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押し出されたもの


森の奥は、さらに重くなっていた。


空気が、沈んでいる。


押しつぶすみたいに。


私は、少しだけ呼吸を浅くする。


「……重い」


男は短く答える。


「強い個体だ」


その直後、


地面を踏みつける音が響いた。


重い。


鈍い。


ゆっくりと、“それ”が現れる。


人の形をしている。


でも、


どこか歪んでいる。


右腕だけが異様に大きい。


膨れ上がって、


不自然に肥大している。


その腕が、


何かを掴むみたいに空を握る。


顔は、崩れていない。


ただ、


目だけが強くこちらを睨んでいる。


そして、


口がはっきりと動く。


「……お前が悪い」


低い声。


濁りがない。


「お前が悪い」


繰り返す。


私は、息を止める。


(……はっきりしてる)


さっきまでの異形と違う。


言葉が、はっきりしている。


男が、一歩前に出る。


「後ろにいろ」


私は、うなずく。


その瞬間、


視界が歪む。


空気が、切り替わる。


――――――――――


会議室。


長い机。


白い壁。


張り詰めた空気。


一人の男が立っている。


スーツを着ている。


周囲に、数人。


逃げ場がない。


「これは君の責任だよね」


冷たい声。


男の喉が、動く。


言葉が出ない。


視線が揺れる。


「……違います」


小さな声。


でも、


すぐに飲み込まれる。


「違う?」


別の声。


「じゃあ誰の責任?」


沈黙。


男の手が、震える。


拳を握る。


爪が食い込む。


呼吸が浅くなる。


そのとき、


目の奥に、ほんの一瞬だけ浮かぶ。


(……怖い)


潰されそうな感覚。


消えそうな感じ。


でも、


それを出したら終わる。


だから――


「……お前だろ」


声が変わる。


強くなる。


「最初に言ったのはそっちだ」


空気が、変わる。


「俺じゃない」


「お前が悪い」


その言葉が、


自分を守る壁みたいに広がる。


――――――――――


森に戻る。


私は、ゆっくり息を吐く。


「……今の」


男が言う。


「外在化」


短い。


私は、少しだけ考える。


「……外に出すってこと?」


男はうなずく。


「内側で処理できないものを、外に押し出す」


私は、“それ”を見る。


「……怖かったんだ」


男は答えない。


でも、


否定もしない。


私は、言葉を探す。


「責められることとか」


「自分が壊れそうになる感じとか」


「それを、そのまま持ってると無理だから」


私は、“それ”の目を見る。


「外に出した」


「相手のせいにして」


少しだけ、息を吸う。


「……だから、“お前が悪い”って言ってる」


森が、静かになる。


男は、何も言わない。


それでいい。


私は、一歩前に出る。


「戻れ」


男の声。


でも、


足は止まらない。


“それ”の前に立つ。


圧が強い。


でも、


逃げない。


「……お前が悪いって言ってるけど」


“それ”の視線が、こちらを捉える。


私は続ける。


「本当は」


「自分が壊れそうで、怖かったんだよね」


その瞬間、


“それ”の動きが止まる。


ほんの一瞬。


でも、確かに。


「……お前が」


声が、揺れる。


私は、もう一歩近づく。


「全部、自分のせいだって思うのが怖かった」


「だから、外に出した」


空気が震える。


膨れた腕が、わずかに揺れる。


でも、


振り下ろされない。


私は、手を伸ばす。


「……大丈夫」


「全部、お前のせいじゃない」


その言葉が落ちた瞬間、


崩れが始まる。


でも、


今までと違う。


歪んだまま壊れない。


ゆっくりと、


ほどけていく。


膨らんだ腕が、


元の大きさに戻る。


指が、震える。


顔が、


普通の人の顔に戻る。


スーツの男。


さっきの人。


その目に、


はっきりと浮かぶ。


(……怖かった)


それが、


消えることなく、


そのまま残ったまま、


静かに崩れる。


音もなく、


消える。


森に、静けさが戻る。


私は、その場に立ち尽くす。


「……また、変わった」


小さく言う。


男が、すぐ後ろにいた。


気配が、近い。


「……あり得ない」


低い声。


でも、


はっきりと揺れている。


私は、振り向く。


男の目の奥の橙が、


少しだけ強く光っている。


「……分かると、変わるんだね」


私は言う。


男は、答えない。


ただ、


消えた場所を見ている。


その沈黙が、


さっきまでと違うことは分かった。


ただ見ているだけじゃない。


何かを、確かめるみたいに見ている。


私は、ゆっくり息を吐く。


(……この人も)


さっき、言っていた。


「あり得ない」と。


今まで、見たことがなかったって。


つまり、


壊れたものは、壊れたまま終わるはずだった。


でも、


さっきは違った。


ほんの少しだけ、


元に戻った。


(……分かってもらえたから)


それで、


変わった。


私は、自分の胸に手を当てる。


さっきの感覚を思い出す。


あの人の中にあったものが、


そのまま分かった感じ。


言葉じゃなくて、


そのまま入ってくるみたいな。


(……あれが)


“触れる”ってことなんだと思う。


私は、もう一度、消えた場所を見る。


(……この人も)


目の前の男。


何も感じていないみたいに見える。


でも、


違う。


感じていないんじゃない。


感じないようにしているだけだ。


もし、


あのまま、


誰にも触れられなかったら。


(……同じになる)


私は、小さく思う。


まだ、


壊れていないだけだ。


だから、


間に合う。


そう思った。


森の奥で、


風が、静かに動いた。

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