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弁当と便の第9話

ツァーイネー、ツァーベル、ヴィーンデー、ヴィーデー♪

(ベートーヴェンの第九)

 黒空(こくう)さんから借りた現代文の教科書は彼女の書き置き通り、休み時間中に無言で返却した。

 その後の授業は何事もなく進み……いや、まあまあいろいろあったのだが書くのが面倒だ。その辺りは書籍化したらということで……。


 とにかく、4限が終わり昼休みに入った。


「ねえねえ紅葉くん。お昼一緒に食べない?」


 昼休みの開始を告げるチャイムが鳴った途端、隣の席の三楓さんが話しかけてきた。


「いや、俺は少し用があるから」


「用って?」


 用なんてない。断りたいだけだ。

 上手い言い訳を考えておらず俺は数秒口ごもる。


「あっ、用ってトイレの用だった!? 足しにいくの? ごめ……」


「いや違う違う。転入の手続きとか、だよ」


 ……この子かなり天然だな。

 それも天然記念物級の、天然さ。


「手伝う! 職員室? 事務室? 案内するね」


「いい、いい。要らない。場所くらい分かる。個人情報とかお金のこともあるし一人で行くよ」


「あっ、そっか! ごめんね。じゃあここで待ってるから」


「……いつ終わるか解らないし、俺抜きで食べな」


「そ、そう……。うん。了解……」


 三楓さんはようやく諦めたようだ。

 誰かと食事なんて何が楽しいのだろう。


 俺は弁当を持って教室を出る。

 向かうは第二体育館横の人の出入りが少なくそれなりに清潔感のあるトイレだ。

 事前にどこが独り飯に向いているかは確認済みである。



 誰にも見られずに目的のトイレまで着いた。

 足早に個室に入り鍵をかける。


 今日の弁当はケチャップ飯。余ったご飯にふりかけ(焼き肉味)を混ぜてトマトケチャップと塩胡椒で炒った簡素なものである。

 本来の予定では昨日の夕飯の残りを詰めるはずだったが、デスナに唐揚げを全部喰われた上、冷蔵庫の中まで荒らされていたのでこのようなものしか用意できなかったのだ。


 弁当の蓋を開ける。

 ケチャップ飯がない。


 代わりにあったのは紙切れ1枚と赤い宝石。



~~~~~~~~~~


かわいいダイヤへ


お昼ご飯はいただいた。(おいしかった)

ダイヤは代わりに闇を食べてね。

寝ている間にダイヤから採取したデストロイジェムを同封したので闇の深い人間を眷属にしておくこと。

さもなくばお家に入れません!


いとしのデスナちゃんより♡


~~~~~~~~~~



 キレそう。

 ……仕方ない。俺にも生活がある。

 適当な人間を犠牲にしよう。誰がいいか。


 あまり人目につくところには行きたくないが……。

 俺はしばらくの間考え込んでいたが、とりあえずデストロイジェムをポケットにしまい、トイレを出ることにした。


 男子トイレを出ると同時に女子トイレから誰かが出てくる。

 嫌なシンクロだ。あまり見ないようにしよう。


「あれっ!? 紅葉くん!」


 すごく聞きたくない声がした。

 だが無視するわけにも行かない。


「みっ……三楓さん。偶然だね」


 三楓さんはちょっとアレだけど闇という感じではないな。

 眷属には向かなそうだ。


「いや、ちょっと今、紅葉くんおトイレからお弁当持って出てきたよね?」


 そういう三楓さんの右手を見ると、弁当箱。

 これは……ああ。なるほど。


「っていうか紅葉くん。用事は?」


 実は用ってトイレの用だったんだ……アハハ。

 なんて言えるはずもない。


「……意外と早く終わって。み、三楓さんこそどうしたの?」


「えええーっと、効率化! そう、お昼とおトイレを同時にすると効率的なの! ほら、名案……」


 必死に取り繕う三楓さんはもはや憐れだ。

 それも生類憐みの令で憐れまれるレベルの、憐れさ。

 触れない方がいいな。


「そうだ! 学校を案内してあげる! 図書室行く? 紅葉くん本好きそうだよね!」


 話題を変えたいのだろうが、なんだその偏見。

 いやまあ、図書室は嫌いではないけど。


「場所なら知ってるから案内しなくてもいいよ」


 誘いは断る。それが俺の流儀である。


「へっ、す、すごいね紅葉くん。私なんて学校の間取り覚えるのに1ヶ月もかかったのに!」


「……通学路はまだ覚えてないみたいだね」


 割と本気で感心している三楓さんの様子に、つい嫌味を言ってしまった。

 口に出すつもりは一切なかったのだが……今朝からのストレスがキてるらしいな。


「ふ、普段は迷わないんだよ!? ほんとにほんとに」


 三楓さんの声は少し大きい。

 周りに人がいないとはいえ、なんとなく居心地の悪さを感じる。


「おっ、やっぱお前らデキてんじゃーん」


 誰かに声をかけられる。周りに人、いた。

 男子が4人歩いてきていた。


 確か同じクラスの茶髪。

 三楓さんの左隣の席だったか。


「あっ、天井(あめい)くん」


 天井(あめい)という名前か。

 あ行なのに教室の席が三楓(さんかえで)さんの左ということは、天井(てんじょう)とでも読まれたようだ。なんだこの学校。


「ちっ、違うよ紅葉くんとはそんなんじゃなくて……!」


「ほんとかよ~? おっと、お前らは先行ってろ」


 茶髪の男子は一緒にいたほかの3人と別れる。


「それで今朝は……えーっと、名前なんだっけ」


 いきなり名前を求められたのでとりあえず答える。


「……紅葉(あかば)大夜(だいや)


 俺が言えた義理ではないが、クラスメイトの名前くらい覚えてほしいものだ。


「おう、ダイヤだな。俺はジャン・ヒルクス・天井(あめい)。ジャンって呼んでくれ」


 ジャン・ヒルクス??

 一瞬冗談かと思ったがハーフっぽいと言われたらそんな気もする。茶髪だし。


 まあとりあえず。


天井(あめい)くんと呼ばせてもらうよ。よろしく」


「そうか。ダイヤ、今朝はなんで遅刻したんだ? やっぱアサちゃんとデートか~?」


 天井は仮にも初対面なのにずいぶんズケズケくる。いや、クラスメイトならこんなものだろうか。

 こいつも闇という感じはしない。眷属向きではない。

 そう考えていくと隣人の田山は逸材だったな。


 まず質問に答えよう。


「……寝坊して準備に手間取った。それだけ」


「うんうん、つきあってなんかぜんっぜんないよ!」


 三楓さんも俺に強くうなずく。

 逆に怪しまれそうだな。


「あー、確かにつきあってるなら2人とも別々で便所飯なんてしねえよなぁ」


 天井に便所飯がバレてる。どこから見てたんだ。


「べべべ、べー!? ちちち違うよ。べっ便っ、ち、違うもん!!」


 違わないよ。効率化とか言ってたよ君は。


「あっそう。まあいいけど。じゃあなんで……ん?」


 天井が急に押し黙る。


「どうしたの?」


「しっ。黙ってこっちこい」


 天井に促されるまま、3人でトイレ横の荷物を置くスペースに入った。


「なになに? まさかここで3人でエッ……ち、違うよね?」


 三楓さん少し黙って。

 そういうのはそっちの地の文(モノローグ)でやって。



 トイレの方を見ていると男子が5人やってきた。

 いかにも不良といった風体の4人と、びくびくおびえた表情で背の低い1人。


 いじめだ。

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