長峰涼子②
「すいません。葉桜の季節に君を想うということが入ったって聞きましたが」
二週間後の月曜日の放課後、佐井君が希望図書を受け取りに図書館へやってきた。
「ありますよ」
「じゃあ借ります」
「はい」
私は予約ボックスから文庫本を取り出す。
「来週の月曜日までに返却してください」
佐井君は手続きを済ませると、文庫本を受け取り鞄にしまった。
貸し出しカードの一番最初の欄に佐井君の名前を書き入れる。
「よく本読むの?」
隣に座っていた恵美が突然立ち上がり受付越しに佐井君に話しかけた。
「え、あ、う、うん。そうだね。本は好きだから」
「どんな話が好き?」
「ミステリー小説をよく読む」
「そうなんだ。じゃあ怖い話とかは興味ある?」
「うーんどうだろう?」
どうしたのだろう。恵美はかなり前のめりで話をしている。
「死神の話知ってる?」
「伊坂幸太郎の小説?」
「違う違う。この学校の七不思議のひとつだよ」
「そんなのあるの?」
佐井君は驚いたような表情をする。
私も聞いたことがない。そんなものがあるのか。
「あるよ。死神に魅入られると死ぬんだって」
「それは七不思議じゃなくて宗教的な話じゃない?」
「そうじゃなくて!」
なんだか楽しそうに話す恵美。
「なんか昔、下校の時に亡くなった生徒がいたんだけど、その日の夜に学校で死神を見たっていううわさがあるの」
「たしかに興味はそそるな」
「でしょ? 黒いコートに黒い傘をさしているんだって」
「結構具体的なんだね」
「うんうん。面白いよね」
「そうだね」
「なんかごめんね。急に話しかけちゃって」
「いや、いいよ。面白い話をありがとう」
佐井君が笑顔で手を振って帰っていった。
恵美は何もなかったかのようにまた読書を始めていた。
「いやいや、何普通に本読んでんの?」
「何が?」
「何がじゃないよ。急に佐井君に話しかけるからびっくりしたよ」
「ああ、私、佐井君好きなんだ」
「え!? そうなの!?」
そんなこと聞いたことなかったので、素直に驚いた。
それに恵美の読むジャンル的に、そういう一般的な恋愛をするのかと驚いた部分もある。
「佐井君は私の事を覚えてないようだったけど、小さい頃、助けてもらったことがあるんだ」
「そうなんだ。なんかすごい話だね」
「うん、そうだよ。すごい話だよ」
恵美の目がきらきらいている。
「これはたぶん運命。ううん、絶対運命」
恵美には悪いけど、少し引いてしまった。なんだかこれ以上聞くと面倒かもしれないと何かが警告している。
佐井君には彼女がいる。恵美も知っていると思う。
「そっか。叶うといいね」
私はそれだけ言うと、座って辻仁成の冷静と情熱のあいだの続きを読み始めた。
でも恵美のせいで全然集中できないので、返却図書の整理をすることにした。