第十七話
★ キマラside ★
ヒロが支度を終えたのを見た私は、ギルドに向かうべく先に宿の階段を下りていった。
「ふう」
私は卑怯者だわ。
さっき、メロンにああ言って部屋から出たものの、あの場から出て行ったのは、ヒロが体を洗うところを見てしまったら……たぶん自分の欲求を我慢することができなかったから。
だから、メロンと一緒に出て行ったの。
キスを二回もしたからだろうか。あれは良かった……じゃないわ、ヒロが不思議な力を持っているせいかしら。
私はあの時のことを思い出し、唇に指を当てた。自分の唇にも関わらず、ヒロとキスした際の温かみと柔らかさが蘇ってくる。
そういえば、出会いから不思議だった。
だって、あんな森に冒険者でもない女の子が一人でいるわけないもの。
「なんでかしら?」
ふと、後ろを振り向いた私は、一階へ下りてきたヒロと目が合った。誤魔化すように笑うと、彼女も笑みを返す。
ちゃんと私に付いてきているのかを確認した。そんなふうに思ってくれたのだろう。
そうそう、そんなことを考えながら、部屋を出て行ったから食堂のみんなの前で、ヒロの下着を広げちゃったじゃない。
あれは恥ずかしかったわ。だいたいメロンもメロンよ。
「お姉さま、いつまでそれを握ってるんですか?」
って、自分が渡したくせに何食わぬ顔で指差して……もっと早く言いなさいよ。
おかげで確認するために、もう!
ふと、そんな私を、不思議そうにじっと見ているヒロが目に入る。
もう、下着も返したし、問題ないわよね。
色々なことを思い出したり、考えたりしているうちに、気がつくと宿屋の前まで着いていた。
「さあ、行くわよ」
私はヒロの小さく綺麗な手をとると、ぎゅっと掴みギルドへと歩き出す。目は真っ直ぐ前を向けた。
だって、さっき視界に入った濡れた髪のヒロは、妙に艶やかで私には刺激的すぎたから。
このまま連れ去って自分のものにしたい。そんな気持ちを押さえるのに必死だった。
女の子なのに……いや、女の子だから?
私はいい姉貴分でいようとする自分と、その正反対の欲望に押し流されそうな自分とで葛藤していた。
★ ヒロside ★
俺の手をとると、黙々と前を向いて歩くキマラ。
その足取りは少し速かったが、数日とはいえ鍛錬をしてきた俺は何とかついて行けていた。
俺、何か怒らせることをしたのだろうか。
階段を下りる途中で、何か悩んだり、急に怒ったように眉を吊り上げたり、こっちを向いて笑ったり。彼女は少しおかしかった。
そんなことを考えていると、息が上がっている自分に気がつく。
「はあ、はあ、はあ」
急にキマラの足が止まる。
やっと、止まった。
そう思った俺は、肩で息をしながら言った。
「キマラ、ちょっと速くて……」
「さあ、ここよ」
やっとこちらを向いた彼女の顔は険しく、俺の手を離すと目の前の建物の扉を開けた。
☆
冒険者ギルドの中は昨日と違って大変なことになっていた。複数の怪我人が床に寝かされている。
その間をギルドの職員が忙しそうに行き来していた。
「フロイネ!」
そう叫ぶと、キマラは一番手前に寝かされていた一人の若い男性に近づく。そして、彼の左腕と肩の包帯が巻いてある部分に手をかざそうとした。
「あっ、これから教会の方が来ますので」
その行動を慌てて止める職員の声に、キマラはすぐさま手を引く。
たぶん、回復系の魔法を使おうとしたのだろう。
なぜ使ってはいけないのかは分からないが、止めるだけの理由があるのだと思った。
「下手こいちまった」
その吐き捨てるような声に振り向くと、前方に頭に包帯を巻いた男が座っていた。格好からして冒険者、それも見るからに上位ランクの者だとわかる。
キマラは彼に「アークス」と呼びかけると、そちらへと向かっていった。
「何があったの?」
「オークの数が思ったより多くて……それに」
彼が続けて何か言おうとした時だった。
扉が突然開くと、白い宗教服のようなものを着た集団が入ってくる。その男女入り混じった数人は、全員、丸に十字の入ったシンボルを首からぶら下げていた。
「さあ、こちらへ」
最初に入ってきた彼らが並んでそう言うと、後ろから一人、中年の神父と思われる男性がゆっくりと現れる。背が低く、太りぎみといえる体形の彼は、いかにも偉そうにギルド職員の元へと歩いて行った。
「彼らですか?」
「はい。全部で4名です」
その言葉に一瞬、神父は眉をひそめる。そして一人、猫の獣人と思われる女性のそばにいくと、見下すようにじっと見つめてから冷たく言った。
「3人は教会へ、『これ』は別にして運ぶように」
「はい」
白い服の者たちは静かに答えると、3人の人間を担架に乗せて運んで行く。その際に「だいじょうぶですか?」と優しい声をかけ、簡単な魔法をかけているようだった。
「ほら、歩いて」
残った獣人の女性を無理矢理起こした彼らは、肩を貸すでもなく語気を荒げてそう言った。その言葉に彼女は足を引きずりながら、なんとか彼らについていく。さっき、人間にかけていた魔法も、それが当たり前のように使用しなかった。
俺がそんな彼女に手を貸そうと、思わず足を一歩、踏み出した。
「だめよ」
キマラは静かにそう言うと、俺の左手を掴んで引き止める。彼女は唇を強く嚙み締めたその顔を伏せると、寂しそうな声で俺につぶやいた。
「教会の亜人に対する扱いなんてあんなよ。ギルドの依頼じゃないと治療もしてくれないわ」
顔をあげた彼女は寂し気な、でもどこか恨みをこもった瞳で神父を真っ直ぐ見つめる。
その言葉が聞こえたのか、それともその視線に気がついたのか。神父はこちらをジロリと見ると、いかにも汚いものをみるような目でキマラを睨んだ。
「まあ、エルフなだけマシだな」
彼が吐き捨てるように放った言葉に、俺の中で『男』としての何かが切れる。そして、次の瞬間、思わず身を乗り出していた。




