第8話 追いつかれるぞ!
……ほう? あれは……。
久方ぶりにシルヴァルトの森へ来てみれば、何やら面白いことが起こっておるではないか。
魔物に追われる三人の冒険者か。退屈しのぎにはちょうどよい見物だ。しばらく見物させてもらうとしよう。
ふむ……ふむふむ。
一人目は妖精、二人目は魔女か。三人目は人間のようだが、炎のように赤い瞳をしておるな。あのような者は南の地に多いが、あやつもあのあたりの生まれか。
……さて、あやつらをどうしたものか。助けてやってもよいのだが、あまり目立ったことをすると、あの性悪女に居場所を悟られてしまうからな。そうなればあやつめ……夜になるなり私を追ってくるだろう。
では、どうする? このまま見殺しにするか、それとも……。
◆
天空の都ソランスカイアに住み、フェルナース大陸を支配してる全知全能の権力者たち――神々。酒場で吟遊詩人が語る神話や伝説によれば、奴らは俺たち地上の住人一人一人の運命を、気の向くまま、思うがままに定める。そして、地上の種族が運命の荒波にもまれて苦しむ様を、天上から優雅に見物して楽しむんだそうだ。
吟遊詩人の話を信じるなら、俺たちが今、危機に陥ってるのも奴らが定めた運命ってことになる。それに三年前、親父が死んだのも――。
って、おい! 今はそんなことを考えてる場合じゃねえぞ!
自分にそう言い聞かせつつ、森の中を全力で駆ける。右手にはデュラム、左手にはサーラがいて、俺と同様、全速力で走ってる。
後ろから聞こえてくるのは、牛頭人の雄叫び。奴の足音や木が倒れる音も、ひっきりなしに聞こえる。
「あの牛野郎……どこまで追ってくるつもりだよ!」
サーラが放った魔法の水煙が晴れるなり、怪牛は地響き立てて、俺たちの後を追ってきた。その勢いのすごさときたら、雪崩か土砂崩れと見紛うばかりだ。
牛頭人が、でっかい戦斧を棒切れみてえに振り回し、行く手を阻む木々を切り倒す。干からびた老木だろうが水気たっぷりの若木だろうが見境なく、手当たり次第、力任せにぶった切る。
走りながらちらっと振り返ったとき、奴が大樹を叩っ切るところが見えちまった。樹齢二、三百年はありそうな大木が、分厚い鋼の刃を打ち込まれ、悲鳴じみた音を立ててぶっ倒れる。
おい……冗談だろ? 人間の樵が何十回と鉞振るって、やっと切り倒せるような巨木だぞ? そいつをたった一振りで両断しちまうなんざ、魔法も同然の早業だ。馬鹿力にもほどがある。
邪魔っ気な木々を薙ぎ倒し、猛然と追いかけてくる怪牛。その脅威を背中にひしひしと感じながら、俺たちは必死に逃げた。それはもう、死に物狂いで逃げまくった。
だが、どれだけ逃げても牛頭人は追ってくる。どうあっても俺たちを剣の――いや、戦斧の錆にしてえらしい。
「ちくしょう、もう限界だ!」
これだけ走れば息も上がるし、脚も痛くなる。怪牛との間隔が、徐々に狭まってくる……!
「追いつかれるぞ! 俊足の風神ヒューリオスにかけて、全力で走れ!」
デュラムが珍しく声を荒げて怒鳴った。
「そ、そう言われてもな……」
森の中は、石で舗装された街道なんかと違って起伏が激しいし、倒木も多い。おまけに木の根が網目のように張りめぐらされてるんで、お世辞にも走りやすいとは言えねえ。旅人や商人、驢馬に引かれた荷車や、絹を運ぶ駱駝が行き交う石畳の上を突っ走るのとは、わけが違うんだ。
足下に気をつけねえと、倒木に足を取られる。木の根につまずいてすっ転ぶ。そうなったら一巻の終わり。起き上がる間もなく、怪牛の蹄に踏み潰されちまう。
「逃げ切れるかしら……?」
息を切らして、サーラがあえぐ。
「逃げ切るっきゃねえだろ!」
もし追いつかれたら、腹をすえて戦うしかねえ――あの化け物と!
そのとき突然、牛頭人の足音がぴたりと止んだ。騒がしかった森が、急にしんと静まり返る。
「なんだ? どうしたってんだよ?」
俺たちも立ち止まって振り向くと――どこから現れたんだ? 怪牛の前に、人間が一人突っ立ってるじゃねえか。