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下町異世界探偵  作者: 一宮真
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下町異世界探偵(26)~聖剣士と母の告白~

イハの頂上にたどり着いた志乃は、突然現れた老人に押し倒される。志乃に貞操の危機が迫る!

その頃、真琴と神崎は志乃の母親、北条悠乃と面会していた。

 —犯される!

 志乃は一瞬、自分で舌を噛み切ってしまおうかと思った。

 

 しかしそもそもどうすれば自分で自分の舌を噛み切ることができるのか物語でよくあるアレはでたらめではないかそもそもこのピンチにこういうことを考えている自分はいわゆるテーソー観念とやらが薄いのではないか。

 

 そういうことを志乃が瞬時に逡巡していると、老人はセーラー服の胸元から手を抜いて立ち上がった。

 老人の手にはリルリーからもらった巾着袋がぶら下がっている。

「あ、てめ! それは大事な食糧だぞ!」

 身体の自由を取り戻した志乃は老人に飛び掛かるが、老人は巾着袋を逆さにし、中に入った兵糧丸をすべてガラガラと口に流し込んだ。

 志乃は呆然と見ているしかない。

「おいおい、どーすんだコレ」

 そして老人は、あろうことかあの硬い兵糧丸をバリバリと噛み砕き始めた。

 志乃はさらに呆然とする。

「あんた、歯は大丈夫か?」

 すると老人の落ち窪んだ両眼がカッと見開かれた。

 老人は口の中に指を入れ、何かを引っ張り出す。

「歯が折れた」

「あのな、それは噛むんじゃないの、舐めるものなの。飴玉、アメダマ、知ってる?」

 だが老人は志乃の言葉を無視してさらにバリバリと噛み砕いていく。

「ばっ、人の話を聞けってば!」

 老人は再び目をむいた。

「言わんこっちゃない。また歯が折れたのか?」

「うまいっ‼」

「う、うまいのか?」

「うまい‼ うまいぞ~っっ‼」

 そう叫びながら老人は突然火口に向かって全力で走り去り、水蒸気の霞に消えた。

「ヤウン、ひょっとして今のが……その……聖剣士か?」

「わかりません。私も実はお会いしたことがなくって」ヤウンはどこか申し訳なさそうに答えた。

「うまいぞぉ~っ!」

 その叫びはドップラー効果をともない、老人は汚れたふんどしをひるがえして霞の中から現れると、爆走して志乃たちの方へ帰ってきた。

「うまいっ! うまいなっ‼」

「そうか、そりゃ良かった」志乃は半ばあきれ、うんざりした表情で言った。「で、あんた誰?」

「わしの名は、アラガン」

「アラガン? 聖剣士のアラガン?」と志乃。

「うむ。そう呼ばれることもある」

 アラガンは現れた時の様子とは全く違い、眼光は炯々(けいけい)としてまるで鷹か鷲のように鋭く、あばらの浮いていた胸には、つややかで分厚い筋肉が盛り上がっていた。

 兵糧丸の効能だろうか。

 志乃とヤウンは顔を見合わせる。


「娘よ、坊主より話は聞いておるぞ」

「坊主?」

「第八皇子だ。娘、名をなんと申す」

「志乃」

「シロ?」

「志乃」

「ヒロ?」

「志乃ッ! シ! ノ!」

「おおっ! 志乃と申すか。良い名だ。それで志乃、このアラガンになんの用かな?」

「火竜を倒したい。期限は1年先だ」

「ふむ……」

 そう言ってアラガンはしばし考え込んだ。

 志乃は心配になってアラガンに声をかける。

「やっぱし、オレじゃ無理かな……」

「ん? で、何の用だっけ?」

 志乃とヤウンは思わずガクッとする。

「火竜! 火竜を倒したいの!」

「ハッハッハッ! 造作もないこと。お主はすでにその実力を身につけておる。あとは……いわゆる『サムシング・エルス』じゃな」

「サム……なんだって?」

「まあ何でもよい、ついて参れ、シロ」

「志乃だっつーの!」

 アラガンはスタスタと歩いていく。

「シロ! 置いていくぞ!」

 志乃はため息をついた。

「もうシロでいいや……」

 そうして、志乃とヤウンはアラガンの後を追いかけていった。

「ヤウン、ほんっとーに、ほんっとーにあれが聖剣士か?」

「まあ、変り者だと聞いたことはありますけど……」

「変り者とか、そういうレベルか? だいたいこれから食い物はどーすんだ? あのジジイが全部食っちまったぞ」



 真琴と神崎は、ホテルのティーラウンジで志乃の母、北条悠乃と向かい合っていた。

「広岡からだいたいのことは聞いています」

 悠乃は毅然とした態度で、神崎を見据えていた。

「しかし、志乃の居所がわかっているというのに、すぐに連れて帰れないというのは一体どういうわけでしょう」

 悠乃の詰問するような口調に、なぜか神崎はしどろもどろになってしまう。

「それがその……、志乃さん自身が帰りたくない、と……」

「いいですか、神崎さん。志乃は未成年です。警察に捜索願も出してるんですよ? 志乃の意志はどうあれ、何としても連れ帰っていただかないと」

「それはそうなんですが……」

 どうにも歯切れの悪い神崎に、悠乃は苛立ち始めている。

 見かねて真琴が話を継いだ。


「お母さん、まずご安心ください。志乃さんは無事ですし、何か犯罪に巻き込まれているとか、そういうことではありません」

 真琴は高齢者福祉課の窓口にいただけに、客と話し馴れている。

 悠乃は、真琴の落ち着いた話し方に、少し安心したようだった。

「志乃は無事、本当なんですね」悠乃はそう言うと涙を流して、絞り出すような声で言った。「良かった……」

「はい。無事ですし、今も信頼できるしかるべき人物のそばで保護されています。

 わたしどもも、志乃さんにお家に帰るように説得しました。

 ご両親も心配なさっている。そう伝えたのですが、彼女には『帰りたくない』というより『帰れない』理由があるようです」

「……いじめのことかしら」

「今回の依頼が広岡さんからだということは、志乃さんには伏せてあります」

 悠乃はうつむいてじっと考えていた。

 

 真琴は続ける。

「わたしたちは、志乃さんと直接会って話しました。

 志乃さんは強い子です。

 彼女が学校でどのような酷いいじめを受けたのか、それを今回聞くことはできませんでした。

 でも彼女の『帰れない』という一言には、単にいじめへの恐怖や屈辱感ではなく、彼女の罪の意識が隠されているような気がするんです。

 何か心当たりはありませんか?

 もしかしたらそこに彼女が『帰れない』理由があるのではないか、わたしどもはそう考えているのです」

 すると悠乃は意を決した表情で、右手を二人の前にかざした。

 その手には痛々しく白い包帯が巻かれていた。

「あの子が帰れない理由はもしかしたらこれのせいかもしれませんね」

 そうして悠乃は三ヶ月前のある事件の事を話し始めた。



 三ヶ月前、当時志乃へのいじめはエスカレートする一方だった。

 まず誰の手によるものか、同級生のラインに志乃の父親が暴力団員だという噂が流れた。

 志乃はそれを否定しないどころか肯定した。

 そもそも、群れることを嫌う志乃はクラスの中で浮いた存在で、母親譲りの美貌への嫉妬心もあり、複数の女子グループに目をつけられていた。

 たちまち志乃への陰湿な攻撃が始まった。

 お決まりの上履き隠しには、志乃はかならずどこかに新しい上履きを用意しておくという奇策で対抗した。

 教科書隠しにロッカーに鍵を付けて対抗すると、たちまち「北条はロッカーに違法ドラッグを隠し持っていて、学校で売りさばいている」というデマが流れた。

 これは志乃の祖父が資産家で、裕福であることへのやっかみが含まれている。

 志乃はこうしたいじめに対して平然としていた。

 やがていじめはエスカレートし、志乃が校内で売春しているというデマが流れ始めたころ、事件は起きた。


 志乃には、数は少ないが友人があった。

 それは吉野と三木という男子生徒で、クラスでは目立たない存在だった。

 彼らはゲームやアニメ、特撮物のマニアで、やはりそういったものが好きな志乃と仲が良く、昼休みは三人で過ごすことも多かった。

 吉野と三木は、志乃へのいじめに対して内心では義憤を感じていたが、クラスの空気を察して表立って意見することはなかったし、志乃も彼らと話す時にそういった話題を出さなかった。

 志乃にとって彼らと過ごす時間だけが、学校で笑顔になれる時間だった。

 だが、志乃が校内で売春をしているというデマが流れ始めると、いじめの標的は広がった。

 志乃の校内売春の窓口は吉野と三木で、二人は客を連れてくるとご褒美として志乃を抱かせてもらえる。あいつらはそういう関係だ。

 今度は新たに、そんな汚い、エスカレートしたデマが流れ始めた。

 そして、男子生徒の中にそれを実体験として語る者が現われる。

 

 吉野と三木はある日、校舎裏に呼び出され、男子生徒数名から志乃への「仲介」を要求された。

 二人は顔色を変えて拒否し、そういう事実はないことを主張した。

 その言葉を嘲笑する男子生徒たちに、二人の堪忍袋の緒が切れた。


「そういうくだらないデマにまんまと乗せられて、お前ら恥ずかしくないのか‼」

「人間のクズ、このクソヤローどもがッ!」

 

 たかがオタクと舐め切っていた男子生徒たちは、彼らからの思わぬ鋭い反撃に虚を衝かれた。

 だが、彼らが一瞬感じた羞恥心は、たちまち暴力へと方向を変える。

 多勢に無勢、だが吉野と三木も必死で抵抗した。

 二人の体型には共通点があった。

 それは体が大きく、太っていること。

 二人とも入学した時、彼らの体型を見込んで柔道部とラグビー部に勧誘されたことがあったほどだ。

 だが結局二人は袋叩きにされ、大ケガを負った。そして相手にも少なからず重傷者が出た。

 吉野と三木の両親は、責任をすべて志乃に押し付けた。

 重傷を負った相手方の親は、これを問題視して学校にねじ込んで来た。

 そしてある日、校長、教頭、担任の教師を交え、志乃の母親悠乃、志乃と、吉野と三木を相手にケガをした生徒の両親の間で話し合いの席がもたれた。


                    「下町異世界探偵」(27)につづく

今回も読んでいただき、ありがとうございました。

うーん、いじめを描くのってしんどいですね。

久々にピリピリしながら書いてました。

前回から連続しての投稿になりますが、次回は少し間が空くかもしれません。

感想、評点、ブックマーク登録、メッセージなどお待ちしております。

では、次回またお会いしましょう。


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