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下町異世界探偵  作者: 一宮真
12/34

下町異世界探偵(12)~真琴と黒い魔物の群れ~

神崎に連れられ、驚異の異世界「自閉世界」へとやってきた真琴。

そんな彼女の前に、さっそく魔物が姿を現す。

 デスゴンゾたちは、全身に密生した剛毛を泥まみれにして地中から現れ、らんらんと光る赤い眼で三人をにらみつける。

 身長は二メートルほど、肩の筋肉は盛り上がって首とつながり、前腕は長くこれもまた発達した筋肉で覆われているようだ。

 グローブみたいに大きな掌に太い指が三本、そしてその先に長く鋭く真っ直ぐな爪が付いている。

 そして鼻が潰れて上を向き、大きな口は下あごから牙が突き出していた。

 禿げ上がった頭頂部に前方に傾いた角度で一本角が生えている。


「ううっ……」

 その時、神崎が突然苦しそうに呻いて、体を()()()にしてうずくまった。

「どうしたんですか? 神崎さん!」

「き、急にお腹が、ちょっとその辺で()()くるから……」

 そう言って神崎は暗闇に消えた。

 真琴はア然とする。

「ちょっと神崎さん? 神崎さん!」

 そうしている間にもデスゴンゾの群れはじりじりと距離を詰めてきている。

 フィーはなぜか平然と言った。

「いない奴をあてにしても仕方がないにゃ」

「えっ? ええっ?」

 フィーは大地を蹴って真っ直ぐに群れに飛び込んでいく。

 真琴の前にもついにデスゴンゾが立ちふさがり、真っ赤な目で真琴を見下ろしている。

「ゆ、夢じゃないよね……」

 真琴は、初めて対峙する巨大な魔物の圧倒的な存在感に呆然とし、怯んでいた。

 その間にもフィーはデスゴンゾの間を見えないスピードで動きまわり、跳ねまわり、両手両足の鉤爪で次々とデスゴンゾの肉体を切り裂いていく。


「真琴ちゃん!」

 フィーの呼びかけに真琴はハッと我に返る。

「そいつらは早くやっつけないと無限に殖え続けるにゃ! 戦って!」

 真琴は肚を決めた。

 腰をしっかりと落とし、剣の柄の根元を握る。

 左足は一歩後ろに。

 同時に身体を大きく左にねじる。

「きえええい!」

 裂迫(れっぱく)の気合と共に真琴は体を半回転させながら剣を抜き、跳躍しながら下から上へ剣を()ね上げた。

 鈍い手応えと共にデスゴンゾの片腕が黒い液体をまき散らしながらボトリと落ちてきた。

 振り上げた剣を上から下へ、着地しながら振り下ろす。

 デスゴンゾの肉体は左肩から右脇腹にかけて袈裟切りにされ、真っ二つになった。


「ひゅー、やるやる……」

 神崎は仮病を使って二人の戦いを見物していた。

 結界を張ってあるので、よほど魔力の強い者でないと彼の姿は見えない。

 すると白く明るい光が、神崎の後ろから飛んできて、神埼の肩にとまった。

 それは身長三十センチほどの妖精で、透き通った美しい羽根をもっていた。

 妖精は鈴を転がすような声で神崎に語りかける。

「皇子、お久しぶりです」

「やあ、リル・アリーセ。君がいるということはファム・リルリーも近くにいるということか」

「はい、この戦いをご覧になっておいでです」

「リルリーも意地が悪い。デスゴンゾは初心者の相手としては厄介だ」

「わたくしもそう申し上げたのですが、なにぶんあのご気性ですから」アリーセは眉をひそめる。

「だが、伊勢さんは強い。俺も少し驚いている」

「はい、これまで皇子がお連れになった方で、これほどまでの腕は……」


 背後に気配を感じた真琴は右足を軸にして重たい剣をデスゴンゾの脇腹にフルスイングで叩きつける。

 デスゴンゾは苦悶の咆哮を上げるが、肉は切れていない。

 ―やっぱりただ力任せに振り回したんじゃ斬れないんだ。

 真琴は右手を長い柄の根元に握り替え、左手で刀身の根元の刃のない部分を握った。

 そうして下から上へ、前のめりに襲い掛かるデスゴンゾの喉を突き上げる。

 剣の切っ先は喉を貫き、デスゴンゾは倒れた。

 ―これなら!

 真琴は自分なりに長剣の操法を会得した。


「すごいな……。魔力も使わず初めての長剣を使いこなしてる」と、神崎。

「そうですね。しかし、デスゴンゾは殖え続けます。直接攻撃しかできないあのふたりではいつか体力が尽きてしまいますわ」

 アリーセは心配そうに言った。

「まあ、その時は俺が出ればいい」

「でも……」

「ここは(なな)兄ィの支配地だからな。俺が魔力を使うと、兄貴にばれるってか。まあその時はその時、ちゃんと挨拶して穏便に通してもらうさ」


 真琴とフィーの戦いは続いていた。

 二人の周囲はデスゴンゾの無惨な屍骸で埋め尽くされ、足の踏み場もないほどだ。

 奴らは倒しても倒しても次から次に、地中から這い出して来る。

 フィーは膝に手をつき、肩で息をしている。

 その肩口には、デスゴンゾの爪による傷跡がぱっくりと開き、血が流れている。

 真琴はまるで泥の中で戦っているように足が重かった。

 ―やっぱりこの剣は重すぎる。それに……。

 フィーの傷はかなりの深手で、顔色は真っ青だ。

 紙一重で爪をかわしたのだろうか、裂けた服からは豊かな乳房がこぼれ出ていた。

「フィー、下がって」

「そんな、真琴ちゃんひとりで?」フィーは荒い息を吐きながら答える。

 真琴はフィーを見て静かに笑った。

「大丈夫」

 そう言うと真琴は大声で叫んだ

「神崎さんっ!!  いるんでしょ? お願いだからフィーを助けてあげて! そのくらいはしてくれますよねっ!」


 神崎は驚いて思わず腰を浮かせる。

 アリーセはその様子にくすくすと笑った。


「それともう一つ。これが本当に無限に殖え続けるのを見た人はいますか?」

 意外な質問に神崎は戸惑う

「……いない。それを見て生きて帰った者がいるはずはない」

「良かった。じゃあ、()()()()()可能性もあるんですね」

 そう言うとと真琴は腰のベルトから金具ごと剣を外し、デスゴンゾの黒い血で汚れた草原に置いた。

「伊勢さん、いったい何を!」

 デスゴンゾの群れはじりじりと真琴たちへの距離を詰め始めた。

 どさり。

 フィーはついに力尽きて倒れる。

「早くっ、フィーを!」

 フィーの姿が消えた。

 それを見届けると真琴はふうっと息を吐き、全身の力を抜きながら呟いた。

「爺ちゃんが百人を相手に演武をしたのは確か米寿(べいじゅ)、八十八才の時……」


 結界で守られた神崎のそばにフィーが横たわったまま現れる。

 痛みで苦しそうに歯を食いしばっていた。

 アリーセはフィーの胸元にふわりと降り、優美な動きで腕を何度か振ると、輝く光の粒が醜く開いた傷を覆い隠した。

 傷は跡形もなく消え去った。

 と同時に、フィーの表情は穏やかになり、静かに寝息をたてはじめた。


 デスゴンゾが真琴に襲い掛かる。

 真琴は半歩下がりながらその鋭い爪をかわし、デスゴンゾの伸び切った長い指の関節と手首の関節を両手で取ると、そのままするりと背後に回った。

 デスゴンゾは本能的に痛みを避け、その場で自分から一回転して倒れた。


「合気だ……」

 神崎は事務所で真琴の技を見ていたが、彼女がフィーよりはるかに大きな相手、しかも魔物を、ほとんど力を入れることなく倒したことに改めて驚いた。

「不思議な体術ですね。まるで魔法みたい」とアリーセ。


 デスゴンゾは次々と真琴に襲いかかる。

 だが、合気では相手にとどめを刺すことができない。

 倒されたデスゴンゾは起き上がって再び襲いかかる。

 しかし、そのたびに地面に叩きつけられた。

 真琴は限りなく脱力し、ただひたすら相手を崩し、その体重を利用しながら倒す。

 真琴は無心だった。

 デスゴンゾの攻撃は直線的で単調な上、初撃の爪突きが大振りで必ず体勢を大きく崩す。

 真琴はその動きを完全に見切っていたのだ。

 その間にも新手のデスゴンゾは次々と這い出す。

 草原を埋め尽くす数の黒い影がうごめいていたが、数が多すぎ、真琴を攻撃するどころか前に出ることさえできない。

 苛立った後方のデスゴンゾたちは吼え、互いに喧嘩を始める有様だ。

 しかし真琴の戦いは、果てしなく続く。

 デスゴンゾの中には、倒されたまま、荒い息を吐き、起き上がれなくなるものも少なくなかった。

 彼らの体力にも限界があるのだ。

 神崎は息を呑み、瞬きをするのも忘れてその戦いに見とれていた。


 真琴は立ち続け、戦い続ける。

 あたりにはただデスゴンゾの咆哮と、彼らが地面に叩きつけられるズシンという重たい音のみが響いていた。

 やがて次第に周囲が明るくなってきた。

 夜が終わりを告げ、草原は輝きを取り戻しつつある。

 朝は近い。


                       下町異世界(13)につづく



今回も読んでいただき、ありがとうございました。

魔物「デスゴンゾ」は前回では「デス・ゴンゾ」でしたが、変えました。

理由は単にいちいち「・」をうつのが面倒くさいということに気付いたからです(笑)。

これからは魔物の命名には気を付けなくては。

なお、引き続き感想、評点、メッセージなどお待ちしておりますので、そちらの方もどうかよろしくお願いします。

また、前作「トッケイ」も同様に感想などお待ちしておりますのでこちらもどうかよろしくお願いいたします。

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