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下町異世界探偵  作者: 一宮真
32/34

下町異世界探偵(32)~別離とぺパの仕立て屋~

志乃はついに火竜にとどめを刺し、現世に帰る決心をする。


 カナハルの騒ぎもすっかり収まり、志乃は真琴たちと共に現世に帰るため、リルリーの馬車に乗り込もうとしていた。

 各々が別れを惜しんでいる。

 いよいよ馬車に乗り込もうというその時、志乃は思いつめた表情で神崎に訊ねた。

「あのさ、神崎さん。オレだけしかあっちに帰れないのかな」

「たとえば?」

「あの二人とか」

「できるよ」神崎はあっさりと答える。「そちらのお二人にその意志があるならね」

 志乃は嬉しそうに、ヨシとミッキーを振り返った。

「おい! お前らも帰れるってよ! 一緒に帰ろうぜ!」

 しかし二人は黙ってうつむいている。


「どうしたんだよ! 元の世界に帰れるんだぜ!」

「姐御、その話なんだけど……、俺たちはこっちに残ることにしたんだ」

「なんでだよ! 帰りたくないのか?」

「あっちに帰っても、俺たち……その……、居場所がないんだ。それにこっちじゃ親方……シシドさんが良くしてくれる」

 志乃はまだ物言いたげだったが、言葉を呑み込み、微笑みを浮かべた。

 そしてヨシとミッキーの手を取って言った。

「お前ら、こっちに居場所ができたんだな!」

 二人は黙ってうなずいた。

「そっか、じゃあしっかりな」

「姐御こそ、お元気で!」


 志乃が二人に背を向けて、馬車に乗ろうとした時、アラガンが口を開いた。

「あー、志乃、ちょっと待て」

「なに?」

「お前、勇者志望であったろう」

「もういいんだよ、そういうのは」

「まあそう言うな。もし、必要に迫られて再びこの地に来ることがあれば、勇者の称号も何かの役にたとう」

「え? もしかしてジジイはオレを勇者にできるの?」

「あのな、こう見えてもわしは聖剣士じゃぞ。それとも勇者にはなりたくないのか?」

「なりたい!」

「ではひざまずくが良い」と、アラガン。

 志乃はアラガンに言われた通りにする。

 アラガンが志乃の目の前で手のひらを開くと、そこには小さな、3センチ程度の剣があった。

「竜の骨で作られておる。これを一息で呑み込め」

 志乃は一瞬ためらったが、思い切ってそれを手に取り、大きな口を開けてごくりと吞み込んだ。

 すらりと剣を抜いたアラガンは、その剣で軽く志乃の両肩を二回ずつ叩く。

「我、聖剣士アラガンが、汝、志乃に勇者の称号を与える。えーと……以下略」

「ちょっ、何だよ、以下略って」

「志乃、これでお前は勇者じゃ。あっちに帰っても勇者の誇りを忘れずに生きるのじゃぞ」

「なんだかありがたみが薄いんだけど……、わかった!」

「それからもう一つ、これはしっかりと聞いておくがよいぞ。

 剣はな、抜くのは易く、納めるのは難しい。

 だから本当の勝利とはまず、剣を抜かないことじゃ。わかったな」

 志乃はアラガンの言葉をゆっくりと噛みしめて言った。

「うん。わかった」

「聖剣士様」と真琴。

「あー、君は坊主の世話をしてくれているあっちの人じゃな」

「伊勢真琴と申します。

 志乃さんは勇者になって、何かこちらの世界に義務を負ったりすることはないのでしょうか?」

「鋭い」アラガンがニヤリと笑って答える。「勇者はこの世界が危機に陥った時、召喚に応じなくてはならない」

 真琴と志乃は顔を見合わせた。

「しかし志乃を勇者に叙したのはわしじゃから、召喚できるのもわしだけじゃ。滅多なことでは召喚せんから安心するがよいぞ」

「志乃さん、そろそろ行こう」と神崎。

 神崎、フィー、志乃は馬車に乗り込んだ。

 御者台のリルリーが、モノ・マーに向かって命じる。

「さあ、行くよー!」

 モノ・マーは勢いよく走り始めると、その脚でしっかりと宙空を掴み、駆け上がっていく。

 志乃は馬車の窓から首を出して叫ぶ。

「ありがとう! みんな本当にありがとう!」


 はるか地上ではヨシとミッキーがちぎれんばかりに手を振る。

「さよなら! 姐御、さよなら! 元気でなー!」

 突然、シシドもテンガロンハットを脱いで叫んだ。

「アディオース!」

 ヨシとミッキーは怪訝そうな顔で、シシドを見る。

「親方?」

「ハハハ! 今回は丸儲けだったな。あの坊やからもらった報酬プラス、お前たちのような優秀な猟手まで手に入って」

 そう言って、シシドはテンガロンハットをかぶりなおすと、ポンチョの下から細い手巻きのシガーを取り出して火を点け、思いきり吸い込んだ。

「あっちじゃタバコもおちおち吸えねえ。あんな世界、俺ならごめん蒙るね」

 志乃が乗った馬車はあっという間に見えなくなった。

 アラガンもいつの間にか、イハの峰へと消えていた。


 ヨシが呟く。

「姐御に話してなかったもんな、俺たちこっちに来てからもう二百年以上経ってるって」

「そ、あっちに帰ってもそれこそ浦島太郎さ。今になってわかるね、玉手箱ってのは必要だったんだ。なあ、()()()()」とミッキー。

「ところで()()()()殿が戦艦大和に乗っておられたというのは、本当でありますか?」ヨシが訊ねる。

「ああ、沈む時、海に投げ出されて気が付いたらここの海だった。そういう吉野は?」

「フイリッピンで負傷して輸送船で内地へ帰る途中、魚雷を食らってあっという間です。で、気が付いたらこっちに」

「お前らな」シシドが少し苛立って言う。「いつまで戦争をひきずってるんだ」

「しかし親方、ミッキーが将校っていうのはどうも納得いかねえ」とヨシ。

「仕方ないだろ? オレは学徒出陣なんだから」とミッキー。

「いい加減にしろ! こっちじゃそんな大昔の軍隊の階級なんざ関係ねえ。おまえらは俺の手下の防御専術士と回復術士なんだよ!」

 シシドに一喝され、二人は黙った。

「俺たちも帰るぞ! ラス・ピエドラスに」

 さっさと歩き始めるシシドの後を二人が追う。

「けどよミッキー、もし靖国なんて行ってたら俺はお前のことをずっと『少尉殿』なんて呼ばなくっちゃならねえ」

「ああ、相変わらず上官や古参兵に殴られたりしてな」ミッキーが苦笑いしながら答える。

「英霊なんて冗談じゃねえ。あんなもん、生き残った奴らが自分たちを納得させるためにでっちあげた、ただのフィクションなんだ。人間は生きてるうちが花、死んだらおしまいさ」シシドが吐き捨てるように言った。

「あの……、親方はアカなんですか?」

「バカヤロ! こっちじゃ俺たちゃ薄汚ねえアズリエン、()()に決まってるだろ!」

「あの……、それから親方」

「なんだ?」

「あれから日本は平和になったんでしょうか?」



 馬車の中で、突然志乃が寄りたいところがあると言い出した。

 そこはボルケリカの中心街プぺの、とある仕立て屋だという。

 リルリーは一瞬不機嫌になったが、真琴と少しでも一緒にいられると思い、気を取り直した。

 

 店はプぺの裏通りにひっそりとたたずんでいた。

 真琴はその店のショーウインドウに飾られている服を見て驚いた。

「セーラー服!」

 一行は店の中に入った。


 小さな店の壁にびっしりと並んだ棚には、様々な布や糸が収められている。

 店主は背の低い老人で、ベストを着て、店の奥から現れた。

 志乃の顔を一瞥して老人は無表情に言った。

「これはしばらくでした。で、今日はどういったご用件で」

「こないだは、いい服を作ってくれてありがとう」

「いえいえ、どういたしまして。お役に立てましたかな?」

 志乃はスカートの裾をつまんで言った。

「こいつに何度も命を救われたよ。でさ、ずいぶんと汚れたし、少し傷みも目立ってきたんで、きれいにしてやってほしいんだ」

 老人は立ち上がって、ゆっくりと志乃の前に来た。

 そして、彼女の着ているセーラー服を子細に見る。

「なるほど。で、いつごろまでに仕上げましょうか」

「いつでもいいんだ」

 そう言って志乃はさっさとセーラー服を脱ぎ始めた。

 真琴は慌てる。

「ちょっと、志乃さん?」

 間髪を入れずリルリーがステッキを振り、志乃にガウンを着せる。

 老人は目をパチクリさせて言った。

「いつでもとおっしゃられましても……」

「いつかこれを必要とするオレみたいな女の子が来たら、着せてやってよ」

 老人はしばらく考えていた。

「なるほど、承知いたしました」

 老人はそう言って、志乃のセーラー服を店の奥へ持って入った。


「志乃さん」真琴は好奇心を押さえられない。「あのセーラー服、テーラーメイドだったの?」

「そうだよ。この店は重装甲の鎧からイブニングドレスまで、何でも作れるって有名なんだよ」

 老人が再び店の奥から姿を見せる。

「さよう。ただしこの服は意匠デザインが独特である上に、素材の指定も特殊でして。

 なかなかの難物でしたな」

「素材とは?」神崎も興味があるようだ。

「さよう。火竜が脱皮した、その皮から特殊な製法で取り出した繊維から作られた糸を使った布です。

 この布は熱に強く燃えないという点で非常にすぐれ、まことに希少な逸品でございますが、染色が難しいという欠点がございまして。

 このスカーフの赤、それから襟に縫い付けられたこの線、これなどは赤の錦糸を使ってございます。

 これらの色を出すのに大変苦労いたしました」

「じゃ、お値段も相当なものだにゃ?」

「さよう、それはもう」

「志乃さん、そんなお金、どうやって?」と真琴。

「ホッホッホ」老人は笑った。「それが愉快じゃありませんか。このお嬢さん『出世払いにしてくれ』とおっしゃる。まあ、あたしも面白そうだからひとつやってみるか、そう思ったわけです」

 そう言って、老人は嬉しそうにショーウインドウに飾られている真新しいセーラー服に目をやる。

「あたしにとっちゃ、ここ百年で一番の出来です。意匠も大変斬新だ」

「それであのー、お代なんだけど……」

 志乃はおそるおそる切り出した。

「お嬢さん、見事に出世なさりましたね。勇者様からお代はいただけません」

 老人はにっこりと笑い、満足げにそう答えた。


                   次回「下町異世界探偵」(34)につづく

今回も読んでいただき、ありがとうございました。

少し余談めいた回ですが、これはどうしても書いておきたかったので。

余談ついでですが、聖剣士アラガンは映画「鞍馬天狗」で有名な剣豪スター、嵐寛寿郎(通称アラカン)から頂いております。

アラカンが大スターだったのは戦前ですが、全盛期の殺陣の切れはすさまじく、撮影用の竹光で六尺棒を真っ二つにしたことがあると聞き、そこからイメージを膨らませたのです。

さて、この物語もいよいよあと2回で終わり(多分)となります。

最後までお付き合いいただけると幸いです。


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