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ショートショート→ショートへ(AIに文字数を増やさせホラー)  作者: 斉藤一


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4/15

交番で(ロングバージョン)

 その夜の静寂を切り裂いたのは、一人の男の悲鳴と、古びた交番の引き戸が激しくぶつかる音だった。


 俺は地方都市の片隅にある小さな交番で、書類の山と格闘していた。外はすっかり日が落ち、街灯が寒々しく路面を照らしている。普段なら相棒の佐藤と二人、下らない世間話でもしながら夜勤をこなしている時間だが、奴はパトロールを兼ねて、少し離れたコンビニへ夕食の買い出しに出かけていた。


「助けてくれ!」


 飛び込んできた男は、顔面を蒼白にし、肩で激しい息を付いていた。視線を落とすと、男の左腕の袖が赤黒く染まり、床にポタポタと鮮血が滴っている。


「どうしました、落ち着いて」


 俺は反射的に立ち上がり、男を奥の丸椅子に座らせた。男の身体はガタガタと震えており、その目は何かに怯えきっている。俺は備え付けの救急箱から包帯と消毒液を取り出し、手際よく止血処置を施しながら、状況を確認した。


「女に……女に追われているんだ!」

「女?」


 俺の手が止まる。男の腕の傷口は鋭利な刃物で引かれたような、綺麗な切り口だった。


「とにかく、救急車を呼びます。それから話を詳しく聞かせてください」

 

 無線で本署に救急要請を出し、さらに佐藤に「応援が必要になるかもしれない」と短く連絡を入れた。止血を終え、男が少し落ち着きを取り戻したのを見計らって、俺は手帳を開いた。


「何があったんですか。順を追って話してください」

「……居酒屋の帰りだったんだ。路地の入り口に、ふらふらと歩く女が見えて。酔ってるみたいだったから、介抱してやろうと思ったんだよ」


 男の言葉に、俺の胸の奥で小さな違和感が芽生えた。「介抱」という言葉が、この男の卑屈そうな目つきとひどく不釣り合いに感じたからだ。ナンパか、あるいはもっと質の悪い下心だったのではないか。だが、今はそれを追求する時ではない。


「それで?」

「女が路地裏に入っていったから、危ないと思って声をかけたんだ。そしたら、いきなり……いきなり包丁を取り出して、切りつけてきやがった!」


 男は自分の左腕をさすりながら、忌々しげに吐き捨てた。


「凶器を所持している……。無差別な通り魔の可能性もありますね」


 俺は事態を重く見て、近隣の交番に応援を要請した。同時に、犯人の特徴を詳しく聞き出す。


「女性の見た目は?」

「ストレートの黒髪で、背は低い……150センチくらいか。白いワンピースに、薄い茶色のコートを着ていた。それと……そうだ、左目の下に小さなホクロがあった。あれは間違いない」


 俺はその特徴を克明にメモし、無線で手配を回した。

やがて、遠くから救急車のサイレンの音が近づいてきた。


「救急車が来ました。表へ出ましょう」


 俺は男を促し、交番の前に出た。赤色灯の光が夜の闇を切り裂き、大通りを曲がってこちらへ向かってくるのが見える。その時だった。


「あ、あいつだ! あいつが来やがった!」


 男が狂ったように叫び、暗がりの向こうを指差した。

 街灯の乏しい歩道の向こうから、一人の人影がゆっくりと歩いてくる。

 ストレートの黒髪、白いワンピース、茶色のコート。そしてその右手には、街灯の光を鈍く反射する包丁が握られていた。


「止まりなさい! 警察だ、刃物を捨てろ!」


 俺は咄嗟に腰の拳銃に手をかけ、大声で警告を発した。しかし、女性は歩みを止めない。それどころか、こちらを直視することさえしなかった。彼女の視線は俺ではなく、俺の後ろで怯える男だけを射抜いている。

 彼女は無言のまま、ゆっくりと左手を上げた。そして、俺の右側……つまり、男が立っている方向を指差した。


「……?」


 俺と男は、誘われるように彼女が指差した「何もない空間」へと視線を逸らしてしまった。ほんの一瞬の隙だった。


「うっ」


 短い、湿った音が隣で聞こえた。

 慌てて振り返ると、そこには信じられない光景があった。

 男の喉元に、先ほどまで女が持っていたはずの包丁が深く突き刺さっていたのだ。

 女は、あの距離から正確に男の急所を撃ち抜くように包丁を投げたのか。

 男は血を噴き出しながら崩れ落ちる。女は一目散に走り出した。


「待て!」


 俺は追いかけようとしたが、運悪く滑り込んできた救急車が俺と女の進路を遮るように停車した。


「どけ! 邪魔だ!」


 苛立ちまぎれに救急車の影を回り込み、通りを見渡したが、そこにはもう、白いワンピースの影も、茶色のコートの裾も、どこにも見当たらなかった。まるで夜の闇に溶けてしまったかのように。

 その後、現場は騒然となった。

 救急隊員と共に男を確認したが、包丁は頸動脈を正確に捉えており、男はほぼ即死の状態だった。

 翌朝、本署での捜査会議で驚くべき事実が判明した。

 殺された男は、ここ数ヶ月この地域を震撼させていた連続婦女暴行・強姦致死事件の重要参考人であり、今日にも指名手配が下される予定の凶悪犯だったのだ。

 そして、あの女性――。


 彼女は、その男による最後の犠牲者の女性と、特徴が完全に一致していた。

 だが、その女性は一週間前に、男に乱暴された末に山中に遺棄され、既に遺体で発見されている。

 あり得ない。死んだ人間が復讐に来たとでもいうのか。

 あるいは、彼女に酷似した誰かが、彼女に代わって「処刑」を行ったのか。

 捜査資料を読み込んでいた俺は、ある記述に目を留めた。

 あの女性を死に至らしめた実行犯は、二名。

 主犯は殺されたあの男。そしてもう一人の共犯者は、未だ足取りが掴めていないという。


 俺は確信した。あの女性は、まだ終わっていないのだと。

 彼女がもし本当にこの世ならざる者だとしても、あるいは生身の復讐者だとしても、彼女の目的はまだ半分しか達成されていない。

 俺は、またあの女性に会うことになるだろう。

 もう一人の犯人が捕まるか、あるいは彼女の手で裁かれるその時に。

 数日後、俺はこの一部始終を、非番明けの佐藤に話した。

 佐藤はいつになく沈痛な面持ちで俺の話を聞いていた。いつもなら「オカルトだな」と笑い飛ばすはずの男が、一言も発さず、ただ青白い顔をして震えていた。


「佐藤、どうした? 体調でも悪いのか」

「……いや、なんでもない。少し、疲れが溜まってるだけだ」


 それが、俺と佐藤が交わした最後の会話になった。

 その数時間後、佐藤は自宅の自室で、貸与されていた拳銃を口に咥え、引き金を引き抜いた。


 遺書はなかった。

ただ、彼の机の上には、一週間前のあの強姦致死事件の現場写真が散乱していたという。

 そして、佐藤が最期に見ていたであろう写真の一枚に、小さな、茶色のシミが付着していた。

 俺は思い出す。

 あの夜、交番で男が言っていた言葉を。


「介抱しようと思ったんだ」


 あの日、佐藤はパトロールと言って、俺よりも先に交番を出ていた。

 あの日、あの男と佐藤は、どこで合流していたのか。

 なぜ、現場に不自然なほど早く救急車が到着したのか。

 なぜ、女が投げた包丁は、あんなにも正確に男を殺したのか。

 俺は、もう二度とあの女性に会うことはなかった。

 彼女の復讐は、あの夜、俺が彼女を「見逃した」瞬間に、全て完結していたのだから。

 窓の外では、今日も何事もなかったかのようにパトカーのサイレンが鳴り響いている。

 俺は新しい相棒を待つ間、左目の下にホクロのある女性の幻影を、今も暗がりに探している。

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