第19話でアルバイト♪
ダーイヤ、ダイヤ、ダーイヤ求人!
第19話でアルバイトっ!
古本のクヌギ。
現在の俺のバイト先だ。
毎週土日に店主の楠木さんの代わりに店番を任され、在庫の販売のみ受け付けている。
もちろん学校には無断だ。
賃金は終わっているが、来客も少なく暇なときは本を読めるしスマホも見れる。楽な仕事だ。金をもらえるのが不思議である。
それに引き換え闇の眷属作りの仕事はノルマはあるし給料は出ないし……はあ。
これまで一人で任されてきた古本屋の仕事だが、今日から新たなバイト仲間が加わるという。
「本日からこちらで働くことになった増戸という者です。よろしくお願いします!」
増戸と名乗る新入りは、なぜかピンピンのスーツを着込んで大きな声でお辞儀をした。
ホストでもやった方が稼げそうな容姿だ。
「紅葉大夜です。……僕、年下なんで敬語じゃなくていいです」
「そうか。堅苦しくなってしまったな。では大夜くん、私はなにをすればいいのかな?」
楠木さんからなにも聞かされていないらしい。
よく考えたら俺の時もそうだった。結局なにひとつ教えられていないので、バイトを始めてから今に至るまで全て勘でやっている。
うーん。どう説明したものか。
俺が少し悩んだ顔をすると、増戸さんが口を開いた。
「ではこうしよう。私がお客さんの役をやるので大夜くんは店員として対応してみてくれ」
はあ? コントの導入か?
「ウイーン」
一言ウイーンと発して入ってくる成人男性、増戸。
・入ってくるところから再現するな。
・この店は自動ドアじゃない。
・そもそも自動ドアはウイーンって鳴らない。
・帰れ。
……などというツッコミは喉の奥に飲み込んだ。
「いらっしゃいませ」
「君、おすすめの本はなにかあるかな?」
そんなこと聞いてくる客いないが。
「……あちらの棚にある、教養・一般常識の本などいかがでしょうか」
俺は増戸さんに最も欠けているであろうものを答える。
「なるほど、いくらかな?」
「……棚の前に貼ってある価格で、売らせていただいてます。視力向上に関する本もオススメです」
「いやあ、有意義な時間だった。では明日また来よう。ウイーン」
なんだこれ。つき合いきれない。
これ書いてるとき作者はM-1見てたんだろうな。
「よし、それでは今度は私が店員役をやろう」
「……実際の接客を見た方が早いと思います。お客さんが来たら僕がいつも通り対応するので、増戸さんはそれを見て覚えてください」
「ふむ。では待つとしよう」
それから4時間が過ぎた。
「大夜くん、お客さんは来ないな」
「……いつもこんなものです」
「仕事とはいえ、君は退屈ではないか?」
「慣れています。暇なら増戸さんは本を読むかスマホを見ていて大丈夫です」
「いや、私も問題ないが……君はなかなか胆力があるな」
増戸さんが急に話しかけてきてウザい。
いや、4時間も無言をつらぬいてくれたことを褒めるべきなのだが。
かく言う俺も少し飽きてきたところだ。
ポケットからスマホを取り出してブラウザを開く。
調べることがあったのを思い出した。
それは三楓さんの額の宝石について。
家でスマホやパソコンを見ているとデスナに覗き込まれるためなかなか調べる機会が取れなかったのだ。
……あった。太陽光の下では緑色に光り、まるでエメラルドのように見えるが、人工照明下では赤に光る特異な性質を持つ宝石。
――アレキサンドライト。
巷説では、このロシア帝国皇帝に献上された日である4月29日が、皇太子アレクサンドル2世の12歳の誕生日だったため、 この非常に珍しい宝石にアレキサンドライトという名前がつけられたとされている。(フリー百科事典ウィキペディアより引用)
「君は宝石に興味があるのかな?」
増戸さんにスマホの中身を覗かれていた。やめてくれ。
「……なんとなく調べていただけです。暇つぶしに」
「そうか。てっきり女性にでもプレゼントするのかと思ったぞ。給料の3ヶ月分、とかいう」
ここの稼ぎ3ヶ月分ではガラス玉くらいしか買えないと思う。
「君も宝石の名をしているな。ダイヤモンド、とても美しい宝石だ」
前にも書いたように、俺は名前の話が嫌いだ。
「名前に意味はありません。記号と同じです」
「……そしてとても硬い。君の頭のように」
皮肉を返されてしまった。
俺は黙ってスマホのブラウザを閉じる。
「おお、猫の写真か」
ロック画面の壁紙を見られる。
「君は猫が好きなのかな?」
猫の話。正直大好きだが普通だと答えておこう。
「……いや、まあ普通ですけど、たまに結構写真を撮ったりはしますね。今のは昨日撮った写真なんですけど、首輪とかもしてないから野良猫で、実は一昨日もこの猫を見てまして、その時も思ったんですけど野良猫の割には全然汚れてなくって毛並も見てくださいこれ、いやちょっとこの画像じゃ判りにくいかもしれないんですが、毛並が綺麗に整ってるんですけど、人間の手が加えられてない自然な毛並なんですよ。一昨日抱き上げた時にその特有のフワフワさみたいなのを感じて匂いも泥臭いというか自然の匂いがして、しかも野良猫特有のコンクリート臭さみたいなものも特にしなかっ」
俺は勢い余ってしゃべり過ぎていることに気づいた。
「まあ……その、そんな感じですね……はい」
「ごまかすことじゃない。素晴らしいよ。生き物を愛してくれてありがとう」
増戸さんは感謝の意を述べる。
とても不可解だ。
「なぜ増戸さんがお礼を?」
「私も……自然を愛すべき者だからな」
べきとはどういう意味だろうか。
「いや、忘れてくれ。それよりこうして打ち解けたことだ。君はこの後予定はあるかな?」
「……なにか僕に用があるんですか?」
「大した用ではないんだが……」
「大した用じゃないならやめておきます」
再び2人の間に沈黙が訪れた。
その沈黙は珍しく客が来店して消えることになる。
「ウイーン。けっ、しけた本屋だなあ?」
……自動ドアでもないのにウイーンって言いながら入ってくる客は実在したんだな。