下町異世界探偵(25)~真琴の日記と天上の海~
自閉世界にとどまるという、志乃の固い意志を確かめた真琴たちは、いったん現世に戻る。
その頃志乃は新米妖精ヤウンを連れ、聖剣士アラガンを探して高峰イハの頂上を目指していた。
7月13日(日)
今日は色んなことがありすぎた。
自閉世界、デスゴンゾとの戦い、リルリーと妖精たち、ユニコーンと空飛ぶ馬車、雲の巣、火竜、そして志乃さん。
すべて現実のことだろうか。
明日になったら全部夢だったと思うのではなかろうか。
そのためにもこの日記は絶対に書いておかなければならない。
こっちに帰ってから、神崎さんに「村木」という居酒屋さんに連れてってもらう。
鱧を扱ってるのが珍しいし、とても美味しかった。
いいお店でリーズナブルなので覚えておこう。
マスターの話では女性一人で飲みにくる人も珍しくないとか。
神崎さんはセンスがいい。意外と好感度高し(笑)。
久々に少し酔って稽古をサボる。
志乃さんのお母さんと会う段取りをつけるため、明日広岡さんに連絡するそうだ。
7月14日(月)
朝食抜き。若干二日酔い? 母さんに心配される。申し訳ない。
役所に行く。
昨夜は興奮してなかなか寝付けず、寝不足気味。
朝イチで殿山係長に会って、報告する。
殿山さんは昨日の話をしてもちっとも驚かず、真剣に聞いているのが意外だった。
自分の体験より、係長の態度であの世界が実在することを思い知る。
報告書をA4、20枚程度にまとめて16日までに提出するよう言われる。
それから公務員の守秘義務について念を押される。
報告書、眠くてまったく進まず。
昼ごはん、コンビニのおにぎり。梅と鮭。
なんだか白いごはんが久しぶりな気がする。
係長の話では、報告書は
①異世界の地理関係
②魔族たちの相関関係
③自然環境
④食糧事情
⑤魔法の効用
について特に詳しく報告してほしいとのこと。
事件は? 志乃さんの事はどうでもいいのかな。
だいたいこんな報告書、最終的にどこに上げるんだろう。まさか課長?
夕方、事務所に顔を出す。
神崎さんは留守。
フィーは寝室でずっと寝ているようだった(だいたいあの二人はどういう関係なのか)。
ヒマ。
わたしも神崎さんのデスクで少し居眠りしてしまう。
晩ごはん、わかめの酢の物と唐揚げに冷奴。ビール飲みたかったけど、寝てしまいそうなのでがまん。
夜、道場でじいちゃんに稽古つけてもらう。
脱力ができてないと言われた。
7月15日(火)
朝ごはん、豆腐の味噌汁と納豆。
係長は朝から不在。どこに行ったのか誰も知らない。まさか異世界じゃないよね。
ひとり地下室で報告書を黙々と書くが、遅々として進まず。
わたしにはやっぱり文才というものがないのだ。
昼ごはん、区役所の食堂できつねそば。食堂でたまたま、久々にジュンジュンと会う。
こないだの同期会以来。
今の彼氏とうまくいってないらしい。
この年になるとどうしてもお互いに結婚を意識して、それでギクシャクしてしまうんだそうな。
そういうもんかな。
なぜか神崎さんの話をしたくなったが、守秘義務とやらを思い出してやめておく。
夕方、報告書に手間取って、事務所に行くのが遅くなる。
しかし行ってみると、なんとすでに鍵が閉まっていた。
なんていい加減なんだ!
一応助手なんだから、今度合い鍵をもらっておこう。
晩ごはん、トマトサラダ、ナスとひき肉のカレー!
母さんのカレーはいつも美味しい。
夜、兄さんに稽古つけてもらう。
技の瞬発力が見違えるほど強くなったとのこと。
ジムにでも行っているのかと疑われる。
まさか異世界で鍛えましたとも言えず、体調が良いだけではとごまかしておく。
7月16日(水)
朝、道場でストレッチ。
朝ごはん、ジャガイモの味噌汁に納豆。
係長は今朝もどこかへ出かけているとのこと。まさかパチンコ屋にいるのでは。
こっちは報告書の続き、相変わらず苦戦する。
係長、昼頃になって役所に戻ってくる。
昼ごはん、向かいのインド料理屋で係長とランチ。
私はマトンカリーセット。ここはナンがおいしい。
午後、引き続き報告書。なんとか仕上げて係長に手渡す。
報告書はこれからも係長に直接手渡すように、いない時は神崎さんに渡すよう言われる。
ヘンなの。
夕方、事務所に寄る。今日は神崎さんもいて、志乃さんのお母さんに会う段取りがついたとのこと。
明日の午前十時、新宿で面会。私に立ち会ってほしいとのこと。
係長に相談しますと言っておいた。
フィーことシャアキャット・ガガニャーン二世(笑)に、あっちの格闘技「獣撃」の「猫式」の型の基本を教えてもらう。
一応、理にかなっていて面白いが、普通の人間の身体能力(特に柔軟性)では不可能な動きもあった。
晩ごはん、カニの酢の物と鶏肉の照り焼き。デザートに夏みかん。
カニはお弟子さんからお中元に貰ったカニ缶だそうな。
夜、一人で居合の稽古。
調子が良いけど、明日の面会は気が重い。
翌日、真琴は神崎と事務所で落ち合って、新小岩駅から総武各駅停車に乗って、新宿へ向かった。
朝の通勤ラッシュもピークを過ぎ、車内は空いており、数人が吊り革につかまっている程度だ。
二人も立っている。
神崎は少し疲れた様子で、例によって事務所から遠ざかるにつれ、次第に落ち着きがなくなってきた。
いったい、火竜の炎を正面から受けて志乃を護ったあの気迫はどこへ行ってしまったのか、と真琴は思う。
「神崎さん、フィーはどうして来ないんですか?」
「魔力がもたないからね。新宿まで行って、志乃さんのお母さんと話をして、帰る頃には猫になってしまう。それにあいつにこういう込み入った話は不向きだ」
新宿に着くと二人は西口へ出て、京王プラザホテルへ向かった。
サラリーマンが行き交う西口の地下道を歩きながら、神崎は話す。
「志乃さんのお母さんは、名前を北条悠乃っていう」
「北条、というのは旧姓ですか?」
「そうだ。父親は北条雄一郎。経産省にも在籍したことがある資産家だ」
「そんな良家の娘さんが、どうして広岡さんと……。あ、どうしてなんて言っちゃ失礼か」
「広岡さんは慶応の文学部卒、ああ見えて結構インテリなんだな。で、合コンで悠乃さんと知り合う、と」
「へえー! 広岡さんにも色々あったんですねえ」
「ありすぎだよね」神崎は苦笑する。
志乃の母、北条悠乃は地味なスーツを着て、京王プラザホテルのロビーのソファーに硬い表情で腰かけていた。
悠乃は遠目に見ても目鼻立ちのはっきりした美人で、通りかかる外国人客がチラチラと視線を送るほどだった。
「あの人ですよね。志乃さんそっくりです」と真琴。
「ああ、広岡さんも『行けばわかる』って言ってた」
「まるで昔の女優さんみたいですね」
真琴と神崎は悠乃とおぼしき人物に近づいていく。
志乃とヤウンは結局四日かけてイハを踏破した。
イハの頂上には巨大な噴火口があり、薄く水蒸気が立ち昇っているが、現世の火山につきものの硫黄の臭いがない。
草木はまばらで、地表はまるで金属のたわしのように光る苔に覆われている。
静かだった。
「すごいな……」
志乃は目の前に広がる銀色に輝く雄大な「草原」を見渡して言った。
「けどさ、ヤウン。こんなだだっ広いとこで、どうやって聖剣士を探すんだ?」
「だいじょうぶですよ。皇子から連絡が行ってるはずですから、アラガン様の方からきっとお見えになると思います」
「そっか。じゃあ、久しぶりにご飯にしよう」
志乃は、苔のついてない適当な石を見つけて腰かけた。
ふと仰ぎ見ると、反対側の地表が思いがけず近くに見え、志乃は驚いた。
ここは1万メートルの高峰。
現世にこれだけ標高の高い山は存在しない。
「すごい! 海が落っこちてきそう……」
天上に広がる、陽光をあびてきらめく海に向け、志乃は思わず手を伸ばしてみる。
その時、一迅の風が舞い、飛ばされてきた水蒸気にあたりは霞んだ。
霞とともに風が去った瞬間、志乃の目の前に大きな影が立っていた。
「!」
それは全身に襤褸をまとった老人で、落ち窪んだ眼はギラギラと光り、志乃のセーラー服の胸の膨らみを舐めるように凝視していた。
志乃は老人の視線の行先に気付き、背筋が寒くなって、思わず叫ぶ。
「へ、変態っ‼ 」
その声にヤウンが飛び出し、老人の周りを猛烈なスピードでグルグルと廻り始める。
「志乃様に触っちゃダメ! 」
ヤウンは老人に体当たりしようとするが、老人はヤウンの小さな体はひょいとつまんだ。
志乃は戦慄した。
文字通り目にも止まらぬスピードで飛び回るヤウンをいとも簡単に指二本で掴むとは……。
—こいつ、ただものじゃない!
「あの……もしかして、あんた聖剣士様?」
志乃はおそるおそる問いかける。
だが老人はそれに答えず、何やら訳の分からないことをブツブツ呟きながら志乃に近付くと、不意に飛びかかった。
—早い!
志乃はあっさりと老人に押し倒された。
必死に抗う志乃だったが、まったく身動きが取れない。
「クソッ! てめー、何すんだよっ!」
「志乃様!」
ヤウンも老人の手の中で必死にもがいたが、どうすることもできない。
老人は志乃のセーラー服の胸の谷間に顔をうずめてクンクンと臭いを嗅いでいる。
—別に大事に守ってたわけじゃないけど、こんなキモいジジイと初体験なんてジョーダンじゃねーぞ!
「やめろっ! このエロジジイ!」
志乃は叫ぶ。
しかし強い力で地面に押さえつけられた志乃の、セーラー服の胸元からついに老人の手が入ってくる。
「いやぁぁぁーっ‼」
火口に志乃の悲鳴が響き渡った。
次回「下町異世界探偵」(26)につづく
今回も読んでいただき、ありがとうございました。
前回から少し間が空きましたが、なんせ忙しい(←こればっか)。
「そんなこと言って、お前が『高畑勲展』とか見に行ったりして遊んでるのはお見通しだ!」とおっしゃる方は拙ブログ「みやのすけの映画倉庫」の読者でいらっしゃいますな(笑)。
このブログはアメーバでやってるもので、最初は純粋に映画鑑賞ブログだったのですが、今は映画を観る時間もなかなかとれず、創作日記みたいになってしまいました。
ところで先日、マンガ「彼方のアストラ」を読みました。
SF+ミステリーで、すごくよくできた構成!
面白いのでおすすめです。
こういうのを読むとすぐ「こういうのが書きたいなあ」と思ってしまうのが私の悪い癖です。
「彼方のアストラ」のテーマは、実はわたくしの前作「トッケイ-東京特殊警備保障ー」に通じるものがあるのですが、出来上がったのはまるで違う作品というのが面白いですね。
どう違うか、アストラは読んだけどトッケイはまだ、という方は「トッケイ」と読み比べてみるのも一興かと。
や、これだけだと便乗になってしまうので、トッケイは読んだけどアストラはまだという方はぜひアストラを読んで下さい。
そんで「トッケイはこういうとこがダメなんだよ!」とか感想をいただけると幸いです。
さて、しばらくは生業が忙しいのでつづきをいつ投稿できるかわかりません。
ではまた、お会いしましょう。




