下町異世界探偵(13)~魔法少女の口が悪すぎる件~
デスゴンゾたちの戦いで、フィーは深手を負った。
数で押してくるデスゴンゾ相手に、合気道の技で立ち向かう真琴。
しかし、次第に真琴にも限界が近づいてくる。
―もう、握力が……。
関節を取ろうにも、真琴の筋力は限界を迎えつつあった。
しかし、なおもデスゴンゾは挑んでくる。
真琴はとっさに剣を取り、刀を抜いて鞘だけを持った。
そして両腕を肩幅程度に開いて長い鞘を持ち、鞘全体を使って相手の体を押し、引き、引っ掛け、崩して倒す。
一見古く、薄汚い鞘だったが、デスゴンゾの巨体を御してもなお持ちこたえる堅牢さを持っていたのが、真琴には幸運だったといえる。
やがて世界が陽の光に満ち、草原は紫色に輝く。
すると、すべてのデスゴンゾは戦いを止め、一体また一体と次々に真琴にひざまずいた。
真琴は息を切らし、鞘を支えにかろうじて立っている。
そして真琴が立っている場所から半径1メートルの草は円形に擦り切れ、地面がむき出しになっていた。
陽光はますます輝きを帯び、鞘がその光を反射して鋭い黒光りを放った。
そしてその瞬間、すべてのデスゴンゾが首を垂れた。
神崎とアリーセは目をみはった。
「信じられん。あのデスゴンゾたちが恭順している……」
「皇子、いったいあの方は何者なのですか?」アリーセの声は震えていた。
神崎は答える。
「江戸川区役所勤務、地方公務員」
やがてデスゴンゾたちは光の中に溶けるように消えていった。
その時、フィーが突然目をさまし、ガバっと起き上がると叫んだ。
「真琴ちゃん!」
フィーはそのまま結界を破って駆け出し、真琴のもとへとまっしぐらに走る。
「真琴ちゃん!」
「フィー!」
二人は強く抱き合った。
「フィー、ひどいケガだったけど、だいじょうぶ?」
「うん、ほら」
フィーはケガをした肩を見せるが、ただ服が破れているだけで、もう傷跡すら残っていなかった。
「すごい、どうやって……」
「真琴ちゃんこそどうやって……、一人であいつらを全部やっつけたにゃ?」
「やっつけたっていうか、粘り勝ちかな?」
真琴は照れたように少し笑って言った。
その時、小さな光の妖精と共に神崎が現れた。
「妖精!」
「あれはリル・アリーセ。ボクの傷を治してくれたのにゃ」
アリーセは微笑みながら真琴の近くまで翔んできた。
「はじめまして。アリーセと申します。今後ともお見知りおきを」
神崎は拍手しながら満面の笑顔で真琴に近づいてくる。
真琴は思わずフィーをふりほどいて、つかつかと神崎に歩み寄る。
「神崎さんっっ!」
怒気と共に真琴が叫び、神崎の横っ面を平手で張ろうと右手を振り上げる。
しかし、とたんに全身に感電したような強い痺れを感じ、動けなくなった。
「わきまえなさいよね、この無礼者!」
凛とした声とともに神崎の背後から、小さな女の子が現れた。
その女の子は見たところ九歳ほど。
ショートヘアの青い髪で、人形のように色白な顔に赤いメタルフレームの眼鏡をかけていた。
白のシャツ、そしてその上からは、縁に金糸で複雑な紋様が刺繍された赤いケープを羽織り、前を大きなリボンで留めている。膝丈でレースのフリルがついたスカートは鮮やかな青。
「ファム・リルリー。そこにいたのか」
「けっ! 三色ムスメのお出ましにゃ」
フィーが不機嫌そうにそっぽを向く。
「何ですって⁈ 下等なケモノビトのくせしてッ!」
「まあまあ。お前たちはどうしていつもそう仲が悪いんだ」と神崎。
「またこんな下賤な者たちと……」
リルリーは両手を腰にあてて不機嫌そうだ。
―下賤ですって?
真琴はムッとするが、体が痺れたままで顔をリルリーに向けることもできない。
リルリーは草原に彫像のように固まって立っている真琴に向かって言った。
「よく聞きなさい、アズリエンの者。このお方は自閉世界を統べる魔王様の第八皇子。そしてあたしはその忠実なる侍女ファム・リルリー。皇子の客人じゃなかったらあんたなんか即、お手討ちなんだから」
リルリーは少し舌足らずな口調で一気にまくし立てると、真琴の体を自由にした。
とたんに真琴は糸の切れた人形のように、がっくりと草原に両膝を突く。
「真琴ちゃん!」
フィーが駆け寄って真琴を抱き寄せながらリルリーに向かって中指を立て、舌を出した。
「ふん! 野蛮人は野蛮な世界に染まるのも早いのね」
リルリーは鼻で笑うと、どこからともなく飴色に光るステッキを出した。
ステッキの先には、ケープの刺繍と同じ紋様の描かれた、長いベルベットのリボンが付いている。
リルリーはリボンをくるくると回しながら呪文を唱え、宙に向かってステッキをさっと一振りした。
ステッキからは光のシャワーがほとばしる。
すると、たちまち宙空に二頭立ての馬車が現れた。
そしてそれは宙を飛びながら真琴たちに近づいてくる
やがて馬車は真琴たちのそばの草原に静かに降り立った。
真琴は何よりも馬車を曳いている馬の姿に驚いた。
サラブレッドのように華奢な馬体はまるでガラス細工のように透明で、向こうが透けて見える。
その豊かなたてがみと尻尾は銀色。
何よりも真琴が驚いたのはその馬の眉間から生えた、らせん状の鋭く尖った一本の角だ。
角は金属質で、プラチナのように輝いている。
「ユニコーン……」
「こっちではモノ・マーと呼んでいる」と神崎。
「皇子、ラス・ピエドラスに行くんでしょ? 送ってあげる」
リルリーはさっさと御者台に座って、そう言った。その肩にはリル・アリーセがちょこんと座っている。
もう疲れ果てて歩くこともできない真琴にフィーが肩を貸し、神崎たちは馬車に乗り込んだ。
木製の馬車の内装は豪華で、乗り心地は素晴らしく、まるで振動を感じない。
神崎が御者台との仕切窓を開けてリルリーに話しかける。
「リルリー、こんな馬じゃ目立ちすぎだよ。これじゃ『魔族が通りますよ』って大声で言って回ってるようなものじゃないか」
「これでも馬車は一番おんぼろにしたんだから。あんまり小汚いのはあたしのセンスが許さないのっ!」
「しかし、よく行先がラス・ピエドラスってわかったな」
「皇子は転移者を探してるんでしょ?」
「そうだ。勇者志望の若い娘だ」
「そういうろくでなしが集まる街といえば、この辺りではそこしかないでしょ」リルリーは事もなげに言う。
その時、フィーが神崎の脇腹ちょんちょんとつついた。
「ん? なんだ?」
フィーは作り笑いの表情でクシャクシャの紙束を差し出した。
神崎はイヤな予感がした。
「経費の領収書だにゃ。たぶん区役所では落ちないやつ」
「フィー、お前またこんなに溜め込んで……」
「きのう掃除してたら出てきたにゃ」
「掃除だって?」
神崎は疑わしそうな目でフィーを見て、ざっと紙束の内容をあらためる。
「ホスト、キャバクラ、キャバクラ、キャバクラ、ホスト、ホスト……、なっ!一晩で百万⁈ お前なあ……」
「調査費だにゃ」
フィーが珍しくちょっと申し訳なさそうに神崎を上目遣いで見る。
その時、御者台からアリーセがスッと翔んできて、紙束をひょいと神崎から取り上げた。
アリーセは大きなカレンダーをめくるように領収証の数字を眺めながら、ふむふむという表情でうなずいた。
「四百二十万円。こっちの価値に換算すると……、はい、この程度でしたら家計から支出できる範囲内だと思いますわ」
アリーセは笑顔で紙束を抱えて御者台へ戻り、リルリーと何やら話し込んでいる。
するとリルリーは手綱を握って正面を向いたまま言った。
「皇子、今回だけあたしの権限で家計から出してあげる。ただし、次は魔王様に報告するんだからね!」
「いつも悪いね、リルリー」
「悪ィね」とフィー。
「あんたのために出すんじゃないんだからっ!」リルリーはピシャリとフィーに言う。
フィーは無言で舌を出してリルリーに答えた。
「皇子、だいたい魔王様から独立して生活するためにあっちに行ったんじゃないの? これじゃ仕送り貰ってるのと一緒じゃない」と、リルリー。
「面目ない」
「あっちじゃそーゆーのをニートっていうんだにゃー」
フィーはまるで他人事のように、馬車の天井に散りばめられた螺鈿細工の数を数えながら言った。
「神崎さん……」突然真琴が神崎を呼ぶ。
真琴の声はかすれて、全身から汗を流し、息も絶え絶えだ。
「魔王とか皇子ってなんのことですか? それと、どうしてさっきわたしとフィーだけを戦わせたんですか? もうわたしわかんないことだらけで」
「伊勢さん、それはね……」
神崎が口を開きかけた時、真琴は気を失った。
「所長、早く真琴ちゃんに回復魔法をかけてあげるにゃ!」
「わかってる」
神崎はどこか愛しそうに戦いで乱れた真琴の髪をかきあげながら、右手で彼女の額をやさしく包み込んだ。
「伊勢さん、今は眠るんだ」
「フン!」
御者台から肩越しにその様子を見ていたファム・リルリーは眉をひそめ、鼻を鳴らした。
次回「下町異世界探偵」(14)につづく
今回も読んでいただき、ありがとうございました。
しかし、ファンタジーに登場する人物の服装というのは難しいものですね。
あの服装はどういう仕組みになっているのか、素材は? そもそも何という名称の物なのか。
ファンタジー世界の服装はヨーロッパの中世あたりをイメージしたものが多く、現代では着用しなくなったものもあります。
まあ、そういうものをいちいち調べるのも小説を書く楽しさだったりしますが。
さて、「下町」「異世界」と来て、次回からようやく本格的に「探偵」のお話になる予定です。
その前に異世界の食べ物を書かないといけないのがちょっと頭が痛いです。
では、また。




