってしまったのである。
次に目を覚ますと、目の前にアルフォンスの顔があった。何故ここにいるのか分からず、エミリアは慌てて体を起こそうとした。だが、体は動かなかった。やはり喉が渇いていたので、「みず。」とアルフォンスに言った。
ゆっくり起こしてくれると、アルフォンスは何も言わず水を飲ませてくれた。飲み終わるとエミリアは疑問に思っていたことを、俯きながらアルフォンスに聞いた。
「私・・・。風邪引いたの?」
「・・・。」
「アル。なんかね?体も熱出した時みたいに動かないし。みんな私の顔見て、誰か分かる?って泣くの。私、なんで寝てるの?それに、大きい声も出ないの・・・。」
「・・・。」
「アル・・・?怒ってる?」
何も言わないアルフォンスを見ようとして、エミリアは顔をあげようとした。そんなエミリアをアルフォンスはただ抱きしめた。突然抱きしめられ、エミリアは戸惑う。
「アル・・・?どうしたの?私、なんで寝てるの?」
とアルフォンスに聞くが答えない。顔が見たくて体をよじらせようとした時、アルフォンスが泣いてることにエミリアは気づいた。アルフォンスは肩を震わせていて、流れ出る涙がエミリアのナイトウェアの隙間から伝って入ってくる。
「何か悲しいことあったの?」
「・・・。」
「アルは昔はよく泣いていたのに、初等部に上がってから泣かなくなったよね?」
「・・・。」
「アル。どうしたの?」
とエミリアは聞いたが、何も言わないアルフォンスに不安になる。その時、部屋にノックが響き、誰かが入ってきた。抱きしめられていて、顔を見ることが出来ず「だれ?」とエミリアが聞く。だが、入ってきた相手もアルフォンス同様何も言わない。
しばらくして、ようやくアルフォンスが体を離した。入ってきたのはシャイルだった。真っ赤な目をしているシャイルに、「シャイルも泣いているの?」と聞く。シャイルも何も言わず、エミリアを見ていた。
エミリアは、2人が何故何も言わずに泣くのか分からなかった。2人をじっと見ていると、その時初めて2人が夏服を着ていることに気がつく。部屋を見渡すと、窓から青々とした木が見えて、エミリアはパニックに陥った。
「え・・・。なんで夏なの?あれ・・・。冬じゃないの?」
「ねぇ。なんで?」
アルフォンスを押しのけ必死にベッドから降りようとする。だが、下半身が何故か動かない。
「動かない。足が・・・。あれ・・・?」
その時初めて、エミリアは何かが自分の身に起こったことを理解した。
誰も何も言わない中、ディアンと義姉が入ってきた。何があったのか説明を求めるエミリアに、ディアンが悲痛な表情で教えてくれた。
「エミリア。エミリアは崖から落ちたんだ。」
「崖?どうして?」
「暴漢にあって、逃げようとして落ちたんだ。」
「いつ?」
「4ヶ月前だ。」
「4か月・・・?」
「エミリアは、4カ月間ずっと目を覚まさなかったんだ。」
「今、6月・・・?」
「そうだよ。」
「私、三年生なの?」
「うん。」
「よく分からない・・・。私大怪我だったのね・・・。だから、みんな泣いたのね・・・。だから、体が動かないのね・・・。」
「・・・。」
「ねぇ。お兄様。私、足が変なの。お医者さん呼んでくれる?」
「・・・。」
「お兄様。お医者さん・・・。」
「・・・。」
「私・・・。足の感覚ないの・・・。」
「エミリア。よく聞いてくれ。俺はお前が助かっただけでいいんだ。」
「うん。」
「だから・・・。」
「お兄様。私歩けなくなったの?」
「・・・。」
「答えて!」
「・・・。」
「わけがわからないわ!何故みんな泣くの?ねぇ、答えてよ!」
と泣き叫ぶエミリアを、アルフォンスが抱きしめる。それでも暴れ続けるエミリアを、体に障るからと隣室で控えていた医者が、注射して寝かせたのだった。




