下町異世界探偵(14)~真琴、飢えた虎のように貪る~
一晩中デスゴンゾの大群と闘い続けた真琴はついに彼らを恭順させる。
真琴の能力に驚く神崎。
神崎の侍女、ファム・リルリーに連れられ、一行はならず者の街ラス・ピエドラスへと向かった。
真琴は夢を見ていた。
街が真っ赤に燃えている。
それは自分の良く知る街。
火の海と化した街を睥睨しつつ、巨大な四本足の怪物がゆっくりと移動する。
長い首、背中には巨大な羽根、頭には角が二本、四つある眼はそれぞれが違う色に輝いている。
怪物はいつの間にか真琴の目の前にいた。
真琴は重装甲の鎧をまとい、背中に吊るした長大な剣をすらりと抜いた。
怪物の口が大きく開き、大きく息を吸う。
重装甲の真琴が思わずぐらつくほどの風が巻き起こり、道路に出された看板や、ベランダの洗濯物が凄いスピードで怪物の口に吸い込まれていく。
―来る!
真琴は兜のシールドを下ろし、刀を正面に構えて怪物の炎に備える。
怪物が真っ赤な炎を吐いた。
炎はまるで巨大な壁のように真琴に迫り、あっという間に真琴を呑み込んだ。
正面に構えた聖剣は一瞬に溶けてなくなり、重装甲の鎧兜はほんの数秒しか真琴を護ってくれなかった。
真琴の肉体は強烈な炎熱にじかに晒される。
全身がこれまで経験したことのない痛みに襲われるのも一瞬。
炎を吸い込んでしまった真琴の喉は焼け、肺臓が焼けていく。
熱で髪の毛は燃え上がり、皮膚はちりちりと縮んで裂け、靭帯が収縮して手足が曲がっていく。
やがて筋肉も骨も炭化する。
だが、なぜか真琴の意識ははっきりとしていて、自分の体に起こる変化を目の当たりにしていた。
それは恐怖以外の何物でもなかった。
真琴は耐えられず絶叫する。
真琴はベッドの上で目を覚ました。
頭が痺れるような悪夢の余韻に呆然とする真琴に声を掛けたのは、リルリーだった。
「ちょっとー、何? いきなり獣みたいに吼えて。びっくりするじゃないの!」
リルリーは真琴の絶叫に、椅子ごと後ろにひっくり返ってしまったらしい。
後頭部をさすりながら椅子を起こして座りなおした。
真琴はゆっくりと上体を起こすが、まだぼんやりしている。
じっと両手を見る。
傷一つない。
―生きてる。
「ちょっと……だいじょうぶ?」
リルリーが思わず心配そうに身を乗り出す。
真琴はようやくリルリーに気付いた。
「あ、ごめんなさい。だいじょうぶ。あなたはリルリーね?」
「あたしを呼ぶときはちゃんと『ファム・リルリー』と呼びなさいよね。ファムは魔族の侍女である誇り高き称号なんだから」
「ごめんなさい、ファム・リルリー。眼鏡はどうしたのきのうは掛けていたはずなのに」
「えー、いきなりそれを聞く? あんた変わってるわね。
あれとそっくりなのをあっちの世界では『眼鏡』というらしいわね。なんでも目の悪い人がそれを補うために付けているものとか。
この世界に目の悪い人間なんていないのよ。
あたしの付けてたあれは、魔族の侍女つまり『ファム』であることを表すアクセサリー。
あれ付けてると目立つから今は外してるの」
その時、真琴の腹がグゥーッ、ググゥーッと二度大きな音を立てた。
「お腹空いてるの?」とリルリー。
「ちょっと」真琴は赤くなってうなずいた。
本当はちょっとどころじゃなかった。
これまで経験したことのない空腹感というか、飢餓状態に近い。
「お腹が空くならもうだいじょうぶね! 起きられる?」
「うん」
真琴はベッドを出て、床に立った。
真琴は袖のない長い貫頭衣の腰に帯を締めた恰好だ。
「これ、着替えさせてくれたの」
「あんたね、革の鎧で寝かせられるわけないでしょ! さ、お腹空いてるんでしょ? 食堂行くわよ」
「ちょ、ちょっと待って!」
「なによ」
「このかっこで食堂なんて行けないよ」
真琴の簡易な「パジャマ」はあまりにも露出が多く、特に横から見るとほとんど全裸に近い、
丈も短かすぎる。
「フン!」
リルリーは面倒くさそうに飴色のステッキを出し、軽く一振りした。
すると真琴の頭上に服が現れ、それは貫頭衣の上からするりと真琴の全身を覆った。
それはVネックのガウンだった。
「ふむ」
リルリーは真琴の全身を上から下まで眺め、ステッキをもう一振りする。
ガウンの胸の下あたりに金糸を織り込んだ帯が巻かれ、そこから下に細かいドレープが形作られた。
「ま、こんなもんでいいでしょ。さ、行くわよ」
リルリーに連れられて部屋を出る時、真琴は振り返り、改めて部屋の様子を見た。
きのう身につけていた「剣士」の装束は、部屋の別の椅子にていねいにまとめてある。
そしてあの長い剣は黒い鞘に納まって、窓際に立てかけてあった。
真琴は暗い階段を、長いローブを踏まないように、少し手でつまみあげながら降りる。
「ファム・リルリー」
「なによ」
「一晩中そばに居てくれたの?」
「そうよ。だってあのケモノビトは何をしでかすかわからないし、皇子とあんたをふたりっきりにできないでしょ」
「ありがとう」
「なっ、あんたのためなんかじゃないんだからね!」
リルリーは照れたようにそう言うと、食堂のドアを開けた。
「おはようございます!」
真琴が大きな声であいさつをすると、ガランとした朝の食堂には、神崎と、フィーと、リル・アリーセだけがいて、皆が一斉に真琴を見た。
するとアリーセがさっと翔んできて真琴の周りくるくると回ると、真琴の顔の前で言った。
「お似合いですわ! 真琴様」
「そりゃあたしの見立てだかんね」とリルリー。
真琴は友達の結婚式以外でフェミニンな恰好をすることが少なく、ちょっと気恥しい思いだったのだが、アリーセの一言で救われた。
フィーがさっきまでしつこく舐めていたスープ皿を放り出して、真琴のそばにやってくる。
「真琴ちゃん、だいじょうぶ? リルリーにヘンなことされなかった?」
「あんたじゃあるまいし! 何もするわけないでしょ」
真琴は皆に囲まれてテーブルにつく。
神崎が穏やかな笑みで真琴を迎えた。
「おはよう、伊勢さん」
「おはようございます」真琴は改めてあいさつする。
「どう? どこか体に痛いところや不具合はない?」
―そういえば……。
一晩中闘っていたのに、筋肉痛がまったくない。デスゴンゾの鋭い爪を紙一重でかわしてできた顔や腕の細かい切り傷も全て消えてなくなっていた。
なにより驚いたのは、足の裏の水ぶくれ。
すり足で戦い続けた真琴の足の裏は水ぶくれが破れ、痛くて歩けないほどだった。出血までしていたのに、それがすべて消えているだけでなく、何よりも最近ちょっと気になっていた、かかとのガサガサがつるつるのスベスベになっている。
「全っ然、ないですっ!」
「良かった。お腹空いてない?」
「すっごく空いてます!」
皆はあぜんとして真琴を見ていた。
とにかく食べる、食べる。
夢中でむしゃむしゃ、ぱくぱく、時々水を飲みながら、パンに肉の塩漬けを薄切りにしたようなものをのせて、二つ折りにし、どんどん口に運ぶ。
片付けるのが間に合わず、皿はどんどん真琴の目の前に積み重なり、今やちょっとした塔になっていた。
さすがのフィーもあきれている。
「飢えたトラみたいだにゃ」
神崎も真琴の豹変に驚きを隠せない。
「あの……伊勢さん?」
真琴には聞こえなかったようだ。
アリーセが厨房におかわりを催促に翔んでいく。
すぐに宿屋のおかみさんが両手にパン皿を器用に四つ持って小走りでやってきた。
「まあまあ、すごい食べっぷりだねえ。スープは? もっと召し上がる?」
「ふぁい!」
真琴はパンを頬張ったまま答えた。
「味はどう? 口に合うかね?」
「おいひーれす」
「そりゃよかった。うちの料理はあっちの方に評判がいいのよ」
おかみさんはそう言って大きなお尻を揺すりながら厨房に戻っていった。
真琴は塩漬け肉の塊をナイフでこれまでより分厚く切り、パンにのせて夢中で食べ続けていた。
厨房では宿の大将が困り顔で腕を組んでいる。
「しかしまあよく喰う娘だな。もうローフの残りがほとんどないぜ。これじゃ夜の仕込みもできやしねえ」
「あら! 困ったわね。じゃ早速注文しないと」
おかみさんは厨房の窓を開け、前掛けのポケットから小さな金色の笛を出して吹いた。
すると、瞬く間に緑色に輝く小さな妖精が翔んできた。
「ご用はなんでしょう。マダム」
「チム・イッシュ。至急ローフの大きいのを四つお願い」
「かしこまりました」
チム・イッシュと呼ばれた妖精は空のかなたに消えた。
「それよりあんた。あのお客さんたち、お代は大丈夫なんだろうね」
「それがよ、これ見ろ」
大将も前掛けのポケットから小さな石を取り出した。
「こりゃ、シトリル石じゃないか!こんなの初めて見るよ。本物なんだろうね」
「本物だ、いいか、よく見てろ」
大将が石をつまんで太陽にかざすと、厨房の床にくっきりと魔王の紋章が現れた。
「信じられないわ」
「ありゃ魔族の親戚かなんかだぜ」
「じゃあ、しっかりおもてなししないとね」
おかみさんは嬉しそうに笑った。
次回「下町異世界探偵」(15)につづく
今回も読んでいただき、ありがとうございました。
小説の物語の舞台となっている街、ラス・ピエドラスは映画「恐怖の報酬」から頂いた名前です。
アンリ・ジョルジュ・クルーゾー監督の映画「恐怖の報酬」はめちゃくちゃ面白い映画ですので、未見の方はぜひ!
さて、今回一回脱線しましたので、次回からいよいよ探偵編に移りたいと思います。
では、またお会いしましょう!




