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第45話 歓楽街の路地裏で

 その日の晩、お高いレストランでディナーを終えた俺とアンバーは腕を組んで夜の歓楽街を練り歩いていた。


 道を挟む白い建物のあちこちに設置されたネオンが(きら)びやかに輝く中、大通りを多くの人々が行き交っている。

 店の前では客引きの声が絶えず、今も美しい衣装を身に(まと)ったワーラビットの女性がキャッチした客を店に連れ込んでいた。


 日本ではただの高校生だった俺が女 (ロリだけど)を(はべ)らせて夜の街を歩くことになるなんてな。

 まったく、異世界転生は最高だぜ。


「のうハルト、わしはこんなに幸せでよいのじゃろうか?」


 俺が浮かれていると、突然アンバーがこんなことを言い出した。


「どうしたのさ、いきなり」

「わしはのう、たまに不安になるんじゃ。これは本当に現実なのじゃろうか。本当はあの雨の中、死ぬ間際にわしが見ている夢なのではないかとのう」


 お酒が入ったアンバーはたまにネガティブになっちゃうんだよな。

 俺はもちろん、そんな弱気な彼女のことも愛している。

 だからいつもこうやってよしよししてあげるのだ。


「大丈夫だよアンバー、俺はちゃんとここにいる。二人ならきっと(つら)い過去も乗り越えられるさ」

「ハルト……」


 目を(うる)ませたアンバーが背伸びをすると、俺の首に腕を回してギューッとした。

 そして俺の耳元に小さなお口を寄せてこう(ささや)きかけてきた。


「(お主、気付いておるか? 付けられておる)」

「……!」


 どうやら先ほどの話は演技だったようだ。

 それにしても、俺達のデートを邪魔しようなんてふてえ野郎だな。


 尾行される理由に心当たりは……なくもない。

 この間、タヌヨシの身辺調査で使った会社は結構グレーなところだったからな。


 恐らくそこに出入りしているところを見られたりしていたのだろう。

 斥候職ではないアンバーに悟られている以上どうせチンピラか何かだろうが、俺達を狙った落とし前はつけてやらないとな。


 とりあえず俺は彼女に合わせて演技を始めた。


「アンバー、こんなところでキスをねだるなんて悪い子だ」


 俺はアンバーと軽いキスを交えながらアイコンタクトを取る。


「ハルトぉ~、わしはもう我慢できないのじゃ~」


 いきなり大根芝居すぎるだろ。

 どうやら先ほどの話は演技じゃなかったらしい。


「おいおい、ホテルまであと少しだってのに我慢できないのか?」

「わしはもう辛抱たまらんのじゃ~」

「ハァ、仕方ないな……」


 バカップルを(よそお)った俺は手を繋いだアンバーを連れて建物の間にある路地裏に向かった。

 しばらく薄暗い路地裏を進んでいくと、少し広めの空き地に出た。


 月明かりで見通しの良いここなら少しくらい暴れても問題ないだろう。

 空き地の中央で振り返ったアンバーがビシッと路地裏の暗闇に指をさした。


「わしらを付けているのは分かっておる! 出てくるがよい!」


 すると……。


「……出てこないな」

「そ、そんなはずでは……」

「アンバーの勘は酒精で狂ってしまっていたようだ」

「た、確かにわしは見たんじゃ! こちらをじーっと見つめる怪しいフードの人物をのう!」

「ほんとぉー?」


 俺達がそんなやり取りをしていると、暗闇の中からヌッと黒いフードを被った人物が姿を現した。


「ほれ見てみい!」

「マジかよ……」


 背丈はそこまで高くないが、相手は深くフードを被っている為に顔が見えない。

 そしてそいつは、俺でも分かるくらいに強い殺気をこちらに放っていた。


「お主、わしらに何の用じゃ!」

「……オマエら、コバルトだな」


 それはとても低い、女性の声だった。


「コバルト? 何のことだか分からないな」

「わしらはただの探索者じゃ。のう、ハルト」

「やはりコバルトだったか……!」


 黒フードの女は両手をクロスさせるようにフードの中に突っ込むと、スッと虚空から二本の小太刀を取り出して構えた。


「こいつ、問答無用かよ」

「わしらに手を出したのじゃ、ちょいと痛い目を見て貰うとするかのう」


 やると決まったら先手必勝だ。

 俺は影に隠すように出していた石の触手をピャっと黒フードに伸ばした。


 しかし黒フードは俺の操る石の触手をするりするりと(かわ)していく。

 そして少しずつ下がっていき、スッと暗闇に消えていった。


「逃げたか?」

「いや、まだじゃ。殺気が消えておらん」


 どうやら相手は夜闇に紛れてこちらを攻撃するつもりのようだ。

 俺は石の流体を周囲に張り巡らして奇襲に備えた。


「—―そこじゃ!」


 アンバーのその声と同時に、ガギンと金属がぶつかる音が響いた。

 すぐにバチンと音がして、俺の背後にいた黒フードがどさりと地面に崩れ落ちる。

 振り返った俺は、足元に転がった二本の小太刀を石の箱に閉じ込めて封印した。


「やっぱり首を狙ってきたな。素人め」


 小太刀二刀流ってことで相手の職業が忍者(ニンジャ)であることはすぐに分かった。

 なら後は簡単だ、わざと隙を作ってそこを狙わせればいい。


「わしのいかずち丸は最強じゃ!」


 先ほどバチンと音がしたが、あれはアンバーのいかずち丸が発した雷が武器を伝って相手を痺れさせた時の音である。


 彼女の持つなけなしの魔力ではスタンガン程度の威力しか出せないが、それでも対人なら十分な効果を発揮できるのだ。

 まあ、一発でガス欠しちゃうんだけどね……。


「さてと、こやつのご尊顔を(おが)ませて貰うとするかのう」


 逃げられないように俺が石で作った(かせ)で黒フードの両手足を封じると、アンバーがそいつが頭に被っていたフードを(まく)り上げた。


「ふむ、若い女子(おなご)か。……見たことない顔じゃな」


 フードの下から現れたのは頭巾を被った若い獣人の娘だった。

 彼女は忍者服を身に着けており、漆黒の瞳でキッとこちらを(にら)み付けている。

 アンバーが彼女の頭巾を()ぎ取ると、頭巾の中からぴょこんと赤い猫耳が飛び出した。


「こんな人気(ひとけ)のないところに誘い出してこの始末、やっぱり二人ともあちしに酷いことをするつもりなのにゃ! このコバルトの悪魔どもめ!」


 さっきの口調は一体何だったんだ?

 いきなり「あちし」とか「にゃ」とか言い出したぞ。


「おい猫娘、お前と俺達は初対面だろうが。どうしていきなり襲ってきた?」

「オマエらコバルトファミリーはあちしの父ちゃんの(かたき)にゃ! 一人残らずやっつけないと気が済まないにゃ!」

「いや、コバルトファミリーなんて知らないぞ。誰かと勘違いしてないか?」


 俺の冷静なツッコミに猫娘は焦り始めた。


「そ、そんなはずないにゃ! オマエらがコバルトって言ってるのがずっと聞こえてたにゃ!」

「コバルト、コバルトのう……お主、もしかしてハルトのことを聞き間違えたりしておらんか?」


 そう言えばこいつ、頭巾で猫耳を隠してたな。

 獣人にとってそれは常に両耳を塞いで生活するようなものだ。


 見るからにワケありっぽい見た目をしているし、うっかり聞き間違えたというのも十分にあり得る話だ。

 俺は懐からギルドカードを取り出すと、ステータスを表示して猫娘に見せた。


「ハルト・ミズノ……え、えへへ……間違えたかもしれないにゃ……」

「まったく、せっかちなやつじゃのう。ハルト、拘束を()いてやるがよい」


 俺は猫娘の手足の(かせ)を石の流体に戻すと、(まと)めてハムマンチェアを三つ作った。

 俺とアンバーは椅子に腰掛けて猫娘にも座るよう(うなが)した。


「で、事情を聞かせてくれるよな?」

「あちしも勘違いして悪かったと思っているにゃ……。全部話すから、あちしのことを助けて欲しいにゃ……」

「それはお主の話次第じゃのう」


 こうして俺達は歓楽街の路地裏で、猫娘の身の上話を聞くことになったのである。

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