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下町異世界探偵  作者: 一宮真
22/34

下町異世界探偵(22)~おかえりなさい新小岩~

神崎は火竜に焼かれた志乃を強力な回復魔法で復活させた。

 宿屋に過分の宿代と、志乃たち三人を残し、真琴たちは馬車に乗っていた。

 真琴の心は重く沈んでいた。

 神崎も考え事をしながら外の景色を見ている。


「だって、本人がどーしても帰りたくないっていってるんだから、仕方がないにゃ」

 フィーは気まずい沈黙に耐えられない。

「帰りたくないんじゃなくて『帰れない』って言ったんだよ?」

「おんなじことだにゃ」

「そうかなあ……」

 志乃は父親の広岡が暴力団員だという理由で、学校でひどいいじめを受けていたという。

 なのに「帰りたくない」ではなく「帰れない」というのは、何か別の意味合いがあるのではないかと真琴は考えていた。

 そこを問い正しても、志乃は頑なに帰らない理由を話そうとはしなかった。

 二人の男、回復術士のヨシと防御専術士のミッキーに聞いてもそれは同じで、志乃は彼らにもそういう話は一切しないという。

 ただ、この二人が何度失敗しても叱ることはなく、逆に彼らが他のパーティーからバカにされることがあれば、烈火のごとく怒ったという。


 神崎は、二人が決して志乃を見捨てないことを確かめてから、二人を一年間シシドに預けて鍛えることを提案した。

 二人の男、回復術士と防御専術士の鍛え方がわからなかった志乃は承知した。

 それから志乃は体力が回復次第、彼女のもとに二人の相棒が帰ってくるまで、神崎の師匠である聖剣士アラガンの元に身を寄せることも、神崎は提案した。

 アラガンは齢千年を超える剣士で、幸いにもボルケリカの最高峰イハでいまだに修行生活を送っている。

 志乃は火竜を撃ち洩らすことに不安を示したが、どのみち二人の力がなくては戦えないのだ。

 志乃は渋々承諾した。

 それから、次に志乃の戦う火竜が、必ず今回撃ち洩らした個体であることも、神崎は志乃に請け合った。


「神崎さん、竜と喋れるって本当ですか?」

「喋るってわけじゃない。お互い心を通じ合わせることができる。あの火竜は志乃さんの事情を理解して、快く承諾してくれた」

「竜に人の考えなんて、わかるんでしょうか」

「竜は賢い。賢者の中には竜は人の心の深淵を覗くと信じている者もある」

「そんなに……」

「それと、志乃さんの母親に会って、直接話を聞く必要がある」

 神崎はきっぱりと言った。

「伊勢さん、あなたが頼りだ」真琴の目をじっと見つめて、神崎は言った。

「えっ? わたし?!」


 馬車はやがてゆっくりと湖畔に止まった。

 それはまん丸い火山湖で、その湖水は鮮やかな群青色をしていた。

「きれい……」

 自閉世界には青空がない。

 だから海も湖も、真琴の世界のように青くない。

 だが、ここの湖は違う。まるで元の世界のように、いや、それ以上に鮮やかな青色に輝いていた。

「この山の特殊な鉱物が水に溶けだして、こういう色になった」と神崎が説明する。

 真琴には、たった四泊の異世界旅行だったが、その青色が懐かしかった。


「皇子、本当にここでいいのね?」

「ああ。魔法陣を描いてくれ」

「わかった」

 リルリーは湖畔にある、木でできた古い桟橋を歩いていく。桟橋にはこれまた古い小舟が何艘か()()()()あった。

 リルリーは桟橋の端まで行くと、こちらを振り返って大きく手を振った。

「真琴―っ! 見ててねーっ!」

 そう言うとリルリーは桟橋から飛び降りた。

「えっ!ちょ、ちょっと!」

 真琴は慌てて駆けだす。

 桟橋の端から湖を見ると、リルリーは湖面から30センチあたり上で宙に浮かんで、いたずらっぽく真琴に微笑んでいた。

 真琴はホッとした。

「リルリー……」

 リルリーはステッキを出すと、リボンを水面すれすれに垂らし、リボンの先で何やら複雑な紋様を描きながら、ゆっくりと後ろ向きで、円を描くように水面を歩き始めた。

 リルリーの歩いたあとに、白く輝く複雑な紋様が鮮やかに浮かび上がる。

 ぶつぶつと呪文を唱えながら、リルリーの表情はいつになく真剣で、集中している様子が手に取るように分かった。

 数十分後、直径5メートルほどの魔法陣が完成した。魔法陣は湖上から浮かび上がり、水面に影を落としていた。

「できた!」

 リルリーはそう言って、ぴょんと桟橋に戻ってくる。

「さあ、どうぞ!」

「どうぞ、って、どうするの?」真琴は戸惑う。

「飛び込むのにゃ!」

「えっ!この湖に?」

「魔法陣の真ん中の何も描いてないところに飛び込んでね。外れるとまた描き直しになっちゃうから」

「お先!」

 そう叫んでフィーが飛び込む。

「真琴!」その時リルリーが呼びかける。

「リルリー?」

「ぜったい、ぜったいにまた帰ってきてね!」

「うん、絶対!」

「げんまん!」

「うん、指切りげんまん!」

 真琴はリルリーと指を絡めて、ニッコリ笑った。

 突然リルリーが真琴にしがみついた。

 真琴はやさしくリルリーを抱き締める。

「伊勢さん、行こう」

 神崎に手をとられて、真琴は魔法陣の真ん中を通って湖に飛び込む。

 三人は浮かんでこない。

 青い湖に再び静寂が訪れた。

「一年かぁ……」

 リルリーが呟いた。

「あっという間ですよ」

 アリーセがリルリーの肩にとまって慰める。

 リルリーは珍しく涙ぐみ、メガネを外して涙を手でぬぐった。

 アリーセは穏やかな微笑みでその横顔を見つめていた。


 真琴は水中に沈んだ。

 沈みながら、真琴の着ていた剣士の装束は、次第に泡となって弾け、スパークして消えていく。

 神崎が身振りで「上」を示している。

 真琴は必死で水面を目指して泳いだ。


 真琴は水面に出て、息を思いきり吸った。

 しかしそこは神崎事務所の風呂場だった。

 バスタブの蓋をフィーが先に外しておいてくれたおかげで、ぶつからずにすんだようだ。

 真琴はしばしぼんやりと、事務所に来た時の服を着たまま、水風呂に浸かっていた。

「真琴ちゃん、故郷(ふるさと)へおかえりなさいですにゃ」

 フィーが真琴の様子をニヤニヤと笑いながら見ている。

 ―そうか、帰ってきたんだ。

 真琴は我に返って湯船から立ち上がる。

 すると、立ち上がる先から、頭も顔も服も、すうっと乾いていく。

 湯船から出ると、全身はすっかり乾き、さっきまで水に浸かっていたことが信じられなかった。

「すごい、全然濡れてない。それに元の格好! なんで?!」

「ちっちっちっ!」フィーが立てた人差し指を振りながら言った。「高度に進歩した科学は魔法と区別がつかないにゃ。byアーサー・C・クラーク」

「アイザック・アシモフだろ?」

「ありゃ、所長はいつからSF小説を」

「伊勢さん、それからこれはあくまでも魔法だ。科学じゃない」

「そもそも科学と魔法の区別というものは、歴史的に考えるにですにゃー……」と、フィーが言いかけたところで、真琴は重要なことを思い出した。

 ―歴史!

 今の時間は? あれから何日たったのだろう。

 真琴が走って事務所に入ると、外はとっぷりと暮れて真っ暗だった。

 急いで電灯を点け、神崎の机に駆け寄ると、メモ用紙を見た。

 メモ用紙には、真琴が出る時に書き残した時刻「1415」がそのまま残っている。

 真琴はとっさに壁に掛けてある時計を見る。

 ―9時30分。たぶん午後……。

「ちょっと遅くなったけど、日付はまだ変わってない」

 事務所の扉を開いて神崎が言った。



 その夜、神崎は真琴を居酒屋「村木」に誘った。

 いつもなら少し遅いので断るところだが、真琴は一杯飲まないと正気を保てないような気がしたのだ。

 今日一日、あまりにも色々な体験をしすぎた。

 こんなこと、誰に話したって信じてくれるわけがない。

 

 事務所の扉を開けると、蒸し暑い空気と共に、様々な臭いが一気に押し寄せてきた。

 川から立ち昇る温気(うんき)の生臭い臭い、マンホールから漂う汚水の臭い、近所の惣菜屋で唐揚げを揚げる臭い。

 真琴は自閉世界で、暑いとか寒いとか感じたことはなかったし、臭いもなかった。

 こっちの世界にいた時に、はほとんど気にならなかった街の臭いを強く感じ、真琴は懐かしい気持ちで胸がいっぱいになった。


 いつもと変わらず人通りの多いアーケード街を横切ってしばらく歩き、店のない住宅街のあたりに来ると、マンションの半地下という不思議な場所に「村木」という蛍光灯の入った置き看板が出ている。

 神崎は慣れた様子で、縄のれんをくぐり引き戸をがらがらと開けた。

「こんばんは」と神崎。

 真琴もおそるおそる、という感じで挨拶した。

「いらっしゃい。何、今日は遅いんじゃないの? 仕事かなんか?」

「ちょっと仕事が押しちゃって」

「珍しい」マスターは笑いながら言った。

 店には他の客はいなかった。

 ふたりはカウンターの手前の席に腰かける。

 真琴は物珍しそうに店の中を眺めた。

「空いてますね」と神崎。

「さっきまで混んでて大変だったんだ。今はちょうど、ね」

 真琴は客席の真ん中を低く横切る斜めの天井に目を奪われていた。

「伊勢さん、生ビールでいい?」

「え? あ、はい」

「生二つね」

 マスターはそう言ってグラスを出し、ビールサーバーに向き直った。


                    下町異世界探偵(23)につづく

今回も読んでいただき、ありがとうございました。

やっと現世に一度戻れて、真琴共々、作者もひと安心しております。


そういえば先日、宮部みゆき×こうの史代の絵物語「荒神」を読みました。

宮部さんは怪獣者として一部では有名で、わたしも火竜登場シーンを描き終えた後、同好の士として「あー、やってるやってる」とニヤニヤしながら読んだ次第。

ですが、ストーリーテリングとテーマの折り込み方はさすがで、自分が小説書いてるのが嫌になるほどうまい。

昔、宮部さんの「魔術はささやく」とか「クロスファイア」を読んでショックを受け「もう小説とか脚本化を夢見るのは一切やめよう」と思ったことがありましたが、今はずるい大人になったので「ひょっとしたら自分にも宮部みゆきの書けないものが書けるかもしれない」などと大それたことを考えております。


宮部先生すいません。

会ったことないけど(笑)。


次の投稿は少し間が空くかもしれませんが、どうか気長にお待ちください。

ではまたお会いしましょう。



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