第43話 こん棒の勇者
むかしむかし、あるところに一人のジャイアントの少年がいました。
生まれつき力がとても強かった少年は、触ったものをすぐに壊してしまいました。
同じ村の子供達はそんな彼のことをいつもからかっていじめます。
「やーいやーい、でくの棒のジャイアント! まーたものを壊したぞ!」
心の優しい少年は、ただそれを黙って受け入れました。
怒りに任せてその力を振るえば子供達が傷つくことを理解していたのです。
大人になった少年は、村の外れで木こりとして生きていくことになりました。
毎日毎日石の斧で木を切って、村に運んで少しの食糧と交換します。
大食らいのジャイアントです、村人から渡された食糧だけでは全然足りません。
彼はみるみるうちにやせ細ってしまいました。
そんなある日、とんでもない事件が起こりました。
平和なジャイアントの村に大きな魔獣がやってきたのです。
村人達は武器を取って立ち向かいましたが、ジャイアントが見上げるほどの大きな魔獣にはまるで敵いませんでした。
逃げ出した村人達が村の中で暴れる魔獣が去るのを待っていると、そこに一人のジャイアントがやってきました。
それは大きな丸太を肩に担いだ木こりのジャイアントでした。
村の嫌われ者だった彼には、誰も危険を伝えたりなどしなかったのです。
「でくの棒がやってきた! 魔獣にやられにやってきた!」
大人になった子供達が家の陰から声を上げると、大きな魔獣がずんずんと木こりのジャイアントに近付いてきます。
魔獣がその大きな口を開けて木こりのジャイアントに襲い掛かろうとした時、彼は担いでいた丸太を逆さに持って両手でぐいと構えました。
ぶんと丸太が振るわれると、大きな魔獣は頭から潰れて死んでしまいました。
木こりのジャイアントは血の付いた丸太をいつものように丸太置き場に置くと、てくてくと歩いて帰ってしまいました。
それに驚いたのは村人達です。
いつものけ者にしていた木こりのジャイアントが本当はとても強いことを知ってしまったのですから、それも当然のことでしょう。
村人達は木こりのジャイアントが住む村の外れの小さなあばら家の前に沢山の食糧を積み上げると、木こりのジャイアントに謝りました。
「今までのけ者にしてごめんなさい。もうでくの棒とは言わないから、ぼくらを許してはくれないか」
木こりのジャイアントは何も答えず、ただ黙って村人達を見ているばかり。
彼はずっと一人ぼっちだったので、言葉の喋り方を忘れてしまっていたのです。
村人達が帰った後、木こりのジャイアントは荷物をまとめて旅立ちました。
お手製のこん棒を片手に携え、目指すは都のダンジョンです。
心優しい木こりのジャイアントは自分が強いことを知りました。
彼は人助けをすることで、もっと多くの人に認められたいと思ったのです。
こうして、こん棒の勇者の長い冒険の旅が始まったのでした。
俺はぱたりと「こん棒の勇者」と書かれたボロボロの絵本を閉じると、ベッドで眠るモモちゃんの頭を撫でた。
今日は寝かしつけの為にモモちゃんに絵本を読み聞かせてあげていたのである。
モモちゃんの寝室を出た俺はそっと扉を閉じると、常夜灯の付いた暗い宿の廊下を歩いて自室に戻る。
するとダブルベッドの上でくつろいでいたアンバーとアイリスに迎えられた。
「おかえり、遅かったねー」
「ハルト、おかえりなのじゃ。モモはちゃんと寝たかのう?」
「うん、今日も良く寝ているよ。アンバー、これ返すね」
俺はアンバーにボロボロの絵本を返した。
「うむ、確かに。どうじゃ、『こん棒の勇者』は面白かったか?」
「続きが気になる終わり方だった。アンバーは他の絵本持ってる?」
「それがのう……ずっと探しておるんじゃが、絶版になっておるようでわしもこれ一冊しか持っていないのじゃ」
「それは残念だ」
この絵本はアンバーが子供の頃からずっと大事にしていたものらしい。
彼女がメイン武器をこん棒にしているのもこの絵本の影響だという。
ギフトホルダーだったアンバーはこの木こりに自身の境遇に重ねたのだろう。
そしてこん棒の勇者に憧れた彼女は自分の故郷を飛び出して探索者となったのだ。
以前はアンバーを追い出したとか言ってごめんね、故郷のハーフリングの皆さん。
彼女はアクアマリンで男とよろしくやってるよ。
「ハルトくんも早くお風呂に入ったら? お湯冷めちゃうよー」
二人は俺がモモちゃんの相手をしている間にお風呂に入っていたようだ。
今日のアイリスはアンバーから借りたフリーサイズのパジャマを着ていた。
まあその下はスク水なんだけどな。
魔道具工房バタフライのダークエルフは下着を持っていないのである……。
「わしらは先に寝ておるからのう、ゆっくり浸かって疲れを取るがよい」
「そうだな、そうさせて貰うよ」
脱衣所に移動して服を脱いだ俺は浴室で身体を清めると、スキルを使ってちょちょいとお風呂のお湯を温めなおしてから肩までお湯に浸かった。
身体の力を抜くと全身に溜まった疲労がじんわりとお湯に溶け出していく。
「ふぃー……」
エレメンタル狩りを終えた俺達は魔道具工房バタフライに寄って荷物を下ろすと、アイリスを誘って鬼の隠れ家亭で夕食を取った。
せっかくの機会なので、今日はアイリスも一緒にお泊りすることになったのだ。
特にナニがあるわけでもないが、たまにはこういう日があってもいいだろう。
長湯をした俺がパジャマに着替えて部屋に戻ると、二人はぐっすり眠っていた。
俺は魔導ランプを消すと、そっとダブルベッドの端に身体を潜り込ませた。
「おやすみ。アンバー、アイリス」
暗い部屋の中をカーテンの隙間から伸びる青白い月光が照らしていた。
「無理だよハルトくん、こんなに大きなもの入らないよー……」
「アイリスよりも小さいアンバーだって何度も経験しているんだ。大丈夫、苦しいのは最初だけさ」
「で、でも……」
逃げ出そうとするアイリスの肩をアンバーが抑える。
アンバーは興奮で白いほっぺたが赤くなっていた。
「わしらと一緒に寝たいと言ったのはお主じゃろう? 大丈夫じゃ、安心して身を委ねるがよい……」
立ち上がった俺は座るアイリスの前に黒くて硬いモノを差し出した。
見下ろしたアイリスの顔に棒状の太い影が落ちる。
「さあアイリス、口を開けるんだ」
「やだ、やだ……助けてママ……」
そして――。
「むぐぅー!」
アイリスの口にところどころが炭化した焼き魚が突っ込まれた。
そう、アイリスはモモちゃんの洗礼を受けていたのである。
涙目で口をモゴモゴさせたアイリスが長い時間を掛けて焦げ魚を咀嚼してからゴクリと飲み込んだ。
「どう? 美味しい?」
わくわくした表情を浮かべるモモちゃんに、アイリスは何も答えずテーブルに突っ伏した。
俺がアイリスの食べかけの焦げ魚を齧ってみると……。
「さ、砂糖がかかっている……」
「やっちゃった!」
「これはモモが悪いのう。ちゃんとアイリスに謝るんじゃぞ」
「ごめんなさい、アイリスお姉ちゃん!」
アイリスはテーブルから顔を上げると愚痴をこぼした。
「ハルトくんはよくそんな平気な顔をして食べていられるねー。わたしは家の外で生きていける気がしないよー」
「こんなの慣れだよ、慣れ」
俺はモモちゃんの焦げ魚砂糖味を平らげると、普通の焼き魚が乗った自分の皿をアイリスの前に差し出した。
お茶を飲んで口直しをしたアイリスが普通の焼き魚を頬張る。
「親父さんのお魚おいひいよー……」
そんな朝の一幕だった。




