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第83話 人生の墓場

 アンバーの元パーティーメンバー、朱色の羽毛をしたバードマンの優男ギザード・イーラに案内された俺達は、ベリアルお手製の芸術品が飾られた豪華な応接室までやってきた。


 俺達がジャイアントサイズの応接ソファに腰掛けると、お茶と茶菓子を用意したギザードが早速とばかりに尋ねてきた。


「アンバーはいい報告が二つあるって言っていたね。早速、聞かせて貰えるかな?」


 いつも思うけど、探索者ギルドの応接ソファが片側だけジャイアントサイズなのは不便じゃないのだろうか。

 大は小を兼ねるとはいえ、低身長のハーフリングやゴブリンが困ると思うんだが。


 俺はでかいソファに足を投げ出して座っているアンバーを見ながらどうでもいいことを考えていた。


「一つ、オーブリー・イーラが見つかった」

「やっとか、長かったな……」

「どういうことにゃ?」


 ミュールの質問に、俺は訳知り顔で答える。


「オーブリー・イーラは9年前に家出したギザードの妹だ。15歳で成人した彼女はサブマスターに任命される儀式の最中に逃亡して、以後行方知れずになっていた……って『わしとこん棒3』に書いてあった」

「ふーん……」


 どうでも良さそうに返事をしてミュールは茶菓子の最中(もなか)をパクついた。

 別にいいけどね、俺も巨乳じゃないオーブリーのことなんてどうでもいいし。


「あの子はこのイーラの次期ダンジョンマスターに指名されていたんだ。おかげで当時は大変な騒ぎになったよ。……それでアンバー、オーブリーはどこで見つかったんだ?」

「国境の街ユーストじゃ。オーブリーはアモロ新聞社で記者をしておったぞ。本名を名乗っていた辺り、これまでは誰ぞが(かば)い立てでもしていたのではないかのう」

「くそっ、叔父さんか……道理で見つからないわけだ」


 「わしとこん棒4」に書いてあったが、ギザードの叔父であるサイマスはアモロ新聞社で重役を務めているらしい。

 イーラのダンジョンマスターは代々子沢山なのでサブマスターにならずに外へ出る者も多いようだ。


 ちなみにフェニキスの血族で姓を名乗れるのは、現ダンジョンマスターの直系の子孫とサブマスターだけだ。

 余りにも親戚の数が多いからそうしないとややこしくて仕方がないらしい。


「オーブリーの乗った船は明日の朝には海都カナンへ到着するじゃろう。そして必ず彼女はアモロ新聞社のオフィスに顔を出すはずじゃ。どうする、ギザードよ」

「……会いに行くよ。僕はあの子に聞かなければならないことがあるんだ」

「ならばそうするがよい。わしは止めん」

「ありがとう、アンバー。これでようやく僕も先に進めるよ」


 ギザードが頭を下げて礼を言うと、アンバーは満更でもないような顔をして(ソファから降りて)テーブルに置かれていた湯呑みを手に取り、()れられていた最高級玉露を飲んだ。


 彼女が喉を(うるお)して(ソファによじ登り)落ち着いたところで、ギザードが再び尋ねてくる。


「一つ目は分かった。それで二つ目のいい報告というのは?」

「そうじゃな、二つ目は……サクレアに恋人ができたことじゃ」

「それはもう知っているよ。イーラ中にばら撒かれたアモロスポーツの号外でね」


 ギザードは両翼で頭を抱えてその鳥頭をぶんぶんと横に振った。


「他の連中と違ってダメージが浅いな。どういうことだ?」

「それは僕がイーラのサブマスターだからさ……」


 サクレアのライブコンサートはティアラキングダムでしか開催されたことがない。

 だから迷宮塔イーラと海都カナンから離れられない彼は、最初から全部諦めていたわけか。


「実はこやつは望んでサブマスターになったわけではない。オーブリーに無理矢理身代わりにされたことでイーラのサブマスターとなったのじゃ」

「えぇ……」


 そんなことは「わしとこん棒」には書いてなかったぞ。

 いやまあ、それこそ書けるような内容じゃないかもしれないけどさ。


「あの子は任命の儀式の最中に、僕を風の塊で魔法陣の上に吹き飛ばしたんだ。一度サブマスターになってしまったらもう取り消すことはできない。オーブリーのせいで僕は一生、サクレアのライブに行けない身体になってしまったんだ……」


 額にある瞳を模した小刻印を片翼で()でたギザードは、肩を落としてしょんぼりとしながらそう(こぼ)した。


「そんなお主にいい報告がある。ここだけの話じゃがな、サクレアのワールドツアーが決まったぞ」

「な、な、なんだってええええええ!!!」


 目を丸くして立ち上がったギザードが大きな声で叫ぶと、ビックリして最中(もなか)をソファに落としたミュールが両手で猫耳を押さえた。

 そして俺もその隣で耳に指を突っ込んでいた。


「それは本当なんだろうな!?」


 テーブルから身を乗り出したギザードのその問いに、アンバーはでかいソファに背中を預けながら答えた。


「わしはサクレアのマブダチじゃ。まあ、調整なんかがあるからすぐにとは行かんじゃろうが……ワールドツアー自体は確実なものになるじゃろう」

「よし、よしよしよし! あれがこうで、そうで……僕は決めたぞ!」


 アンバーの話を聞いているのかいないのか、ソファの周りをうろうろしながら考え事をしていたギザードがバッと振り返ってこちらにビシリと片翼を突きつけた。


「イーラのダンジョンマスターに僕はなる!」


 ドン!


「お主、正気か?」

「母上はサクレアに対して好意的ではない。だから僕が権力を握らなければこの迷宮塔イーラでサクレアのライブコンサートを行うことは不可能なんだ……!」


 まあ、イーラ民のあの惨状を見たらそうもなろうな。

 サクレアの生歌を聴いていない人間には彼女の良さは分からないから、ギザードが自身の母親を説得するのは難しいだろう。


「別にカナンでもよかろう。会場に使えそうな場所はいくらでもあるぞ」

「それじゃあ僕が特等席でサクレアのライブを鑑賞できないじゃないか! あの議員どもに運営を任せたら、全部自分達だけで占有(せんゆう)するに決まっている!」

「言われてみれば確かにのう……」


 それはそうかもしれないが、たったそれだけの理由で自分からダンジョンマスターに志願するとか正気を疑われても仕方ない。


「アンバー、もちろん手伝ってくれるよね?」

「別にええが、何をさせるつもりじゃ。わしらは耐熱装備なぞ持っておらんぞ」


 Aランク迷宮イーラの最深部である五層は灼熱地獄だ。

 耐熱装備もなしに突入すれば、1分も持たずに干物になる。

 そして五層の環境に耐えられる耐熱装備は非売品で、買おうと思えば億は必要だ。


「そっちには考えがあるからいいとして、ひとまず僕はオーブリーに話を聞くつもりだ。まあ、これだけ逃げ回ったわけだから彼女がダンジョンマスターになることを選ぶわけがないんだけどね……」

「ダンジョンマスターになるつもりがあるのなら最初から逃げたりはせんじゃろうからな」


 実の兄を犠牲にして自由の身を手に入れたオーブリーは記者生活を謳歌(おうか)していた。


「何にせよ明日には方針を固めて連絡するよ。アンバー、宿はいつものところ?」

「いや、わしらは『パイレーツオブギース亭』に5日ほど泊まるつもりじゃ。その後のことはまだ分からんのう」


 親父さんから貰った旅館の無料宿泊券が5泊分だったというのがその主な理由だ。

 毎年のように知人友人に配っているらしいが、旅館の経営は大丈夫なのだろうか。


「『パイレーツオブギース亭』……? そんな宿あったかな? 記憶にないな」

「ほれ、元『旅館鬼瓦』じゃ」

「ああ、あの……分かった。明日の午前のうちに一度顔を出すから、それでよろしく頼むよ」

「うむ」


 明日の予定が決まった俺達は、茶器の片付けをしているギザードと別れて応接室から退室すると長い通路を歩いて探索者ギルドのロビーへと戻った。


 するとそこでは床に転がっていたサクレアガチ恋ファンがハーピィのお姉さん達に撤去され始めていた。


 若いバードマンの男が、空を飛ぶハーピィの鳥足に掴まれて獲物のようにぶら下がりながら吹き抜けの上に消えていく。


「流石に邪魔になってきたようじゃな。夕方の帰宅ラッシュでもみくちゃにされる前に片付けようということじゃろう」

「アイドルガチ恋オタクのダメなバードマンにだって家族はいるもんな」

「あっ、あっちで面白そうなことをやっているにゃ!」


 ミュールの指差した先では、いまだ地面に()いつくばるバードマンの男の周囲に数人のハーピィが群がっていた。


「ロッティ、今日こそは年貢の納め時だよ! アタシがイイ女を見つけてきたからね、アンタはこれからこの娘と一緒に暮らすんだ! いいね!」


 不細工な(バードマン基準)ハーピィの若い娘がロッティと呼ばれたバードマンの男の母親らしきハーピィに紹介されると、血相を変えた様子のロッティが起き上がって逃げ出そうとした。


 だが、その周囲を囲むハーピィ達がそれを許さない。

 床を後ずさるロッティに不細工な(バードマン基準)ハーピィの女が(せま)る。


「グヒヒ、旦那様ぁ~。愛していますぅ~」

「く、くるなぁー!」


 ズギュゥゥゥン!


 ロッティが不細工な(バードマン基準)ハーピィの女に鳥頭を掴まれて、強制的に熱いベーゼが交わされた。


「サクレア、俺は……ガクッ」

「ヒヒヒ、二人の愛の巣に帰りましょう……」


 魂が抜けて抜け殻となったロッティは、新妻の鳥足に掴まれて愛の巣へと運ばれていった。


 ハーピィは鳥頭じゃないのでヒューマン基準だと普通に美人だと思うのだが、美醜観念に羽毛の美しさが入るバードマンにとっては違うらしい。


「ああはなりたくないものだ。ヒューマンに生まれてよかった……」


 どうやらロビーの他の場所でも同様のことが行われているようだった。

 魂を抜かれたサクレアガチ恋ファンの悲鳴が、ロビーのあちこちに木霊(こだま)する。


「ううむ、わしはとんでもないことをしでかしてしまったようじゃのう」

「でもまあ、この街のバードマンの婚姻率上昇に寄与することにはなりそうだ」


 俺達は恋敗れて人生の墓場に連行されていく男達の涙に背を向け、探索者ギルドを後にした。

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