八話
無事目覚めることのできたウィステリアを、そのままサフィアが抱く形で再び家へと移動する。これは目覚めたばかりのウィステリアへの配慮だった。それに同行したのは、アリエと両親、そしてウィステリアを抱くサフィアの五人だけ。アリエに疲れているだろうから、早く家で休もうと言われたが、トウィンカは断り広場に残った。そしてトウィンカとともに残ったのはサランとレイン、トウィズの四人。ドラゴンのみとなった。
トウィンカは広場に点々と設置してある長椅子の一つに腰を下ろす。魔力操作が下手なせいで魔力を大量に使用してしまったからなのか、座ると幾分が楽になった。思っていたより疲れていたらしい。サランたちにも座るように促すが、首を横に振って断られてしまった。なので必然的に座ったトウィンカをサランたちが囲むようになる。傍から見れば、女性をナンパする男たちに見えなくもないだろう。けれど幸い勘違いしそうな人はこの広場にはいなかった。
「さて、ツウィズ。あなたのその巧妙に隠している殺気はなんです?」
初めに口を開いたのはサランだった。丁寧な疑問口調で尋ねているが、声色は答えないことをよしとしない怖さを秘めている。
殺気という言葉に、トウィンカは瞬きをする。
「殺気……?」
一切そんなものを感じなかったトウィンカは首を傾げる。疑問に答えてもらおうとレインを見上げるが、レインも硬い表情を見て厳しい視線をツウィズに向けていた。
殺気なんてものは、アリエはおろか、その両親やサフィアでさえ気づいていなかっただろう。その証拠にサフィアはツウィズと幾度もここを訪れてきている。
トウィンカたちが気づかず、サランたちが気づく殺気。それほどまでにトウィンカとサランたちの間には力の差があるということだ。ふとホープは気づけるのか、と疑問に思ったが、今はそんなことを考えている場合ではないとその考えを振り払った。
「サフィーが、自分の命をかえりみないから。俺はあいつが……憎い」
一般男性より少しだけ高い声。その声を聞いてふとトウィンカは気づく。ツウィズの声を聞くのは今が初めてだということに。ツウィズは元々無口なのか、それとも必要最低限しか話したくないからなのか、それだけ言うとまた黙ってしまった。
サフィアはドラゴンの母が子に魔力を分け与えるように、ウィステリアへ魔力を分け与えていた。竜騎士という決して安全とは言えない職業についていながらだから、命の危険はもちろん増す。それがツウィズには許せなかったのだろう。
「殺したいほどにか?」
レインがいつもの温和な声音を消し、冷淡な口調で尋ねる。
ツウィズは考えるそぶりを小さくしたあと口を開けた。
「サフィーは、俺のつがいだ」
瞬間、その場が一気に凍りつく。
「お前、今なんて言った」
「つがいだと、言った」
ツウィズとサフィアは双子のドラゴンだ。血の繋がりももちろんある。
トウィンカはつがい、という言葉を理解するのに数秒の時間を要した。そして理解すると同時に、顔を熟れたトマトのように真っ赤に染め上げる。
「つ、つがいっ!?」
「ウィン、落ち着きなさい」
悲鳴に近い言葉を発したトウィンカを宥めるように、サランが頭を優しく撫でる。
「ウィン、いいですか? ドラゴンは人間と違って数も少ないため、近親婚は許されています。……あまり例はありませんがね」
最後の方はなぜか自嘲気味な声に疑問を持ちながらも、とりあえず頷く。
しかし、それならトウィンカも殺気の理由に納得がいった。愛するつがいが、他人のせいで傷つくのをよしとしないのがドラゴンだ。ドラゴンの情の深さは、トウィンカは身を持って知っている。
「お互いをつがいであると、認めてはいるのですか?」
「…………」
サランの質問に、ツウィズは視線を逸らし、無言を貫く。サランたちは、二人揃ってため息をついた。
「まだなのか」
「まだなのですね」
言い方は違うが、内容まで一緒だ。
「俺はサフィーを守れたらあとはどうでもいい」
元々この事を伝えるためだけにこの場に残ったのか、ツウィズはそんな言葉を残して、去っていった。
ウィステリアは目を覚ました。つまりサフィアはもう魔力を分け与えなくても大丈夫ということだ。サフィアの命の危険はもう無くなるはずである。
けれどトウィンカの胸の内には言いようのない不安が渦巻いていた。




