第十六話
振り返るとキマラが目を吊り上げ、真っ赤な瞳をさらに燃え上がらせて睨みつけていた。
や、やばい。
「えっ、あっ、いや」
俺はさっきまでの行為の後ろめたさもあり、言葉に詰まる。その様子を見て意外にも「もう」とため息をついた彼女は、両手で頬を押さえながら「言ってくれれば、私が見せるのに」とつぶやいた。
「えっ、な、何?」
俺は何かの聞き間違いかと思って、彼女に向かって聞き返す。だが、彼女は当然のように鋭い視線をこちらへ向けた。
「なんでもないわよ! ほら、じろじろ見ない!」
そう言って、メロンの方を指差した。
「はい!」
それにこれ以上ないほどに、俺はキレのいい返事をする。そしてタライと反対方向を向くとベッドの上に正座した。
「終わりました」
俺たちがそんなやり取りをしているうちに、メロンは体を洗い終わる。そして「ありがとうございます」の声とともに、何やら生地の擦れる音がした。
たぶん、キマラが彼女に服とタオルを手渡した音に違いない。
「もう、いいわよ」
その声とともに俺が振り返ると、ちゃんと服を着終わったメロンが立っていた。
メロンには悪いけど、俺は一安心だ。
「次はヒロお姉さまの番ですね」
「えっ? えっと……俺はいいよ。後で入るから」
「駄目です。素敵なお姉さまが汗臭いとか『絶対』に考えられないです」
そう言って彼女は俺の手を力強く掴んだ。
「い、いや、ちょっと待って」
「だーめーでーすー!!」
俺の一瞬成功したかに見えた抵抗は、いとも簡単に彼女のパワーで粉砕される。そして、そのままタライのところまで引きずられていった。
俺は内心『うわっ、助けてくれ』と、思いながらキマラに目で助けを求める。
「観念しなさい。いつもちゃんと洗ってないし、こまめに洗いなさい」
そ、そうだよ。だって恥ずかしいじゃん。先輩の体をじろじろ見るのも悪い気がするし。
そんな感じで、俺は自分の体を洗う時でさえ、目をつぶりながら適当に体を洗っていただけだった。
その時にちらりと自分の体が目に入っただけでも、ドキドキして眠れなかったほどである。
「さあ、いきますよ」
服の裾に手をやると、メロンはばっと一気に俺を脱がす。それと同時に俺はパッと両手で体を隠した。
「何、恥ずかしがってるんですか!」
恥ずかしいだろ、女の子に裸を見られてるんだぞ。
俺の気持ちも分からずに……まあ、女同士だから分からなくて当然か、俺はそんな憤りを感じる。
「しかし、この下着。可愛らしいですね」
可愛らしい? あー、先輩が着けていたブラとパンツのことか。俺はすぐさまそれを外すと彼女に手渡した。
隠さないといけないところが増えるが、これで俺から興味をなくしてくれれば儲けものだ。
「なんかこれ、もの凄く肌触りがいいです」
そう言って、女ものの下着に頬を擦り付けるメロンは、なんか変態っぽく見えた。
いや、普通……普通じゃないのか。
そんな心のツッコミをしつつも、『よし、今のうちに簡単に洗って終わりにしてしまおう!』と、思った俺の心を見透かしたのだろう。
メロンは無言でキマラに下着を渡すと、何も言わずにこちらへ振り向いた。
「じゃ、拭きますよ」
「じ、自分で拭くから」
「駄目です。ちゃんと拭かないと汗臭いですよ」
必死に抵抗するが、否応なしにメロンに洗われる俺。そんな光景が脳裏に浮かび覚悟する。
だが、突然、キマラがメロンの肩に手をやった。
「ごめんね。ヒロは人に見られるのは嫌いなの」
「そ、そうですか……」
その言葉に、残念そうにうなだれるメロン。
「じゃ、私たち出て行くから、その間に洗っちゃいなさい。ちゃんと洗うのよ」
「う、うん。ありがとう」
俺の返事に笑みを返すキマラ。
「ねえ、行きましょ」
「は……い」
そこまで落ち込むことだろうか。
メロンは心底残念そうにそう返事をすると、キマラと一緒に出て行ったのだった。
☆
二人が出て行ってからしばらくして、ふと思った。
「そう言えば、何であんなに怒ってたんだろうな」
よく考えたらキマラに怒られる理由がないことに、俺は気がついた。
メロンとは女同士だし、ふ、普通に考えたらおかしなところは、どこにもないはずだ。
「ま、まさか男だったことがバレて……んな、わけないよなあ」
誤魔化すように苦笑いして、それを忘れるように手探りで体を洗う。
「そう言えばキマラ、俺の下着を手に持ったままだったけど……まあ、いいか」
なるべく他のことを考え、今、この段階でも自分の体のことはなるべく見ないようにして、体を洗っていく。
そして、なんとかタオルで体を拭き終わって髪を乾かしていると、突然、さっきメロンが体を洗っていた場面が脳裏に浮かんだ。
「忘れろ、忘れるんだ……」
そう何度もつぶやきながら、俺はベッドの上に置いてある服を取る。そして、それらを全部装着すると、やっと一段落ついたと胸を撫でおろした。
しかし、こっちの世界の下着はごわごわするな。
そう思った時だった。
「ヒロ、大変よ!」
扉の向こうから、焦ったキマラの声が聞こえる。俺はすぐにベッドから飛び降りると、扉を開けた。
「大変、討伐隊が失敗したらしいの!」
「えっ!?」
俺の驚く声とともに、部屋へ駆け入るとそのまま弓を手に取るキマラ。彼女は続けて防具を着けようとするが、ふと、何かを思い出したように腰の革袋から俺の下着を取り出した。
そして、なぜか顔を真っ赤にすると、俺の胸にそれを押し付ける。
「あっ、これ、返すわ……ごめんなさい。とりあえず、冒険者ギルドに行くから準備して」
「おう、わ、わかった」
急に女物の下着を見せられて動揺した俺は、自分のだと理解するまでに時間がかかった。
そうだ、これは俺のだった。
状況を理解した俺は、まだ湿気のある長い髪をそのままにタオルをぶん投げる。そして、装備を急いで身に着けた。
「さあ、これでいいわね」
キマラの気合の入ったその声に、さっきまでの浮ついた気持ちが吹き飛んだ。
「よし、いくぞ!」
そう勢いよく返事をしたが、『自分が行ったところで出来ることはあるのか?』と、思う俺だった。




