闇取引所
「確かに、闇商人なら魔力に関する品を持っている可能性もあるな」
キルザが口を開いた。
「だが、どうする? そんなに簡単に会える相手なのか?」
「すぐに会えるかは分からないわ。でも、会うしかないと思う」
私は少し考えた。あのヤーショルのことだ。
仮に魔力に関する品を持っていたとしても、簡単に譲ってくれるとは思えない。
いくら私が月雫の契約を結んでいるとはいえ、あの男が何の見返りも求めずに品物を渡すはずがない。
「ねぇ、キルザ。あなたも一緒についてきてもらっていいかしら?」
「なぜ俺がついていかなければならない?」
当然の反応だった。ちゃんと理由を説明する必要がある。
「ヤーショルという闇商人は、かなり厄介な相手なのよ。
魔力に関する品を持っていたとしても、簡単には譲ってくれないと思うわ」
「それはそうだろうな」
「そこで、あなたの出番よ」
「……脅せってことか?」
「そういうこと。さすが暗殺者、話が早いわね」
私は小さく笑った。
「だが、無理だな。その間、ラベンは誰が見る?」
キルザがラベンの方へ視線を向ける。
私もそちらを見た。ラベンのそばでは、
アンラが彼女の様子をじっと観察している。
「あそこにいるじゃない。ちょうどいいのが」
私はアンラを指さした。
「……ちょうどいいの?」
アンラが聞き返す。けれど、私はそれを無視した。
「あんな奴に妹を任せられるわけないだろう!」
「なんか、そっちで凄く酷いことを言われている気がするんだけど」
アンラが何か言っているが、今は無視。
「でも、あなたの妹を治せる可能性があるのよ」
「…………」
「それに、アンラなら魔力のことも分かっている。
ラベンの状態を見てもらうには、ちょうどいいでしょう?」
「くっ……」
キルザは不満そうに顔をしかめた。
それでも、ラベンの方をもう一度見る。
しばらく考えたあと、ようやく口を開いた。
「……分かった」
そして、アンラに向き直る。
「おい、アンラとか言ったか」
「ひぃっ……なんでしょうか?」
突然名前を呼ばれたアンラが、びくりと肩を震わせた。
「しばらく妹を任せる。変なことはするなよ?」
「わ、分かりました。でも、ちょうどよかったです。もう少しこの子のことを調べてみたかったので」
「おい! 変なことはするなと言っただろう!」
「ひぃっ! しませんよ……。魔力のことを調べるだけですので……はい」
「本当だろうな……」
キルザはまだ疑わしそうだった。
そんな二人のやり取りを、私は少し離れたところから眺めていた。
(……話はついたわね)
「とりあえず、私についてきて」
「分かった」
私はキルザを連れて、部屋の外へ出た。
そして、ナイナが待っている馬車まで向かう。
◇
「ナイナ、起きてる?」
馬車の中を覗き込む。
そこには、すやすやと眠っているナイナがいた。
……まあ、無理もない。
ここまでの移動で疲れているだろうし、少しくらい休ませてあげたいところだけれど。
今は聞きたいことがある。
「ナイナ」
私は馬車の扉を軽く叩いた。
ドン。
「あっ、はい! エラーラ様!」
ナイナが飛び起きる。
「ちょっと聞きたいことがあるの」
「はい、なんでしょうか?」
「あなた、ヤーショルが今どこにいるか分かる?」
「ヤーショル様ですか……」
ナイナは少し考え込む。
「うーん……。大体の予測はできますが、必ずそこにいるとは限りません」
「そう。分かる範囲でいいわ」
「はい。分かりました」
(さすが私のメイドね)
私は小さく頷いた。
すると、隣にいたキルザがナイナを見て口を開く。
「なんだ、この女は? お前の従者か?」
「そうよ。私の従者よ」
私はそう答える。
ナイナはキルザの方へ向き直り、軽くお辞儀をした。
「初めまして。私の名前はナイナと申します」
「……俺はキルザだ」
キルザは短く答えた。
そして、再びナイナを見る。
「それで、この女が闇商人のところまで案内してくれるということか?」
「そういうこと」
私は頷いた。
「じゃあ、早速だけどナイナ。
ヤーショルがいると思われる場所まで案内してちょうだい」
「分かりました」
ナイナはすぐに返事をした。
けれど、少し申し訳なさそうに続ける。
「ただ、今はもうすっかり夜ですので……。到着するのは、早くても明日の昼頃になると思います」
「それでいいわ。お願いね、ナイナ」
「はい。お任せください」
私は頷いた。
これで、ヤーショルに会うための準備は整った。
(……さて)
あの男が、今回どんな条件を突きつけてくるのか。
正直、考えるだけでも頭が痛くなる。
けれど――。
(ラベンを助けるためにも、ここは何とかするしかないわね)
私は小さく息を吐いた。
「それじゃあ、明日に備えましょうか」
「そうだな」
キルザが短く答える。
こうして私たちは、ヤーショルのもとへ向かうことになった。
◇
翌日の昼。
私たちは馬車に乗り、そのまま街へ向かっていた。
「…………」
「…………」
私とキルザは、互いに黙ったままだった。
……微妙な空気。
まあ、キルザはあまり話すタイプではない。
私も特に話したいことがあるわけではないので、自然と沈黙が続いていた。
そんな空気を察したのか、ナイナが話題を振ってくる。
「あの、キルザ様はどういう方なのですか?」
「私の武器になる予定の人よ」
「おい! 誰が武器だ!」
「あら、駒だったかしら?」
「殺すぞ」
「…………」
そんなやり取りを、ナイナは不思議そうに眺めていた。
そして――。
「仲がいいんですね」
「なんだ、このメイドは……。変な奴だな」
キルザが呆れたように言う。
「お前の周りは、変わった奴しかいないのか?」
「まあ、あなたも人のことは言えないと思うけど?」
「…………まあな」
キルザは、それ以上何も言わなかった。
……自覚はあるらしい。
私は窓の外へ目を向けた。
「これから会うヤーショルという男は、一筋縄ではいかない奴よ」
「そんなに厄介な相手なのか?」
「ええ。商売のためなら、相手の弱みだって平気で利用するような人間だから」
「なるほどな。そういう相手なら、仕事で何度も相手にしてきた」
「頼もしいことね。でも、油断しないでね」
「分かっている」
そんな会話をしながら、私たちは馬車に揺られていた。
◇
「到着しました」
ナイナの声が聞こえた。
「ここにいると思うのですが……」
馬車を降りる。
そこには、大きな街が広がっていた。
「…………」
私は思わず、周囲を見回した。
「すごい……」
思わず声が漏れる。
そういえば、そうだった。
この世界に来てから、私が見た場所といえば、自分の屋敷と学園くらい。
街をゆっくり見て回る余裕なんて、今までなかった。
行き交う人々。立ち並ぶ建物。
店先から聞こえる呼び込みの声。
見たことのない商品が並ぶ露店。
ゲームの画面越しに見たことはあっても、実際に目の前にすると全然違う。
「…………」
少しだけ、見入ってしまった。
「おい。本当にこんな街にいるのか?」
キルザが周囲を警戒しながら尋ねる。
「はい。ただ、少し変わった場所なので……お二人とも、私についてきてください」
ナイナはそう言うと、迷いのない足取りで歩き始めた。
「分かったわ」
私とキルザは、その後を追う。
しばらく街の中を進んでいくと、次第に人通りが少なくなってきた。
賑やかな大通りから離れ、建物の間を抜けていく。
そして――。
「こちらです」
ナイナが足を止めた。
目の前には、石造りの階段があった。
階段は地下へと続いている。
その先には、古びた扉が一つ。
「…………」
私は扉を見つめた。
「ここなの?」
「はい」
ナイナは頷いた。
そして、突然こちらを振り返る。
「あっ、そうでした。ここから先は、これを被ってください」
そう言って、ナイナはローブを二着取り出した。
「ローブ?」
「はい。顔を隠すのが、ここのマナーなんです」
「なるほどね」
私はローブを受け取り、頭から被った。
ナイナも同じようにローブを身につける。
「キルザ様もどうぞ」
「……なるほど。顔を隠さないと入れない場所なのか」
キルザはそう言うと、懐から何かを取り出した。
それは――。
隻眼の仮面だった。
「俺にはこれがある」
そう言って、キルザは仮面を顔に装着する。
「…………」
うん。確かに、これなら顔は分からない。
……むしろ、ローブより目立つ気もするけれど。それでいいのかしら?
「それじゃあ、行きましょう」
ナイナが扉に手をかけた。
ギィ……。
重い音を立てて、扉が開く。
その先には――。
「…………」
薄暗い酒場のような空間が広がっていた。
中には、ローブを被った人間が大勢いる。
酒を飲んでいる者。
賭け事に興じている者。
小声で何かを話し合っている者。
それぞれが、思い思いに過ごしていた。
けれど、普通の酒場とは明らかに違う。
誰もが顔を隠している。
互いの素性を詮索しないことが、この場所の暗黙のルールなのだろう。
「…………なによ、ここ」
私は思わず呟いた。
「おそらく、表には出せない商売や、違法な取引をしている場所といったところか」
キルザが周囲を見回しながら答える。
「そういう場所なのね……」
私は改めて、酒場の中を見渡した。
ここにいる人間は、全員が何かしらの事情を抱えているのかもしれない。
そして――。
(こんな場所なら、ヤーショルがいてもおかしくないわね)
「ここにいるかしら、ヤーショル……」
私は小さく呟いた。




