海と星々の贈り物
メアリーにとっては思わしくない事態だった。マティアスはメアリーのよき理解者であり、気の置けない友人である。友達として大切にしてもいた。どうやらアレックスもリリィも味方するつもりはないらしい。
「そんなに急に行くこともないのに」
メアリーが拗ねたような口ぶりで言う。
「残念だけど、明後日にはここを出てるね。〈兵舎〉の上官にはもう報告しているんだ。そんな顔するなよ。君はここにいる限り、ひとりぼっちじゃないだろ。書きたければ、手紙だってよこすし」
マティアスが言った。
夜が近づいてきていた。海は水色から淡い橙色へ、橙色から濃紺へと変化している。かもめが夜の帰宅を急ぐかのように、一羽だけ、どこか遠くへ飛んでいった。
ジョンは相変わらず旺盛な食欲を見せている。他の四人は突然、空腹を覚えた。温かい魚と貝のスープと白ワインを飲む。アレックスが横からバターであぶったじゃがいもをすすめてきた。リリィはお皿に取り、アレックスにお礼の目くばせをする。料理はコッテリとしていて美味しい。
「贈り物があるって聞いたわ」
メアリーがナイフで兎肉を切り分けながら言った。
「もちろんね。寝室に用意してある」
マティアスがじゃがいもを頬張りながら言う。トルナドーレ兄弟はなぜか二人とも楽しそうな顔をしていた。
「マティアスが用意してくれたの?」
メアリーが釈然とせずに、訊ねた。
「僕だよ。家主は誰だったっけね」
アレックスが軽快な声音で言う。
「あら、あなたが……。またドレスじゃなければいいんだけど!」
メアリーはそう言いながらも微笑んでいた。
「そのまた、だよ。悪いけれど。君の好みはわかんないんだ。食べたら一緒に見にいこう」
メアリーが寝室に行くと、ベッドの上に鮮やかな青のガウンがのっていた。襟ぐりが四角のかたちで、デコルテを美しく見せてくれる。ビロードの布地には小さなダイヤモンドが散りばめられている。
「今までで一番いいわ!一体どうやって、私が青のガウンを欲しがってたの、わかったのかしら」
メアリーがすっかりドレスに夢中になって言った。鏡の前にたって、ドレスをあててみる。青色はメアリーの色白の肌によく映えた。秋のお別れの時に着ようかしら……。
アレックスは青のガウンの他に、真珠の首飾りと、洒落た檻に入った小猿を贈り物にした。最後の異国情緒あふれる贈り物はメアリーを何よりも喜ばせた。
「なんて可愛らしいのかしら。ちいさな妹みたいねぇ!」
メアリーが檻の中でキーキー言う猿にいたく感心している。
猿はたしかに可愛かった。小さな手足に、くるんと曲がったしっぽ。丸い黒目がちなひとみでこちらを見上げている。しっぽには赤いリボンが巻いてあった。
こういう贈り物を、アレックスは妹たちに特に理由もなくするのだ。凱旋の日だとか、聖人の日だとか、ハープの演奏が上手だった、とか、あれこれ言い訳をして。
メアリーもリリィもそろそろ贈り物には目も肥えてきていた。それでも嬉しい。アレックスだって趣向を凝らしているのだ。今回のメアリーのは成功したらしい。おきまりのドレスでさえ、褒めちぎっている。実際、そのドレスはメアリーの持っているどのドレスよりも美しかった。
「リリィ、お前にも贈り物がある。中庭にあるよ」
アレックスがそう言って、リリィを中庭に連れて行った。
中庭は暗く、アレックスの持つ松明のあかりだけが頼りである。プールの水面が反射して、キラキラと光っている。
「人魚なんて捕まえられないよ。垣根の向こうだ」
果たして垣根をこえた先に、リリィは何かをみた。鉄の、大きく頑丈な檻である。
リリィは怯えた目で兄を振り返った。
「本に出てたライオンじゃないでしょうね」
暗闇の中、目を凝らす。まだ、檻の中は見えなかった。
「ドンピシャだよ。お前の兄さんの贈り物は猛獣さ。何も、お前を殺そうっていうわけじゃない。松明をもって、中をのぞいてごらん」
アレックスはそう言って、リリィに松明を渡した。
リリィがためらいながらも、檻へと近づいてゆく。想像していたよりも、可愛らしい鳴き声が檻の奥から聴こえてきた。
松明を掲げる。すると、隅の方に仔獅子がうずくまっているのが見えた。ライオンの赤ちゃんである。思わず笑みがこぼれた。ライオンの方にリリィを怖がっている様子はなく、舌をちろちろ出しては前足をなめていた。
「かわいいわ!ライオンに赤ちゃんがいるなんて」
リリィが頬を紅潮させて言う。
プール脇の小屋から誰かがカンテラを下げてやってきた。
「おぼっちゃま、お嬢さま、可愛い子でしょう?」
カンテラの男が二人に言う。腰に吊り下げた鍵束がチャリチャリいっている。
「ええ、ライオンの子がこんなにかわいいなんて」
リリィが感激して言った。
「動物の子どもなんてものは、みんな可愛いんですよ。こいつは生まれてすぐに母親を亡くしちまってね、父親のライオンに殺されるところだった。縁あって、こんな遠いところまで来たわけです。母親代わりも見つかりましたし」
男の名前はルースと言った。このライオンの赤ちゃんを本当の意味で愛してるらしい。ルースはイリヤ生まれの男らしい。若い頃に船に乗って国を出て以来、長らくイリヤに帰ってこなかった。もう一つの大陸、ルナカンティノンで暮らしていたのだ。それがどうにも、このライオンに惚れ込んでしまったらしい。長い航海を共に乗り越えて、戻ってきたのだ。
ルースは檻を開けて、リリィに仔獅子を腕に抱かせた。赤ちゃんとはいえ、並の猫よりも大きい。
リリィはたまらなくなって、ライオンの鼻面にキスした。ライオンが眠たげに欠伸して、頭を胸に押しつけてくる。
幸福で、プールに飛び込んでしまいそうだった。




