こっちもバレてた第17話
『もしも××××トさん!? な×か昨日のこ×××てるって人がい×んですけど……』
『わずかっ×言わ××も……っていう×私バレたらどうな××ですか!?』
『別っ×言い×××……?』
『く、口を封×××× 可哀××××!』
うーむ。音声にやたらノイズが入って聞き取りづらいな。
……今俺は隣の女子トイレの音声を盗聴中である。
誤解しないでほしい。俺は変態ではない。聞いてくれ。
三楓さんが今朝天井と話して以降ずっと様子がおかしいので、なにか光の神に関する情報をつかめないか探っているだけだ。決してやましいことはしていない。
考えてもみてほしい。
仮にやましい目的なら音声だけでなく第10話のように映像を受信するだろう。でも音声だけってことはつまりやましい目的ではないのだ。
そもそも俺が光の神について独自に探る必要があるのはデスナが何も教えてくれないからであって、俺は誰に言い訳をしているんだ……。
三楓さんは何者か――おそらくは光の神――と通話をしているようだ。
ひょっとして俺にも神と通話をする力があるのだろうか。
しかしデスナといつでもどこでも会話できるというのは地獄以外の何物でもないので試すのはやめておく。
会話の内容を察するに正体を知った者は死ぬといった話をしている。
仮にも正義の側である光の神でさえ事と次第によっては人を殺めるのだ。
悪の側である俺の境遇も推して知れる。
『そ×も×××すね! そ×××××休み終わるんで切り×す。×れでは!』
ガチャリ。
『よかったあ。私がやらかさなければ大丈夫なんだ!』
やらかしそう。絶対に。
……ノイズがなくなってるな。通話の電波的なアレで盗聴の電波的なアレが阻害されていたのだろうか。
『さ、早く食べないと!』
……やっぱり彼女は便所飯か。
そう思いながら俺は手元の海苔チーズサンドを口に運んだ。
放課後になった。
隣の三楓さんがそわそわしている。
友達のいない彼女のことだ、俺と一緒に帰ろうと言うのだろう。
早めに断っておこう。
「三楓さん」
「ごっ、ごめんね紅葉くん! 私用事があるから今日は一緒に帰れないんだ! じゃあまた明日!」
彼女は足早に教室を去った。
教室を見渡すと周りのクラスメイトから憐れみと好奇の目で見られていることに気づく。
なんで俺がフラれたみたいになってるんだ。
まあとにかく、他人と関わることが嫌いな俺にとっては好都合だ。
今日は安心して一人で帰れそうである。
……ところで、さっき鞄に教科書類を詰めていたところ、机の中からこんな手紙が出てきた。どこか見覚えのある字だ。
『放課後、屋上で待ってる。後悔はさせない』
もちろん行く気はない。
それ以前に学校の屋上の扉は閉まっているはずだ。
転入初日に独り飯に向いた場所を探したときに確認済みである。
そもそも俺に用がある人がいるとして、大した用ではないだろう。
告白ドッキリか、カツアゲか。
こんな小さな紙切れ、気がつかなかったことにすれば問題ない。
俺は手紙の内容を無視し、玄関へと向かう。
上履きを脱ぎながら靴棚を開ける。
『あなたの正体を知っている。屋上で待つ』
ここにも紙切れ。
念の入ったことだ。少し怖くなる。
天井が今朝三楓さんを疑っていたことを思い出す。
だが彼だったら性格上こんな手紙は用意しないだろう。
筆跡は知らないが、文字の形状も彼のイメージとは合わない。
天井のほかにも夢の内容を覚えている奴がいるのかもしれない。
僅かにいる可能性があることはさっきの盗聴で確認済みだ。
であれば、なおさら向かうべきではない。
わざわざ出向くのは自分に隠し事があるとバラすようなもの。
まっすぐ家に帰ることが最適解だ。
……などといろいろ理屈を述べたが単に行くのが面倒だからバックレるだけだ。
悪いか。
校門を出て覚えたばかりの近道へ向かう。
……路地裏に入ってすぐ気分が変わる。
あの時のことは思い出したくない。
普通の道から帰るとしよう。
そう思って回れ右をする。
「わっ」
俺は驚き声を漏らした。
「…………」
真後ろに制服を着た黒髪の少女が立っていたからだ。
少女はどこか切なげな表情をしている。
俺は人の気配には敏感な方だ。
虫が苦手な人ほど虫をよく見つけるのと同じように。
その俺がこんな至近距離にいる人間の気配に気づけなかった。
「……やっぱり帰る気だった」
彼女は吐き捨てるようにつぶやく。
「え?」
「ま、私も紅葉くんと同じ立場だったら無視して帰るけど。屋上じゃなく通学路で待ってて正解だった」
……この物言いは手紙の主か。
「だったら、俺が屋上で待ってたら後悔してたんじゃないか?」
「いいえ。あなたは屋上には来ない。絶対に」
彼女はさらりと言ってのける。
「……なぜそうと言い切れる?」
「それを言葉で表すのはあなたと私が最も嫌う行為になる」
「……もったいぶられるのも嫌いだな」
「Sympathy……とだけ言っておく」
シンパシー。共感。
彼女の言う通り、聞きたい言葉ではなかった。
他人に理解された気になるのは自分が単純な人間と言われているに等しい。
「それで、なんの用だ?」
「用は無数にある。今、長話はできる?」
彼女の問いに俺は首を横に振る。
俺の正体に迫っているというのならばボロを出す前に逃げるのが賢明だ。
「……やっぱりね。だったら一言で済ませる」
彼女は俺に静かにささやく。
『私の名前は黒空无夕。貴方と共に、世界を滅ぼしたい』
「…………」
黒空无夕。
ああ、確かに知っている。
俺の前の席の子。顔は憶えていなかったが、通りで雰囲気と筆跡に覚えがあるはずだ。
昨日の授業で彼女は教科書を見ずに長文を読み上げたことがあった。優れた記憶力を有しているということだ。彼女ならば夢の中の出来事を覚えていても不思議ではない。
こちらを振り向きもせずに教科書を貸してくれたこと、返却時に言葉を介さなくてよかったこと。俺の心理状態を解っていて……同時に彼女自身も余計な言葉を介することが嫌いだったように思えた。
教科書の内容を暗記していたのも自分が忘れ物をした際に目立つことを恐れているためか。
肝心の、なぜ俺が世界を滅ぼす存在だと知っているのか。
昨日の場に彼女はいなかった。せいぜい呪厳竜となって暴れている俺を目撃する程度のことしかできないはずだ。
その姿を見て彼女が俺と確信したのだとすれば……。
「Sympathy……」
「そう」
彼女は俺の言葉にうなずく。
「頭の回転が速くて助かる」
一つ一つ説明するのは面倒だから、か。
癪だが、確かに同じものを感じる。
しかし彼女はいくつか勘違いをしている。
「俺からも一言。俺は……黒空さんと違って中二病じゃない。世界を滅ぼすなど馬鹿げている」
「でもあなたは滅ぼそうとしている」
「上の命令で動いているだけだ」
「そう。私にはどっちでも同じこと」
彼女は表情を崩さない。
「……じゃあもう一つ。多分お前を消すことになる」
「本望。というより昨日貴方に消された」
自分の死に恐怖を抱かない、むしろ死にたいとさえ思っている。
同じだろうか。俺と――。
俺の額から石がこぼれ落ちる。
「……それは?」
俺の命の欠片……デストロイジェムだ。
心なしかいつもより赤黒く光って見える。
なぜこのタイミングで落ちてきた?
前回は……デスナに怒りをぶつけた時だった。
解らない。
「……綺麗」
彼女は宝石に目を奪われる。
これは、殺せという意味だろうか。
彼女が俺のことを知ってしまったから。
デストロイジェムで俺の眷属となった者はこの世界から消滅する。
これを使えば、彼女を消せる。
過去二回の宿主――田山と俺――は生還しているが、短時間で浄化されたことによるものだし、光の眷属と戦わず身を隠させればその限りではないだろう。
彼女を殺すのは正直、惜しいが……。
関係ない。
俺は常に独りだ。
無言でデストロイジェムを彼女の胸に押しつける。
「…………っ!」
彼女は最期に俺の目を見つめる。
デストロイジェムは体内で溶け出し、彼女の身体は黒い煙につつまれた。




