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下町異世界探偵  作者: 一宮真
27/34

下町異世界探偵(27)~屠龍の剣と親の心~

一風変わった剣士アラガンに出会った志乃。

一方、悠乃の告白は続く。

 アラガンはその巨体の割にごく軽い足取りで、銀色の平原をすたすたと歩いてゆく。

 するとやがて、荒々しく地面がむき出しになった場所にたどり着いた。

 志乃は驚いた。

 地面からは、まるで草や木のように様々な形をした、剣の(つか)が生えている。

 しかもそれが一本や二本ではない。その数はざっと見渡せるだけで百本は軽く超えている。

「これ、全部剣か……」

「そうだ。こうして抜き身で埋めておけば、霊山イハの魔気が常に剣を満たす」

 アラガンは何かを探して辺りをうろうろしている。

「んー、確かこのあたりだったんだが」

「アラガン……様? 何探してんの?」

「決まっとる! えーと……何だっけ?」

「オレが知るか!」

「シロ、ところでお前はなんの用事でここへ?」

「だーかーらー、火竜を……」

「おお、そうか! それだ。そうじゃった、そうじゃった」

 そう言って再びアラガンは身を屈め、地面から出ている刀の柄を品定めし始めた。

「おっ、あったあった!」

 そう言ってアラガンは、地面から突き出したひときわ大きな十字の柄に手をかけ、グイと腰を落とした。

「ぬんっ!」

 アラガンは力を込めて地中からズズッと剣を引き抜く。

 それは身幅75センチ、刀身2メートルはあろうかという巨大な剣だった。

 志乃はその巨大な異形の剣に圧倒される。

 アラガンはそれを軽々と片手で持ち、じっと眺めている。

「ふむ、まあよかろう」

 そう言うとアラガンはひょいとその大刀を志乃に手渡そうとする。

 志乃は慌てて尻込みした。

「ちょ、待ってくれよ。そんなデカいのムリだってば」

「両手で持てばよかろう。これは竜に(とど)めを刺す『屠龍(とりゅう)の剣』だ。これが持てなくては火竜を倒すことなど到底かなわん」

 困った志乃はヤウンを見た。

「志乃様、頑張って!」ヤウンは両手のこぶしを胸の前で握って、志乃を励ます。

「仕方ない。やるか~」

 志乃は勇気を出して、おそるおそる両手で剣を受け取る。

「重っ!」

 危うく剣を取り落としそうになった志乃だったが、両腕に満身の力を込めて剣を垂直に立て、膝を曲げて腰を少し落とした。

「手首が折れそう……」

 そう言う志乃の両腕はすでにプルプルと小刻みに震えている。

「腕力で持つのではない。魔力を練って使うのだ。もっと魔気を体内に取り入れる!」

 —そうか!

 すでに我流で魔力の扱いを体得していた志乃は、口をすぼめて息を深くゆっくり吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 取り入れた魔気を錬成して作り出した魔力が、剣に流れていくのが実感できる。

 重い屠龍の剣が、心なしか軽くなったように感じられた。

 アラガンはあごひげを撫でながら、満足そうににっこり笑って言った。

「な、できるじゃろ?」

 だが、まだ剣を支えているのが精いっぱいの志乃は、黙って首を縦にコクコクと振るだけだ。

「ではついて参れ、志乃」

「えっ? ジジイ、今なんつった?」

 志乃はガニ股で、剣を両手で捧げ持ったまま、よろよろとアラガンを追いかける。

 ヤウンがスッと志乃について翔びながら言った。

「いけませんよ、志乃様。聖剣士様に『ジジイ』なんて」

「いいんだ、ヤウンとやら。ジジイで良い。『聖剣士様』なんぞ虫酸(むしず)が走る」

「ジジイ、ところでオレがここに来た理由は?」

 アラガンは振り向くと、意外そうな表情で言った。

「志乃、おまえは自分の目的も忘れたのか? 火竜を倒すのであろう。若いのにもうモウロクしたか? ハッハッハッ!」

 —このクソジジイ、からかいやがったな!

 志乃は内心舌打ちしながらも、懸命にアラガンの後を追いかけていった。



 志乃の母、北条悠乃は真琴と神崎にあの忌まわしい事件について話し続ける。

「相手の両親は最初から話を聞く雰囲気ではありませんでした。

 噂を放ったままにしておいた学校の人たちも信頼できません。

 志乃は確かにぶっきらぼうで乱暴なところはありますが、間違ったことをするような子ではありません。

 この場に、この子の味方はわたしだけなんだ、絶対にわたしがこの子を守らなければ、そう強く自分に言い聞かせました」

 その言葉に真琴は、仲間を救うため、重い盾を振りかざして火竜に突っ込んでいく志乃を思い出していた。


 学校にねじ込んで来たのは、黒井一馬と美恵夫妻。

 夫妻の息子である黒井拓馬は、殴り倒された吉田の巨体の下敷きになって腕を骨折していた。


 色が黒く、ジムで鍛えた逞しい上腕二頭筋をこれ見よがしにむき出しにした黒井一馬は、白い歯を見せ、表情だけはにこやかに言った。

「で? うちの子のケガや精神的苦痛をどうにかしてくれるんですか? 今日はお母さんにも来ていただいているわけで、つまりそういうお話なわけですよね」

 すると校長が少し慌て気味にさえぎった。

「いえ、その、まだ事実は聞き取り調査中でして……」

「調査も何も、うちの子が大ケガをしたのは事実でしょう。うちの子はラグビー部のホープなんですからね!」メガネをかけ、やせて神経質そうな黒井美恵はいきなり金切り声で怒鳴った。「拓馬の将来にもしもの事があったら。あんた許さないからね!」

 美恵は志乃を睨みつけ、そう言い放った。


「んなこと言われても、わたし、黒井君に指一本触れてないんですけどー」

 志乃は美恵とは視線を合わさず、悪びれずに答える。

「ちょっと、それが加害者の態度なの⁉」

「しかし娘がそちらの息子さんに手を出してないのは事実ですよね」

 悠乃は落ち着いて言った。

「手を出したのも同じよ! ちゃんと聞いてるんですからね。この娘が……うちの子を誘惑したって」

「ハア? わたしが黒井をユーワク? それ黒井が言ってんですか?」志乃は(わら)いながら担任に問う。「ねえ、センセー、黒井君ってそんなにモテたっけ?」

「いやぁ、それはその……」

 担任教師は返事に困って固まってしまう。

 美恵は突如激高して立ち上がって叫んだ。


「知ってるんだから! あんたがこの学校で売春してること!」

「証拠はあるんですか?」

 険しい表情で立ち上がろうとする志乃の肩を押さえながら、悠乃はピシャリと言った。

 悠乃の厳しい一言に、美恵は一瞬目を泳がせる。

「証拠は……」

 そう言って美恵はソファーにへたり込んだ。

「そんなの……みんな知ってることだわ」

 実際は志乃にちょっかいを出して相手にされなかったごく数名が流した、根も葉もないうわさだった。

「みんな? みんなって誰ですか? 具体的におっしゃってください! そんないい加減な、曖昧な根拠でうちの娘を決めつけて、傷つけるつもりですか!」

 悠乃は畳みかけた。


「おやおや」黒井一馬は白い歯を見せながら笑って言った。「てっきり謝罪してもらえるもんだと思ってわざわざ来たんですがね、逆に脅されるとはね、ハハハ、怖い怖い」

 そして悠乃の方に身を乗り出すと、ぐっと声を潜めて急に下卑た声で言った。

「ところで、あんたのダンナ、ヤクザなんだって?」

「それが何か? 広岡、この子の父親とはとっくに離婚しました」

「ヤクザがどうだってんだ。今どきの善良な市民はな、そういうクズを怖がったりしないんだよ。知り合いには弁護士だっているんだ!」

「この件は別れた主人とは一切関係ありません。クズという点は否定しませんが」

「そんなクズと子供まで作っちゃってさ。な、ヤクザってのは、すごいんだろ?」

「仰ってることがわかりませんが?」

()()のことだよ! どうりで艶があるよね、ククッ……。親が親なら子も子だ。親子そろって淫売の血ってわけか、え?」

 悠乃の顔色が真っ白になった。

「黒井さん、子供の前ですから……」校長がとりなす。

 すると一馬は態度を豹変させた。

「何言ってやがる、淫売の子は淫売じゃねえか。この学校はそんなヤバい生徒を野放しにしとくのか? 俺はな、教育委員会にも顔が利くんだ。舐めた口きくんじゃねえぞ! この税金泥棒が!」


 その時、志乃が言葉にならない叫びを上げながら、一馬に飛び掛かった。

 振り上げたその手にはカッターナイフが握られている。

「母さんを侮辱するなっっ‼」

 驚き、逃げようとして床に尻餅をついた一馬の頬に血が飛び散る。


 血は悠乃の手のひらから流れていた。

 たちまち床に血だまりができた。

 傷は深い。

 悠乃はとっさに、手を伸ばして志乃のカッターナイフの刃先から黒井を護ったのだ。


「人殺しッ!」

 美恵が金切り声を上げた。

「冗談じゃない。こ、こいつらどうかしてるぞ!」一馬は震えあがっている。

「今日はとりあえず、お帰り下さい! 後は我々で」校長は黒井夫妻にそう言うと、教頭に119番通報を命じた。

「母さん……」

 志乃は呆然と立ち尽くしている。

「大丈夫よ、志乃。わたしは平気だから」

 悠乃は真っ青な顔で、傷口をハンカチで強く押さえ、うずくまっている。

 ハンカチはたちまち真っ赤に染まっていく。

「北条さん、とりあえず保健室に行きましょう。おい、君!」

 校長は呆然とと突っ立っている担任をうながして、悠乃を支えて保健室に連れて行く。

 悠乃は何度も振り返って、志乃に言った。

「志乃! 母さん、大丈夫だからね!」

「母さん、どうして……」

 志乃の目から大粒の涙がポロポロとこぼれ、その手からカッターナイフがポトリと床に落ちた。

 ナイフの刃先はべっとりと血で汚れていた。


                  次回「下町異世界探偵」(28)につづく

今回も読んでいただき、ありがとうございました。

いや、今回もつらかったです。

イヤな人物を書くのはイヤなものです。

一方で、アラガンと志乃のやり取りを描くのは楽しいですね。

ちなみにアラガンは三船敏郎のイメージで書いています。

もし三船敏郎が「スターウォーズ」のオビ・ワン役のオファーを受けていたらどうだったか、そう勝手に想像しながら書いています。

ところで、台風19号による被害が深刻ですが、皆さんはご無事だったでしょうか。

私は東京の「避難不可能地域」に住んでおりますが、幸い何事もなく済みました。

被害は現在も進行中、予断を許さない地域もあるようです。

皆様の無事をお祈りいたしております。


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